中村芝翫と片岡孝太郎に聞く義平の心意気、家族の情愛~『仮名手本忠臣蔵 十段目』歌舞伎座3月公演インタビュー

インタビュー
舞台
2023.3.10
(右から)中村芝翫、片岡孝太郎

(右から)中村芝翫、片岡孝太郎

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2023年3月3日(金)から26日(日)まで歌舞伎座で上演される『三月大歌舞伎』。第二部で『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の十段目「天川屋義平内の場」が上演される。『忠臣蔵』全十一段のうち、討ち入り直前のエピソードだ。天川屋義平を勤める中村芝翫と、義平女房おそのを勤める片岡孝太郎に話を聞いた。

『仮名手本忠臣蔵 十段目天川屋義平内の場』特別ビジュアル /(C)松竹

『仮名手本忠臣蔵 十段目天川屋義平内の場』特別ビジュアル /(C)松竹

■吉良邸討ち入り! のひとつ前、十段目「天川屋義平内の場」

ーー『十段目』が第二部で上演されます。歌舞伎座で上演されるのは58年ぶりだそうです。

芝翫:通し狂言として上演される時でさえ、十段目は飛ばされることが多いですからね。昔の芝居小屋なら、朝から通して九段目まで観て、お客様ももうお腹いっぱい。はやく十一段目の討ち入りを見せてくれ! というところでしょう。内容も、さらりとしたところがあります。でも今回は、第二部の1本として見取りで上演されます。それならば、少したっぷりとやらせていただいても良いのかな。そこを担っていただくのが、孝太郎さんのおそのになると思っています。

ーー主人公の義平は、堺の廻船問屋・天川屋の主人です。塩冶家への恩義から、塩谷浪士たちが討ち入りに使う武器を密かに調達しています。芝翫さんは初役で勤められます。

芝翫:初代市川猿翁のおじさま、八代目坂東三津五郎のおじさま、そして中村富十郎のおにいさんや中村歌六のおにいさんの本を取り寄せました。猿翁のおじさまの十段目が、歌舞伎らしい派手さもあり、見取りでご覧いただくにも面白いだろうと感じ参考にさせていただきました。幕切れの演出は、いよいよ討ち入りだというワクワクを感じていただけるのではないでしょうか。

中村芝翫

中村芝翫

ーー義平女房おそのは、孝太郎さんが初役でお勤めになります。

孝太郎:大坂・堺の商人のおかみさんです。江戸の商人のおかみさんとは息づかい、雰囲気が違ってきます。京都には「はんなり」という言葉がありますね。そのような上方の風情、味的なものを大切にしたいです。(片岡)我童(十四代目片岡仁左衛門)のおじが演じた時の資料がありました。それを理想に、おじさまのいいところと自分なりのものを出せたらと思っています。

芝翫:我童のおじさまは、うちの大おじ(六世中村歌右衛門)や父(七世中村芝翫)とはタイプの異なる、まさに「はんなり」を代表する女方さんでしたね。何とも言えない柔らかな、素晴らしい雰囲気をおもちでした。

ーー義平は秘密を守るために、おそのを実家へ帰します。また舅に求められ、離縁状を書きます。おそのは何も聞かされずに。

孝太郎:なぜ? という目に遭いますが、なぜ? と聞いても誰も教えてくれないんです(笑)。男の世界に巻き込まれていく女性像ですね。けれども今日の稽古で印象的だったのは、家族愛でした。幕切れに義平が、舞台の真ん中で決まるところがあります。そこで芝翫のおにいさんが「一緒に」と私と子役さんも呼んでくださったんです。主役ですからおにいさんひとりで決めても良いのに、親子3人が並ぶ演出に。最後はハッピーエンドで義士を送り出します。

片岡孝太郎

片岡孝太郎

ーー義平は女房を実家に帰らせ、店に乗り込んできた男たちに息子の命も差し出すなど、情愛とは逆のことをしながら……。

芝翫:そこから見せる家族の情愛ですね。歌舞伎では、忠義のために息子の首を差し出したり、愛情が強いがゆえに別れを告げることがしばしばあります。今回、幸四郎さんに演じていただく大星由良之助から請け負った仕事を、義平は一途に守り続けます。子どもや女房に咎が及ばないよう、本心を明かさずに対処する。その心情をプラスで積み重ねていくことで、義平から男気や心意気が滲み出てくるのかもしれません。僕なんか、ちょっと熱いものに触れただけでも「アツいアツいアツい!」なんて言ってしまうけれど、義平さんならグッと堪えるのでしょうね(笑)。

■『仮名手本忠臣蔵』教科書的な狂言だからこそ

ーーお二人は、先月も『霊験亀山鉾』でも夫婦役で共演されました。

芝翫:コロナ禍以降(レパートリーとなっている)お決まりの演目が続いていましたが、『霊験亀山鉾』は松嶋屋(片岡仁左衛門)のおにいさんが手を入れた狂言です。久しぶりに、皆でひとつの芝居に取り組み追いかけていく感覚を味わいました。芝居の心臓が音を立てて動き始め、血管に血が巡り、呼吸しはじめるような。思わず「孝夫にいちゃん」と呼びそうになる楽しさでした。

孝太郎:前回の国立劇場での『霊験亀山鉾』では、おじ(片岡秀太郎)からアドバイスをもらいながら勤めました。僕の女方の一番の師匠は、先代の芝翫のおじさま。その舞台をそばでみてきた芝翫のおにいさんが、今回は「親父ならこうかな」「もうちょっとこうしたら?」などアイデアをくださって。その言葉を頼らせていただきました。

ーー今月も新たに作りあげる部分が多いのではないでしょうか。

芝翫:たしかに十段目には、他の段ほどこれと決められた型がありません。今回のメンバーならではの十段目を作りたいですね。とはいえ歌舞伎の三大義太夫狂言のひとつですから、枠組みを大きく外してはいけません。これまでに経験してきた通し狂言の中のひとつであることを意識し、風紀を乱さないことがテーマです。

ーー風紀を乱さず、呼吸する芝居を目指すのですね。

芝翫:型がある人が型を破るから型破り。(中村)勘三郎のあにきとタクシーに乗った時、ラジオで流れていた「子供相談室」で、無着成恭先生がおっしゃった言葉です。あにきが大事にしていた言葉ですが、まさにそれです。『忠臣蔵』は、格式ある大切な義太夫狂言です。お行儀の悪さはご法度。けれども全体の流れを受けて、その人物が等身大でそこにいれば、風紀を乱すことはありません。

第二部『仮名手本忠臣蔵』「十段目」左より、義平女房おその=片岡孝太郎、天川屋義平=中村芝翫 /(C)松竹

第二部『仮名手本忠臣蔵』「十段目」左より、義平女房おその=片岡孝太郎、天川屋義平=中村芝翫 /(C)松竹

孝太郎:僕たちにとって『忠臣蔵』は教科書的な狂言です。基礎ができていなくては勤められないでしょう。基礎を押さえた上で、また新しい十段目を目指す。十段目は初めてでも、これまで先輩方とご一緒してきた、あの『忠臣蔵』を踏まえた十段目でなくてはいけませんよね。

ーー芝翫さんも孝太郎さんも『忠臣蔵』には、数々のお役で出演されてきました。おふたりがいれば、主な役はひと通りできそうです。

芝翫:大序は全役をやったんじゃないかな、顔世御前以外(笑)。

孝太郎:では、顔世は僕が(笑)。

■オーケストラのように、芝居は皆で作るもの

ーー芝翫さんと孝太郎さんは、2歳違いの同世代ですね。お互いの歌舞伎俳優としての印象をお聞かせください。

芝翫:孝太郎さんは古風で安定感のある方。父も大変可愛がっていましたね。そして松嶋屋のおにいさまと似て、関東の芝居も関西の芝居もできる女方さんです。これは強みであり特権ですよね。まだまだやってほしいお役がたくさんある、注目の方だとも思っています。

孝太郎:芝翫のおにいさんは、芝居を作られる時のバランス感覚が優れていらっしゃいます。立役さんには立役さんのやりたい演じ方があり、それが必ずしも女方にとって理想的なやり方とは限りません。うちの父(片岡仁左衛門)と(坂東)玉三郎のおじさまでも、玉三郎のおじさまが「ん?」と思われることがあったとか(笑)。その点、芝翫のおにいさんは、女方の気持ちも汲んだやり方、程の良いところで女方も前に出す演出を考えてくださいます。

ーー先ほどおっしゃっていた、十段目の幕切れもそうですね。

孝太郎:おそのが髪を切られる見せ方も、ひとつではありません。舞台上で男たちに囲まれ、そこで切られるやり方もあるんです。その方が分かりやすいという見方もあるかもしれませんが、今回は一度連れ去られ、見えないところで切られます。

芝翫:切るところまで見せるのは、ちょっと残酷な気がしてしまったんですよね。

孝太郎:そうなんです。それに連れ去られることで、髪を切る前と後で、私は鬘を替えることができます。舞台上で切る演出だと、どうしても鬘が少し乱れてしまいます。女方としては綺麗な身なりでお見せしたい。その意味でも今回は、女方目線でもありがたいやり方なんです。

(右から)中村芝翫、片岡孝太郎

(右から)中村芝翫、片岡孝太郎

ーー芝翫さんのバランス感覚と視野の広さを感じます。

芝翫:ドラマを作る上で、音階って大事だと思うんです。若い頃、山田洋次監督の作品に出させていただき、それを感じました。たとえば『男はつらいよ』も、寅さんだけでなく全員がひとつのオーケストラボックスに入り、自分の音を奏でるからドラマに奥行きが生まれます。『十段目』も義平がいて、唯一の女方おそのがいる。義士たちが出てきて、由良之助が出てくる。おそのが高音域なら、由良之助は重低音を打ち込んで交響曲の最後を盛り上げるティンパニのような役割でしょうか。芝居は皆で作るものですからバランスは重要です。

ーー昔からそのような意識で取り組まれていたのですか?

芝翫:歌舞伎界も世代が変わりつつあります。先月『霊験亀山鉾』では、松嶋屋のおにいさんから送られてくる「お前たちの世代が、しっかりしないといけないんだぞ」という合図をピシピシ感じました。

(孝太郎、笑ってうなづく)

芝翫:今月の『十段目』では、どんな大きさのキャンバスにどんな絵の具で描くのか。旗振りは、僕がしなくてはいけません。その中で皆さんには思いっきり描いてほしい。コクーン歌舞伎でも平成中村座でも、勘三郎や(坂東)三津五郎のあにきたちと、皆が自分の家からおもちゃを持ちより、ぱっと広げて「どれで遊ぼうか」「それが面白そうだ」みたいな感覚で芝居作りをしました。ただ遊びのゲームにもルールがあります。ルールを知らなければ一緒には遊べませんよね。そのことをいつも意識しています。

(右から)中村芝翫、片岡孝太郎

(右から)中村芝翫、片岡孝太郎

ーー今月の皆さんで作る十段目を楽しみにしています!

芝翫:ずっと思っていたんだけれどね、義平さんがせっかく準備を進めているのに、あんなことしないでほしいよね。本心をたしかめるためとは言っても店先だよ?

孝太郎:あれはなんだ? と騒がれて、バレてしまうでしょうね(笑)。

芝翫:そう思うよね? でも……そこが歌舞伎のいい意味での大らかさなのかな(笑)。今回、少し手を入れさせていただいたことで、ご覧いただいても、立役として演じていても大変気持ちの良い芝居になりました。これをきっかけに、後輩たちが「あの役は格好良くて気持ちよさそうだ。早くやりたい!」と思ってくれるようになれば、この先、十段目が上演される機会も増えるかもしれません。そうなればうれしいですね。まずは2歳になる孝明くん(孝太郎次男)が、お芝居ごっこで真似してくれるような義平を勤めたいです。

■『三月大歌舞伎』第二部は14時40分開演 『仮名手本忠臣蔵』観劇レポート

3月3日、開幕。舞台は、戦国時代にも自治都市を貫いた摂津国堺の廻船問屋「天川屋」。店の奥から登場した芝翫の義平は、ゆったりとしながらも隙のない佇まい。荒磯模様の衣裳が、武士とは色の異なるダンディズムを感じさせた。程よく悪い舅の了竹(市村橘太郎)、子供をあやす丁稚の伊吾(市川男寅)が緩急をつけて楽しませる。「子どもに会わせてほしい」と懇願する孝太郎の女房おそのと、わき上がる情をぐっとこらえて突き放す義平の戸を隔てたやり取りが胸を打った。店におしかけてきた男たち(中村松江、坂東亀蔵、中村福之助、中村歌之助)との問答では、お互いの正義がぶつかりあう。

第二部『仮名手本忠臣蔵』「十段目」左より、天川屋義平=中村芝翫、矢間重太郎=中村歌之助 /(C)松竹

第二部『仮名手本忠臣蔵』「十段目」左より、天川屋義平=中村芝翫、矢間重太郎=中村歌之助 /(C)松竹

「男の中の男一匹、天川屋義平は男でござる」の名台詞では、義平のスケールが一段と大きく広がり、場内に気迫を行き渡らせた。さらに幸四郎の由良之助も登場。ここに至るまでの物語を背負い、全十一段を繋ぐエピソードであることを強く印象付ける。客席には、外国人客も増えた印象を受けた。泣いてすがるおそのに同情の溜息をもらし、幕切れに熱い拍手を送っていた。討ち入りの合言葉である「天」「川」の由来のその人を見られた! というファン心理もくすぐられる、忠臣蔵好きは見逃せない一幕だ。第二部では『身替座禅』も。歌舞伎座にて3月26日(日)まで。

取材・文・撮影(舞台写真以外)=塚田史香

公演情報

『三月大歌舞伎』
日程:2023年3月3日(金)~26日(日) 【休演】13日(月)、20日(月)
会場:歌舞伎座
 
■第一部 午前11時~
宇野信夫 作・演出
齋藤雅文 演出
花の御所始末(はなのごしょしまつ)
シェイクスピアの戯曲「リチャード三世」に着想を得て、“悪の華”を描いた異色作!
 
足利義教:松本幸四郎
畠山満家:中村芝翫
安積行秀:片岡愛之助
足利義嗣:坂東亀蔵
陰陽師土御門有世:中村亀鶴
茶道珍才:澤村宗之助
同 重才:大谷廣太郎
畠山左馬之助:市川染五郎
執事一色蔵人:市村橘太郎
執事日野忠雅:松本錦吾
明の使節雷春:澤村由次郎
廉子:市川高麗蔵
足利義満:河原崎権十郎
入江:中村雀右衛門
 
■第二部 午後2時40分~
 
一、仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
十段目 天川屋義平内の場
 
天川屋義平:中村芝翫
大星由良之助:松本幸四郎
竹森喜多八:坂東亀蔵
千崎弥五郎:中村福之助
矢間重太郎:中村歌之助
医者太田了竹:市村橘太郎
丁稚伊吾:市川男寅
大鷲文吾:中村松江
義平女房おその:片岡孝太郎
 
岡村柿紅 作
二、新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)
 
山蔭右京:尾上松緑  ※
太郎冠者:河原崎権十郎
侍女千枝:坂東新悟
同 小枝:中村玉太郎
奥方玉の井:中村鴈治郎
 
※尾上菊五郎休演につき、配役変更にて上演いたします
 
■第三部 午後5時45分~
 
吉井 勇 作
坂東玉三郎 演出
今井豊茂 演出
一、髑髏尼(どくろに)
 
髑髏尼:坂東玉三郎
平重衡の亡霊:片岡愛之助
鐘楼守七兵衛:中村福之助
善信尼:河合雪之丞
町の女小環:中村歌女之丞
女房長門:坂東新悟
蒲原太郎正重:中村亀鶴
烏男:市川男女蔵
阿証坊印西:中村鴈治郎
 
二、夕霧 伊左衛門 廓文章(くるわぶんしょう)
吉田屋
 
藤屋伊左衛門:片岡愛之助
吉田屋喜左衛門:中村鴈治郎
太鼓持豊作:中村歌之助
阿波の大尽:片岡松之助
喜左衛門女房おきさ:上村吉弥
扇屋夕霧:坂東玉三郎
 
 
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