日曜夜に極上の癒しとエールを～「特等席」で味わう辻井伸行オンライン・サロンコンサート

 

2020年6月の毎週日曜日・4週連続で開催される、ピアニスト・辻井伸行のオンライン・コンサートシリーズ『辻井伸行 オンライン・サロンコンサート』。本コンサートシリーズ第１夜が、6月7日（日）、イープラスStreaming+にて配信された。クラシックからポピュラー、辻井の自作曲まで、名曲で彩られた第１夜の模様を、音楽ライターの飯田有抄氏にレポートしてもらった。（SPICE編集部）

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6月7日（日）に開催された第１夜のテーマは『春よ、来い〜癒しのピアノ名曲集』。およそ１時間にわたるコンサートはまさに「極上の癒しとエール」のひと時となった。

この日は辻井にとって、およそ100日ぶりのコンサートのこと。初のオンライン・コンサートということもあり、少し緊張感のある表情でピアノの向かった辻井だが、自作品「笑顔で会える日のために」で、柔らかな光が注がれるような美しい音色で開始した。「１日でも早くコロナが収束し、コンサート会場で皆さんと会える日がくるのを願って」作られたと言う。穏やかで希望を感じさせてくれるメロディーが真っ直ぐに届いた。

このオンライン・コンサートに、筆者はノート・パソコンからアクセスし、モニター用ヘッドフォンを使用してアクセスしたのだが、まずは非常に音質がいいことに驚き、嬉しくなった。会場のごく自然な空気感も伝わるが、ノイズというほどではない。ピアノの響きは低音から高音まで、極めてクリアで奥行きも感じさせてくれる。辻井のピュアでまっすぐなタッチ、ふわっと和らぐ音色や、芯のある響き、力強く太い音まで、豊かなグラデーションをもって届けられるのだ。

自作品に続いては、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」第１楽章、第8番「悲愴」第２楽章が弾かれた。どちらもゆったりとしたテンポの中で、内省的な響きが生み出された。シンプルな歌い方の中に、時折ハッとするような奥行きある弱音が織り交ぜられ、集中力を喚起された。

辻井の弾き姿を捉えるのは、正面、手元、頭上、上手など、複数のアングルからのカメラ映像だ。精彩で明るい映像は、奏者との近さを感じさせてくれる。手元カメラは、辻井が指の面積をたっぷりと鍵盤に触れさせて、ふくよかな音色を生み出す様子を伝える。

リストの「慰め」第3番では、音色のヴァリエーションを一段と広げながら、優しくも力強い音楽で、深い呼吸を促してくれた。ショパンのノクターン第20番「遺作」では内に秘めたエネルギーを感じさせ、ノクターン第8番では高音質でこそ堪能できる繊細なタッチの変化を聴かせてくれた。ドビュッシーの「月の光」や「夢」は、会場ムジカーザのスタインウェイのピアノの魅力が十全に活かされ、きらめきに満ちた響きを堪能できた。

ここで再び辻井の自作品である。「コルトナの朝」と題されたこの作品は、アルペッジョとトレモロによる美しい序奏に続いて、推進力のある伴奏にのって清々しいメロディーが響き渡る。辻井の優しさ・強さが、明朗な応援歌となって心に迫る。中間部のワルツは可愛らしくゴージャス。どこか懐かしさのある歌心に満ちた作品だった。

辻井がプログラムの最後に選んだのは、松任谷由実の名曲「春よ、来い」。今回のコンサートのタイトルに据えられた作品だ。思いのこもったイントロの響きから、こちらも気持ちが高まる。メロディーラインを一層浮き立たせ、歌の持つメッセージ性をピアノに乗せてしっかりと届けてくれる感動的な演奏だった。

そしてなんとアンコールには、天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典で演奏された、菅野よう子の「Ray of Water」のピアノ・ソロバージョン！ ピアノの低音が深く豊かに響き、祈りの音楽となって立ち上るのだった。

アンコールまで全曲を弾き終えた辻井は、少し上気したように高揚感をにじませており、その想いはしっかりと画面のこちら側で視聴している筆者にも届き、共鳴することができた。日曜の夜のひと時、まるで特等席を用意してもらったかのような気分になれるオンライン・コンサート。自宅にいながらにして、とても美しい時間を過ごすことができた。

残り3夜のコンサートテーマは、それぞれ『英雄ポロネーズ～ショパン名曲集』（6月14日（日））、『ラ・カンパネラ～ピアノ名曲集』（6月21日（日））、『悲愴 月光 熱情～ベートーヴェン3大ソナタ集』（6月28日（日））。今後の回にも期待が高まる。

文＝飯田有抄