「自分にしかない声の色があると信じて」中川翔子が挑む朗読劇『ラヴ・レターズ』
中川翔子
マルチタレントとして幅広く活動し、最近では舞台作品での活躍でも注目を集めている中川翔子が、このたび、良知真次と共に『ラヴ・レターズ』に出演することとなった。『ラヴ・レターズ』はパルコが1990年より上演し続けてきている朗読劇で、とある男女の間で50年もの長きにわたって交わされた往復書簡を二人のキャストが読み上げるというもの。初演から作品に携わってきた青井陽治が2017年に逝去した後は、新進気鋭の藤田俊太郎が演出を担当している。中川に作品への意気込みを聞いた。
ーー『ラヴ・レターズ』という作品についてはいかがですか。
ものすごく歴史の深いすばらしい作品で、たくさんの方々に愛されてきている『ラヴ・レターズ』に私も参加できるということで、名誉で光栄なことだなと思っています。ずっとお仕事をしてきて、初舞台を踏んだのが30代に入ってからなんですね。演技のお仕事はなかなか遠い場所にあるのかなと感じつつ、いつかは挑戦したいと思っていた中で、初めての舞台が『ブラック メリーポピンズ』という作品だったんですけれども、そこで共演した良知さんが今回お声掛けして下さったということで、ありがたいなと。朗読劇であり、そうそうたる俳優、女優の皆様が演じられてきたことも存じていたので、中川翔子って何者なんだろう、何の人だかというイメージをもたれているかなとも思うんですけれども、演じる人として呼んでくださったということに対して全力で応えられるように頑張りたいなと思っています。
ーー良知さんの印象はいかがですか。
舞台歴がすごく長い方ですよね。『ブラック メリーポピンズ』はキャストも少ない作品で、再演の舞台に私が入っていくということで、すごく緊張していたんですけれども、良知さんはすごく熱い方で。共演の上山竜司さんとワインを飲んで激論を交わす姿に、こんなに熱くなるなんて、すごい人だなと(笑)。みんな仲良くて、私も緊張がほぐれていきましたね。実は私、ものすごい鳥目で、暗転すると蛍光テープで貼ってあっても“ばみり”が見えないんですよ。良知さんがいいよいいよとおっしゃるので、冒頭のシーンで、良知さんの肩にしがみついていて。本当に申し訳なかったしありがたかったですね。頼もしい方なので、良知さんが呼んでくださったからには、今回も頼りながら朗読したいなと思っています。
中川翔子
ーー朗読劇という形式についてはいかがですか。
挑戦したことがないながらも、朗読劇ってすごい形式だなと漠然と思ってきました。声と、お客様の想像力をかきたてるすごい演技力、表現力、いろいろなスキルが兼ね備えられていないと成り立たないですよね。観た後にもお客様の中に何かをずっと残せるように、声と言葉ですべてを表していくというのはすごい世界なんだなと。舞台をやらせていただくようになってから、中川翔子としてというよりも、初めて出会うお客様に観ていただけたり、その役柄として観ていただけるということがすごく新鮮で楽しいんですね。稽古を積んで、舞台が終わった後に、お客様の拍手をいただくということのありがたみというものをやっと知ることができて。いろいろな役を演じさせていただいてきた経験が、今回の舞台にも活かせたらと思っています。
ーー『ラヴ・レターズ』といえば、お稽古は一回だけということでも知られています。
めちゃめちゃ不安です! 一日でいろいろなことを全部自分でつかまなくてはいけないし、本番も一回限りというのは、やれるよね? 大丈夫だよね? ということを試されているところはあるんだろうなと思います。でも、いろいろなお仕事をやらせていただいている中で、中川翔子という名前があったときに、「え、大丈夫かな」ではなくて、「じゃあ大丈夫だよね」と思っていただける人になっていきたいなというのは日々の中での目標の一つでもあるので、そう思ってもらえるように頑張りたいです。演じること、声を使ったお仕事は、ナレーションも含めとても大好きなんです。『ラプンツェル』のアニメも新しいシーズンが始まって、毎週アフレコのお仕事があるんですが、本当にすごく楽しくて。声だからこそ表現できる年齢や時代、職業、姿がある。声だけだったら何にでもなれる、それってとてもすてきなことなので。ただ、今回のように恋愛の物語というのがすごく難しいところですね。ドラマで恋愛をするシーンはありましたが、恋愛に不器用な女性という役柄でしたので、今回のように、愛にものすごく熱を注いで、愛によって人生が翻弄されていくような熱のある女性は演じたことはありません。私は20代の頃、恋愛より仕事をしたいと思っていたんですよね。それでたぶん貴重な恋愛のチャンスをいっぱい逃したなと思うと、何だかすごく損しているような……(苦笑)。シャンソンの「愛の讃歌」がすごく好きで、いつか歌って説得力のある女性になりたいなという大きな夢もあるんですが、それを思うとやっぱりこういう生き方というのもとてもすてきだなと思うし、憧れもあります。お芝居の中でそういう役柄を演じられるのがとても楽しみですね。
ーー今回、メリッサという女性の8歳から56歳を演じられます。
『ポケット・モンスター』のときだと、「もっと幼く!」という指示が来たりするんですね。一方で、『ヴェノム』のときは、「もっと大人っぽく、もっと低く」と言われて。すごく難しいです。誰でも、自分の声って、自分で思っている声と実際の声とでは違う。あんまり自分の出ているテレビって、恥ずかしくて観なかったんですが、それを知る上でも観なきゃだめだなと思って観るようになって、やっとこういう声なんだなってわかるようになりました。観ると、理想的に思っている声と違うなとか。『ラプンツェル』を演じる時、ラプンツェルの声をいつも変わらないように演じなくちゃいけないなと思うと、自分の声のこのトーン、この高さ、この空気量だなとかもわかっていなくちゃいけないし。歌のときは歌のときでまた曲調によって声が変わってしまうのが、悩みでもあり持ち味でもあるんじゃないかなと思っています。本当に客観視できなくちゃいけないわけですし、今回は特にそう思いますね。
中川翔子
ーー演出の藤田さんとはもうお会いになりましたか。
まだお会いしていないのですが、ビシバシ指導をお願いしたいです。怒られるのは苦手なんですけれども、稽古が一日しかないなら、ここホントお前わかっとけよというウィークポイントを言われたい。でも、ほめられるようにも頑張りたいですね。ほめられて伸びるタイプなので(笑)。
ーーメリッサという女性についてはいかがですか。
アンディーを意識してからの人生がすごくおもしろいですよね。女子に生まれて、恋をして、愛されたい、愛したいっていう熱情の重りが自分でも制御できない感じだったりとか。なんでこうすれ違っちゃうのかな~ってなるおもしろさもありますけれども、すごく女子らしいというか、こんな風に生きられたらおもしろいだろうなとも思いますね。私は人を好きになったりとかが、何年も空いちゃったりとか、一回スイッチが切れるとけっこう、この人どうでもいいやって思ってしまうんです。だからメリッサのように、たった一人をずっと思い続けるとか、思い続けつつも他の人の方に当てつけのようにいくとか、それって私には全部できないな、その熱ってすごいなと思います。手紙を書いているばかりじゃなくてアンディーと会っちゃえばいいじゃんっていうのもあるし、それで会っちゃったら会っちゃったでまた気持ちの振り幅がすごいし。私はどうせやっぱりだめなんだとか、ネガティブがちになってしまうので。人生の中で、ずっとずっと一人の人に重きをおいて生きられるってとてもすてきだなと思います。私の母は、父が亡くなってから再婚もしないで、ずっと父のことが大好きなままでいるのを、かっこいいなと思っていて。再婚すればいいのにと思っても、母は「いや、勝彦(夫)といた時間が一番幸せだし、他の男は気持ち悪い」とか言うんですよね。その感じがかっこいいなと思います。浮気された、とかそういうのがあっても、それでも待っているし、それくらい人生の中で特別な人、他にいろんな人がいてもこの人だけは特別っていう存在がいるってすごくすてきだし。いろんな人がいる中でそういう人に出会えるだけでも奇跡的ですし、お互いがお互いを思えるってことも本当に奇跡だなと、この年齢になってますます思いますね。
ーーメリッサはアーティストという役どころです。中川さんご自身も絵を描かれるし、『戯伝写楽2018』でも絵を描くことにのめりこむあまり狂気すら感じさせる役どころを好演していらっしゃいました。
写楽もそういうところのある役どころでしたが、私の場合、絵を描いているときはよけいなことを考えないでいられるというか、集中できたり、精神統一できたりするんです。舞台やコンサートの前の日は、心も身体も十分に休めないと次の日できないと思うんですが、よけいな情報を入れられないから、本も読めないし映画を観ても集中できない。絵を描くのが一番ちょうどよくて、何も考えないようでいて何か考えていてっていうことができる。自分だけの心の部屋を作れる時間としてすごく好きですね。ゲームと絵を描くことが、精神安定上、私にとって必要なので。メリッサも、思い悩みながら絵を描いたりとかしていたのかなと思うと、そういうところは同じだなと。白いノートとかあったりするとつい何か描いちゃったりしますね。
中川翔子
ーー手紙やラヴ・レターは書かれたりしますか。
手紙で、直筆で気持ちを届けるって、とってもすてきなことですよね。先日、加藤登紀子さんのコンサートにお邪魔したとき、「ありがとうございました」と、達筆のお手紙をいただいて、これは家宝だなと思ったんです。私もなんて書いたらこの気持ち、この感謝が届くかなと思うと、それにはやっぱり直筆がいいなと思いますし。だけど、後悔している手紙は、小学校卒業前のバレンタインのときに、「るろうに剣心」の絵を添えて、「忘れないでほしいでござるよ」という手紙を男子に書いてしまったことですね(笑)。そのことを今でも年に一回くらい思い出すんですよね。手紙って残るからこわいです。しかも、ホワイトデーにお返しに来てくれたのを、居留守して出なかったっていう。それも最悪ですよね(苦笑)。最近、中学のときの友人と会ったんですが、よく授業中手紙を回してたよねという話になり、私が出した手紙とってあるからと送られてきたのを見たら、すごい気持ち悪いイラストがいっぱい書いてありました(笑)。本当に恥ずかしいし、なんでとってあるんだろうなって。手紙ってメールとかよりもインパクトありますよね。絵も描けちゃうし。来たときの喜びもとても尊くてすばらしいんだろうなと思いますしね。
ーー例えばコンサートで“中川翔子”として舞台に立つときと、役柄を演じて舞台に立つときとではどう意識が違いますか。
中川翔子として立つ場合は、私のことを知ってくれているのかなと思うので、すごく安心しきっていて、こんな歌も歌ってみようかなとか、しゃべるときも家族みたいに接しちゃっています。舞台作品の場合、何も私のことを知らない方に観ていただけるチャンスだと思うと、よかった、びっくりした、おもしろかったみたいに言っていただけるとありがたいなって。舞台の後はすごくエゴサーチするんですよ(笑)。拍手をいただくということがどれだけ尊いことなのか、舞台に立って改めて知ったので。そのために稽古してきて、そのためにすべての時間があったと思うと、拍手が本当に最高のご褒美だなと思えるし。やっぱりその瞬間瞬間、その世界の時間をいただいていると思うと責任重大だし。高い代を払って来てくださっている方の時間、寿命をお借りしているわけなので、ああ楽しかったという気持ちになっていただくために全力で挑まなきゃとか、違ったプレッシャー、違った考え方がありますね。あとは一人じゃないので、みんなで一緒にやれると思うと、始まる瞬間も、よし大丈夫と思えます。コンサートとか一人のときは、うわあどうしよう私なんて~ってなるんですけれども。そうなって、幕が開くと、イエーイってなるんですけどね(笑)。それから、『ブラック メリーポピンズ』とツアーが立て続けにあった年から、風邪をひかなくなりましたね。20代とかはどこか痛くて、でもそれを気合で乗り切るぞというよろしくない状態だったんですが、他の方と一緒にやる場合、そもそも健康であることが最低限としてないと迷惑がかかるし、健康でないと、自分をコントロールして自由に声を出したり歌ったりもできないので。最低限、根本的なことをやっと知ることができたというか。今回も季節柄こわいですが、本番を絶好調で迎えたいと思います。
ーー舞台を楽しみにされているお客様へのメッセージをお願いします。
『ラヴ・レターズ』は日本でも愛されている、歴史の深い作品です。男女のカップリングによって全然違った世界の色に染まるので、観たことのある方、ない方、どんな方でも、すごくフラットな気持ちで、心をニュートラルに、透明に、真っ白にした状態でお越しいただけたらいいなと。この広い世界の中で特別な人に出会うということ、そして愛の形というものもすごくいろいろな形があるということを、この物語にふれて、そこから自分の人生だったり、愛だったり、大切な人とのこれからの時間だったり、いろいろなことを考えるおもしろい機会ができるんじゃないかなと思います。カップリングによって、キャストの年齢もキャリアも職種も違う中で、私の日を選んでいただいたからには、ああ、観に来てよかったと思えるような時間にすべく、全力で挑みたいと思います。きっといろいろな瞬間、お仕事を積み重ねてきただけではない、いろいろな自分の瞬間、自分にしかない声の色があると信じて挑みたいと思います。こわいけど~(笑)。
中川翔子
取材・文=藤本真由(舞台評論家)撮影=岩間辰徳
公演情報
場所:サンシャイン劇場