2022年・新シーズンから大阪交響楽団の常任指揮者に就任する山下一史に聞く

インタビュー
クラシック
2021.12.30
大阪交響楽団 常任指揮者に就任する山下一史 (2022年4月から)  写真提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

大阪交響楽団 常任指揮者に就任する山下一史 (2022年4月から)  写真提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

画像を全て表示(13件)


大阪交響楽団の指揮者体制が来シーズン(2022/23シーズン)から変わる。

前音楽監督の児玉宏が楽団を離れたのが2016年3月。同年4月からは外山雄三がミュージック・アドバイザーを4年間務め、2020年4月からは、名誉指揮者に就任。現在の2021年度シーズンは、太田弦が正指揮者として存在してはいるが、いわゆるシェフは不在の状態。来年度2022年4月からは常任指揮者に山下一史、ミュージックパートナーに柴田真郁、首席客演指揮者に髙橋直史が就任し、正指揮者の太田弦は3年間の契約を終えて退任する。

大阪交響楽団の指揮者に就任する3名(左から、柴田真郁、山下一史、髙橋直史)  (C)H.isojima

大阪交響楽団の指揮者に就任する3名(左から、柴田真郁、山下一史、髙橋直史)  (C)H.isojima

噂好きなのはどの業界も同じ事。大阪交響楽団の次期シェフは誰か?的なハナシは、SNSを中心に色々と語られていたが、常任指揮者という形で山下一史が決まる事は、おそらく誰も予想出来なかったのではないか。それは、山下が大阪交響楽団を指揮しているイメージがあまりなかったからだ。それもそのはず、近年で山下が指揮したのは今年の3月の依頼公演と、コロナで来れない外国人指揮者の代役となる4月の定期演奏会の2回だけだったからだ。(2005年2月の第98回定期演奏会以来、16年ぶり) 

どのような経緯で常任指揮者就任となったのか。山下一史にあんなコトや、こんなコトを聞いてみた。

正指揮者 太田弦が指揮する大阪交響楽団。(太田は2022年3月で退任)  (C)飯島隆

正指揮者 太田弦が指揮する大阪交響楽団。(太田は2022年3月で退任)  (C)飯島隆


 

―― 大阪交響楽団の常任指揮者就任、おめでとうございます。山下さんの常任指揮者就任は、正直言ってちょっと意外でした。聞くところによると、2005年を最後に大阪響を指揮されていなかったそうですね。今年4月の定期演奏会を、コロナで来日できないオーラ・ルードナーの代わりに指揮されましたが、その1回だけで常任指揮者に決まったということでしょうか?

定期演奏会の前月、3月に池辺晋一郎さんの「交響詩ひめじ」とシューマンの交響曲第1番「春」を、姫路のパルナソスホールで指揮したのですが、それが大阪交響楽団と久しぶりの再会でした。その時のリハーサルの進め方や本番の成果を受けて、4月の定期演奏会の代役が決まったのだと思います。メンバーとは、大変集中したリハーサルを行い、濃密な関係が構築できたと思っていましたが、常任指揮者就任へ繋がるとは思っていませんでした。

メンバーとは濃密な関係が構築できたと思います。  (C)H.isojima

メンバーとは濃密な関係が構築できたと思います。  (C)H.isojima

―― 大阪交響楽団にはどんな印象を持たれていますか。そしてこの先どんなオーケストラを目指されますか?

熱いオーケストラですよ。音楽に対してひたむきで誠実です。当時の音楽監督や指揮者陣の嗜好性が反映された、実演では聞けないような珍しい作品が定期演奏会のプログラムに並び、オーケストラとしての独自性を打ち出すことに注力した時期を経て、外山雄三先生が原点回帰を目指されました。私もオーケストラの王道プログラムを取り上げて、大阪交響楽団の皆さんと共に作品と向き合い、理解を深めて行くことによって、共に成熟していきたいと思っています。

―― 山下さんは東日本大震災の時、仙台フィルのゲネプロ直前にホールで被災されたそうですね。

夜の演奏会のゲネプロ直前、14時46分のことでした。激しい揺れが収まった後、全員でホールの外に退避して2時間。雪が舞っていて寒かったことを覚えています。なんとかホテルに戻り、テレビのニュースを見て初めて津波の事を知りました。

―― 震災の2週間後に、ザ・シンフォニーホールで行われた大阪フィルの演奏会を指揮された時に、客席に向けてその時のハナシを語っておられました。終演後にはロビーで募金箱を持って、呼び掛けておられた姿が印象的でした。

3月24日の演奏会ですね。あの時の事は、はっきりと覚えています。大阪フィルの練習場に着くと、楽員が次々と集まって来て、「仙台フィルは大丈夫なのか?」と……。オーケストラの横の繋がりの強さを感じた瞬間でした。

―― 震災の後も、暫くの間は音楽が出来なかったと思います。一方では、昨年からコロナで、やはり音楽が出来なかった期間があったと思いますが、比較して如何ですか。

震災は視覚的にダメージが見えます。しばらくすると、復興の機運も高まります。しかしコロナは、街の様子はそれまでと何一つ変わりはありません。それなのに音楽が出来ない。いつまでなのか、期限も分かりません。組織の中に一人でも陽性者が出ると、オケごと演奏出来ないというのも、気が休まらず、常に薄氷を踏む思いです。それに震災は、地域限定的なもので、事実、東北地方では音楽が出来なくても、大阪フィルは指揮できました。コロナは、日本だけでなく世界規模の話です。

コロナ禍では常に薄氷を踏む思いでした。  (C)H.isojima

コロナ禍では常に薄氷を踏む思いでした。  (C)H.isojima

―― やはりコロナですか。振り返ってみて、コロナの自粛期間はどんな意味を持つものだったのでしょうか。

コロナによる影響は、決して悪いことばかりでは無かったと思っています。音楽出来る事が、当たり前ではないという事に気付かせてくれました。そして、お客様とオーケストラの距離は、間違いなく近くなりました。

―― 話しは変わりますが、山下さんと言えば、カラヤンの代わりにジーンズ姿でベルリンフィルを指揮したエピソードが今でも語られます。

カラヤン先生のアシスタント時代のハナシですね。先生はいつも上下ともに黒づくめ。アシスタントは言わば黒子ですので、目立たないようにという事もあって、黒いズボンに黒いセーター姿が基本です。ブルージーンズではありません。あの日の事は、完全にアクシデントです。先生がリハーサルもすべて付けておられたのですが、本番直前に熱を出されてドクターストップがかかり、先生がヤマシタに指揮させろ!と仰っていると云うことで、私が代わりに本番を振りました。あの時の指揮は自分で勝ち取ったものではないので、私のキャリアだとは思っていません(笑)。

カラヤン先生の代わりにベルリン・フィルを指揮したことは、言わばアクシデントです。  (C)ai ueda

カラヤン先生の代わりにベルリン・フィルを指揮したことは、言わばアクシデントです。  (C)ai ueda

―― ベートーヴェンの「第九」だったそうですね。終演後、カラヤンは何か声をかけられたのでしょうか?

終演後に先生に呼ばれていたので、宿泊先のホテルの部屋を訪ね、部屋のソファーで話をしました。普段はアシスタント言っても、一言二言、アドバイスを頂ける程度ですが、この時は色々な話をしてくださいました。一番強く言われたのが、どんな小さくてもいいので、早く自分のオーケストラを持ちなさいという事でした。色々なオーケストラをゲストで指揮するのと、シェフとして指揮するのでは全然違うという事だったのですが、その時はその真意がよく分かりませんでした。2016年から、千葉交響楽団の音楽監督を引き受けるようになって、カラヤン先生が仰ってくださった事を実感しています。

―― カラヤンが亡くなって30年以上が経過しましたが、今でも「音楽の友」などの専門誌では、好きな指揮者ランキングの上位に名前が上がるほど、人気の指揮者です。一方では、関係者でもリハーサルは非公開でミステリアスな指揮者だったとも聞きます。やはり厳しい方でしたか。

カラヤン先生のプロ―べは公開NGですが、私はアシスタントなので見ることが許されていました。大変勉強になりましたよ。よく、カラヤンは暴君だ!みたいなことを言われますが、とんでもないです。とてもオーケストラを尊重されていました。「オケはドライブするものではない、キャリーしなさい!」と常々仰っていたのが印象的でした。指揮者は何でも自分でやらないといけないと思いがちですが、そうではないことも教わりました。楽員のスキルや経験を尊重し、コチラがきちんとした設計図を示してあげれば、上手く行くのだと。先生をよく知るベルリン・フィルのメンバーは、「カラヤンがいちばん私たちを自由にしてくれた」と言っていました。厳格なリハーサルをやって来ているので、逆に本番は奏者の自発性に任せてくれるので、伸び伸び演奏できるのです。

「オケはドライブするものではない、キャリーしなさい!」カラヤン先生の言葉です。  (C)H.isojima

「オケはドライブするものではない、キャリーしなさい!」カラヤン先生の言葉です。  (C)H.isojima

―― カラヤンのアシスタントとしては、高関健さんの後任だとお聞きしました。

はい、高関さんが広島交響楽団の音楽監督に決まったことを受けて、後任に推薦していただいたことで、アシスタントに就きました。高関さんがよくカラヤン先生のハナシをされているのを雑誌などで拝見しますが、それは小澤征爾さんも小泉和裕さんも同じです。先生と関係を持った方々は、皆さん影響を受けておられます。それほど凄い指揮者でした。先生がお亡くなりになる89年までアシスタントを続けました。現在、高関健さんと二人で東京芸大の指揮科の教授をやらせて頂いていることに大きな「縁」を感じています。私の恩師、尾高忠明先生は、私の前の東京芸大の教授でした。実は、この3人全員が桐朋学園出身。東京芸大は懐の深い素晴らしい学校です(笑)。

大阪交響楽団 常任指揮者に就任する山下一史  写真提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

大阪交響楽団 常任指揮者に就任する山下一史  写真提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

―― 尾高さんと言えば、現在大阪フィルの音楽監督です。  

いくつになっても師弟関係は変わりません。先生と同じ街で指揮者として仕事が出来るなんて、こんなに光栄なことは有りません。大阪は4つのオーケストラで打ち合わせをしたり、一堂に会して演奏する機会もあるようなので、緊張もしますが、楽しみでもあります。

大阪4オーケストラ共同記者発表会  (C)H.isojima

大阪4オーケストラ共同記者発表会  (C)H.isojima

大阪4オーケストラ4人の指揮者(山下一史、尾高忠明、藤岡幸夫、飯森範親、左から)  (C)H.isojima

大阪4オーケストラ4人の指揮者(山下一史、尾高忠明、藤岡幸夫、飯森範親、左から)  (C)H.isojima

―― 大阪交響楽団はシーズンから、指揮者3人体制だとお聞きしています。

オペラの経験が豊富で、既に大阪響とも共演を繰り返されている柴田真郁さんがミュージックパートナーに、ドイツの歌劇場で、音楽総監督の経験もお持ちの高橋直史さんが首席客演指揮者に就任されて、常任指揮者の私と3人の指揮者陣に加え、名誉指揮者の外山雄三先生もご一緒に、大阪交響楽団の新しい歴史を築いて行こうと考えています。新しく就任する3名は、年齢こそ違いますが、皆それぞれドイツで勉強し、オペラに一家言ある歌心溢れた指揮者が集結しました。

ミュージックパートナー柴田真郁、常任指揮者 山下一史、首席客演指揮者 髙橋直史  (C)H.isojima

ミュージックパートナー柴田真郁、常任指揮者 山下一史、首席客演指揮者 髙橋直史  (C)H.isojima

―― 山下さんが指揮されるプログラムを教えてください。

シーズン最初の4月定期が、常任指揮者就任のお披露目演奏会ということになるのでしょうか。カラヤン先生も得意としたリヒャルト・シュトラウスの作品から、交響詩「英雄の生涯」をメインに据えた、豪華なプログラムをお届けいたします。歌心溢れる証としましては、同じくリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」を、関西が誇る絶対的な歌姫、石橋栄実さんが歌ってくれます。石橋さんとはザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者をしている時に初めてご一緒して、それ以来彼女の素晴らしい「声」に魅了され続けています。

―― ザ・カレッジ・オペラハウスから新国立劇場に……。「沈黙」の オハル役の石橋栄実さんは素晴らしかったですね。そしてオープニングがワーグナーの「ジークフリート牧歌」ですか。充実のプログラムでシーズンの幕開けですね。

はい。大阪交響楽団の新時代の幕開けに相応しいプログラムだと思います。そして、シーズン締め括りの3月定期も指揮させて頂きます。ほぼ同じ時代を生きた、ドイツロマン派を代表するシューマンとメンデルスゾーンの作品を並べてお聴き頂きます。シューマンのピアノ協奏曲は、ウルトラセブンの最終回の音楽と言えば、ああアレ!と分かる人も多いのではないでしょうか。ソリストは、兵庫県出身、ドイツで研鑽を積まれた河村尚子さん。彼女とは、約10年前の衝撃の初共演以来、度々ご一緒していますが、その初共演の演目であるシューマンを再び共演できることを心から喜んでいます。皆さんもどうぞご期待ください。

常任指揮者就任のシーズンは、最初と最後の定期演奏会を指揮します。  写真提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

常任指揮者就任のシーズンは、最初と最後の定期演奏会を指揮します。  写真提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

――有難うございました。最後に、抱負をお願いします。

今年の3月と4月に2度指揮しただけの私を常任指揮者に迎えてくださる大阪交響楽団の英断に、必ずお応えしたいと思っています。両者、会うべくして会ったのであれば、回数の問題ではないはず。「尾高の大フィルも良いけれど、山下の大阪響も熱い演奏するで!」と言われるぐらい(笑)、魅力的なオーケストラを目指して参ります。どうぞ、コンサート会場に足をお運びください。

大阪交響楽団のコンサートにお越しください!  (C)H.isojima

大阪交響楽団のコンサートにお越しください!  (C)H.isojima

取材・文=磯島浩彰

公演情報

大阪交響楽団

第120回名曲コンサート
大阪交響楽団のニューイヤーコンサ-ト
■日時:2022年1月9日(日)昼の部 13時半開演(12時半開場)
夜の部 17時開演(16時開場) 
■指揮:三ツ橋敬子
■独唱:髙嶋 優羽(ソプラノ)★
■曲目: 
J・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
J・シュトラウスⅡ:ポルカ「狩り」作品373
J・シュトラウスⅡ:ワルツ「千夜一夜物語」作品346
J・シュトラウスⅡ:ポルカ「シャンパンポルカ」作品211
J・シュトラウスⅡ:「エジプト行進曲」作品335
J・シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」作品410 ★
レハール :ワルツ「金と銀」作品79
シュランメル :行進曲「ウィーンはいつもウィーン」 
ベートーヴェン :ロマンス 第1番 ト長調 作品40
《ヴァイオリン/森下 幸路(首席ソロコンサートマスター)》
カールマン :喜歌劇「チャールダーシュの女王」より 
“ハイア、ハイア、山こそわが故郷” ★
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
■料金:S席3500円、A席3000円、B席1500円(前売限定。当日券の販売無)                               ■お問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522

第253回 定期演奏会
■日時:2022年2月4日(金)19時開演(18時開場)
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮: 汐澤安彦                                                ■曲目: 
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ボロディン:交響詩「中央アジアの草原にて」
ボロディン:歌劇「イーゴリ公」よりだったん人の踊り
チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
■料金:S席6000円、A席5000円、B席3500円、C席2500
D席1000円(前売限定。当日券の販売無)オルガン席2000円
■お問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522

第254回 定期演奏会
■日時:2022年2月18日(金)19時開演(18時開場)
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮:キンボー・イシイ(元首席客演指揮者)
■独奏:南紫音(ヴァイオリン)
■曲目: 
【変更前】
シューマン:交響曲 第2番 ハ長調 作品61
プロコフィエフ:バレエ音楽「ロメオとジュリエット」より抜粋
【変更後】
バルトーク:2つの肖像 作品5
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 作品35
プロコフィエフ:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より抜粋
■料金:S席6500円、A席5500円、B席4000円、C席2500円 
D席1000円(前売限定。当日券の販売無)オルガン席2000円
■お問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522

第255回 定期演奏会
「山下一史 常任指揮者就任記念“英雄とは”」
■日時:2022年5月13日(金)19時開演(18時開場)
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮:山下一史(常任指揮者 2022年4月就任)
■独唱:石橋栄実(ソプラノ)
■曲目: 
ワーグナー/ジークフリート牧歌
R.シュトラウス /4つの最後の歌
R.シュトラウス/ 交響詩「英雄の生涯」
■料金:S席6500円、A席5500円、B席4000円、C席2500円 
D席1000円(前売限定。当日券の販売無)オルガン席2000円
■お問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522

第262回 定期演奏会
■日時:2023年3月3日(金)19時開演(18時開場)
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮:山下一史(常任指揮者 2022年4月就任)
■独奏:河村尚子(ピアノ)
■曲目: 
シューマン/付随音楽「マンフレッド」作品115 序曲
シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
メンデルスゾーン/交響曲 第5番 二短調 作品107「宗教改革」
■料金:S席6000円、A席5000円、B席3500円、C席2500
D席1000円(前売限定。当日券の販売無)オルガン席2000円
■お問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522

■公式サイト:http://www.sym.jp/
シェア / 保存先を選択