脚本・演出の加藤拓也と「博士」を演じる串田和美が胸の内を語る 舞台『博士の愛した数式』オフィシャルインタビュー公開
舞台『博士の愛した数式』
2023年2月、長野・東京にて、舞台『博士の愛した数式』が上演される。この度、脚本・演出を務める加藤拓也と出演者の串田和美によるオフィシャルインタビューが届いた。
原作は、第1回本屋大賞を受賞した小川洋子のミリオンセラー小説。脚本・演出は、 気鋭の演出家として高い評価を受ける劇団た組の加藤拓也が務め、事故によって80分しか記憶が持続しない「博士」を串田和美が演じる。51歳差の2人の演劇人が名作にどう挑むのか。稽古に入る前の胸の内を語ってもらった。
湖に手を入れたら毒がついていた。そんな美しさがある
ーー加藤さんと串田さんは劇団た組の『今日もわからないうちに』(2019年)で初めてご一緒されました。そのときに印象的だったことはなんですか。
串田:僕にはないものをいっぱい持っていて、それが興味深く感じられましたね。たとえば、加藤くんの作品は、ごく普通に日常にあるものを淡々と描いているようで、そこからだんだんありえない世界が生まれてくる。僕はどちらかと言うと、途方のないものを描いているようで、よく見たらこれって誰もが知っているものだったというタイプなので。自分とまったく違うところがとても面白かったです。
加藤:串田さんが自分の台詞を全部書かれていて。そうやって覚えるんだっていうのが印象的でした。
加藤拓也
串田:それは作家の書いた言葉を自分のものにしたいからなんですね。自分で書いた台詞は、自分の思考を通って出てきたものだからすっと出てくるんですよ。でも他人が書いた言葉はそうじゃない。自分ではこう言わないというような台詞がたくさんあるわけ。そういうものを、さも自分が思いついた言葉のように思い込もうとするために書くんです。
ーーそれで言うと、加藤拓也という作家の言葉はいかがでしたか。
串田:自分からは距離のあるものでした。でもそれが面白いんですよね。自分から遠い言葉がすっと出る人になろうとする努力が役者の楽しみだから。そういう意味でもとても楽しい公演でした。
ーーそんな加藤さんにとって、小川洋子さんという作家の文体や言葉はどう映りましたか。
加藤:惚れ惚れしますよね。文章のリズムとか、言葉のチョイスとか、僕にはないものがたくさんあって、そこに非常に魅力を感じながら上演台本にさせていただきました。まるで湖の中にそっと手を入れてみて、水面が揺れないようにゆっくりと手を抜くと、手のあたりに毒がついちゃっていたような、そういう美しさを小川洋子さんの文章には感じます。
ーー湖、というのは今回の演出を語る上でキーになるフレーズでしょうか。
加藤:なるかもしれないですね。僕は小川洋子さんの小説の美しさを人に説明するとき、常に湖と毒というワードを使っています。そういうイメージが僕の中にはありますね。
ーーでは、上演台本にするにあたって、そこに自分のカラーを注入したいという気持ちは。
加藤:まったくなかったです。結局演劇として構成していくときに、僕が演出をするので僕の主観が入るし、俳優の主観、美術や音響、照明みんなの主観が入ってくるから、やっぱり別の形になるんですね。だから、無理に自分の色を出そうとか、そういうことは一切考えていないです。
いかに庭の石のようにそこにいられるか
ーー音楽は、これまで加藤さんが何度も組んできた谷川正憲さんが務めます。谷川さんのギターの生演奏は、加藤さんの演出の特徴のひとつです。
加藤:谷川さんは空気に敏感な人です。今まではずっと俳優から受け取ったものを谷川さんが音にして出すというつくり方をしてきました。でも今回はその逆をやろうと。お芝居をつくる段階から谷川さんに入ってもらって。たとえば、読み合わせからちょっと音を鳴らしてもらったり。そういう遊びを交えてつくりたいなと考えています。
ーーそれはなぜそうしたいと思ったんですか。
加藤:どうなるかわからないからです。俳優の感情がまだ何もできてないときに音が入ると、それに引っ張られることもあると思うんですけど、それが全部ダメなわけではないかなと。今回はもっと自由にアクティングを立ち上げたいなという気持ちがありますね。
串田:じゃあ稽古だから流す音楽もあるということ?
串田和美
加藤:そうですね。本番は流さないということもあります。もちろんぐちゃぐちゃになるかもしれない。でも、俳優だけではなく、みんながこの原作に持っているイメージを1回見てみたいんですよね。
ーー最後に、お2人はこの作品の中で描かれる「博士」と「私」と「ルート」の関係性についてどんなことをお感じになりますか。
加藤:すごく不思議な関係ですよね。家族という関係でもなければ、職業的な関係でもないし、非常に美しい関係だなと思います。野生の動物だと、子どもを自立するまで育てる動物もいれば、産んだらぽいってしちゃう動物もいるじゃないですか。じゃあ、どこからが家族なんだろうと考えると、結構不思議で曖昧です。人間のルールだなっていう感じがしますね、家族って。3人は、そこにとらわれてないところが美しいなと思います。
串田:このお話は、「私」が感じ取らなければ何も起こらなかった。彼女の感性がとても素晴らしいんですよね。特別な人でもなんでもない彼女が、「博士」という人を受け止めたから関係が動いていく。そして、「ルート」はそんな彼女を母親に持ったからこういう子どもになったんだなと頷ける瑞々しい感性の持ち主。逆に言うと、「博士」は何も動かないんです。ただ庭の石のようにじっとしているだけ。そんな「博士」を見て「私」が動くお話です。だから、僕としてはいかに庭の石のようにそこにいられるかが今回のテーマですね。
文:横川良明
公演情報
原作:小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫刊)
脚本・演出:加藤拓也
音楽・演奏:谷川正憲(UNCHAIN)
【松本公演】
日程:2023年2月11日(土)~16日(木)
場所:まつもと市民芸術館小ホール
【東京公演】
日程:2023年2月19日(日)~26日(日)
場所:東京芸術劇場シアターウエスト
一般発売日:2022年12月10日(土)10:00~
主催:一般財団法人松本市芸術文化振興財団
後援:松本市、松本市教育委員会
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
共催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場(東京公演のみ)
企画制作:まつもと市民芸術館
公式サイト: https://www.mpac.jp/event/38370/
お問い合わせ :まつもと市民芸術館センター(10:00~18:00)
TEL:0263-33-2200 FAX:0263-33-3830 https://www.mpac.jp/