平成の衝撃事件のひとつを題材に、はせひろいちが描いた22年前の作品『ランチタイムセミナー』、改元直前にスズナリで再演

インタビュー
舞台
2019.4.24
 『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』2018年6月 岐阜公演より

『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』2018年6月 岐阜公演より

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1996年12月17日の夜、南米ペルーの首都・リマの日本大使公邸で行われていたレセプションの最中、覆面をした左翼ゲリラ組織MRTA(トゥパク・アマル革命運動)の一団14人が乱入。会場にいた600人以上を人質に制圧・占拠した「ペルー日本大使公邸人質事件」が起きた。MRTAは、逮捕された仲間の釈放、身代金の支払いなどを要求する一方、徐々に人質を解放していくも膠着状態は長く続き、最後まで青木盛久駐ペルー大使をはじめとする大使館員、ペルー政府の要人、各国の駐ペルー大使、日本企業のペルー駐在員ら72人が拘束された。日本政府は当初からペルー政府に平和的解決を要求していたが、事件発生から4ヶ月後の1997年4月22日に事態は急転。日本政府へ事前通告のないまま特殊部隊が突入し、ゲリラ14人は全員死亡。人質はペルー政府関係者1人の犠牲を除き、全員無事に救出された。

劇作家・演出家のはせひろいちは、当時日本でも連日報道され大きな注目を集めたこの事件をもとに、わずかな資料を頼りとして一気に台本を書き上げ、半年後の’97年末に『ランチタイムセミナー』と題して名古屋と東京で上演。公演の当日パンフレットには、「あまりに少ない「事実報道」の数に、僕は焦りに近い感情を抱きました。それは「語られない恐怖」に近いモノです。初めて「劇作家の出番」を意識しました」と記している。平和解決を望む日本政府と、日本国籍も持つアルベルト・フジモリ大統領との確執、駆け引きや裏切り、その板挟みにあった邦人の人質たちの姿を浮き彫りにし、死と隣り合わせでありつつも退屈な日常の中、テーブルゲームや昼食後のランチタイムセミナーで生活への意欲を捨てなかった人質たちと犯行グループとのささやかな心の交流も交え、フィクションとして描いたこの作品は大きく評価され、翌年に【第2回松原英治・若尾正也記念演劇賞】を受賞している。

劇団ジャブジャブサーキット『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』チラシ表

劇団ジャブジャブサーキット『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』チラシ表

そして初演から21年経った昨年、「今一度記憶し直したい、忘れられないあの事件を検証したい」と、『ランチタイムセミナー ~検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件~』と副題を付け、はせ率いる劇団ジャブジャブサーキットの地元である岐阜で再演。その同作を、来る4月27日(土)~29日(月・祝)の3日間に渡り、第60回記念公演として東京・下北沢の「ザ・スズナリ」で上演する。20年余の時を経て、なぜ今この作品を再演するに至ったのか、当時から現在までの心境の変化や今回の再演に対する思いなどを、はせひろいちに聞いた。

劇作家・演出家、劇団ジャブジャブサーキット主宰のはせひろいち

劇作家・演出家、劇団ジャブジャブサーキット主宰のはせひろいち

── 22年前の執筆当初、「熱病にうなされたように書いた」とのことですが、当時から現在に至る心境の変化、今またこの作品を再演しようと思われた経緯を教えてください。

熱病と言うのは、そんなに大げさでもなく、普通は書きながら構成を悩んだり、シーン構成で迷ったりしながら進めるのですが、その辺を一切記憶していないんですね。一気に書き上げたのは間違いないです。だから構成もいたってシンプル。今ではこうは書けない(笑)。再演に関しては、熱心に勧める劇団員もいたし、観客からの要望もあったわけですが、僕としては、いわゆる「若気の至り」も多いだろうしと、こわごわ読み返してみて、あ、これは今やるべきかな、と思いました。昨今のような「テロリスト=民衆の敵」的なシンプルな市民感情や、テロを仮想敵国として巧みにコトを進める政治の方々のふるまいを見ていると、ちょっと立ち止まって、あの事件を思い出してもらうのもいいかな、と思いました。

── 再演に際して再検証された点について、具体的には台本にどのように反映されたのか、初演から変わった点について教えてください。

何しろ初演時(武力解決から半年後)は、他のジャンルやマスコミも含め、日本人の危機管理的な甘さが露見し、完全にペルー政府に出し抜かれた状況に、腫れ物に触るような感じでしたからね。共同通信社が真っ先に出版した一冊の本だけを頼りに書き殴ったわけでして、もちろん今でこそ書籍やSNS情報は山のように巷にあふれていますが、あえてほとんど直していません。共同通信社に記載されていて、明らかに辻褄が合わない数値的な部分を修正した程度です。つまり再検証には意図的に力を入れていません。22年前の台本への僕なりの軽い敬意です。

── 昨年の岐阜公演からは、手を加えられた点などはあるのでしょうか?

台本的にはほとんど直していません。ただキャストが5人変わっているので、関係性も含めほぼほぼ全シーンがトーン、ニュアンスが変わっています。演出的には全くの再構築、会話性も大きく変わっています。空間も「スズナリ」ですし。何より僕も8年ぶりに出演するわけで…いやあ、勉強になりますね。あらためて「役者」としてのスタンスとか意識とか。作品としては足を引っ張らないよう気を付けていますが、みんなよく演出しながら立てるなぁと。

『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』2018年6月 岐阜公演より

『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』2018年6月 岐阜公演より

── 「平成」から「令和」へ改元直前のタイミングでの上演になりますが、これは当初から意図されていたことなんですか?

意図なし(笑)。たまたまのタイミングとしか言えませんね。「スズナリ」の小屋の空き日スケジュールが全てで、その時は10連休とかって話もあやふやで…。ただ、昨今流行りの平成を振り返る番組の「事件ランキング」とか見ていると、思いのほかペルーのこの事件が低かったり、事件の本質を伝える番組はほぼほぼ皆無で、怒れるやら呆れるやらで。だったら平成の最後の最後に「平成8~9年」をくっきり刻んでやろうじゃないか、って気にもなってきますけどね。

── 今回の公演はジャブジャブサーキットの60回記念公演ということですが、節目を迎え、劇団活動について思われること、今後の展望などについて教えてください。

集団の寿命に関しては10年前から考えているし、実は60回というのも「宣伝的には美味しいよね」と思いつつ、あまり節目って感じではなくて…。来年が35周年で、本当はそっちの方が重いかな。あまり何もしないのも、と思って、今回慌てて60回の道のりを整理して、当日のパンフと一緒にお客さんに配布するという最低限なサービスは試みますが、その過去データを掘り出すのも結構大変な作業で、「なんでこの公演は第○○回にカウントしてないんだ?」とか「昔のチラシ、せめて年号を書けよ」とかあって、むしろこの行為によって、自分たちの歴史(といい加減さ)を痛感しました(笑)。今後の展望としては…少なくとも2020年まで(第62回公演?)は踏ん張っていこう、ってトコですかね。

『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』2018年6月 岐阜公演より

『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』2018年6月 岐阜公演より

劇団ジャブジャブサーキット『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』チラシ裏

劇団ジャブジャブサーキット『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』チラシ裏

取材・文=望月勝美

公演情報

劇団ジャブジャブサーキット 第60回記念公演『ランチタイムセミナー 〜検証1997年・ペルー日本大使公邸人質事件〜』

■作・演出:はせひろいち
■出演:栗木己義、後藤卓也(劇団芝居屋かいとうらんま)、荘加真美、二瓶翔輔(フリー)、山本一樹(演劇組織KIMYO)、髙橋ケンヂ、まどかリンダ、空沢しんか、中内こもる(劇団中内(仮)/クリアレイズ)、林優花、伊藤翔大、杉田愛憲、岡浩之、山﨑結女、はせひろいち

■日時:2019年4月27日(土)14:00・18:30、28日(日)14:00・18:30、29日(月・祝)14:00 ※27日(土)18:30の回終演後は日澤雄介(劇団チョコレートケーキ主宰)、28日(日)18:30の回終演後は佃典彦(劇団B級遊撃隊主宰)をゲストに招きアフタートークを開催予定
■会場:ザ・スズナリ(東京都世田谷区北沢1-45-15)
■料金:一般3,500円(当日3,800円)、U22 2,500円(当日2,800円)、高校生以下1,000円(当日1,300円) ※U22、高校生以下は要証明証
■アクセス:小田急線・京王井の頭線「下北沢」駅東口・京王中央口から徒歩4~5分
■問い合わせ:劇団ジャブジャブサーキット 090-9175-2360
■公式サイト:http://www.jjcoffice.com/
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