古代エジプトのロマン、あとひく面白さ 『古代エジプト展 美しき棺のメッセージ』の見ごたえが凄い

レポート
アート
2021.5.28
『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 美しき棺(ひつぎ)のメッセージ』

『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 美しき棺(ひつぎ)のメッセージ』

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2020年4月16日(金)より渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムにて開幕した『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 美しき棺のメッセージ』。前日に行われた内覧会での鑑賞レポートをお届けする。まずは、90分間(内覧時間)では時間が足りなく感じられるほどの、発見と興奮に満ちた鑑賞体験だったことを、初めにお伝えしておきたい!

※ザ・ミュージアムは、東京都の緊急事態宣言措置等により、4月25日(日)から臨時休館しておりましたが、6月1日(火)から『古代エジプト展』を再開いたします。今後の状況によって営業内容を急遽変更する場合がございます。最新の情報はホームページで随時ご案内いたしますので、ご来館の際には事前のご確認を重ねてお願い申し上げます。(5月29日現在情報)

会場エントランス。入場前の待ち時間を充実させる試みか、会場外でも資料映像が見られる親切設計だ

会場エントランス。入場前の待ち時間を充実させる試みか、会場外でも資料映像が見られる親切設計だ

キャッチコピーに偽りなし、圧巻の立体展示!

いつの時代も日本で安定の人気を誇ると言われている“エジプトもの”の展覧会。しかし今回は「ツタンカーメン」や「黄金」といったキャッチーな点だけを取り上げるのではなく、エジプト考古学の始まりから現在、そして未来までをも見通し、さらに奥へ踏み込んだ企画なのだそう。

なかでもこだわりのポイントは、いくつもの棺を立てて並べた「立体展示」である。これは本家・ライデン国立古代博物館(オランダ)での展示スタイルを踏襲しており、より内部装飾が見やすく、スケール感が伝わるというのが特徴だ。立てて展示できるのは状態の良いものに限られるため、今回のようにズラリと“イキのいい”棺が並ぶのを見られるのは非常に貴重な機会なのである。

「棺の展示室」に本展を監修した中部大学・中野智章教授が登場し、見どころを語った

「棺の展示室」に本展を監修した中部大学・中野智章教授が登場し、見どころを語った

図らずも、展示の前に中野智章教授が立っているおかげで棺のサイズ感がよくわかる。当たり前だけれど、人が入れるくらいの大きさなのだ。これだけのボリュームのものを造るのは、材料(木材)調達の面でも装飾技術の面でも、相当なエネルギーが必要だったろう。蓋も合わせて12個の棺は右から左へ年代順に配置され、時代によって変化していく製作スタイルを見て取れる。

ここから数枚、棺画像ラッシュになることをお許しいただきたい。元来の棺マニアというわけではなくとも、長い時間を超えてきた見事な工芸品が目の前に並び、それをじっくり見比べられるとなると……きっと誰もが、興味をかき立てられるのではないだろうか。そう強く思わされる展示だった。

右:《アメンヘテプのミイラ覆い》、中央・左:《アメンヘテプの内棺》(ともに紀元前1076年〜944年頃)

右:《アメンヘテプのミイラ覆い》、中央・左:《アメンヘテプの内棺》(ともに紀元前1076年〜944年頃)

想像以上に棺は分厚く、内側までびっしりと装飾が施されている。これらは紀元前1076年〜944年ごろに製作されたもの。ベースとなるカラーリングは、太陽光をイメージしたイエローだ。

《アメンへテプの内棺内側》(部分)

《アメンへテプの内棺内側》(部分)

覗き込むと、ちょうど死者の頭上にあたる部分に翼を広げた女神が描かれていることがわかる。

《ハイトエムハトの棺》(紀元前722年〜332年頃)

《ハイトエムハトの棺》(紀元前722年〜332年頃)

肥沃な大地を象徴するブラックの流行を経て、後年代モデルは白いパピルスカラーに。装飾はより平面的に変化し、フォルムはマトリョーシカやこけしを思わせる、ずんぐりむっくりとしたものになっている。

《ハイトエムハトの棺》(部分)

《ハイトエムハトの棺》(部分)

寸分の狂いもない緻密な花柄装飾。古代エジプトでは色彩の持つ呪術的な力を活かすため、混色せず原色が用いられたという。色や形の美しさはもちろん、そこに込められた意味を読み解けるのが本展の醍醐味のひとつだ。

古代世界へ丁寧にエスコート

さて、それでは改めて会場内を見ていこう。本展は「第1章:エジプトを探検する」「第2章:エジプトを発見する」「第3章:エジプトを解読する」「第4章:エジプトをスキャンする」の4章で構成されている。展示されるのは、ライデン国立古代博物館からやってきた200点以上に及ぶ遺物たちだ。

17世紀にオランダ人画家コルネリス・ドゥ・ブラウンが残した旅行記挿絵《ギザの大スフィンクス》(1698年)。ヨーロッパにエジプトを伝える最初期のものとして貴重な一枚だ

17世紀にオランダ人画家コルネリス・ドゥ・ブラウンが残した旅行記挿絵《ギザの大スフィンクス》(1698年)。ヨーロッパにエジプトを伝える最初期のものとして貴重な一枚だ

冒頭で展示される一枚の絵に、ライデン国立古代博物館の古代エジプト学への自負を感じる。一般的に、ヨーロッパにエジプト文明の存在を知らしめたのはナポレオンの遠征(1798年)によると言われているが、実は海洋貿易国オランダはそれより100年も前にエジプトをレポートしていた! というわけだ。

会場風景

会場風景

会場内にはいくつかの短編映像が見られるスポットが。特に、冒頭で流れる映像はエジプト王朝の特徴と変遷をわかりやすくまとめているので必見だ(約2分)。場内の解説パネルもかなり詳しく親切で、予備知識なしで訪れても十分な理解を促してくれるだろう。

会場風景

会場風景

さらに、この展覧会を楽しむ上で個人的にオススメしたいことがある。ぜひ、音声ガイドを利用してほしい。俳優・西島秀俊と声優・森川智之による音声ガイド&ナビゲートが秀逸なコンテンツなのはもちろんだが、内容がかなり濃く、混雑時にも会場を楽しめるような心配りがされている。エジプトクイズ(意外と難しい)や、ガイド機端末の画面で見る解説ショートアニメまであるのだ。

左:《アメンヘテプ・フイのピラミディオン》(紀元前1390年〜1353年頃)、右:《ホルミンの供養像》(紀元前1290年〜1213年頃)

左:《アメンヘテプ・フイのピラミディオン》(紀元前1390年〜1353年頃)、右:《ホルミンの供養像》(紀元前1290年〜1213年頃)

会場内で存在感を放つ、ピラミッドの頂点に飾るパーツ「ピラミディオン」と、墓中に置かれたという供養像。神の像が入った祠(ほこら)を持った像を墓の中に入れる……という入れ子構造が興味深い。

図説・ミイラのつくりかた

宝飾品や日用品など、遺物には様々な種類のものがある

宝飾品や日用品など、遺物には様々な種類のものがある

もちろん、ミイラも海を越えてやってきた。ライデン国立古代博物館ではミイラの包帯を外さずにそのままの状態で保管を行ってきたため、特に状態が良好なのだそう。展示のすぐ横には、イラスト入りで「ミイラの作り方」を詳細に解説したパネルがあるので要チェックだ。

《ハレレムのミイラ》(紀元前722年〜525年頃)

《ハレレムのミイラ》(紀元前722年〜525年頃)

青いビーズのネットがあしらわれたミイラ。足元の染みは、接着剤の跡だろうか……? 間近で見ると細かな凹凸が生々しく、布の向こうに数千年前の人間がいるということを物語るようだ。

ミイラ職人のツールボックスはこんな感じだったのだろうか

ミイラ職人のツールボックスはこんな感じだったのだろうか

解説に登場した、ミイラ作りの道具たちも併せて展示されている。ナイフ、耳かきのような金属棒……当時の様子を具体的に想像するかどうかは鑑賞者次第だ。

「古代エジプト」の幅と奥行き

一口に「古代エジプト文明」と言っても、そこにはおよそ3000年ほどの幅がある。その間に何度も王朝が交代し、人々の世界観も、生み出される工芸品も変化してきた。本展はその移ろいを丁寧に伝えようとする姿勢も印象的だ。

左:《ワニの描かれた埦》(紀元前3750年〜3650年頃)、右:《船の描かれた壺》(紀元前3500年〜3300年頃)

左:《ワニの描かれた埦》(紀元前3750年〜3650年頃)、右:《船の描かれた壺》(紀元前3500年〜3300年頃)

左の、ワニの描かれた埦が本展の展示物のなかで最も古いものと推定される(ちなみに日本では縄文時代中期〜後期にあたる頃だ)。右の壺に描かれた高いマストを持った船は、来世への旅を象徴していると考えられているそう。

左:《膝にホルス神を載せたイシス女神の像》、中央:《ハルポクラテスの立像》、右:《二重冠をかぶるハヤブサ》(すべて紀元前722年〜332年頃)

左:《膝にホルス神を載せたイシス女神の像》、中央:《ハルポクラテスの立像》、右:《二重冠をかぶるハヤブサ》(すべて紀元前722年〜332年頃)

紀元前722年〜332年頃の後期王朝時代に流行ったという青銅製の神像。左・ホルス神を膝に抱いたイシス女神の姿には、時代も宗教も超えた母子像の神聖さが漂う。

左:《バステト女神の像》、中央:《猫の像》、右:《イクニューモン》(すべて紀元前722年〜332年頃)

左:《バステト女神の像》、中央:《猫の像》、右:《イクニューモン》(すべて紀元前722年〜332年頃)

青銅像は人型とは限らない。エジプト神話では神々が動物に関連づけられることが多く、こちらはバステト女神と結びつくネコの像。本展の隠し目玉とも言える、ぴょこんと両手を上げたイクニューモン(マングース)の像も愛らしい。

ネスナクトの『死者の書』(紀元前304年〜30年頃)

ネスナクトの『死者の書』(紀元前304年〜30年頃)

ミイラとともに棺の中に納められていた『死者の書』も複数展示されている。死後の健康安全のための呪文などがびっしりパピルスに描き込まれた『死者の書』は、さながら冥界ガイドブックだ(縦書きだとお経のようである)。古代エジプトの人々が強く望んでいたことや恐れていたことを理解する手がかりになるだろう。

輪切りにしてみました!

会場風景

会場風景

「第4章:エジプトをスキャンする」エリアでは少々雰囲気が変わり、ライデン国立古代博物館が精力的に取り組んできた、ミイラのCTスキャン研究の成果などを見ることができる。

《タディスまたはタ(ネト)カルウのミイラ》(紀元前800年頃)

《タディスまたはタ(ネト)カルウのミイラ》(紀元前800年頃)

モニターで映し出されるのが、CTスキャンで得られた内部の情報だ。ミイラの体内の様子、生前の食生活や健康状態までわかるという。監修の中野教授が「本人は大迷惑でしょうけど……(笑)」と語っていたのも納得の、丸見えぶりである。

そして本展のために行ったCTスキャンの結果、新事実が見つかったという。一部のミイラの腹内に、土製の人形が埋め込まれていたというのだ。その画像は、この会場で世界初公開となる。詳細については今後の研究が待たれるが、まだまだ知られざる古代エジプトの奥行きを感じさせるエピソードではないだろうか。

ミイラは人間だけではなく、様々な動物のものも作られた。よく見ると、猫のミイラにはちゃんと猫耳がついている

ミイラは人間だけではなく、様々な動物のものも作られた。よく見ると、猫のミイラにはちゃんと猫耳がついている

深掘りしたいエジプトの魅力

数千年前の文明に思いを馳せているうちに、あっという間に内覧会は終了。ああ、もっともっと知りたい!

ミュージアムショップ

ミュージアムショップ

ミュージアムショップでは、心くすぐられるエジプトグッズが勢揃いしている。特筆すべきは、シーツを被ったオバケのような「メジェド神」のゆるい可愛さ。展覧会図録用の袋にも大きくその姿がプリントされているので、会期中はしばしば渋谷でメジェド様を見かけることになるだろう。

『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 美しき棺のメッセージ』は、Bunkamura ザ・ミュージアムにて6月27日(日)まで開催中。古代エジプトのお宝が来日するというよりも、“古代エジプトが、本気で理解されに来てくれた”というべき稀有な機会である。この記事で紹介しきれなかった展示物や研究成果は、まだたくさんある。たっぷり時間に余裕を持って、この世界の幅と奥行きを存分に味わってほしい!


取材・文・写真=小杉美香

展覧会情報

ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 美しき棺のメッセージ
 
※ザ・ミュージアムは、東京都の緊急事態宣言措置等により、4月25日(日)から臨時休館しておりましたが、6月1日(火)から『古代エジプト展』を再開いたします。今後の状況によって営業内容を急遽変更する場合がございます。最新の情報はホームページで随時ご案内いたしますので、ご来館の際には事前のご確認を重ねてお願い申し上げます。(5月29日現在情報)
 
開催期間:2021/4/16(金)~6/27(日)
※4/27(火)、5/18(火)、6/8(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)、毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※金・土の夜間開館につきましては予定のため、変更になる可能性もございます。
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
主催:Bunkamura、東京新聞、フジテレビジョン、ライデン国立古代博物館
協賛:DNP大日本印刷、トヨタ自動車
協力:ヤマト運輸
後援:外務省、オランダ王国大使館
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
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