フランス人美術史家 ソフィー・リチャード氏インタビュー 『印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション』に見る、バレルと日本をつなぐもの

インタビュー
アート
2019.3.9
撮影=Yuya Furukawa

撮影=Yuya Furukawa

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イギリスの大実業家にして、美術蒐集家のウィリアム・バレル(1861-1958)。スコットランドの最大の都市、産業革命期にはイギリスの海港都市として繁栄したグラスゴーに生まれ、海運業で莫大な財を築いた。そして、古今東西に及ぶ多彩な美術作品を収集した。

そんなバレルのコレクションより、19世紀後半より20世紀初頭にかけてのフランス絵画を中心とした80点が、福岡・愛媛での開催を経て、東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアム『印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション』(会期:2019年4月27日~6月30日)で公開される。

この展覧会の見どころを、フランス人美術史家、「フランス人がときめいた日本の美術館」の筆者としても知られるソフィー・リチャード氏に聞いた。


——ウィリアム・バレルは海運業で財を成した実業家だそうですが、美術コレクターとしてはどのような方だったのでしょうか?

彼は非常に熱心なコレクターでした。10代の頃に、最初のコレクションとなる絵を買って以来、96歳で亡くなる間際まで、常に新しい作品を探していたことからも、その情熱を知ることができるでしょう。

——バレル・コレクションの特徴を教えてください。たとえばソフィーさんの目から見て、イギリス人らしい趣味趣向は感じられますか?

なによりの特徴は、コレクションの数です。ウィリアム・バレルは、9,000点を超える美術品を蒐集したと言われています。今回の展覧会では、19世紀後半から20世紀初頭にかけて描かれたフランス人画家の絵画を中心に展示しますが、彼は他にも多くの分野の作品を収集しています。ガラス工芸、中世絵画やタペスリー、古代ギリシアの作品、中国の陶磁器・青銅器など驚くほど広範囲です。

それほど広く多様な趣味を持つコレクターは非常にまれです。地域も時代も範囲が広いので、「イギリス人だから」という偏りは感じられません。

——4月27日よりBunkamura ザ・ミュージアムで開催される『印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション』の魅力を教えてください。

ウィリアム・バレルの重要なコレクションを日本で見る、ほとんど唯一の機会になるでしょう。 通常、コレクションは海外へ持ち出すことが禁止されています。それが、ウィリアム・バレルが、1944年に彼のコレクションを市に寄贈する条件だったからです。しかし現在、コレクションを所蔵するグラスゴーの美術館は大規模な修復工事をしています。そこで市の特別な許可を得て、コレクションの一部が日本で初公開されることになりました。

ウィリアム・バレル卿(45歳頃) (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

ウィリアム・バレル卿(45歳頃) (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

バレル・コレクションでみる写実主義から印象派

——展覧会では19世紀後半から20世紀初頭にかけてのフランス絵画が紹介されますが、印象派絵画の魅力は、どのような点にあると思われますか?

印象派の絵は、フランスの当時の生活や日常の人々の活動、例えば、ビーチを散歩したり、花束をもって歩くパリの街など、当時の流行を美しく描いています。革新的ですが、光と色の繊細さが魅力的。当時の感覚では、まさに新しいスタイルでした。合成樹脂絵具が発明され、画家が明るい色を作り出すことができるようになった時代です。

——写実主義から印象派への変遷にはどのような背景があるのでしょうか?

印象派は、19世紀の半ばに写実主義などから生まれた革新的な芸術活動です。その運動は絶えることなく続いていきました。重要なことは、サロン・ド・パリ(フランスの王立絵画彫刻アカデミー)などの公的機関で、彼ら革新的な作家の出品が拒絶されたことです。そこで彼らは自分たちで展覧会を行うことにします。たとえば1859年には、出展を断られた画家フランソワ・ボンヴァンが、自宅でアンリ・ファンタン=ラトゥール、テオデュール・リボーの展覧会を行います。

1861年には、ある画家がナポレオン3世に自分たちの窮状を訴える手紙を送ります。皇帝は、1863年のサロン・ド・パリのオープニングの1週間前に、審査員に承認されていない作品を「落選者展」と題し、人々に公開することを命じました。

この展覧会は世間からひんしゅくを浴びせられますが、そこには有名なマネの《草上の昼食》も出品されていたのです。その後の絵画の流れを暗示しているようです。写実主義の画家たちのように、印象派の画家は日常の風景を描きますが、その絵はより明るくより鮮やかでより光に満ちています。

展覧会の注目作品は?

——福岡展では、ファンタン=ラトゥールの《春の花》が人気だったそうですね。
 
とても美しい絵ですよね。巧みに描かれていると感じます。印象派の画家と同じように、ファンタン=ラトゥールは光の表現に興味を持っていました。しかし、描き方が違いました。私は花が左右対称にならずに自然な形で置かれているところが好きです。中間色の背景は花のすべての色、そしてガラスの花瓶に光の素晴らしい輝きを与えています。彼は自分の筆だけでなく、筆の柄や他の道具を使って仕上げました。

アンリ・ファンタン=ラトゥール《春の花》 1878年、油彩・カンヴァス (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

アンリ・ファンタン=ラトゥール《春の花》 1878年、油彩・カンヴァス (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

——展覧会のチラシやHPなどでも、ブーダンの《ドーヴィル、波止場》が大きくとりあげられていますね。

この絵の素晴らしいところは空と海の表現です。空と雲が水に映り込んでいるのを多様なタッチで映し出し、船の帆の複雑さをしっかりと描き、かつ海にそれが映り込んでいるのを巧みに見せています。活気に満ちたタッチで、それは雲が私たちの目の前を通過しているように見えます。 ブーダンは、あえて活気のある場所でなく港の静けさを選んでいます。

ウジェーヌ・ブーダン《ドーヴィル、波止場》 1891年、油彩・板 (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

ウジェーヌ・ブーダン《ドーヴィル、波止場》 1891年、油彩・板 (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

——ソフィーさんの好きな作品も伺えますか?

ケルヴィングローブ美術博物館所蔵で、本展にも出展しているポール・セザンヌ作の《エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰》です。日本でこの絵を見られることに感動します。なぜなら私は、セザンヌと同じエクス=アン=プロヴァンスで生まれたからです。この小さな山をよく知っていますし、同じ風景、同じ光を見て育ちました。その絵がスコットランドから、日本に来ているのです。

また、世界の人々がフランスの絵画に魅力を感じてくださることを嬉しく思います。セザンヌの絵をまず挙げたのは、私の生まれ育った土地と関連があるからですが、そうでなかったとしても一番好きな絵だといえます。

もう1点、好きな作品としてエドガー・ドガの《リハーサル》を挙げます。ドガの代表的なテーマである踊り子を描いた、美しい絵です。この絵画はドガに隠された、日本の芸術の重要性をも示しているので、特に私に感銘をあたえます。

エドガー・ドガ《リハーサル》 1874年頃、油彩・カンヴァス (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

エドガー・ドガ《リハーサル》 1874年頃、油彩・カンヴァス (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

——どのような点に、日本の芸術の影響がみられるのでしょうか。

バレエダンサーが左上と右下に配置した強い対角の構図、ダンサーたちを両側で突然切ったレイアウト、そして絵の中央を空白にしている点は、非常に独特です。これらは彼が日本の浮世絵から学んだ方法です。浮世絵は19世紀の後半、ほかの多くの芸術家にも影響を与えました。

ダンサーの生活感ある自然な姿、親しみが持てるシーンを描いている点にも、浮世絵からの学びが見られます。喜多川歌麿の浮世絵にも女性が身支度をしている姿がしばしば画題となりましたが、この絵もまた、本番ではなくあえてリハーサルというプライベートな場面を描いています。

日本の芸術がフランスの芸術家ドガに影響を与え、そしてこの絵を渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで鑑賞できる。まさに国際交流ですね。

——写実主義から印象派への流れという点で、注目すべき作品はありますか?

印象派は1860年代に始まり、1870年代に形になりましたが、その起源はそれ以前に始まった写実主義運動にも見出すことができます。画家は、日常生活で現実に、目の前で起こることを表現しようとしました。

1863年のブーダンの《トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー》は、印象派の基礎を形成するこの新しいビジョンの良い例であるように思えます。

単純な構成であり、寓意的、象徴的または歴史的メッセージはありません。それは画家が目の前で見たものです。私たちが最初に目にするのは、光、大きな青い空、そして女性のドレスの色です。このグループのどこに皇后が描かれているのかを見分けることは難しいです。

重要なことは視覚効果、明るい色、光の重要性です。空に与えられた非常に広い空間が画面のほとんどすべてを占めており、印象派への移行を表しています。

ウジェーヌ・ブーダン 《トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー》 1863年、油彩・板 (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

ウジェーヌ・ブーダン 《トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー》 1863年、油彩・板 (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection

——最後に読者の方へ、一言お願いします。

バレルのコレクションを日本でみる、とても貴重な機会です。写実主義から印象派への流れにおいて重要な画家たちが描いたフランス絵画を中心とする名画の数々をみることができます。少なくとも私たちの一生の間には、2度と訪れないチャンスでしょう。ぜひBunkamura ザ・ミュージアムに足をお運びください。


Bunkamura ザ・ミュージアム『印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション』は、2019年4月27日~6月30日の開催。

イベント情報

Bunkamura30周年記念 印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション
開催期間:2019/4/27(土)-6/30(日)*2019/5/7(火)、5/21(火)、6/4(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
ハローダイヤル:03-5777-8600(8:00~22:00)
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