[連載企画] ウエストエンド・ミュージカルの名作『オリバー!』 PART 2/ライオネル・バートって誰?

2021.8.8
コラム
舞台

1968年に日本で発売された、『オリバー!』のスタジオ・キャスト盤LP(1962年録音)

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[連載企画] ウエストエンド・ミュージカルの名作『オリバー!』
PART 2/ライオネル・バートって誰?

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 『オリバー!』(1960年初演)の脚本と作詞作曲を手掛けたのが、ライオネル・バート(1930~99年)。イギリスを代表するソングライターの一人で、ウエストエンド・ミュージカルの仕事のみならず、ポップス系のヒット曲を数多く放ち、本国では人気が高かったユニークな才人だ。しかし日本では、その名はもちろん、キャリアについては殆ど知られていない。PART 2では、バートが創作した舞台や楽曲を紹介しつつ、彼の波乱多き人生に迫ろう。

2011年に出版された、ライオネル・バートの伝記「ライオネル・バート物語」

■譜面を書けないソングライター

 後述する本作のナンバー以外で、日本で知られているバートの楽曲と言えば、007シリーズ中の名作「007  ロシアより愛をこめて」(1963年)の同名主題歌だろう。「イギリスのシナトラ」と謳われた歌手マット・モンローが、「♪フロ~ム・ラッシャア~・ウィ~ズ・ラ~ヴ……」と甘い声で歌う物哀しい旋律は、映画ファンなら御記憶の方が多いはずだ。1960年代に一時代を築いたバート。まずは、そのルーツを辿ってみよう。

「007 ロシアより愛をこめて」(1963年)のアナログ・サントラ盤

 1930年、ロンドンはイーストエンド生まれ。ユダヤ人居住区で暮らす一家は貧しかった上に、仕立屋の仕事で働き詰めの父親と、気が強い母親は口論が絶えず、バートは愛情に飢えた幼少期を送る。ただ音感に優れた彼は、救世軍の楽隊や大道芸人の楽器演奏から、盛り場から聴こえてくるジャズまで、街中で流れるあらゆるジャンルの音楽を吸収。やがて学校の教師が、バートの音楽的才能を見出した事をきっかけにバイオリンを習うが、早々に挫折した。プロの作曲家に転じた後も、譜面の読み書きは出来ないままで、彼が歌うと採譜師が書き取るやり方を貫く。

トミー・スティール(1957年撮影)

 1950年代中盤から、トミー・スティール(『心を繋ぐ六ペンス』など、後にミュージカル俳優としても成功)やクリフ・リチャードら、イギリスで人気を誇ったロックンロール&ポップス歌手のヒット曲を量産し、一躍脚光を浴びたバート。演劇界でも頭角を現し、ロンドン下町の裏社会が舞台のコメディー『昔と変わらぬ物は無し』(1959年)に楽曲を提供し好評を博した。

ポップス系ヒット曲と舞台のナンバー全64曲で構成された、バートの集大成的アルバム「ポップ・バート!」(2枚組/輸入盤)

■「愛はどこにあるの?」

 そして、バート生涯の代表作となった本作『オリバー!』。彼は、チャールズ・ディケンズの原作「オリバー・ツイスト」の映画版(1948年/ワンコインDVDで入手可)を観て、作品の世界や、次々に現れる個性的な登場人物に魅せられた。だが、粗筋と楽曲のデモ・テープを仕上げ売り込みにかかるも、興味を示す演劇関係者は皆無。孤児オリバーが暮らす救貧院や窃盗集団の巣窟を舞台に、社会の底辺でしたたかに生きる人々が暗躍するミュージカルは、想像も出来なかったのだ(『レ・ミゼラブル』のロンドン初演は、それから25年も先)。

 だがバートは、作品のテーマに信念があった。それは「愛」。親を知らぬオリバー少年が愛を求めて彷徨う物語は、万人を感動させる事が出来ると確信していたのだ。もちろんバート自身、愛情が枯渇した子供の頃の自分を、オリバーの生き方に重ね合わせた事は言うまでもない。実際、バートが最初に書き下ろしたナンバーも、オリバーが歌う〈愛はどこにあるの?〉だった。救貧院から葬儀屋に売り飛ばされた彼が、「愛はどこにあるの? 僕にだけ優しく挨拶してくれる人は、遠い旅をしたら会えるのかな?」と健気に訴える感動的な一曲だ。

〈あの人が私を必要とする限り〉(ライブ録音)など、バートの楽曲を5曲収録したガーランドのCD「クラシック・ジュディ・ガーランド」(2枚組/輸入盤)

 さらに本作の白眉となる愛の名曲が、オリバーに目を掛けるサギ集団の女性ナンシーが、「命の続く限り、何があろうとも彼を愛す」と恋人への愛情を高らかに歌い上げる、〈あの人が私を必要とする限り〉。絶唱型女性シンガーが好んでカバーしたナンバーで、ジュディ・ガーランドの十八番としても知られる。最晩年に、ロンドンで開催されたコンサートの舞台裏を描いた映画「ジュディ 虹の彼方に」(2019年)でお分かりのように、ガーランドはイギリスでの人気も抜群で、頻繁に渡英。『オリバー!』は、彼女と愛娘ライザ・ミネリら家族が繰り返し観た、お気に入りの作品だった。また、バートの才能を高く評価したガーランドは、公私共に親しい関係を築き、1964年には新作『マギー・メイ』の劇中曲をカバーしている。

■正当な評価を得ずにクローズ

 その後1967年に、バートはブロードウェイ入りを目指す意欲作に取り組む。タイトルは『ラ・ストラーダ』。イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の秀作「道」(1954年)のミュージカル版で、粗野な旅芸人ザンパノと、道化を務める純真無垢な少女ジェルソミーナの悲哀に満ちた物語だ。『オリバー!』と同様、蔑まされても懸命に生きる人々を描くストーリーに惚れ込んだバートは、満を持して楽曲創りに着手した。

 ところが、演出家やプロデューサーとの見解の相違や、個人的なフラストレーションが原因で、バートはリハーサルに姿を見せなくなる。そのため、地方でのトライアウト(試演)の時点で、彼が書き下ろした曲の大半は、他のソングライターのナンバーに差し替えられた。最終的に、バートの曲で残ったのは3曲のみ。しかもトライアウトでの悪評が広まり、1969年12月に開幕したブロードウェイ公演は、僅か1回の上演でクローズしてしまう。

2004年にリリースされた、『ラ・ストラーダ』(1969年)のデモ・レコーディング

 それから35年を経た2004年に、バートが初期段階に創作したデモ録音がCD化された。これを聴くと意外や佳曲揃い。ジェルソミーナが歌う、センチメンタルなバラード〈ビロンギング〉を始め、愛すべきナンバーが多いのだ。もしこの作品が成功していたら、後年のバートの評価も変わっていただろう。ちなみに、ブロードウェイ公演でジェルソミーナを演じたのは、若き日のバーナデット・ピータースだった(デモ録音に、彼女のボーカルは収録されていない)。

■『オリバー!』再演で奇跡の復活

 1970年代からキャリアは低迷する。かねてからの飲酒癖は歯止めが効かず、派手なライフスタイルを好み、浪費家だった彼は破産を繰り返した。ウエストエンドでは、1977年に自伝的ミュージカル『ライオネル!』が開幕するが、約1カ月でクローズ。ブロードウェイでの上演を狙った、ヴィクトル・ユーゴー原作「ノートルダム・ド・パリ」のミュージカル版は、結局陽の目を見なかった(劇団四季が翻訳上演した、『ノートルダムの鐘』とは別バージョン)。ただしこの作品、バートの死後2013年に、『カジモド』のタイトルでロンドン初演を果たしている。

 自ら「長い冬眠期」と称した、この辛い時期に手を差し伸べたのが、サー・キャメロン・マッキントッシュだった。『オペラ座の怪人』(1986年)や『ミス・サイゴン』(1989年)など、ウエストエンド発の大作で鳴らした辣腕プロデューサーで、今回の『オリバー!』翻訳上演も手掛ける。彼は、1994年に上演された本作のロンドン再演を企画した際、バートに声を掛け、音楽面の強化を依頼したのだ。この公演は、窃盗集団の親分フェイギンに、『ミス・サイゴン』でエンジニア役を快演したジョナサン・プライスを迎え大ヒットを記録。1998年までロングランを重ねる。バートは、あたかも我が子の成功を見届けるように、クローズ翌年の99年に肝臓がんで逝去した。享年68。日本では、ソングライターとしての真価は未だ伝わっていないのが残念だが、今回の上演で、バート楽曲の楽しさ、美しさを堪能して頂ければ幸いだ。

『オリバー!』、1994年のロンドン再演版CD(輸入盤)

(次回PART3に続く)

[連載企画] ウエストエンド・ミュージカルの名作『オリバー!』

■PART 1/まずは歴史と映画版から https://spice.eplus.jp/articles/289743
■PART 2/ライオネル・バートって誰? https://spice.eplus.jp/articles/290361
■PART 3/オリバー・トリビア https://spice.eplus.jp/articles/290921

公演情報

ミュージカル『オリバー!』
 
[東京公演]
■会場:東急シアターオーブ
■日程:
プレビュー公演:2021年9月30日(木)~10月6日(水)
本公演:2021年10月7日(木)~11月7日(日)

■料金(全席指定・税込)
S席14,000円/A席10,000円/B席4,500円
プレビュー:S席12,500円/9,000円/B席4,000円
■一般前売り:2021年7月15日(木)

販売:eplus.jp/oliver 他
 
■主催:ホリプロ 東宝 TBS 博報堂DYメディアパートナーズ WOWOW
■特別協賛:大和ハウス工業
■後援:ブリティッシュ・カウンシル

[大阪公演]
■会場:梅田芸術劇場メインホール
■日程:2021年12月4日(土)~12月14日(火)
■料金(全席指定・税込)
S席14,000円/A席10,000円/B席4,500円
■一般前売り:2021年10月2日(土)
販売:eplus.jp/oliver 他
 
■主催:『オリバー!』製作委員会
■特別協賛:大和ハウス工業
■後援:ブリティッシュ・カウンシル
 
※4歳以上観劇可(入場券が必要になります)
※膝上観劇不可
※本公演の入場券は主催者の同意のない有償譲渡が禁止されています。
※やむを得えない事情により、出演者並びにスケジュールが変更になる可能性がございます。予めご了承ください。
※公演中止の場合を除き、払い戻し、他公演へのお振替はいたしかねます。ご了承のうえ、お申込みください。
 
<キャスト>
フェイギン:市村正親/武田真治(Wキャスト)
ナンシー:濱田めぐみ/ソニン(Wキャスト)
ビル・サイクス:spi/原慎一郎(Wキャスト)
 
オリバー・ツイスト:エバンズ隼仁/越永健太郎/小林佑玖/高畑遼大(クワトロキャスト)
アートフル・ドジャー:大矢 臣/川口 調/酒井禅功/本田伊織(クワトロキャスト)
 
ミスター・バンブル:コング桑田/小浦一優(芋洗坂係長)(Wキャスト)
ミセス・コー二―:浦嶋りんこ/鈴木ほのか(Wキャスト)
ミスター・サワベリー/ミスター・グリムウィグ:鈴木壮麻/KENTARO(Wキャスト)
ミセス・サワベリー/ミセス・ベドウィン:北村岳子/伊東えり(Wキャスト)
ミスター・ブラウンロウ:小野寺昭/目黒祐樹(Wキャスト)
 
ベット:植村理乃
ノア・クレイポール:斎藤准一郎
シャーロット:北川理恵
サリー婆さん:河合篤子
ローズセラー:青山郁代
ミルクメイド:元榮菜摘
ストロベリーセラー:飯田恵理香
ナイフグラインダ―:森山大輔
 
荒井小夜子、家塚敦子、石川剛、大久保徹哉、小原和彦、金子桃子、菊地まさはる、小林遼介、今野晶乃、白山博基、鈴木満梨奈、高瀬育海、髙田実那、照井裕隆、宮野怜雄奈、吉田玲菜、蘆川晶祥(五十音順)
 
フェイギンのギャング団(Wキャスト):
【子役キャストグループ:ハックニー】
チャーリー・ベイツ:中村海琉
ディッパー:河井慈杏
ハンドウォーカー:山口俊乃介
スネイク:市村優汰
キング:入内島悠平
キャプテン:髙橋唯人
スティッチム:瀧澤拓未
スパイダー:田中琉己
キッパー:田中誠人
ニッパー:髙橋維束
【子役キャストグループ:ペッカム】
チャーリー・ベイツ:日暮誠志朗
ディッパー:福田学人
ハンドウォーカー:山下光琉
スネイク:河内奏人
キング:花井 凛
キャプテン:佐野航太郎
スティッチム:杉本大樹
スパイダー:高田夏都
キッパー:平澤朔太朗
ニッパー:渡邉隼人

 
救貧院の子どもたち(Wキャスト/五十音順):
【子役キャストグループ:メイフェア】
小川竜明 西口青翔 井上綾子 木村律花 久住星空 佐藤 凌 土岐田 育 仲西 奏 廣瀬健也 松浦歩夢 森田みなも 涌澤昊生 涌澤摩央
【子役キャストグループ:ベルグレヴィア】
磯田虎太郎 市川裕貴 石倉 雫 木村 心 黒川明美 河本雪華 鐘 美由希 高澤悠斗 土屋飛鳥 寺﨑柚空 平賀 晴 弘山真菜 矢田陽輝

ほか
 
<スタッフ>
■原作:チャールズ・ディケンズ
■脚本・作詞・作曲:ライオネル・バート
 
■オフィシャルサイト:https://www.oliver-jp.com/
■公式Twitter: @OliverMusicalJP https://twitter.com/OliverMusicalJP
■公式YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCH2fF5Bmcu54JLnunmkD_Yw