美しく残酷な“食人人魚ミュージカル”はいかにして生み出されたのか?『ゆれる人魚』アグニェシュカ・スモチンスカ監督インタビュー

2018.2.8
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『ゆれる人魚』アグニェシュカ・スモチンスカ監督

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2月10日から公開される『ゆれる人魚』は、1980年代の共産主義時代下のポーランドを舞台に、人肉を食らう美しい人魚の姉妹(シルバーとゴールデン)が少女から大人へ成長していく姿を描いたミュージカル・ホラー映画だ。メガホンをとったアグニェシュカ・スモチンスカ監督は、長編デビューとなる本作で2016年のサンダンス映画祭・ワールドシネマコンペティションドラマ部門審査員特別賞をはじめ、世界各国で数々の映画賞を受賞するなど、一躍脚光を浴びることとなった。今回のインタビューでは、既存のイメージとはかけ離れた人魚の源泉となったものや、ポーランドでは珍しいミュージカル形態をとった理由、影響を受けた意外な作品や人物まで、スモチンスカ監督が一つひとつ丁寧に明かしてくれた。
 

「モダンな人魚」で表現したかったものとは

(C)2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE

――映画の舞台になっているナイトクラブ“ダンシング・レストラン”は、実際にポーランドに存在したそうですね。映画では当時のものを忠実に再現されたのでしょうか?

ダンシング・レストランは、どちらかというとわたしたちの記憶から再現したクラブなんです。わたしだけではなく、スタッフたちが80年代ごろに見知っているクラブも再現しているので、一つひとつ正確に再現しているわけではないです。ただ、撮影に使用している場所には、実際に有名な“アドリア”というクラブがあって、そこも使って撮影しています。当時のものより美しく描いているのは、人魚たちの視点を意識しているから。彼女たちから見ると、すべてが美しく、キラキラしていることを表現しているんです。今はもうないと思うのですが、当時のアドリアは非常に伝説的なクラブで、バンドの演奏も、ショーも、ストリップも、ウォッカもある、そういう場所だったようです。ただ、人魚だけはいなかったようですけど(笑)。

――(笑)もともとは、映画の音楽を担当されらっしゃるヴロンスキ姉妹(※編注1)の伝記映画になる予定だったそうですね。脚本のロベルト・ボレストさんのアイデアで人魚の話に変更されたそうですが、議論にはならなかったのでしょうか?

実はロベルトさんではなく、ヴロンスキ姉妹のバーシャ(バルバラ)さんがきっかけなんです。企画に着手し始めたころに、彼女が「内容が忠実すぎるので、自分の名前で伝記として描かれるのはちょっとイヤ」とおっしゃったので、脚本のロベルトさんから人魚のアイデアが出てきました。80年代であることは変わらないのですが、そこから人魚は歌うものなので、ミュージカルという設定が生まれたんです。あるポーランド人のジャーナリストと「作品の方向性は、キャラクターによって形作られていく」という話をしたことがあるのですが、今回は人魚というキャラクターからミュージカルが生まれたわけです。人魚のアイデアが出なければバーシャさんは納得してくれなかったと思うので、映画自体の存続が危ぶまれるところでした(笑)。

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――ヴロンスキ姉妹の伝記的要素は、映画からなくなってしまったのでしょうか?

ヴロンスキ姉妹の人生からひっぱってきている部分もあります。彼女たちのご両親も音楽に携わっていて、ダンシング・レストランのような音楽に近い場所で育っているので。セリフなんかも、彼女たち、そしてわたしの人生から引用している部分もあります。ただ、すべてが現実のコピーのような作品にはならない、むしろメタファーとして描いたからこそ、いい作品になったんじゃないかと思います。

――人魚といえば、ディズニーの『リトル・マーメイド』を思い浮かべる方が多いと思いますが、本作の人魚はどちらかというとアンデルセンの『人魚姫』や、ギリシャ神話の人を喰う怪物・セイレーンに近いイメージだと思います。なぜこのような人魚像になったのでしょう?

それは、わたしたちが子どもの頃に学校で話を聞いた『人魚姫』のような、美しいだけのクリーチャーにしたくなかったからです。もともと野生の獣のようなマーメイドを描きたかったので、ディズニーの『リトル・マーメイド』よりも、アンデルセンの『人魚姫』や、ホメイロスの『オデュッセイア』に登場する人魚にイメージが近いと思ったんです。この作品はどちらかというと子供向けではなく大人向けですし。それに加えて、人魚のお話だけではなく、人間の本質に関わるような普遍的なものにしたかったということもあります。人魚たちは“大人になりかけている少女たち”のメタファーなんですが、同時に人間にもなりたがっている。「人間になりたい」ということを描けば、逆に映画で「人間の本質とは何か?」と問いかけることが出来ると思ったんです。

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――ふたりの人魚たちの造形もすごく特徴的ですね。人間の姿のときに、女性器とおしりの穴が見当たらないのには、何か意味が込められているのでしょうか?

人魚の造形を考えるときに、まず「モダンな人魚」をテーマとして考えました。その中で、人間の姿に見えても、人間ではないクリーチャーにしたかったのです。人間の姿のときに性器がないのは、特にシルバーにとって重要な要素でした。シルバーは恋に落ちるのですが、10代の女の子が恋に落ちたら、当然セックスもしたいし、愛というものを初めての形で食らいつくしたい、経験したいと思いますよね。でも、それが物理的にできない、という状況を作るために“性器をつけない”ということになりました。彼女は彼氏とセックスしたいけど、できないから〇〇〇〇〇〇する(※ネタバレのため伏せ字)わけです。もう一つは、天使のイメージを想起させるためです。

 

アメリカ映画にはない独特のミュージカルが生まれるまで

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――人魚姿の姉妹の造形も、ややグロテスクで印象的でした。あの姿は、どういったコンセプトから生み出されたのでしょう?

覚えているのは、企画初期の会議でのことです。この映画のダンスや動きの振り付けを担当しているカヤ(・コロジェイチェク)さんや、ミュージシャンたちと一緒に話し合っていて、そこでわたしは「もっと振り切ったものを」とリクエストしていました。そうしたら、ミュージシャンのひとりから、「振り切れ振り切れと言うけど、人魚のデザインが普通で、よくある愛らしいクリシェ(ありきたりなこと)なイメージじゃないですか」と指摘されたので、そこで考え始めたんです。「もっとモダンな解釈はないか?」と思って、この映画のペインティング(絵画)を担当してくれているポーランド人のアレクサンドラ・ヴァリシェツカさんに、「もっとモダンなデザインを考えて欲しい」とお願いしました。そうしたら彼女は、17世紀の中世の人魚にインスピレーションを受けたデザインを見せてくれたんです。当時の表現では、人魚はドラゴンの姉妹のような姿で描かれていて、どちらかといえばモンスターのような存在でした。彼女はそれに影響を受けた大きなしっぽのデザインを描いてきてくれたので、それがいいと思って、制作スタッフに作るようにお願いしたら、2メートルくらいの巨大なしっぽになったわけです(笑)。

――確かに、爬虫類っぽい質感ですね。

それをどう動かすかは、カヤさんが女優さんたちと一緒に作っていったのですが。おっしゃるように、わたしたちが見慣れないしっぽの表現なので、いい意味での違和感がありますよね。よくあるウロコのある人魚のしっぽではなく、ベタベタして、すごく臭う、そういうものに仕上がりました。わたしにとって重要だったのは、人魚の美しい面だけではなく、ダークサイド=モンスターとしての側面を見せることだったので、それをしっぽ(の造形)に託しています。

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――姉妹以外のキャラクターについても聞かせてください。キンガ・プレイスさんが演じたクリシアが母親のような存在で印象的でした。どういった意図でこのキャラクターを配置されたのでしょうか?

おっしゃる通り、クリシアは姉妹の母親のようなキャラクターです。自分自身に子どもがいないので、最初は姉妹を娘のように扱います。女性的な視点から観ると、この映画はマザーフッド(母性)と、シスターフッド(姉妹関係)を描いた作品でもあります。キンガさんは舞台でも活躍している素晴らしい女優さんなのですが、実は脚本を送ってから読んでもらえるまで3ヶ月かかりました。読んでもらってからも、一度出演を断られています(笑)。でも、あきらめずに交渉していたら、この作品のメンター(指導者、助言者)でもあるアグニェシュカ・ホランドさん(『太陽と月に背いて』などの監督)が、「脚本はちょっとクレイジーだけど、監督が素晴らしいからやってみたら?」とキンガさんの背中を押してくれました。

――よかったですね。

この作品では、ほとんどの俳優が演技だけでなく歌も自分でこなしているのですが、それはキンガさんも同様です。クリシアというキャラクターの面白いところは、最初は母親のようにふるまうんですけど、ステージ上で姉妹がメインボーカルをとるようになると、バックボーカルのような存在になってしまうところですね。彼女が許せなくなって、「姉妹を殺さなくては。排除しなければ」と思うようになるところには、『白雪姫』のような要素があります。また、クリシアは愛人のドラマーを寝取られるので、ジェラシーも感じているんです。

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――ミュージカルシーンでは、『ラ・ラ・ランド』のようなアメリカの作品とは違う、独特の動きや演出が興味深かったです。何か意識されたことはありますか?

ポーランドにはもともとミュージカル映画の歴史がほとんどなかったんです。だから、わたしもミュージカルをどうやって撮ったらいいのかわからなかったので、カヤさんがインターネットで見つけてきてくれたミュージカルの映像で色々と教えてくれました(笑)。一方で、カヤさんは振付師として音楽、ミュージカルどちらのアプローチ方法も知っていたので、わたしはまた違ったミュージカルの視覚的な見せ方が出来るのでは、と感じていました。特に今回は、ヴロンスキ姉妹の音楽がすでにありましたから。作曲家たちが先に曲を書いて、レコーディングして、脚本家、音響、時には撮影監督、振付のカヤさん、ミュージシャンたち、みんなで集まって、すべての曲について、歌や画、ダンスのフォームを見ながら話し合いました。わたし自身は、ボブ・フォッシーミュージカルや、ラース・フォン・トリアー監督『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のビョーク、ピナ・バウシュの振り付けなどを参考にしました。それから、カヤさんはストリートダンス・プロジェクト・イスラエル(※編注2)や、さまざまな舞台から強い影響を受けていて、「このキャラクターを舞台で表現したらどうなるか?」というところからも着想しているんです。

――なるほど。

監督として重要だったのは、音楽があるからといって、古典的なやり方で踊らなくてもいい、ということですね。踊りではない“人魚の本質”を見せられる動きを見つけて、それをそれぞれのシーンに割り当てています。もちろん、それは曲の本質によって決まってくるのですが。

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※編注1 イスラエルのコンテンポラリーダンス
※編注2 ヴロンスキ姉妹(スザンナ・ヴロンスカ&バルバラ・ヴロンスカ)。2005年、ポーランドのインディーバンド“バラデ・イ・ロマンセ”を結成し活躍。

映画『ゆれる人魚』は新宿シネマカリテほか2月10日(土)より全国順次公開。

インタビュー・文=藤本洋輔

作品情報
映画『ゆれる人魚』
 
 
(2015年/ポーランド/ポーランド語/カラー/DCP/92分)
監督:アグニェシュカ・スモチンスカ
出演:キンガ・プレイス、ミハリーナ・オルシャンスカ、マルタ・マズレク、ヤーコブ・ジェルシャル、アンジェイ・コノプカ
提供:ハピネット/配給:コピアポア・フィルム
英語タイトル「THE LURE」
【ストーリー】
はじめての舞台、はじめての恋、はじめて吸うタバコ――「はじめて」の先にある、私たちの運命
人魚の姉妹が海からあがってくる。辿りついたのは80年代風のワルシャワのナイトクラブ。ふたりはワイルドな美少女。セクシーで生きるのに貪欲だ。一夜にしてスターになるが、ひとりがハンサムなベース・プレイヤーに恋してしまう。たちまちふたりの関係がぎくしゃくしはじめ、やがて限界に達し、残虐でちなまぐさい行為へとふたりを駆り立てる。
公式サイト:http://www.yureru-ningyo.jp/
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