ミュージカル『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』2月7日より開幕

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2018.2.7
ミュージカル『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』 (写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』 (写真提供:東宝演劇部)

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ミュージカル『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』が、2018年2月7日からシアタークリエにて開幕する。その公開リハーサルが、2018年2月6日に行われた。出演は瀬奈じゅん吉原光夫大原櫻子紺野まひる上口耕平横田美紀に加え子役がWキャストで、この日のキャストはアリソン(小学生・10歳)を笠井日向(かさいひなた)、クリスチャン(アリソンの1歳下の弟)を楢原嵩琉(ならはらたける)、ジョン(アリソンの4歳下の弟)を阿部稜平(あべりょうへい)が演じた。なお、別キャストはそれぞれ龍杏美(りゅうあみ)・若林大空(わかばやしたく)・大河原爽介(おおかわらそうすけ)が演じる。

アリソン・ベクダルの自伝的コミックを原作とし、音楽=ジニーン・テソーリ、脚本・歌詞=リサ・クロンによりミュージカル化された本作。3人の女優によって、主人公のアリソン・ベクダル(小学生・大学生・現在)を演じ分ける劇構造とともに、ストーリーが現在のアリソンの描く“漫画(コミック)”という形で展開してゆく。2013年9月にオフ・ブロードウェイで初演後、2015年3月にブロードウェイに進出。同年のトニー賞で、最優秀ミュージカル作品賞、最優秀ミュージカル脚本賞(リサ・クロン)、最優秀楽曲賞(ジニーン・テソーリ、リサ・クロン)、最優秀ミュージカル主演男優賞(マイケル・サーヴェリス)、最優秀ミュージカル演出賞(サム・ゴールド)の5冠に輝いた。

2015年トニー賞授賞式において披露されたのは「Ring of Keys」。前髪を上げるよう父に言われた小学生アリソンが、目に前に出現した誰かの姿に興奮して歌い出す。その誰かは舞台上にいないのに、まるで、そこにいるかのような表現。それを見守る43歳の、現在のアリソン。

賞レース一番の大舞台では、最も自信のあるシーンが選ばれるものだ。少女の演技力にかけた『FUN HOME』の数分のステージに、衝撃を覚えた人も多かったのではないだろうか。筆者もこのシーンの映像を何度も何度も観ては、その都度、まだわからない感情が押し寄せて、涙があふれ出るのを抑えられなかった。

動画 Fun Home Performance Tony Awards 2015


このたび本邦初演となるこの作品を、気鋭の演出家・小川絵梨子が演出した。小川はミュージカル初挑戦で、人物の心を細やかに丁寧にみせている。翻訳は浦辺千鶴、訳詞は高橋亜子。そして、キャストは次の通り。

アリソン(現在・43歳):瀬奈じゅん
ブルース(父):吉原光夫
アリソン(大学生・19歳):大原櫻子
ヘレン(母):紺野まひる
ロイ(庭仕事の助手兼ベビーシッター)ほか:上口耕平
ジョーン(アリソンを新しい世界へと導く):横田美紀
アリソン(小学生・10歳):笠井日向・龍杏美(Wキャスト)
クリスチャン(アリソンの1歳下の弟):楢原嵩琉・若林大空(Wキャスト)
ジョン(アリソンの4歳下の弟):阿部稜平・大河原爽介(Wキャスト)

(以下、内容に触れる記述がありますので、ご注意ください)

物語の語り手は、43歳のアリソン・瀬奈じゅんだ。

「父も私も、同じペンシルベニアの小さな町で育った。
 そして父はゲイだった。
 そして私はレズビアンだった。
 そして父は自殺した。
 そして私は……レズビアンの漫画家になった」

アリソンは、父・ブルースと娘である自分のことを語り出す。自分はレズビアン、父はゲイというセクシャル・マイノリティーであること。漫画家になったアリソンは、自分の記憶を信じない。「描くときは実物が必要」と、父が遺した物たちに触る。古いシルバーポット、そしてキーホルダーの鍵の束が、彼女を過去へといざなう。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

それはあたかも、マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』の主人公が、プティット・マドレーヌを紅茶に浸すところから記憶の旅を始めることにも似ている。原作コミックには、父が死の一年前から『失われた時を求めて』を読んでいたことが明かされている。やがて父の亡くなった年齢にさしかかった主人公アリソンが、自身の失われた時を求める旅をすることで、この『FUN HOME』という作品が誕生してゆくのである。それはまさしく『失われた時を求めて』へのオマージュというべき劇構造といえる。

劇中には、父が大学生のアリソンにジェイムズ・ジョイスの『若き芸術家の肖像』を送ったというくだりも出てくる。ジョイスがその次に書いた長編小説が有名な『ユリシーズ』である。プルーストの『失われた時を求めて』と同様に「意識の流れ」を描きつつ、ギリシャ神話のオデュッセイアの放浪とも重ね合わせた問題作である。現在43歳のアリソンが、10歳から現在までの33年間の「意識の流れ」をたった100分の中に凝縮する手法、そして父の遍歴を探求する物語は、まさに『ユリシーズ』を意識してのことだろう。ただしここは『ユリシーズ』の舞台=アイルランドのダブリンではなく、アメリカ合衆国北東部・ペンシルベニアの中の、小さな小さな町である。そこから大学という広い世界に出たアリソンは「自分は同性愛者だ」とカミングアウトした。しかし、そのことで、小さな町で隠れゲイであった父を追い詰めてしまったのではないか、と43歳のアリソンは考える。だから彼女は真実を確かめたいのである。

ここで、冒頭に紹介したトニー賞のパフォーマンスで歌われた「Ring of Keys」に思いを馳せる。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

「Ring of Keys」は、パーティーでは父から女の子っぽいドレスを強要され、他の子と違う個性を否定され、望まない髪留めをつけさせられていた日々をおくる小学生のアリソンが、ダイナーで食事をしているときに入ってきたトラック運転手の女性を見たときの気持ちを歌った曲である。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

本当はジーンズを着て過ごしたいと思っている。でもそれは「いけない」とも思っている。そんなアリソンが、初めて会ったトラック運転手の女性に「私、あなたが、わかる」と、あたかも自己を発見したかのような喜びと興奮を表現している。ショートヘア、ジーンズ、キーホルダーの鍵の束。すべてがよく似合う服を着こなす彼女の中に「こうありたい」という鍵を見つける。

小学生アリソンを演じる笠井日向が、その湧き上がる気持ちを、戸惑いながらも開いてゆく心を、鮮やかに表現する。笠井は小学生にして、2017年の丸美屋食品ミュージカル『アニー』では山田和也から、そして今回は小川絵梨子から演出を受けているわけだが、たくましさもかわいらしさも繊細さも、その全身で表現する力がある。特に彼女の、かすれひとつない堂々たる声は大きな財産だ。

みずみずしさ、生命力に満ちた小学生の笠井。恋人への愛と、性体験の喜びがおさえきれない大学生アリソンを演じる大原櫻子。悦びに満ちてダイナミックに歌う「Changing My Major」は、彼女の興奮状態が、どこかファニーで楽しい。ときめきいっぱいの歌詞にも、ぜひ耳をすませてほしい。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

対して、地元では役者もやっている母・ヘレン。いつも何かを取り繕って、家の中でも演じ続けているように見える。本心を隠すことで、なんとか調和を保とうとしたのだろう。その積年の鬱憤を歌うのが「Days and Days」。ヘレンを演じる紺野まひるが、華奢で可憐なイメージを裏切る。自慢のピカピカの我が家は、彼女にとっては牢獄だったのだ。

(写真提供:東宝演劇部)

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その家に愛を注いでいた父・ブルースを演じるのが吉原光夫である。美しいリネンを手にして喜ぶ表情。

(写真提供:東宝演劇部)

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彼が庭仕事の助手兼ベビーシッター・ロイ(上口耕平)に注ぐ目の色気。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

仕立ての良さそうなシャツを着こなす吉原にはドキドキさせられた。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

さすがニューヨークに旅行すれば、フリック・コレクション(美術館)に行くようなセンスの良い父……!

ドキドキといえば、大学生アリソンに「すごくいい」とささやくジョーン(横田美紀)の、吐息すらも感じさせる近さには、観ているこちらが赤面するほどだった。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

この回想を横から見ている現在のアリソン・瀬奈じゅんの悶絶しぐさもキュート。大学生アリソンが虜になったジョーンは、そのオープンマインドが、アリソンをほぐして本来の彼女を取り戻させたのだとわかる。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

父が自死したことも、母が苦しんできた毎日も、時を巻き戻して修正することはできない。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

しかし原作コミック冒頭には、「ママ、クリスチャン、ジョンに」と、母と弟たちに向けたアリソンからの、こんなメッセージが書かれている。

「WE DID HAVE A LOT OF FUN,
IN SPITE OF EVERYTHING.
(色々あったけど、楽しかったね)」

この言葉で思い出されたのが、暴君の父のもとで生きた家族の姿が描かれた、ハイバイの『て』(作・演出:岩井秀人、2008年初演)という作品のキャッチコピーだ。
「聞いてくれ、俺の家族の話を。辛かったけど、面白いんだ」
岩井にとって、自分の体験を演劇にして笑ってもらうことは、演劇療法なのだという。父を失ったアリソンも、演劇療法ならぬ漫画療法をしていたのかもしれない。父と家族を描き、漫画のキャプションのように「補足説明」をつけてゆけば、事の輪郭がはっきりしてくる。

『FUN HOME』のロゴ「O」の字の中。小さな円の中にいるのは、現在のアリソンと、子どもの頃のアリソンだろうか。しかし舞台を観終えたあと、左にいるのは父でもあると感じた。誰もが知り合いのようなペンシルベニアの町で暮らした父。小さな「〇(マル)」の範囲内でしか生きられなかった父。だけど今でもアリソンの中にある存在。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

『FUN HOME』とは、「Funeral Home(葬儀屋)」の略である。弟たちと棺桶で遊び、心躍るメロディの葬儀屋のCMを自作した我が家(クリスチャンを演じるマッシュルームカットの楢原嵩琉と、表情豊かなジョンを演じる阿部稜平の可愛らしさが非常に印象深い)。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

そして大好きな「パパの飛行機」に乗った。父が受け止めてくれたから、アリソンは空を飛べたのだ。その場所は、確かに「FUN」だったのだ。

(写真提供:東宝演劇部)

(写真提供:東宝演劇部)

どんなに愛する人とも、「死」という別れが、必ず訪れる。弟たちと葬儀屋のCMを自作して、棺桶で遊んだアリソンにも誰にでも、必ずその日は来る。だったらそれまでの日々を「色々あったけど、楽しかったね」と言いたい。

その楽しい日々の中に観劇が入るなら、ベクダル家に行かない手はないだろう。筆者は観劇中、心がずっと動きっぱなしだった。「素晴らしい舞台を観た」という興奮と高揚感でこのレポートを書いている。家族が大好きな人のみならず、家族で心が傷ついた経験のある人にも「おいでよ」と手招きしてくれる開かれた作品だ。

「補足説明」! 日比谷駅A11番出口から日比谷シャンテまで地下通路が直結し、天候に関係なく歩けるようになった。

ミュージカル『FUN HOME  ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』は、東京・シアタークリエで2月26日(月)まで上演。3月には、兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、日本特殊陶業市民会館 ビレッジホールでも上演される。

『FUN HOME』プロモーション映像


■取材・文=ヨコウチ会長
■写真提供=東宝演劇部
■参考文献(原作コミック):アリソン・ベクダル著、椎名ゆかり訳『ファン・ホーム ~ある家族の悲喜劇〈新装版>~』(2017年、小学館集英社プロダクション)

公演情報
ミュージカル『FUN HOME  ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』
 
<東京>
■会場:シアタークリエ
■日程:2018年2月7日(水)~2月26日(月)
※e+貸切公演=2月24日(土)13:30公演

 
<兵庫>
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
■日程:2018年3月3日(土)~3月4日(日)

 
<愛知>
■会場:日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
■日程:2018年3月10日(土)

■出演:
アリソン(現在):瀬奈じゅん
ブルース(父):吉原光夫
アリソン(大学生):大原櫻子
ヘレン(母):紺野まひる
ロイ(庭仕事の助手兼ベビーシッター)ほか:上口耕平
ジョーン(アリソンを新しい世界へと導く):横田美紀
アリソン(小学生):笠井日向・龍杏美(Wキャスト)
クリスチャン(アリソンの1歳下の弟):楢原嵩琉・若林大空(Wキャスト)
ジョン(アリソンの4歳下の弟):阿部稜平・大河原爽介(Wキャスト)

 
■原作:アリソン・ベクダル
■作曲:ジニーン・テソーリ
■脚本・作詞:リサ・クロン
■翻訳:浦辺千鶴
■訳詞:高橋亜子
■演出:小川絵梨子

 
■公式サイト:http://www.tohostage.com/funhome/
 
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