角野隼斗はFUJI ROCK登場で際限なく広がるフィールドを感じさせた

レポート
クラシック
2022.8.13

 

間髪入れず始まった2曲目は「英雄ポロネーズ」。

7月30日深夜、セットリストは変更された。名古屋で亀井聖矢との2台ピアノによるリサイタル(そちらも野心的なプログラムでクラシックホールにて開催)を終え、夜半前に越後湯沢入りした角野から連絡があった。“セトリ”を変更して「英雄ポロネーズ」を2曲目に入れたい、と。

「自身の強みはピアノであってシンセではない。ピアノを主とすべき。純クラシックをアレンジなしで弾き切る曲が1曲欲しい」

明確な意思だ。

もちろん1曲目「死の舞踏」をアレンジすることで音楽の幅を広げている表現手段を惜しげもなく見せてくれた。それはまさに聴衆を掴んだし素晴らしい仕上がりだ。しかしその上で角野が魅せたかったのはピアノ一台と自分。最もストイックで精神性が求められる世界。後には引けない潔い姿を早々に出しそこで勝負したっかたのだろう。はたしてその姿は約1年前のショパン国際ピアノコンクール壇上のものと変わらない。そしてその緊張が聴衆に不思議な高揚感をもたらしいつの間にか聴衆を包むものに変わっていったように思える。

他の何者でもない紛れもない自身のみでの勝負、これがロックの精神でなくて何がロックだろうか!

グランドピアノは1953年製のスタインウェイD274モデルだった。真夏のフェスティバル、それもカラッとしたヨーロッパとは異なる日本の高温多湿な環境。さらにここ数年の酷暑を鑑みると苗場の高所とはいえスタインウェイピアノの導入には困難を伴う。最新型はなかなか敬遠される中で御年70歳の出番だ。鍵盤は今ではあり得ないアイボリー製、重い。近年の樹脂で48g程度の鍵盤が62gあるそうだ。しかし重さよりもむしろ湿度による影響の方が大きいと調律師は言う。

角野独特のアタック、リズミックな歯切れが出るかの不安があったが結果は聴いていただいた通りだ。早朝から会場に入り目まぐるしく変わる天候の中、屋外テントの下で直前まで丸1日かけてこの老スタインウェイを仕上げた調律はピアニストの宝と言える。

かくして「英雄ポロネーズ」は十二分にその役割を果たした。

クラシックファンなら野外でストレートにクラシックピアノを聴かされることに新鮮な驚きがあっただろう。ホール、その響きで、スピーカーを借りずに聴き慣れているものだから。そして初めて〈フィールド・オブ・ヘブン〉で出会った聴衆には、この人はピアノ一本で自分の音楽を伝えにきたんだ!ということが徐々に肌身で伝わり始めた瞬間だったのではないだろうか。

2020年12月のサントリーホールでコロナ禍に開催された配信限定コンサートを思い出した人もいたかもしれない。そのプログラムは、冒頭のオリジナルで入口を作った後、「死の舞踏」で始まりアンコールの「英雄ポロネーズ」で終わった。この2曲はクラシックのピアノ曲という世界観の中でも角野の両端のテンションを表現している。革新的な編曲表現と完成された作曲作品の自己表現。リストとショパン、最高のアレンジャーでありコンポーザーだ。FUJI ROCKのステージで、角野隼斗は50分の持ち時間がある中、最初の2曲のみで凝縮された自身の世界のオープンエンドを形作ったように思えた。

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