『エミール・ガレ 自然の蒐集』レポート 小さな器に生命の神秘を閉じ込めた、ガレのガラス作品約130点が集結!

レポート
アート
2018.3.28
 撮影:加藤 健

撮影:加藤 健

画像を全て表示(26件)

2018年7月16日(月・祝)まで、箱根・仙石原のポーラ美術館で『エミール・ガレ 自然の蒐集』展が開催中だ。アール・ヌーヴォーの旗手として知られるエミール・ガレ(1846~1904年)の作品を博物学的な視点から紹介する本展。ポーラ美術館の所蔵作品を含め、国内のガレ作品およそ130点を堪能できるだけでなく、それらのモチーフにもなった植物や昆虫の標本資料100点以上も鑑賞できる。全4章からなる本展の見どころを紹介しよう。

カラフルな色彩と革新的な表現に注目

序盤では、ガレの初期から中期の作品を展示。植物好きな母親の影響もあってか、ガレは自然への関心が強く、多くの作品に身近な植物や昆虫などがモチーフとして登場する。

この時期の作品に多用されていたのが、「エナメル彩」という技法だ。色ガラスの粉末を油や松脂で練った絵具で、透明ガラスの表面に彩色を施して焼き付ける。ガレ本人が「あらゆる色のエナメル彩を手掛けた」と語るほど色とりどりのガラス作品が作られており、多彩な色で私たちの目を楽しませてくれる。

また、ガラス工房を営む父のもと、さまざまな技術を身につける中で、ガレ自らも新しい表現に挑戦しているのがうかがえる。

たとえば、1878年のパリ万博でガレの名を一躍世に知らしめた「月光色ガラス」。光を放つようなガラスの素地が高く評価され、当時大流行した。

《バッタ文花器》(1878年頃、サントリー美術館蔵)

《バッタ文花器》(1878年頃、サントリー美術館蔵)

さらに、器の形そのものに生き物の形を取り入れるという革新的な表現も生まれた。こうした表現は、後に手掛けるようになった家具制作にも反映されている。

《水差「トンボ」》(1874~1889年、飛騨高山美術館蔵)

《水差「トンボ」》(1874~1889年、飛騨高山美術館蔵)

生命の象徴「森」にインスパイアされた作品を“図鑑”のように展示

「われわれの根源は森の奥にある、苔むすところ、泉のほとりに」という、ガレの座右の銘ともいえる言葉。これは工房の門にも刻まれており、ガレの制作活動において大きな柱となっていたことを物語っているようだ。さまざまな生命がうごめく「森」は、ガレにとって作品の源となるだけでなく、生命の象徴でもあった。

森に生きる植物や昆虫をモチーフにした作品を標本資料とともに並べ、博物学的な展示を試みているのも本展の目玉のひとつ。東京大学総合研究博物館の協力で、ガレが作品のモチーフにした植物や昆虫に近しい標本と見比べることができる。

植物については細かい描写で名称を特定できるほど写実的である一方、昆虫に関しては足の数が実際と異なるなど、あくまでもデザインの範疇から出ていないのが、対比として面白い。「こうして見比べてみると、ガレがいかに植物に関心があったのかがよくわかります。ガレは自宅の庭で2,500種以上の植物を育て、生涯をかけて植物の研究にも取り組んでいました」と同館学芸員の工藤弘二氏は語る。

撮影:加藤 健

撮影:加藤 健

《紫陽花文ランプ》(1904~1906年、ポーラ美術館蔵)

《紫陽花文ランプ》(1904~1906年、ポーラ美術館蔵)

《菊にカマキリ文花器》(1884~1904年、ポーラ美術館蔵)

《菊にカマキリ文花器》(1884~1904年、ポーラ美術館蔵)

《草花文耳付花器》(1895年頃、ポーラ美術館蔵)

《草花文耳付花器》(1895年頃、ポーラ美術館蔵)

美しい花を咲かせる華やかな植物だけでなく、ソテツやシダなど、どちらかといえば地味な植物も自らの作品に取り込んでおり、植物に対するガレの愛を感じずにはいられない。

《花瓶「蘇鉄」》(1903~1904年、ウッドワン美術館蔵)

《花瓶「蘇鉄」》(1903~1904年、ウッドワン美術館蔵)

《羊歯文花瓶》(1895~1900年、北澤美術館)

《羊歯文花瓶》(1895~1900年、北澤美術館)

睡蓮をモチーフにしたガレの作品をポーラ美術館所蔵のモネの絵画とともに展示した空間も

睡蓮をモチーフにしたガレの作品をポーラ美術館所蔵のモネの絵画とともに展示した空間も

ガレも魅せられた「海」の生き物たち

海底探検船やダーウィンの進化論などの影響で、海への関心が高まった19世紀後半。ガレも例に漏れず、晩年には海の生物をモチーフにした作品にも取り組んだ。特にドイツの無脊椎動物を専門とする生物学者、エルンスト・ヘッケルの版画集『自然の芸術形態』に好奇心を刺激され、アール・ヌーヴォーの特徴でもある曲線美を感じさせるクラゲやクモヒトデなどを取り入れた作品を晩年に残している。

エルンスト・ヘッケルの版画

エルンスト・ヘッケルの版画

(右)《クラゲ文花瓶》(1900~1904年、北澤美術館蔵)

(右)《クラゲ文花瓶》(1900~1904年、北澤美術館蔵)

《クモヒトデ文蓋物》(1900年頃、個人蔵)

《クモヒトデ文蓋物》(1900年頃、個人蔵)

工芸を芸術として高めた「もの言うガラス」

ガレの作品には、ガラスの器に詩の一節が刻まれている「もの言うガラス」と呼ばれるものも。モチーフとしたイメージに言葉を重ねることで、作品に秘められた内面的な意味合いが強調されている。また、詩を加えることで、芸術分野のヒエラルキーにおいて軽んじられてきた工芸を少しでも高みに近づけたいという思いも込められていたという。

《おたまじゃくし文花器》(1900年、飛騨高山美術館蔵) 上にいくほどにオタマジャクシは大きく足も長くなっていき、成長の段階が描かれている。口縁部分にはロマン主義の詩人、テオフィル・ゴーティエの詩の一節が刻まれている。

《おたまじゃくし文花器》(1900年、飛騨高山美術館蔵) 上にいくほどにオタマジャクシは大きく足も長くなっていき、成長の段階が描かれている。口縁部分にはロマン主義の詩人、テオフィル・ゴーティエの詩の一節が刻まれている。

《海藻と海馬文花器》(1905年頃、ポーラ美術館蔵) 海藻やサンゴにしっぽでつかまりながら海を漂うタツノオトシゴ。ガレはその習性を知った上で、器に映し出したと思われる。こちらも口縁部分に、ボードレールの詩の引用が見られる。

《海藻と海馬文花器》(1905年頃、ポーラ美術館蔵) 海藻やサンゴにしっぽでつかまりながら海を漂うタツノオトシゴ。ガレはその習性を知った上で、器に映し出したと思われる。こちらも口縁部分に、ボードレールの詩の引用が見られる。

平面から立体へと進化していった装飾

展示終盤では、ガレの晩年の傑作を展示。初期~中期の作品は器の表面に彩色する平面的な装飾であったのに対し、晩年のガレはガラス素地そのものの色彩の可能性を追求し、立体的な装飾を好んだ。

《海馬文花器》(1903年頃、ヤマザキマザック美術館蔵)

《海馬文花器》(1903年頃、ヤマザキマザック美術館蔵)

《水差「ギアナの森」》(1903年頃、個人蔵)

《水差「ギアナの森」》(1903年頃、個人蔵)

技術的な進化とともに表現の幅を広げていったガレだが、一貫して変わらなかったのは生態系や生き物に対する関心だ。

晩年を迎えて制作された生態系の循環や生命の時間を感じさせる作品には、自らの人生や命を投影させていたのかもしれない。

《百合文六角花器》(1900~1904年頃、個人蔵) ひとつの器につぼみと花開いた百合を取り入れ、生命の時間を感じさせる。

《百合文六角花器》(1900~1904年頃、個人蔵) ひとつの器につぼみと花開いた百合を取り入れ、生命の時間を感じさせる。

《蘭文八角扁壺》(1900年頃、北澤美術館蔵) 表は大きく花開いた蘭の装飾が施されている。

《蘭文八角扁壺》(1900年頃、北澤美術館蔵) 表は大きく花開いた蘭の装飾が施されている。

裏から見た《蘭文八角扁壺》 枯れたような蘭を表現し、ひとつの器で生命の循環を表現。

裏から見た《蘭文八角扁壺》 枯れたような蘭を表現し、ひとつの器で生命の循環を表現。

作品を鑑賞した後は、美術館周辺の自然豊かな遊歩道を歩きながら、ガレと同じように森に息づくさまざまな生物に目を向けてみてほしい。ガレが小さな器に閉じ込めた生命の神秘を、より身近に感じられるはずだ。

イベント情報

エミール・ガレ 自然の蒐集
会期:2018年3月17日(土)~7月16日(月)
会場:ポーラ美術館
休館日:会期中無休
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
入館料:一般1,800円(1,500円)、シニア割引(65歳以上)1,600円(1,500円)、大高生1,300円(1,100円)、小中学生700円(500円)
※( )内は15名以上の団体料金
※障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)は無料
※小中学生は土曜日無料
http://www.polamuseum.or.jp/sp/emile_galle/
シェア / 保存先を選択