「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」テオ・ヤンセンが個展に登場、大阪で初めて出会える「風で歩く生命体」に刺激される童心
テオ・ヤンセン 撮影=ERI KUBOTA
テオ・ヤンセン展 2022.7.9(SAT)〜9.25(SUN) 大阪南港ATC Gallery
7月9日(土)から9月25日(日)まで、大阪南港ATC Galleryにて『テオ・ヤンセン展』が開催中だ。物理学者でもあり、「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称されるテオ・ヤンセンが生み出した、昆虫や動物のような形の巨大な人工生命体「ストランドビースト」は、ひと目見ると一瞬で心が奪われるインパクト。まるで意思を持っているかのように砂浜を歩く姿は、ダイナミックで童心を刺激されてしまう。同展では実際にストランドビーストを触って動かすことができるコーナーもあり、子どもも大人も一緒になって、アートと科学が融合した巨大な現代アートを楽しめる。しかも、展示作品はすべて写真撮影、動画撮影が可能である。そして記者内覧会には会場にテオ・ヤンセン本人が登場し、自ら作品を紹介。その様子をレポートしよう。
「海岸で実証実験をしながら作品を作るのが、私のアート哲学」(テオ・ヤンセン)
『テオ・ヤンセン展』
まずは彼自身と、作品についての前提を話しておこう。1948年にオランダで生まれたテオ・ヤンセン。デルフト工科大学で物理学を専攻し、1975年にアーティストへ転向。1990年から風で動くストランドビーストの制作を開始した。
ストランドビーストは、オランダ語で砂を表す「ストランド」と生物を表す「ビースト」を、ヤンセンが掛け合わせて作った造語である。風を動力源として歩行する人工生命体で、材料は黄色いプラスチックチューブ、結束バンド、ペットボトル、ウレタンチューブの4種。これらを組み合わせて造形し、物理工学を基盤とした、生き物のように滑らかで有機的な歩行を実現させている。たとえ作者が亡くなったとしても、自立して砂浜で生き延びることを目指して制作が続けられ、方向転換、危険察知などの機能を備えたものへと変遷を遂げている。
テオ・ヤンセンと、宮島弘治シニアプロデューサー
テオ・ヤンセンの大阪での個展は、今回が初めて。同展では、彼が約30年間にわたり制作してきたストランドビーストの中から、日本初公開の作品を含む13点を展示。それに加え、初期作品や構想スケッチなどを通して、ビースト(生命体)たちの構造や動きの仕組みを明らかにする。日本での展示も久しぶりとなる今回の記者内覧会には、テオ・ヤンセン本人が駆けつけた。また同展の企画協力をつとめた、宮島弘治シニアプロデューサーが、ヤンセンとともに展示解説(と通訳)を行った。
構想スケッチ
会場に現れたヤンセンは「日本で個展を開催できることを心から喜んでいます。最後に日本で個展を開催してから、コロナの関係で時間が経っておりますけども、皆さんに作品を観ていただいて、制作してきた経緯や進化をご覧いただければと思います」と挨拶。
続いてヤンセンは、30年間制作活動をしてきた「New Type of Life=新しい生命の形」について説明。「改革や革命を念頭に置いて制作し、いかに作品が、砂浜で生活や生存ができるかといった工夫を、1年間、トライアンドエラーをしながら続けております。毎年5月にアトリエ近くの浜辺で実証実験を開始。8月に砂、風、海といったさまざまな環境に対応できるよう工夫を行い、9月に作品たちに生命の終わりを告げ、ボーンヤード=作品のお墓(倉庫)に移動します」と述べた。
展示風景
ボーンヤードには生命を終えた作品が安置されているが、エキシビションや展示会の際には、再び生命を吹き込む。これは彼のテーマである「再生・リサイクル」のコンセプトに基づいているという。「完成した作品は、最初からデザインされているものではないんです。実際に制作をする過程で自然に最終系が出来上がり、気づけば自分の思いもよらない作品が出来上がったりしていることもあります。技術的なアイデアが思い浮かんで、海岸でやってみようと思う。でも実際にやってみるとできなかったりする、その繰り返しの日々です」と、制作と実験を行う中での苦労も口にした。
ストランドビーストの「化石」が額装作品として購入できる
幾何学的で美しい造形については「私が開発するのではなく、プラスチックチューブが私にこうしなさい、ああしなさいと指示するという状況で制作活動に至っています。完成したものを皆さんが、素晴らしい、芸術的に綺麗だねと言ってくださいますが、チューブが私にそれを作らせているのです」と語る様子から、最初から形を計算しているわけではないことを明かした。
ストランドビーストに使われる材料
ちなみに材料として使われているプラスチックチューブは、ヨーロッパ中で使用されている埋設用の安価なもの。日本のケーブルとは違い塩素が入っていないため、加工がしやすいそうだ。これまでストランドビーストの象徴的なチーズカラーの製品を使用していたが、製造中止になり赤色に替わることに。その際に、赤は作品のテイストに合わないとの理由から、彼は自分が生きている年数と制作数を計算し、全長50kmのチーズカラーのチューブをまとめ買いしたという。しかし幸運なことに彼が有名になったため、工場が製造中止のパイプを寄贈してくれたそう。これにより、チューブがある限り制作が行えるようになったと宮島シニアプロデューサーは語った。
ストランドビーストの初期からの軌跡をたどる大規模個展
全てにジョイントがある「アニマリス・リジデ・プロペランス」
展示会場で最初に私たちを迎えてくれるのは「アニマリス・リジデ・プロペランス」。1995年に制作された初期の作品だ。「この作品の最も重要なポイントは、他の作品と違い、全てにジョイントがあること」と宮島シニアプロデューサー。
ビーストの脚を構成するのは「ホーリーナンバー(聖なる数)」という、初期の頃に、ヤンセンがコンピューターで数ヶ月をかけて見つけ出した黄金比だ。しかし、その黄金比で実際に作ると、多少のズレが1〜2mm程度出る。そのため、1つ1つカットして微調整しながら正確な13本の脚の距離を決めたそうだ。この作品をベースに、その後の作品を制作したため、他の作品にはツギハギが一切ない。ストランドビーストの今後を決定づける、非常に重要な作品となっている。黄金比を発見した「アタリのコンピューター」も展示されているので、ぜひ会場内でチェックしてほしい。
アニマリス・オルディス
全ての歩行形態のベースとなっている「アニマリス・オルディス」
世界的な自動車メーカーのテレビCM用に作られた、小型のストランドビースト。小型といっても高さ2.2m×幅4.3mもある。
「アニマリス・オルディス」を操作する子どもたちとテオ・ヤンセン
このストランドビーストは、誰でも引っ張ったり押したりして、動きを体感することができるアトラクション的な作品。ヤンセンは「オルディス=普通の・一般の」という意味で、このユニットが他の作品のベースの歩行形態になっていると、説明した。
アニマリス・プラウデンス・ヴェーラ
動いている様子を観られる「アニマリス・プラウデンス・ヴェーラ」
高さ4m×幅9m×奥行き6mにも及ぶ巨大な作品の「アニマリス・プラウデンス・ヴェーラ」は、オランダと日本の友好400年を記念して、2014年に長崎美術館で行われた展覧会に向けて制作された。「プラウデンス=はためく帆」という意味で、江戸時代の帆船に見立てている。直前までメキシコで展示されていたことから、40フィートの大型コンテナ4本と、20フィートのコンテナ1本で輸入したそう。映像では自然の風で動いている様子を観ることができるが、会場ではエアコンプレッサーを風に見立てて空気を送り込み、「リ・アニメーション(=作品に命を吹き込む)」を行う。これにより、室内でありながら実際の歩行機能を間近に観ることができる。リ・アニメーションの時間は各日決まっているため、HPやSNSなどを確認しよう。
アニマリス・ミミクラエ
日本初公開の「アニマリス・ミミクラエ」
「アニマリス・ミミクラエ」は2019年作の新作で、日本初公開。今回の目玉作品だ。「5年前に新しく考えたシステムと、通常のウォーキングシステムを合体した、新しい歩行形態のストランドビーストです」とヤンセン。脚のような5〜6対の大きな羽がついているが、実際は中央にある波型のキャタピラーが原動となって動く。
よく見ると内部にはキャタピラーがある
「ミミクラエはラテン語で「擬態」という意味。遠くからは脚で動いているように見えるけれども、実際には覆いかぶさってカモフラージュしています。昆虫のように自分を隠して擬態しています」と作品名の由来を話した。
アニマリス・オムニア・セグンダ
「アニマリス・オムニア・セグンダ」とテオ・ヤンセン
展示作品の中で最長の、全長10mを超える超巨大作品。オムニアは「マザー」、「全てを含んだ」という意味を持つ。「嵐は海岸において敵です。全てを奪ってしまう怖いものです。ですから(作品右側先端にある)ハンマーで固定して、風に飛ばされないようにしています。クラックシャフトに砂が入らないように、脚元にある白いスポイラーを付けています。そして砂浜で脚が砂に埋まらないよう、人間の足と同じように踏み込んだらちゃんと上に上がる仕掛けをしてあります」と機能を説明した。
右側にハンマーがついている
ハンマーはペットボトルに蓄えた空気の力で打ち付けている。この空気の力はストランドビーストに内在する「筋肉」だとヤンセンは語った。「筋肉が作品の中にあることで、生存能力を高めることができる。人間がハンマーを振り下ろすのと同じ筋肉という解釈です」と述べる。
作品上部についている羽については「風が強いと倒れる可能性があるので羽を落としていますが、勢いがゆるやかになって風を受けやすくなると、空気の力で羽が広がっていきます。これは全ての作品に共通することですが、羽は単に羽ばたいているわけではなく、ちゃんと意味があります」と話した。ただ、作品左端に付いている尻尾については「尻尾も空気で動かしています。おもしろい動きをしますが私は未だにどういう意味でこれを作ったか理解していません。空気は一方方向から入り込みますが、中にマニュアルのブレインが入っていて、尻尾は左右上下に動きます」と説明。
さらにこの作品には、危険回避機能が備わっている。水が押し寄せて来た際には、水を避けて反対方向に進むことが可能。この作品もリ・アニメーションされるので、ぜひ実際に動く様子を目にして、ハンマーや羽の役割を感じ、巨大な作品が前後に動くスペクタクルを楽しんでほしい。
アニマリス・アデュラリ
対になっている「アニマリス・アデュラリ」
向かい合った2体の人工生命体。「アニマリス・オムニア・セグンダ」の端に付いていた尻尾が、同作品では頭についており、上下左右に動き出す。ヤンセンはこの作品について「お互いを求め合っている求愛行動に見えませんか? 動物界においては、オスがメスに、俺はカッコ良いんだぜと羽や体を大きく広げてアピールします。そこから、この作品を思いつきました」と話す。
「しかしストランドビーストは無機質ですから、お互いに生殖行動はできません。では誰に対して求愛行動をしているかというと、観ているあなた方にです。ストランドビーストはHPでメカニズムの全てを公開していますし、ショップでキットを販売していますから、それを元に自分でこの作品を組み立てることができるんです。これを観た人がおもしろそうだなと思って作ると、同じストランドビーストの魂がどんどん増えるでしょう。ロジックをもとに、違う形、素材や環境が変わりながら増えていく。無機質なお互いの求愛行動が、有機的な世界中に広まる増殖行動になるのではないでしょうか」と述べた。
頭部が上下左右に動く
さらにビーストの増殖を善玉菌に例え「1990年代には既にこのストランドビースト菌が浮遊していた。幸運にもその善玉菌が私に感染して、ストランドビーストを制作する一連の感染者になった。善玉菌の特徴は、心をハッピーにすることです。この幸せな菌が展示会に感染して、どんどん広がることを祈っています」と笑顔で述べ、展示説明を終えた。
ミュージアムショップで販売されているキット
Tシャツなどのグッズも販売
ミュージアムショップには、Tシャツやトートバッグなどのグッズ、関係書籍、そしてストランドビーストの模型やキットも販売されている。うちわで扇ぐと前に進む姿が楽しめるコーナーも設置されている。
うちわで扇ぐと前に進む
百聞は一見に如かず。とにかくストランドビーストの実物を隅から隅まで観て、時には触れて、さまざまな発見をしてみてほしい。テオ・ヤンセンの果てしない挑戦と美学、そして魅力と可能性を存分に堪能しよう。『テオ・ヤンセン展』は9月25日(日)まで、大阪南港 ATC Galleryで開催中。
取材・撮影・文=ERI KUBOTA
展覧会情報
会期:7月9日(土)~9月25日(日)
開館時間:10:00~18:00(最終入場は17:30)
休館日:会期中無休
会場:大阪南港 ATC Gallery(大阪市住之江区南港北2-1-10)[ITM棟 2F]「トレードセンター前」駅下車直結
観覧料(税込):一般1,600円(1,400円)/高校・大学生1,100円(900円)/小・中学生600円(400円)
※()内は20名以上の団体
※心身に障がいのある方の介助者は1人まで無料(本人は有料。要証明)
※未就学児入場無料。
主催:毎日新聞社、MBSテレビ、ATC
後援:オランダ王国大使館、大阪市、大阪市教育委員会
協賛:大和ハウス工業
企画協力:Media Force 、学研プラス
お問い合わせ:050-5542-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.mbs.jp/theojansen osaka/
公式ツイッター:@theojansenosaka
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