三島由紀夫が最後にたどり着いた世界とは? 遺作『豊饒の海』に東出昌大&宮沢氷魚が挑戦

インタビュー
舞台
2018.10.3
(右から)東出昌大、宮沢氷魚

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

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イギリス出身のマックス・ウェブスターの演出、長田育恵の脚本で舞台化される『豊饒の海』。三島由紀夫が、世間をあっと言わせた割腹自殺でこの世を去る前、最後に手がけた作品で、“生まれ変わり”をモチーフに綴られる長編小説だ。美しき主人公松枝清顕を演じる東出昌大と、その生まれ変わりの一人である飯沼勲を演じる宮沢氷魚が、作品への意気込みを語り合った。

ーー『豊饒の海』の舞台化と聞いて、まずはどんな思いを抱かれましたか。

東出:以前から三島由紀夫のファンなので、タイトルを聞いたとき、自分の役者としてのキャリアの上で畏れのようなものを感じました。その壮大なスケールに、はたして舞台化できるのだろうか……というとまどいがあって。この舞台に携わっていなくて、ファンとしてなら、『豊饒の海』の舞台化、できるの? と今も思っていると思います。それは『禁色』にしても同じことで、文学として難しいので。けれども、マックス・ウェブスターさんと会ってお話ししたところ、「僕はある意味有利な立場にある。というのは、日本人は三島をある意味神格化しているところがあるけれども、僕はそういったものなしに原作を読んで舞台化できると感じているし、人間ドラマを描くだけだから」とおっしゃっていて。台本もすばらしいと思いました。三島を好きだからこそ思うんですが、舞台化にせよ映像化にせよ、原作を超えること、すなわち、読者それぞれが想像力によって補填し、頭の中に完成させた世界を超えることは難しいと思うんですね。けれども、血の通った人間が演じることで生き生きとした世界を描き出せるということはあるかもしれない。そうとらえて、稽古を頑張っていきたいと思っています。

宮沢:僕は最初に舞台化の話をお聞きしたとき、全四巻のうちどの巻を舞台にするんだろうと思い、全編ということで、どう舞台化するのだろうと疑問が湧いて。正直、先日ワークショップをやるまで、その疑問がぐるぐるしていました。けれども、みんなで本読みをしていくうちに、長田さんが原作のすばらしいところを汲み取って一つの作品に仕上げていて、原作に対して新しい観点があり、新しい作品のようにも思えるなと。そんな新しい試みの一員として参加させていただけることがとてもうれしいですが、だからこそ責任感も感じます。ただ、変なプレッシャーは感じずにやっていきたいなと。10代や20代の若い方は三島由紀夫というと読んだこともないという人も多いと思うんですね。そういう方たちにも間違いなく楽しんでいただけて、どこか絶対共感するところのある作品になると思うので、三島由紀夫、硬いな、どうしようかなと思っている方にも観に来てほしいなと思っています。

ーー作品の大きなテーマとして、転生、生まれ変わりということが取り上げられていますが、信じていらっしゃったりしますか。

宮沢:すごく信じるわけではないんですが、前世の名残ではないですが、その人がその人として作り上げられる上で影響する存在というものはあると思っています。過去に存在していた人とか、自分の家族の中で亡くなった人とか。例えば僕の場合、自分の先祖とか、そういった何らかの存在、イメージが影響しているというところはあると思いますね。

ーーもし生まれ変わるとしたら?

宮沢:何百年後とかの、すごく遠い未来の人間になりたいですね。周りの環境がまったく違った状態のところに生まれてきたい。それで日本だとおもしろいかもですね。

東出:アラブの石油王ですね。それなりに苦労もあるかもしれないけれども、一生お金に困らないかなと(笑)。

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

ーー東出さんはとりわけ三島由紀夫がお好きということですが。

東出:芥川龍之介に始まり、文豪小説を読む俺、かっこいいと思っていて気取っていた時期があったんですよ(笑)。その中でも自然と好き嫌いが分かれるもので、三島に傾倒していったのは、人間の黒いところ、ギスギスしたところが非常に鮮やかに描かれていて、人の怖さや恐ろしさが鮮烈な印象をもって迫ってくる。それが好きになった理由だと思います。『禁色』『音楽』『午後の曳航』『潮騒』『金閣寺』……一通り読んでいて、挙げ出したらきりがないですが、ものすごく頭のいい方なので、東大の全共闘との対話集とか読むと、頭がよすぎてちょっとついていけないです(笑)。『金閣寺』も、10代の終わりくらいに背伸びして読んで、最初は全然わからなかったんですけれども、その後、オリンピック周期くらいで読み直すと、意味がだんだんわかってきて。『豊饒の海』もすべてわかったとは30歳では言い切れないんですけれども、主人公松枝清顕は今しか演じられないなと。若さや、無知ゆえの奔放なところが彼の魅力だと思うので。全部わかりきった人間が出てこないというところもこの作品の魅力だと思います。三島由紀夫の遺作にして最高傑作なので、原作は文学的表現、豪華絢爛な文章がとにかくすごくて。難しいので、特に読んでから観に来ていただく必要はないです(笑)。読んでいない方にも十分伝わる舞台になると思いますし。

宮沢:僕は原作を読んで、すごく難しくて、何回も戻っては読み直して戻って……。今でも理解度は全然、10パーセント、20パーセントも行ってないと思うんですが、今24歳で、開き直って、今の僕の人生ではそれでいいと思って。僕が24年生きてきて、これしか理解できないというのはもちろん悔しいんですけれども、いずれわかってくるだろうという気はするので。今はわかるところを楽しんで、理解して、考えて……という段階ですね。僕にとって三島由紀夫は歴史的存在で、映像なんかで見ていても、本当に存在したんだろうか、本当に人間なんだろうか、というか、神みたいな存在なので。どこかで、“三島由紀夫”という人物を、ある人間が演じて、それが映像に残っているような感覚なんですよ。それが、この作品の稽古に取り組む中で、どんどん変わって、リアルな存在になってくるんではないかなと思うんですけれども。今はあまり深く考えすぎず、自然に感じたことを大切にしていこうと思っている段階です。

ーー「“三島由紀夫”という人物を、ある人間が演じている」というところで、東出さんもうなずいていらっしゃいました。

東出:まさしくその通りのように思います。ただ、最後、死というものも含めて、自分の生き方、見せ方というものを昇華させたというのはやはり常人ではないですよね。彼にしか見えなかった景色というものがあると思うので。けっして気取っているということではないですし……。うーん、恐ろしい人だなと思います。

宮沢:本もそうですし、残されている映像やインタビューを見ていると、本当に一つの映画、一つの作品を見ているような感覚があるんですよね。それが本当にこの日本で起きたことなんだという実感が、あるようでないんですね。一つの架空の世界だったような……。その日本が、一つの作り上げられた時代、本当は存在しなかった時代のように、無意識のように思えたりして。

ーー東出さんは松枝清顕、宮沢さんはその生まれ変わりである飯沼勲を演じられますが、役及び互いの存在についてどう考えていらっしゃいますか。

東出:松枝清顕は舞台上、この物語の出発点となる人物です。物語の語り手である本多繁邦にとって、魅力的な人物だったのだろうと。しかしその実、本当のことは、全部読んでも僕自身わからない。そのわからないというところを多分に秘めた人物なのかなと思います。何者にも染まらないし、何の影響も受けていない、それが本多にとって魅力として映っていると思うので、その松枝が恋愛をするということははたしてどうなのか、そもそもあれは恋愛と呼べるのか、稽古に入るのが楽しみなところです。マックスが言っていてなるほどなと思ったのは、全体のトーンとして、舞台上のすべてが全員に少しずつ干渉し合っているという舞台にしたい、それが成功の秘訣だということ。舞台としても、原作を鑑みても、その通りだと思うんですよね。なので、稽古をしていく中で、お互い解釈をすり合わせて、関係性を深めていく作業がこれから進んでいくんじゃないかと思いますね。

宮沢:勲は10代で、ものすごく若いのに覚悟がはっきりしていて。今で言うと、なかなか10代で覚悟を持てる人間っていないと思いますし、それはもしかしたら時代の影響というものもあるのかもしれない。そんなところが魅力かなと、原作、台本を読んで感じます。彼自身、ちょうど若い青年から大人になるタイミングだと思うんですね。自分の生きている時代への疑問もあるし、大人になっていくという変化の時であるということを表現していきたいなと。覚悟ははっきりしているんですけれども、本当にピュアで正義感にあふれている人物なので、そういったところを大事にしていきたいなと。勲は物語の中で大きな決断をします。僕自身、役者を本格的に始めてまだ一年なんですけれども、自分の人生を振り返ってみると、高校を卒業してアメリカへの留学を決めたとき、役者を始めようと思ったときなど、ターニングポイントとなったときにいくつか大きな決断をしている。決断をするということにおいてはものすごく共感できますね。松枝との関係性の表現については、正直稽古が始まってみないとわからないとは思うんですけれども、少なからず勲の中に松枝は生きている気がするので。でもそれをわざとらしく出しても気持ち悪いですし、そういうことではなく、稽古をしていくうちに自然と自分の中で生まれてくるものだと思うので、あまりあせらずゆっくり向き合っていきたいと思っています。

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

ーー三島由紀夫の言葉をセリフとして言うというのはどんな体験ですか。

東出:脚本も非常におもしろいですし、うれしいです。セリフになると、意外と心情をストレートに出している言葉が多いんだなと感じました。「好き」と言いながらも好きじゃないみたいなところはないですね。その「好き」が本当に好きなのかどうかという根源的な問いはありますけれども。

宮沢:台本を読んで、こんなにも一言一言に意味があるんだなと。すべての言葉に意味があり、必要性がある。それは長田さんの脚本の力ももちろんあると思いますが、それだけ、三島由紀夫の言葉に力がある、言葉に意味を持たせているということなのだろうと、不思議な感覚になりましたね。

ーーマックス・ウェブスターさんとのワークショップはどんな雰囲気でしたか。

宮沢:直接台本をもってどこかのシーンをやるとかではなく、みんなの身体の動き方をチェックしたり、身体を動かすエクササイズが多かったですね。それを前半やって、後半は本読みをして、それぞれ役や作品についてどう思うか感想を言ったり。

東出:テンションというものは段階を経ていくものだから、台本を読むときにもテンションはどこにあるんだろうということを考えながら読むと、劇に流れが生まれるということをおっしゃっていました。例えば、あまりにも悲しみが大きいと、人間の身体は固まってしまい、全身に力が入ってしまう。なので、テンションを七段階に分けて、それぞれ順々に上がっていく、その違いをやってみたりとか。ひとつの感情を同じテンションで最初から最後まで見せられるシークエンスは、演劇として見ていてもおもしろくないということを彼は言ってましたね。

宮沢:役者との距離がとても近い方だなと僕は思いました。今回が舞台二作目なので、わかっていないことも多いんですが、演出家の方は、デスクに座って指示をするというイメージを勝手に抱いていて。でも、マックスさんは役者と一緒にエクササイズに参加していたりして、役者と近く、仲間意識がある方なので、相談しやすいというか、思ったことを言いやすい方だなと。これからもいろいろ、もっとこうしたいとか、お互いに思っていることのズレも出てくるかもしれませんが、それを詰めていけるような距離感というか、何でも言える感じで。エクササイズのときもとても楽しかったんですが、それはご本人が楽しんでいるから、役者も楽しめるんだろうなと思って。とにかく本稽古が楽しみで、楽しくこの作品を作っていける自信がつきました。

東出:僕は初めて出演した舞台の演出が小川絵梨子さんで、ニューヨークで演劇の勉強をしていた方ですが、その敬愛する小川さんがおっしゃっていたのが、演技にノーはない、もっとこうした方がいいということはあるかもしれないけれども、人が生きてそこに動いているのだからそれはだめだということはないと。その言葉がすごく印象的だったんですが、マックスにも同じようなものを感じました。多分その根底にあるメソッドというか、お芝居の学問というものが、欧米の感覚なのかなと思って。マックスは非常にオープンな方なので、生きている人間というものをダイレクトに感じて演出してくださる方なんだろうなと思っています。

ーーお二人とも二度目の舞台になりますが、今回ここを深めていきたいという課題はありますか。

宮沢:前回の舞台(藤田貴大作・演出『BOAT』)は、台本がなくて、稽古をしながら作っていく感じだったんです。今回は稽古前に、準備稿ですが、セリフがあって、それは僕にとっては初めての新しい経験で、ある程度準備して本稽古に入れるなと。ただ、そこに甘えたくないなというのがあって。稽古をしていくうちに変わっていくと思うし、準備をしすぎて型にはまりたくない、柔軟な状態で入っていきたいと思うので。あまり自分の中で決め過ぎずに稽古に入っていけたらと思っています。

東出:台本も入ってるし、その後何が起こるかって役者はわかっているんですけれど、でも、演じるっていうことをまず捨てないと、反応できないんじゃないかなと思うんです。以前小川さんがおっしゃっていたのが、お芝居っていうのは、キャッチボールじゃなくてラリーなんだと。ラリーというのは、相手がこうやって打とうというそのフォームを見てこっちに球がどの弾道で来るかというのを予測して先回りするということだと。すごく根本的なことなんですけれども、お芝居ということを捨てて、その役として、舞台上に立ちたいと思います。究極なんですけれども。

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

(右から)東出昌大、宮沢氷魚

ヘアメイク=廣瀬瑠美(東出)、川端 富生(宮沢)
スタイリング=林道雄

取材・文=藤本真由(舞台評論家)撮影=福岡諒祠

公演情報

2018 PARCO PRODUCE “三島 × MISHIMA”『豊饒の海』
 
■原作:三島由紀夫
■脚本:長田育恵
■演出:マックス・ウェブスター
 
■音楽:アレクサンダー・マクスウィーン
■ステージング:小野寺修二
■美術:松井るみ
■衣裳:宮本宣子
■音響:井上正弘
■照明:佐藤啓
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:本田和男
■プロデューサー:毛利美咲
■製作:井上肇
■企画製作:株式会社パルコ
 
■出演:
東出昌大 宮沢氷魚 上杉柊平 大鶴佐助 神野三鈴 初音映莉子 大西多摩恵 篠塚勝 宇井晴雄 王下貴司
斉藤悠 田中美甫 首藤康之 笈田ヨシ
 
<東京公演>
■公演日程】
2018年11月3日(土)~5日(月)プレビュー公演
2018年11月7日(水)~12月2日(日)本公演
■会場: 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
■料金:9,000円 プレビュー料金:6,000円(全席指定税込)
■問合せ】パルコステージ 03−3477−5858 (月~土11:00~19:00/日・祝11:00~15:00)
■公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/houjou/
 
<大阪公演>
■公演日程:2018年12月8日(土)~12月9日(日)
■会場: 森ノ宮ピロティホール
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