南河内万歳一座『唇に聴いてみる』作・演出の内藤裕敬が地元・大阪で語る~「再演だけど、斬新な劇世界を提供できると思います」

インタビュー
舞台
2019.5.30
内藤裕敬(南河内万歳一座)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

内藤裕敬(南河内万歳一座)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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来年の結成40周年に向け、その記念となる企画を次々に打ち出している、劇作家・演出家の内藤裕敬が率いる大阪の劇団「南河内万歳一座」。2019年の本公演は、万歳一座作品の中でも最も人気が高い『唇に聴いてみる』を、劇団公演としては何と23年ぶりに再演する。マンモス団地を舞台に、現代の日本が抱える諸問題の原点と、若者のリアルかつ普遍的な焦燥感を描き出した傑作が、21世紀の現在にどのようによみがえるのか? 絶賛稽古中の内藤の会見が、大阪の劇団稽古場で行われた。

南河内万歳一座『唇に聴いてみる~21世紀様行~』公演チラシ。 [イラスト]長谷川義史

南河内万歳一座『唇に聴いてみる~21世紀様行~』公演チラシ。 [イラスト]長谷川義史

『唇に聴いてみる』は1984年が初演で、その後1986年に大幅改訂した完成版を上演。その戯曲が雑誌に掲載されたり、内藤が初めて「岸田國士戯曲賞」最終選考にノミネートされたりと、劇団の知名度を急上昇させた記念碑的作品でもある。

作家として自分が足りない部分やスキルみたいなものをだいぶ認識したつもりになって、それをすべて盛り込んだ作品を一本作れないかなあ? と思って書きました。この作品が岸田(國士戯曲)賞にノミネートされて、それから毎年のように作品が最終選考に残るようになりましたが、結局取れなくて。9本だか10本だか(※実際は9本)、最終選考に残った数では一番(の作家)という、不名誉なことになってるらしいです(笑)。

劇団の作品としては一番再演が多くて、日本各地を回ったり、釜山や上海・北京の海外公演もありました。でもだいぶ“やり過ぎたなあ”という感覚があったので、再演をするという発想は、この23年間起きなかったわけです。でも40周年の記念事業で、普段やらないことをしようという話になった時に、一番再演要望が強かった『唇』をやるということに、結果的になりました。

内藤裕敬(南河内万歳一座)。

内藤裕敬(南河内万歳一座)。

これは外からだけでなく、実は劇団の中からの要望が強くてですね。今回出演する劇団員では、鴨鈴女をのぞいて全員が『唇』未体験で。それで今のメンバーから“代表作にチャレンジしたい”という声が、非常に強くあったという。僕は自信がなかったんですが、脚本を読み返してみると“あ、これはよく書けてるな”と思って(笑)、一切手を入れてません。演出は、昔のようなフィジカルな暴力性を維持しつつも、会話の成立を綿密にして、しっかり物語を転がしていくという両面を若い連中に求めてますが、それで(昔より)パワーが落ちるということにはならないと思う。再演とはいえ、とても斬新な劇世界を客席に提供できるだろうと、とても強く感じています

舞台は昭和の半ばの、昔ながらの商店街と隣接するマンモス団地の一室。そこに一人で暮らしている青年が、自分の家の六畳一間の部屋で不審火を目撃する。それをきっかけに、事件の捜査関係者のみならず、寂れていくことに危機感を抱く商店街の人々や、圧力団体のような主婦の集団などが次々とこの部屋に来襲。次第に青年の心の中で、団地ならではのコミュニティへの違和感や嫌悪感がうずまき始めるのと同時に、奥底にしまっていた懐かしい記憶や風景が次々と立ち上がってくる。

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』韓国公演より(88年)。 [撮影]杉浦正和

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』韓国公演より(88年)。 [撮影]杉浦正和

団地というのは、個人主義が生まれて日本のコミュニティの形が変わる、一つの大きな要因だったと思います。今でこそ、同じマンションに住んでいても、隣人が誰かもわからないのが当たり前になってますが、この当時はまだ隣組的なコミュニティを信じる人間関係がしっかりとあったんです。でもその一方、他人とベタベタ関わりを持つのではなく、個々の家族がコミュニティの中で、しっかり役割を果たしていけばいいのでは? という考えも生まれてきたという。そうして日本のコミュニティのあり方が著しく変化し、そして現在がある。その出発点が団地だったと思います。

あと僕としては、戦後の急速な経済成長の象徴が団地だとも思ってまして。経済が発展することで核家族化が起こり、しかも東京一極集中的で人口密度が増え、その核家族を収容する合理的な住宅ということで団地ができた。経済の追い風に乗って日本はどんどん進歩するから、そのためにみんなが頑張るのは当たり前という、当時生まれた神話は未だに残ってると思うんですけど、そろそろブレーキかけた方がいいんじゃないの? って。今は経済という甘美な麻薬の中毒になって“そろそろ病院に入んなさい”と言われる人が何人も出てきているという時期だと思うけど、その病巣はこの時代にできて、今も癌のようにどんどん転移し続けている。だから一度立ち止まって見直さなきゃいけないはずなのに、止まることができないでいるわけですね。そんな今の時代の一つのスタートラインは、この(団地ができた)頃にあったのかなあ? と考えたら、令和の現在からこの作品を観ることに、とても意味が出てくるような気がしました。

内藤裕敬(南河内万歳一座)。

内藤裕敬(南河内万歳一座)。

さらにこの作品を書いた頃の僕は“こんなはずじゃなかった”って思うことが、山ほどありました。“じゃあ、どんなはずだったんだ?”と言われたら“一言で言えないけど、でもこんなはずじゃない”と。自分の私生活もそうだし、演劇でも“そんなにもてはやされるほどのものは書いてない”と思いつつも、逆に“もっとウケてもいいのに”という思いもあったりして。それで“じゃあどうしたらいいんだ? 何から手を付けたらいいんだ?”というのが、焦りになってきたわけですよ。今何かやらないと、このままオッサンになっちゃうんじゃないかと、急かされてる感じがしたんです。

そのいくつかの要素を具体的に遊んでみた結果が『唇』です。本を読んでも演出を付けていても、どのシーンも何か痛みを感じます。全体としては結構楽しく観られるけど、どっかに必ず“何か痛いなあ”という……努力のあり方が滑稽だけど痛々しいとか、コミュニティの中にいることで、自分から何かが抜け落ちていくような感覚とか。この痛みは今の時代でも、みんなどっかに持っているという気がするんです。何かしら自分のどこかが痛むのを感じつつも、笑いながら観てくれて、それが面白みとして残ればいいなあと思います

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』中国公演より(95年)。 [撮影]杉浦正和

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』中国公演より(95年)。 [撮影]杉浦正和

また、23年前の再演後に生まれたような若い世代に対して「圧倒的に観たことのない劇世界を見せることで、世代間の誤差を上回れると思う」と自信を見せると同時に、今流行の「二.五次元モノ」への対抗意識を見せる場面も。「演劇はそもそも、三次元の世界観に踏み込んで何かを表現することで、四次元とはいわなくても、三.五次元ぐらいのありえない何かが胸の中に生まれるんじゃないかという。そんな瞬間を実現できないかと思ってやっているのに、なぜ二.五次元にへりくだるのかなあと(笑)。二次元の漫画を夢中になって読んでると、そこに三.五次元の瞬間を感じることがあるけど、それを三次元の舞台でやることで、逆に二次元の面白みさえどっかいく感じもするわけです。宝塚(歌劇団)って元祖二.五次元だと思うけど、あそこまで行き過ぎた美意識があれば、逆にすげえなあってなりますが(笑)。

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』84年初演の公演チラシ。 [イラスト]天野天街(少年王者舘)

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』84年初演の公演チラシ。 [イラスト]天野天街(少年王者舘)

二.五次元ものって、結局プロジェクションマッピングを多用して、何となく派手に見せちゃうことで成立してるけど、それは演劇が映像に近づいていく手法だと思うんです。だったら映像でやったらいいし、その先に演劇自体の発展はないんじゃないかと。だから二.五次元は、いろんな技術が発達したことで出てきた、演劇のサブジャンルという風にとらえた方がいいなと思います。僕はプロジェクションマッピングでやっていることを、アナログで……いろんなものを人力で動かして見せていくことの方に、多分演劇的な可能性があると思ってる。映像をパッと流して終わるのと、人が動いてる内にいつの間にかこんなに空間が変わってたっていうのと、どっちが面白いと思う? って僕はたずねたいし、どっちが楽しいのかを見比べてほしい。でもそれで“二.五次元の方が面白い”と言われても、反論はしないけどね(笑)

スポーツのように躍動感にあふれた演技や、人力であれよあれよという間に場面転換を行う万歳独自のフィジカルな演出に加え、『唇』は観客が芝居に参加できる仕掛けや、まるで劇世界が飛び出してくるようなラストがあったりと、まさに「三次元の演劇」ならではの楽しさに満ち満ちている。その楽しさを全身で享受するとともに、団地をめぐる「昭和」の社会状況や人々の心境が何を生み出して、何が「令和」に至るまでの日本の病理となっていったのかも、確認することができるだろう。なぜ『唇に聴いてみる』が万歳のみならず、80年代の小劇場演劇を代表する傑作の一つと言われるのか。実際に観てみれば、本当にあっさりと納得できるのではないかと思う。

内藤裕敬(南河内万歳一座)。

内藤裕敬(南河内万歳一座)。

取材・文=吉永美和子

公演情報

南河内万歳一座『唇に聴いてみる~21世紀様行~』
 
■作・演出・出演:内藤裕敬 
■出演:鴨鈴女、福重友、鈴村貴彦、松浦絵里、市橋若奈、寒川晃、有田達哉、坪田麻里/ことえ(空間悠々劇的)/西藤将人、柴野航輝、平直樹、樋口弘紀、船橋輝人、丸山文弥、坂口美紅

 
 《東京公演》
■日程:2019年6月6日(木)~9日(日)
■会場:ザ・スズナリ
※7日(金)夜公演は、いのうえひでのり(劇団☆新感線)と内藤の同級生対談あり。

 
《大阪公演》
■日程:2019年6月12日(水)~17日(月)
■会場:一心寺シアター倶楽
※15日(土)夜公演は、初期の男女主演俳優2名によるポストパフォーマンストークあり。

 
■料金(両都市共通):前売=一般3,500円 学生・65歳以上3,000円、当日=各500円増 青春18歳差切符(年齢差18歳以上のペア切符)=5,500円
※青春18歳差切符は劇団のみ取扱。
■お問い合わせ:06-6533-0298(南河内万歳一座)
■公演専用サイト:http://banzai-ichiza.com/?p=836
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