平田オリザが大阪で会見~青年団『ソウル市民』『ソウル市民1919』から噂の劇団移転&演劇大学の話題まで

インタビュー
舞台
2018.10.22
平田オリザ [撮影]吉永美和子(人物すべて)

平田オリザ [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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「右でも左でもない人たちに、日本の植民地支配について考えもらうことが大事」

劇作家・演出家の平田オリザが提唱した「現代口語演劇」のスタイルを確立し、彼が主宰する劇団「青年団」の出世作ともなった『ソウル市民』。発表当時「静かな演劇」と呼ばれた演技・演出の斬新さだけでなく、戦前の日韓関係と庶民たちの罪業を浮かび上がらせた内容面でも、大きな衝撃を与えた名作だ。その後本作は、年代や場所を変えた続編が作られ続け、2011年には全五部作が一挙上演されるに至っている。その『ソウル市民』と『ソウル市民1919』が、現在東京[こまばアゴラ劇場]にて、二本立てで再演中だ。11月からは西日本ツアーが始まるが、その前に主宰の平田オリザが、大阪で記者会見を開催。本作について語ってもらうと同時に、兵庫県豊岡市への劇団移転計画と、同市で取り組む大学開学&演劇祭開催に関する最新情報も飛び出した。



『ソウル市民』は、1989年に青年団の第16回公演として上演。当時演出理論は着々と固められていたものの、どのような戯曲に有効なのかは暗中模索の最中だったという「現代口語演劇」の「理論と実践がマッチした、初めての作品だった」と振り返る。

『ソウル市民』は約30年前、私が26歳の時に……どんだけ嫌な20代だったんだと思いますけれども(笑)、書いた作品です。私が大学を出た1987年辺りから〈現代口語演劇〉の実験を続けてきて、理論的には新しいものを発見したつもりになっていたんですけど、その価値については自分でもよくわかっていなかったんです。すごく切れ味のいいナイフを手に入れたけど、ではこれで何を切ればいいんだろう? という感じ。でもこの『ソウル市民』を書き上げた時に“この方法論は、こういう作品を書くのに適していたんだ。これで私は日本演劇史に名を残したな”と思いました。

しかしそう思った割には、(初演の時は)思ったよりお客様は入らず……しかも大半の方は舞台上で何が行われてるかさえわからなかったと思うのですが、一部の方はとても評価をしてくださいました。ただ今のようにインターネットのある時代ではないので、極めて一部の演劇ファンの間で“何か変なものがあるらしいよ”と話題になる程度で。劇団もしばらく鳴かず飛ばずだったんですが、私たちとしてはこれが一つの記念碑的な作品になったという風に思っています。

青年団『ソウル市民』(2006年再演より) ©青木司

青年団『ソウル市民』(2006年再演より) ©青木司

『ソウル市民』は「日韓併合」を翌年に控えた1909年に、漢城(現ソウル)で暮らすごく普通の日本人一家の日常風景を、克明に描写した作品。本作には、日本の植民地支配の実態を芸術の目線から切り取ることと、これまでにないリアリズム演劇を描くことの、2つの狙いがあったという。

ヨーロッパに比べると、日本は植民地ものの作品が少ない。台湾で50年、韓国で35年と、ヨーロッパ諸国よりも植民地支配(の時期)が長くないからだと思いますが、この時代を文学・戯曲などできちんと総括できていないことへの問題意識はずっとあり、いつかテーマにしたいと思っていました。今でもそうですが、戦争ものや植民地ものは、悪い軍人や商人や政治家が庶民を虐げるという、弱者の視点で描かれたものが非常に多い。しかし『ソウル市民』は、支配層の(一般市民の)日常を丹念に描くことで、植民地支配の構造を明らかにするというのが、画期的な所だったんじゃないかと思います。

この作品を書く時にたくさんの資料に当たりましたが、日本の中で最も植民地支配に賛成したのは庶民だったんです。それは非常に単純で、日露戦争に勝って日本も一等国になったから、植民地の一つや二つ持って当たり前という世論の雰囲気があって、それが植民地を後押ししたわけです。何かに抑圧・強制されてイヤイヤ加担したのではなく、健全な、自立した市民一人ひとりが主体的に選んだ。つまり“市民”というのは、決して正しいことばかりをするわけではないということです。植民地支配には、どちらかというと庶民が加担しているというのが私の歴史観で、そのような市民のあり方は、1909年も今も変わってないのではないかと思います。そのことについて、右でも左でもない中間層の人に考えてもらうことが大事だと思っていますし、私は常にそのつもりで作品を作っています。

平田オリザ

平田オリザ

劇作家の太田省吾さんは、この作品を“ちょっと別のレベルのリアリズム”という風に言ってくださいました。おそらく当時の人々の意識の流れを、忠実に再現することをやろうとした時に、それまでとは違う次元のリアリズム演劇……虫眼鏡ではなく、顕微鏡で見るようなリアルさが、この手の作品には必要だった。そのことによって、軍人や政治家だけでなく、すべての人々がそれに加担していくという、植民地支配の本当の怖さ、本当の醜さがあぶり出されることになったと思います。まだ〈ポスト・コロニアリズム〉という言葉が流通してなかった時代に、こういう作品を書いたというのは、多少先見性があったかなという風に思っています。

本作の続編として2000年に発表された『ソウル市民1919』は、その10年後の同じ日本人一家の日常を描いた芝居。植民地支配時代最大の民族解放運動「三・一独立運動」を真正面から取り上げた、数少ない作品でもある。

その争乱の午前中の、やはり同じ日本人一家の姿を描いた作品です。外ではすごく騒乱が起こりつつあるんだけど、彼らはまったくそれに気づかずに呑気に暮らしている所が描かれます。一作目よりも滑稽で音楽も多くて、表面上はものすごく楽しい、コミカルな部分の多い作品です。ただ3月1日というのは、韓国では祝日になっているほど、とても重たい日。その重さと、そこで暮らす日本人の滑稽さみたいなものを対比しています。当時から“こんなに茶化していいのか?”と思っていたんですけど、韓国で上演された時は比較的好評で、ある韓国人演出家に“これは韓国の作家が書くべきだった”とおっしゃっていただいたほどです。

青年団『ソウル市民1919』(2006年再演より) ©青木司

青年団『ソウル市民1919』(2006年再演より) ©青木司

今日本の高校生に聞くと“韓国が大好き”という女の子がものすごくいますし、僕が留学していた(1980年代)当時に比べると、夢のように文化的な交流が盛んですが、日韓ではあまりにも歴史教育の差があります。“1919年3月1日に韓国で何がありましたか?”と聞かれた時に、おそらく答えられる大学生は1%もいないんじゃないか……と言うと、韓国の新聞記者はみんなショックを受けますし、それはちょっと国際関係としてはまずいだろうと思うんです。ヨーロッパでは、たとえば大学生以上の人には最低限の常識として、(支配された側が)どのような発言を不快に思うのかを教えます。それが外交であり、国際関係ですから。このようなことは、広い意味で教育でやっていくしかないし、芸術で教えられる部分はすごく限られていると思います

教育といえば、2021年4月に兵庫県豊岡市で開学予定の、観光とパフォーミング・アーツを主軸にした県立の専門職大学「国際観光芸術専門職大学(仮称)」の学長に、平田が就任することがアナウンスされたばかり。記者会見の質問はこの大学と、2020年中に完了すると言われている青年団の豊岡移転にも話が及んだ。

認可が下りれば、私たち演劇界の悲願でもありました、国内初の演劇とダンスを本格的に学べる公立大学ができます。また開学に先駆けて、来年9月に〈豊岡国際演劇祭〉を開催することになりました。まだ概要はあまり決まってませんが、将来的には、世界最大の〈アヴィニヨン国際演劇祭〉みたいに、海外招へい作品やフリンジ公演を、(豊岡市のある)但馬全域の劇場や野外などで上演してもらうつもりです。私たちが今まで作ってきたネットワークに加えて、十分な宿泊施設がそろっている地域なので、豊岡なら成功できるかもしれないと思っています。しかも大学が始まれば、学生はインターンとして演劇祭に参加することで単位が出て、多少のアルバイト料も発生するようにします。東京オリンピックのようなひどいボランティアではなく(笑)、きちんと組織化されたボランティアを抱えていて、さらに学生にとってはアートマネージメントのキャリアアップになるという。それが目玉でもありますし、この点は、もう勝ったも同然だと思っています。

平田オリザ

平田オリザ

青年団としては、私自身は来年豊岡に移住する予定ですが、劇団の正式な移転は2020年4月以降になります。江原駅という特急の停まる駅の近くにある、非常に雰囲気のある元役場の建物を劇団の本拠地となる劇場に改装し、それが2020年3月に完成する予定です。それ以外にも、2つ劇場を作る予定にしている所があるので、江原駅周辺に3つの劇場ができることになります。来年の(青年団の)大きな演目2つは、両方とも(豊岡市城崎の)[城崎国際アートセンター]で作るので、そういう意味では東京での製作はじょじょに減っていく……という言い方もできるかと思います

平田いわく「ジェットコースターに乗っているように、良くなったり悪くなったりが激しい(平成の)30年だった」という、日韓関係の過去と現代を見つめ直し、そして両国の未来を考えるきっかけとなるに違いない『ソウル市民』及び『ソウル市民1919』。と同時に、今の日本の演劇界にすっかり定着した「現代口語演劇」のルーツを探る大きな糸口ともなる“日本演劇史に残る”作品を、ぜひこの機会に観ておいてほしい。

青年団『ソウル市民』『ソウル市民1919』宣伝ビジュアル

青年団『ソウル市民』『ソウル市民1919』宣伝ビジュアル

取材・文=吉永美和子

公演情報

青年団第80回公演『ソウル市民』『ソウル市民1919』
 
■作・演出:平田オリザ
■出演:山内健司、松田弘子、永井秀樹、たむらみずほ、天明留理子、秋山建一、木崎友紀子、兵藤公美、島田曜蔵(※)、太田宏、申瑞季、田原礼子、大竹直、村井まどか、山本雅幸、荻野友里、石松太一、井上みなみ、菊池佳南(※)、富田真喜
※『ソウル市民1919』のみ出演
 
■日時・会場:
東京公演 2018年10月14日(日)~11月11日(日) こまばアゴラ劇場
香川公演 2018年11月17日(土)・18日(日) 四国学院大学ノトススタジオ
兵庫公演 2018年11月22日(木)~26日(月) AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)
三重公演 2018年12月1日(土)・2日(日) 三重県文化会館 小ホール
 
■公式サイト:http://www.seinendan.org/next
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