【見どころ解説】英国ロイヤル・バレエ団が『アナスタシア』を配信~マクミランの衝撃作をオシポワ主演で

コラム
動画
クラシック
舞台
2020.5.15
RHO公式サイトより

RHO公式サイトより

 

英国ロイヤル・バレエ団が2020年5月15日(金)19:00(日本時間16日(土)3:00)から公式YouTubeチャンネルにて『アナスタシア』を配信する。帝政ロシアのロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世の皇女アナスタシアが生きていたという、いわゆる“アナスタシア伝説”に想を得たケネス・マクミラン(1929~1992)による畢生の大作だ。

英国ロイヤル・バレエ団『アナスタシア』予告編

■独特の視点で描く“アナスタシア伝説”

“アナスタシア伝説”は多くの人々を魅了し、芸術やエンターテインメントにも影響をあたえた。ことにイングリッド・バーグマン主演の映画『追想』(1956年)やアニメ映画『アナスタシア』(1997年)はよく知られる。2017年にはブロードウェイでミュージカル化され、2020年3月には日本版初演(※新型コロナウイルス禍の中で東京公演の一部期間を除き、ほとんどの公演が中止)、また来る6月~8月には宝塚歌劇団宙組による宝塚版が予定されていた(※6月公演は中止、以降公演スケジュール見直し・日程変更の可能性あり)。そうしたなかでマクミランはファンタジーではなく、史実に基づきつつ独特の視点で捉える。

マクミランが“アナスタシア伝説”を扱ったバレエを創る動機は、アナスタシアだと称したアンナ・アンダーソン(1896~1984年)に関心を持ったことだった。アンダーソンは1920年、記憶喪失のためドイツ・ベルリンの精神病院に入る。その際にロマノフ王朝の生き残りの皇女ではないかと囁かれ、本人もそう思い込むようになったと伝えられる。マクミランは『マノン』などの諸作品において人間の実存を問い、心の暗部をも鋭くえぐり出しただけにアンダーソンの数奇な人生、いや彼女の存在そのものに惹かれたのだろう。ちなみにマクミランの没後、DNA鑑定によってアンダーソンはアナスタシアではないことがほぼ立証されている。

Insights into Kenneth MacMillan's Anastasia (The Royal Ballet)

■よみがえった異色のグランド・バレエ

英国ロイヤル・バレエ団の『アナスタシア』全3幕は1971年に初演された。第1幕の舞台はニコライ2世所有のヨット。チャイコフスキーの「交響曲第1番」が流れ、王室一家が船上でピクニックを楽しんでいる。ゆったりとした穏やかな空気が流れているが、やがて第一次世界大戦の開戦の火ぶたが切って落とされる。第2幕はアナスタシアの社交界へのお披露目となる舞踏会だ。傾斜した大きなシャンデリアの下で、チャイコフスキーの「交響曲第3番」にのせて華麗な踊りが繰り広げられる。かつて皇帝と恋仲にあったバレリーナであるマチルダ・クシェシンスカヤも現れ、パートナーとパ・ド・ドゥを踊る。だが革命が起こり、皇帝一家に悲劇が訪れる。

第3幕は衝撃的だ。精神病院に入れられたアンナ・アンダーソンをアナスタシアと同じダンサーが演じる。皇女だった頃の記憶を思い出し(映像を用いた演出も)、悪夢にさいなまれて踊る姿はなんとも痛ましい。音楽はマルティヌーの「交響曲第6番」と電子音楽。振付も音楽も非常に前衛的である。じつはマクミランは英国ロイヤル・バレエ団での全幕初演に先立ち1967年にベルリン・ドイツ・オペラのバレエ団でこの第3幕を振付していた。そして、その後第1幕、第2幕を付け足してグランド・バレエとしての結構を整えたのである。

アナスタシア/アンナ・アンダーソンを初演したのはベルリンでの1幕版に続いて名花リン・シーモアで、彼女が持ち役にしていたが1978年を最後に全幕上演は途絶えた。全幕で復活したのは1996年、マクミラン夫人のデボラ・マクミランの監修による。新たに美術・衣裳を手がけたのはトニー賞の常連ボブ・クロウリーだ。アナスタシア/アンナ・アンダーソンを演じたのは女優バレリーナとして一世を風靡したヴィヴィアナ・デュランテ。このプロダクションはのちにアメリカン・バレエ・シアター、小林紀子バレエ・シアターでも上演された。

‘Every second is intense’ – Natalia Osipova on Anastasia (The Royal Ballet)

■俊英オシポワの入魂の演技に注目!

このたび配信される舞台(2016年)でアナスタシア/アンナ・アンダーソンを踊るのはナタリア・オシポワである。ロシア生まれのオシポワは、ボリショイ・バレエ、ミハイロフスキー劇場バレエ、アメリカン・バレエ・シアターを経て英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして活躍中。バレエ界のビッグイベントであるブノワ賞やロシアのゴールデン・マスク賞を受賞したほか、英国の批評家が選ぶナショナル・ダンス・アワードにおいて最優秀女性ダンサーに3度(2007年、2010年、2014年)選ばれるなど当代随一のバレリーナと目される。

オシポワは強固な技術力の持ち主で、身体はしなやかにして強靭。そして感情表現が豊かで濃く『ジゼル』や『マノン』といったドラマティックな作品でのエモーショナルな演技は鮮烈だ。シディ・ラルビ・シェルカウイが英国ロイヤル・バレエ団に初振付した『メデューサ』の主役を務めたほか、自身のプロデュースも含め現代作品にも意欲的である。『アナスタシア』では、持ち前の表現力はもとよりロシア出身という血の濃さも感じさせる。第1幕で天真爛漫に踊り、第2幕は皇女らしい品格を醸し出す。白眉は第3幕で、精神病院に閉じ込められたアンナが過去を思い出し、幻覚にさいなまれ、体が割けんとばかりに悶える様子は生々しい。

なおオシポワは2020年9月に来日し、メリル・タンカード振付『Two Feet』 を彩の国さいたま芸術劇場、愛知県芸術劇場で踊る予定である。

Natalia Osipova rehearses Anastasia (The Royal Ballet)

他の配役も豪華だ。マチルダ・クシェシンスカヤのマリアネラ・ヌニェスには一挙手一投足から大人の雰囲気がただよい大プリマの風格がある。彼女と舞踏会で踊るフェデリコ・ボネッリの貴公子ぶりも様になっていてさすが。第3幕でアナスタシアと踊る彼女の夫役のエドワード・ワトソンの名優ぶりにも注目したい。ロマノフ王朝最期期を牛耳ったとされる怪僧ラスプーチンをティアゴ・ソアレスが底気味悪く演じる。皇后アレクサンドラ・フョードロヴナのクリスティーナ・アレスティス、ニコライ2世のクリストファー・サンダースらも“役者“である。

この時の公演は2004年以来12年ぶり。マクミランの全幕物語バレエとしては人気の『ロミオとジュリエット』と『マノン』はもとより『うたかたの恋(原題:マイヤリング)』に比しても上演は限られる。率直にいって、かなり重い感触が残る舞台なので、好みは分かれるかもしれない。また先述のような経緯もあり構成が一風変わっている。しかし英国ロイヤル・バレエ団の、マクミラン渾身の作品を受け継ぐ本家の伝統と誇りが感じられ、才能豊かなダンサーたちが異色の人間ドラマを成立させているのは疑いない。ゆめゆめお見逃しないように。配信は、5月28日(木)まで(現地時間)。

文=高橋森彦

公式サイト

ロイヤル・バレエ団『アナスタシア』
 
配信日時:2020年5月15日(金)19:00(日本時間2020年5月16日(土)3:00)~5月28日(木)(現地時間)
 
ロイヤルオペラハウス公式ホームページ(英語):https://www.roh.org.uk/
公式YouYubeチャンネル:https://www.youtube.com/royaloperahouse
 
Choreography: Kenneth MacMillan
Music: Pyotr Il’yich Tchaikovsky and Bohuslav Martinů
Electronic music: Fritz Winckel and Rüdiger Rüfer
Production realization: Deborah MacMillan
Designer: Bob Crowley
Lighting designer: John B. Read
シェア / 保存先を選択