美輪明宏がエディット・ピアフに扮し、その凄絶な生涯と“無償の愛”を名曲と共に綴る舞台『愛の讃歌』

インタビュー
舞台
2018.1.30
2018 美輪明宏版『愛の讃歌〜エディット・ピアフ物語〜』

2018 美輪明宏版『愛の讃歌〜エディット・ピアフ物語〜』

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波乱万丈の人生を送ったことでも知られるフランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフ。その半生をドラマティックに描いた舞台『愛の讃歌~エディット・ピアフ物語~』が、美輪明宏の作・演出・美術・衣裳・主演で4年ぶりに上演される。2014年、NHKの連続テレビ小説『花子とアン』の劇中曲としてフルコーラスで使用されたことで大反響となった『愛の讃歌』を筆頭に、『バラ色の人生』『水に流して』などの名曲を織り交ぜながら構成していくピアフの生きざまは実にドラマティックだ。人を愛するということ、“無償の愛”とはどういうことかを改めて考えさせられると共に、美輪の圧倒的な表現力、そして歌の持つ力を実感できるステージとなることは間違いない。“2018 美輪明宏版”として上演する今回の『愛の讃歌』について、美輪に語ってもらった。

――『愛の讃歌』は、4年ぶりの上演ということになりますね。

今回はキャストも大体は、4年前と同じメンバーの方にお願いしました。わたくしの義理の妹役も前回同様、YOUさんにやっていただきます。彼女はものすごく売れっ子なのでなかなかスケジュールが大変らしいんですけれど「あれは私の役だから」とおっしゃって、OKしてくださいました。

――YOUさんは2011年の時にも出られていましたから、この作品には3回目の参加ですね。

はい。あの人は江原啓之さんに言わせると、前世がフランス社交界の高級娼婦だったそうなんです。ヨーロッパ的な雰囲気をお持ちだし、ウィットのある会話が普段からできますでしょう。それが姉妹ゲンカをするシーンでも生きてくるんです。エディットが妹に「バカ」って言うと「バカはてめえだろうが」って言い返してくる場面にしても、普通の女優さんだったらトゲがあって深刻に見えてしまうけれど、あの人が言うとユーモアで味付けするからとても面白いやりとりになるんです。

そしてテオ・サラポ役も、前回に引き続き木村彰吾さん。彼の声、音域はバリトンなのでとても助かるんです。わたくしの声が立つような音色なので。最近の若い役者さんは男性も女性もみなさん、ソプラノで、甲高くて細いんです。低く太い、気持ちのいい声の男性の方って、なかなかいらっしゃらないんです。木村さんはそれに近い声を持っているので、それで今回もお願いしました。

2011年公演 舞台写真

2011年公演 舞台写真

――今回、『愛の讃歌』をやろうと思われたのは、どういう理由があったのでしょうか。

お手紙もいろいろ来ますし、コンサートやディナーショーで「次の舞台は『愛の讃歌』です」っていうと、リアクションがまったく違うんです。それにやはり2014年にNHK紅白歌合戦で『愛の讃歌』を歌ったこともいまだに影響がありまして。そもそもなぜ『愛の讃歌』を歌うことになったかというと、わたくしがナレーションを受け持っていた『花子とアン』で、脚本家の中園ミホさんが長い間わたくしのファンでいらして、わたくしが日本語で訳した『愛の讃歌』を聴いて感動なさったそうなんです。それで「いつかドラマで駆け落ちのシーンとか心中シーンとか、そういうものを書くことになったら、この曲をカットなしで初めから終わりまで流してやろう」とずーっと思っていらしたそうです。

――へえ、そうだったんですか。

それで実際に『花子とアン』で柳原白蓮が駆け落ちするシーンでわたくしの歌う『愛の讃歌』を流したら、いい意味でツイッターが炎上してしまった。「そのあとは一日中『愛の讃歌』が頭の中で鳴っていた」とか「ハツカネズミが車を回すのをさぼって聴いていた」とか(笑)。

――ええ? ネズミがですか?(笑)

おかしいんですよ。他にも「ハクビシンが天井裏で騒ぎ出した」とか(笑)。あとは「『愛の讃歌』が、ああいう歌だと思わなかった」という声もありました。それまでは、越路吹雪さんが歌われていた歌詞が一般的で、ポピュラーソングとしてはそれで良かったのですが、岩谷時子さんの訳は、エディットの創った原詩とは違うんです。岩谷さんの歌詞は恋の歌なんですが、エディットの歌詞は愛の歌なんです。恋愛というのは、恋が先にあって愛が後に来る。なぜだかご存知?

――うーん、なぜでしょう。

恋というのは自分本位、愛というのは相手本位なんです。今の人はそれを分析して使い分けない。昔の人は「恋しい恋しい」と「いとしいいとしい」とは別に分けていたんです。いとしいというのは、自分はどうでもよくて相手のほうが大事。恋というのは愛欲とかセックス、自分の性的欲望とか相手を独占したいとか、そういうものが恋心というもので、先に来る激しい感情なんです。そういう恋から始まってだんだん愛の境地に入っていくと、今度は自分がいなくなるわけです。わかりやすく言うと、駅前のハチ公の前で待ち合わせしているのに、相手はなかなか来ない。そうしたら「こんなに私を待たせて、人をバカにして、なんだと思ってるのかしら。誰かと会っててそっちに夢中になってるのかしら」と思う。で、遅れてきた相手に「何時だと思ってるのよ、こんなに待たせて」となる。自分があくまでも大事。

だけど「待たせてゴメン」と言われて「いいのよ、私も今、来たばかりだから」って、何時間待っていてもそうやって相手に対する気遣いができるのが、“愛”。もしも相手に誰か好きな人が出来たら「ただじゃおかないわ!」って言っていたのが“愛”に入ると、最初はカーッとなってさびしいし哀しいけど、相手がすごく幸せそうにしていたら「ああ、この人が本当に幸せだったらそれでいいじゃない。お幸せにね。身体を壊さないように」となる。それが“愛”でしょう。

エディットの原詩はさらに壮大です。エディット自身がそういう愛し方をしたからこそ、そんな言葉が出てきたわけですから。その原詩を日本語に直すのは大変な作業でした、フランス語みたいにひとつの音符に多くの言葉がのらないので。だけどそうやって日本語で詞を作って朝ドラで流したり、紅白で歌ったら、それだけの反響があった。それでまた今回も、『愛の讃歌』を上演しようと思ったんです。

――現代の人が求めているものが『愛の讃歌』の歌詞にあったから、そんなに反響が大きくなったんでしょうか。

現代の人というか、昔の人も同じでしょうけれど、やはりそこまで無私の状態で相手を愛するということが書かれているからではないでしょうか。自分の命がなくなっても相手のためだったら平気よ、というような。そこまでの感情を抱く機会って、一生のうちにそうそうないじゃないですか。またそれだけの相手に恵まれることもないですし。

そしてピアフの人生を描いた作品は、他にも英国人の書いた台本があったりして、さまざまな方が上演しています。映画も2本ほどあります。でも伝記だとテオ・サラポとのことが書かれているんですけれど、それが映画になると、ピアフが最高に愛した相手として登場するマルセル・セルダンという拳闘選手とのことだけで終わっているんです。映画でも舞台でも、テオ・サラポが一切出てこないんです。それにピアフのことも無知蒙昧で無教養でわがまま勝手の、淫乱の麻薬常習者でどうにも手のつけられない女だという風に描かれている。まるで『愛の讃歌』の愛なんてどこにもない女、みたいに。だけど、ピアフの有名な言葉に「私が最もこの世で愛したのはマルセル・セルダンです、ただし私が待ち続けていた男はテオ・サラポです」っていうのがあるんですが、だったらテオ・サラポを物語に登場させなくてどうするの、とわたくしは思うんです。だって、彼女を立ち直らせたのは20歳も年下のテオ・サラポなんですから。

ピアフは美人でもなく、年もいってたし、手術で傷だらけ。そんな彼女を心から愛して、結婚を申し込んだのも彼のほうからでしょう。それで誤解されてテオはエディットの財産を狙ったんだって言われるけれど、当時エディットは、莫大な借金があった、それを承知でテオ・サラポは一緒になったんです。それで彼女が死んだあとに4年もかかって彼女の借金を返して、返し終わった途端に今度は交通事故でテオは死んでしまう。死ぬ前に残した遺言が「僕をエディットの傍らに埋めてください」。本当に、けなげでしょう?

――けなげですね。

素敵じゃありませんか。それを丸々カットするなんて。だからわたくしはエディットの名誉を回復するためにも、第三幕は全部エディットとテオ・サラポの物語にしたんです。

2014年公演 舞台写真

2014年公演 舞台写真

――今回は“2018 美輪明宏版”として、少し手を加えるということですが。

ええ。これまで上演時間は3時間半くらいだったのですが、わたくしや出演者も大変ですけれど、そんなに長いとお客様も大変でしょう(笑)。だからお客様のためにも自分のためにも、役者さん、スタッフのためにももう少し短くすべきだということで、余剰な部分を省略しようと思っているんです。なんとか2時間半以内にまとめるように今、仕掛けているところです。

――劇中曲は、今まで通り同じ曲を歌うご予定ですか? そうするとますます、短くするのが大変ですね。

曲もひょっとしたら入れ替えるかもしれません。長い曲を短い曲にしたりするかもしれないし。ただ、彼女の代表作の『愛の讃歌』と『水に流して』と『バラ色の人生』、これはカットできませんから。

――そうですよね。ではそれ以外の曲はもしかしたら。

たとえば『群衆』という曲も代表作のひとつだけれども、これはもともと彼女の曲ではないので、これは変えてもいいかもしれないと思っているんですけれど。

――今、この『愛の讃歌』を上演することで、美輪さんがお客様にどんなことを感じてもらいたいとか、期待していることがあったりしますか。

人を愛するということはこういうことなんですよ、ということをわたくしはメッセージとして送っているわけですので、まずはそれをしっかりと両手で受け止めていただきたいです。やっぱり、人間っていうのは自分が大事だから、なかなか無私にはなれませんけれど。自分の感情だけを大事にしていると、どうしても相手に対して嫌悪感を抱いたり憎悪が出てくる。どうしても争いの源みたいなものが、チラチラと燃え上がってきてしまう。それが“愛”の境地に到達したら、すっかりなくなってしまうんです。

それに今、世界中がこういう時代でしょう。太陽の黒点のせいだという説もあるみたいですけれど、そのせいで人間は病気になり、世界の国々の政治も、経済も乱れて、それによって家庭、会社、そういうものにまで波乱が起きて大変なことになっている。大企業が次から次へと不正をし、世界各国も危ないことになっているし。だいたいアメリカなんてめちゃくちゃでしょう。日本の政治もいい加減だし。何もかもがデジタル社会になっているせいもあって、人間の防御本能が働いているんです。みんながデジタルのほうへシフトを合わせているから息苦しくなって逃れようとして、みんな本能でアナログにシフトチェンジしようと思っているんです。それで、みんながこれだって飛びついたのが、藤井四段。あれこそ、アナログの最たるものでしょう。

――そうか、将棋ですから思い切りアナログですね。

将棋とかチェスもそうですけれど、スポーツもそう。ロボットにはできませんから。すべてのことをロボットでやろうとしても、無理があるんです。人間は何ができているかというと肉体と精神でしょう。その肉体を維持するための栄養、食料なら過剰なくらいに摂っている。だけど、もう一方の精神の栄養剤は何だと思いますか。それは文化。美術、文学、音楽、スポーツ、それも本当に上品で質のいい文化を取り入れなければいけません。だって結局、変なものを食べると病気になったりするのと同じように、精神も病むんです。そういう意味でも、この『愛の讃歌』はアナログの最たるものですから。ぜひ、劇場で味わっていただきたいです。


取材・文=田中里津子

公演情報
2018 美輪明宏版『愛の讃歌〜エディット・ピアフ物語〜』
作・演出・美術・主演 : 美輪明宏
出演 : 美輪明宏・木村彰吾・YOU 他 
美輪明宏 公式サイト:http://o-miwa.co.jp/​

【東京公演】
日程 : 2018年3月31日(土)〜2018年4月15日(日)
会場 : 新国立劇場 中劇場
一般発売:2018年2月17日(土)10:00〜
《お問い合わせ先》
パルコステージ:03-3477-5858
(月-土:11:00-19:00 / 日・祝:11:00-15:00)

【愛知公演】
日程:2018年4月20日(金)開演18:30(開場18:00)
会場:日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール(愛知県)
一般発売:2018年2月3日(土)10:00
《お問い合わせ先》
キョードー東海:052-972-7466
 
【福岡公演】
日程:2018年5月26日(土)開演14:30(開場14:00)
会場:福岡市民会館(福岡県)
一般発売:2018年3月17日(土)10:00~
《お問い合わせ先》
キョードー西日本:092-714-0159 

【大阪公演】
日程:2018年6月1日(金)〜6月3日(日)
会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ(大阪府)
一般発売:未定
《お問い合わせ先》
キョードーインフォメーション:0570-200-888
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