なんとも贅沢で愉しい“ひと夜”~中村獅童がトークゲストに登場した『春風亭一之輔のカブメン。』公演レポート

レポート
舞台
2023.11.30
『春風亭一之輔のカブメン。』より(左から)吉崎典子、春風亭一之輔、中村獅童

『春風亭一之輔のカブメン。』より(左から)吉崎典子、春風亭一之輔、中村獅童

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2021年にオンライン配信として開始した『春風亭一之輔のカブメン。』は、多忙なスケジュールでも時間を見つけて劇場に足を運ぶほどの芝居好き、人気落語家の春風亭一之輔が、歌舞伎俳優をゲストに迎えて送る企画。コロナ禍にも楽しいひと時を提供してきたイベントが、2023年11月24日(金)、第五回目にしてついにライブで実施された。今回は中村獅童がトークゲストに登場し、ウキウキと会場に足を運んだ歌舞伎ファン&落語ファンは、裏話もたっぷりの芸談と一之輔による人情噺『文七元結』他一席を堪能。完売御礼で大盛況となった当日の様子をレポートする。

春風亭与いち

春風亭与いち

公演が行われたのは銀座六丁目、洗練された最先端のモードが集まるGINZA SIX地下の「観世能楽堂」。格調高い雰囲気で会場にちょっぴり漂う緊張感も、前座に出た春風亭与いちの溌剌とした高座でふんわりほぐれた。演目は『金明竹』。骨董屋の店番をする小僧とおかみさんを生き生きと演じ、師匠の一之輔にい〜い空気感でバトンを渡す。

春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔

この日のホストである一之輔が登場すると、会場からは“待ってました!”の万雷の拍手。寄席とは勝手が違う空間でも、いつも通りのんびりと「ここは銀座の一等地ですからね。パーカーで来たら警備員さんに止められました」と笑わせる。若手時代に稽古していた日本舞踊のおさらい会で、頭が真っ白になって立ちすくんだ瞬間、「舞台袖の暗闇にいたお師匠さんからバスタオルが飛んできた。真っ白い灰になりました……」という爆笑エピソードから『あくび指南』へ。「あくび指南所」という妙ちきりんな稽古所で起きる滑稽なやりとりが楽しい一席だが、一之輔版は、投げやりに稽古していた男がだんだんとその奥深さ(?)に触れ、「これかもしれない、求めていたものは!」と、温度が変化していく様がなんとも可笑しい。

そしてお待ちかね、ゲストを招いての「カブメントーク」(進行はフリーアナウンサーの吉崎典子)の時間。揚幕がスッと上がって獅童が颯爽と本舞台へ歩くと、能楽堂の橋掛りが花道のように見えるから役者の身体性とはすごいものだ。“日芸出身”という共通項を話の糸口に、一之輔が6つ年下と知るやいなや、「後輩なんだ!」と一気にざっくばらんになる獅童の様子にも笑いが起こった。距離がグッと縮まったところで、自然と10月に獅童が歌舞伎座で主演を勤めた『文七元結物語』に話が及び、女房役を演じた寺島しのぶや演出を手がけた山田洋次とのやりとり、ポスター撮影での裏話などなど、ここでしか聞けないトピックが次から次に飛び出す。12月に歌舞伎座進出する『超歌舞伎』の話題で一之輔が「初音ミクさんに楽屋はあるんですか?」と聞き、獅童が「もちろんです!」と即答したのも客席爆笑。観客がペンライトを振って鑑賞するような、斬新な内容を歌舞伎座で上演することについて「新しいものをつくる時はいつも賛否両論。批判を恐れず新しいものに向かうのが自分の生き方」と熱い思いを伝えると拍手が起こった。歌舞伎界の仲間とのエピソードもたっぷり披露。相手役が一番多い中村七之助に対し、「先輩の僕に容赦なくダメ出しする」とグチったかと思えば、「でも『僕は中村獅童のいいところを引き出す天才ですからね』と言ってくれる。愛してます」と女房役へのノロケに変化していく場面は、落語『替り目』みたいで笑ってしまった。何度も「配信がなければ、もっと喋るのに」と言いながらもNGなしの大放談、反骨魂とサービス精神、“傾き者”の心意気がぎゅっと詰まった萬屋の飾らない人柄に触れ(後半は一之輔が思わず「かわいいなあ〜」と言う場面も)、なんとも楽しい時間となった。

春風亭一之輔

春風亭一之輔

中村獅童

中村獅童

さあ、いよいよトリは一之輔による『文七元結』。あらすじをざっと説明すると……左官の長兵衛は博打にはまり込み、女房お兼とケンカばかり。いつも通りスッテンテンに金をすられた長兵衛が家に帰ると、女房は「娘のお久がいなくなった」と騒いでいた。お久は貧乏生活を送る家族の苦境を見かね、自ら吉原に身を売ろうとしていたのだ。吉原の大見世「佐野槌」の女将は一年だけお久を女中として預かる約束で長兵衛に50両を貸す。その帰り道、集金した金を盗られて吾妻橋から身を投げようとする手代文七と鉢合わせし、長兵衛は思わず大事な50両をやってしまい……という人情劇。

春風亭一之輔

春風亭一之輔

文七を「金で死ぬなんてバカバカしいよ」と全力で説得し、それでも聞かない若者に困り果てた末に意を決し、身を切るような表情で「バカ〜! 死ぬな〜!」と金を投げつけ逃げるように走り去っていく長兵衛はあくまで人間くさい。「職人としての腕はいいんだから」と長兵衛を優しく励ましながら諭す佐野槌の女将、身投げを考えた文七を「お前は子供同様だよ。みくびってもらっちゃ困る」と叱る旦那の懐深さ。一之輔は、それぞれの登場人物をさりげなく肉付けし、現代人でもすんなり受け入れやすくアップデート、「昔々のおとぎ話」に閉じさせない心憎い工夫が随所に生き、現代人にも沁みるじんわり温かい物語に仕上げていた。地語り部分も丁寧で江戸の風景が目に浮かぶよう、かつトントン運ぶところはテンポがいい。そして、カッコつけず、お涙頂戴にならず、カラッと笑えて明るいところも、この人の人情噺がステキなところだ。

この「なんだか人を信じたくなっちゃうなぁ」と思わせてくれる一之輔の『文七元結』を聴きながら、10月に歌舞伎座で上演された『文七元結物語』と、各場面や人物設定を比べながら聴いた向きもおられただろう。山田洋次版は、金や経済に人生を左右され、都会暮らしに心が擦れて疲れた人間たちの、奥の奥に善意を探すヒューマニズム溢れる構成になっていたように思う。長兵衛さえも自分の行動を「神の啓示」としか説明できない、体から絞り出た善意。長年人と社会を見つめてきた90歳を越えた巨匠が「それでも人間の中には善意がある」と描いたことに感動させてもらった。ちなみに獅童はトークの中で長兵衛を「博打好きでどうしようもないけど、町内からいなくなると淋しくなる人」と愛情込めて語っていた。いろいろな演者たちが、この話に縫いとめられた“ピカピカとした心”を信じて、創意工夫し、私たちに渡してくれているのだろう。歌舞伎と落語、二つのジャンルを並べることによって深まる、なんとも贅沢で愉しい“ひと夜”となった。

春風亭一之輔

春風亭一之輔

取材・文=川添史子

公演情報

『春風亭一之輔のカブメン。』 
 
日時 :2023年11月24日(金)
※終了
会場 :観世能楽堂(東京都中央区銀座 6-10-1 GINZA SIX 地下 3階)
 
出演者 :春風亭一之輔 / 春風亭与いち
ゲスト :中村獅童
演目 :トークと落語「文七元結」他一席
 
<アーカイブ配信>
配信場所:
イープラス「Streaming+」
:2023年12月1日(金)まで
視聴価格:¥3,000〜

販売URL https://eplus.jp/kabumen-ol/

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