團十郎『船弁慶』『紅葉狩』、右團次は偽狂乱の『大森彦七』、巳之助は天狗と踊る『高時』に「新歌舞伎十八番」4作品一挙上演~『七月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

レポート
舞台
17:00
昼の部『船弁慶』新中納言平知盛の霊=市川團十郎 /(C)松竹

昼の部『船弁慶』新中納言平知盛の霊=市川團十郎 /(C)松竹

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歌舞伎座で2025年7月26日(土)まで開催される『七月大歌舞伎』。昼の部では、「新歌舞伎十八番」より『大森彦七』、『船弁慶』、『高時』、『紅葉狩』が一挙に上演されている。「新歌舞伎十八番」は、市川團十郎家の芸。七世市川團十郎がはじめに2作品を選び、その後、その息子の九世市川團十郎がさらに演目を制定した。主役の俳優の芸と個性が、この度上演される4演目それぞれの魅力と結びつき、カラーの異なる見ごたえのある舞台となっている。

一、新歌舞伎十八番の内 大森彦七(おおもりひこしち)

本作は、「活歴物(かつれきもの)」と呼ばれるジャンルの作品だ。九代目市川團十郎が実践した、史実や時代考証を重視した芝居作りが特徴となる。

舞台は松山街道。山の中の地蔵堂から現れた美しい女性が、道後左衛門(市川九團次)に捕まり困っていたところを、大森彦七(右團次)が救う。この女性は、実は千早姫(大谷廣松)。彦七が追い詰め、自害に追い込んだ楠木正成の息女だった……。

千早姫は、ひなびた地蔵堂で一体どうしたの? と思うような、たおやかで品のある佇まい。鬼女の面を袂にしまう。その仕草が、物語の始まりに緊張感をつくっていた。道後左衛門は、物語の展開的には敵役だが、どこか愛嬌も感じさせた。そこへ、派手やかな彦七が揃うと、時代物の雰囲気が濃厚になる。

昼の部『大森彦七』(左より)千早姫=大谷廣松、大森彦七盛長=市川右團次 /(C)松竹

昼の部『大森彦七』(左より)千早姫=大谷廣松、大森彦七盛長=市川右團次 /(C)松竹

千早姫と彦七はスリリングな心理戦を見せる。彦七が語る楠木正成の最期は、語りそのものが本作の一つの見どころだ。右團次の声は抑揚の中にも常に張りがあり、鮮やかな情感。正成へのリスペクトが伝わってきて、正成の武者振りを想像してしまう。宝剣を受け取った千早姫が、片手に鬼女の面を持ち楠木正成を名乗った時、万感の思いが伝わってくるようだった。

事情を知らない道後左衛門が再び登場すると、狂乱のふりをする彦七と一部始終を知る観客の間に共犯関係が生まれる。戸惑う皆を振り切って、堂々と馬にまたがる彦七は、勇ましくて痛快。常磐津の演奏もあいまって、高まる観客のテンションとリンクするように、馬も躍動感に溢れ芝居を盛り上げる。喝采の中、覇気に満ちた彦七は颯爽と花道を駆けていった。本作は25年ぶりの上演となる。これからはもっと上演したらいいのに! と思う熱いお芝居だった。

二、新歌舞伎十八番の内 船弁慶(ふなべんけい)

前半の主人公は源義経の愛妾・静御前、そして後半の主人公は壇ノ浦の戦いで入水した平家の猛将・平知盛の霊。この二役を、市川團十郎が勤める。

源義経(中村虎之介)は、武蔵坊弁慶(市川右團次)や家臣(市川九團次、大谷廣松、中村歌之助、市川新十郎)とともに、兄・頼朝の追っ手から逃げているところだ。そして静御前も一緒に連れていた。弁慶から、この状況なので静御前を都へ帰すべきだと進言され、義経は受け入れる。しかし弁慶づてに事情を聞いた静御前は、納得がいかない。義経本人のもとへやってきて、たしかめるのだった。あらためて義経から諭された静御前は、思い出の舞を披露するのだった……。

昼の部『船弁慶』静御前=市川團十郎 /(C)松竹

昼の部『船弁慶』静御前=市川團十郎 /(C)松竹

能舞台を模した「松羽目」と呼ばれる舞台で、正面には大きく松が描かれている。衣裳も、壺折りと呼ばれる能を意識した装束だ。團十郎の静御前は切々と踊った。踊り始めた静御前からは、悲しみよりも覚悟が滲む。やがて、義経との日々がどれだけ美しく、大切なものであったかを想像させられた。舞が終わり烏帽子がコトンと落ちた時、その音の孤独な響きに、静御前の心にあいた穴をのぞくようだった。團十郎が演じていることを忘れた瞬間だった。

船の準備ができたとの報せ。舟長の三保太夫(中村梅玉)と舟人(坂東巳之助、中村福之助)が、格調高い空気はそのままに、軽やかで親しみやすく、心地よい間のお芝居と踊りが繰り広げられる。いよいよ義経一行の船が出るが、見る間に海が荒れ始めて……。

昼の部『船弁慶』新中納言平知盛の霊=市川團十郎、武蔵坊弁慶=市川右團次 /(C)松竹

昼の部『船弁慶』新中納言平知盛の霊=市川團十郎、武蔵坊弁慶=市川右團次 /(C)松竹

一筋の笛の音とともに、ふたたび登場する團十郎。知盛の霊となり、凄みのある顔、怨念で逆立ったような黒々とした毛、登場からその勢いに客席は飲み込まれる。長刀を振れば、大きく荒れる波も風も味方につけたようだった。義経と弁慶が凛々しく毅然と立ち向かうほどに、闇の深さが際立っていた。しかしクライマックスの幕外の花道では、荒波に崩れ、風になぎ倒されていく。強大な悪役が足掻きながら負けていく様は、エキサイティングでありながら、悲しくも感じられた。大きな拍手のうちに幕となった。

三、新歌舞伎十八番の内 高時(たかとき)

主人公のモデルは、鎌倉幕府第14代執権、北条高時。時代物の雰囲気ではじまり、後半はアクロバティックな見せ場が展開する。

ある日、高時の立派な愛犬が、アクシデントで通りすがりのお婆さん(中村梅花)に噛みついてしまう。息子の浪人・安達三郎(中村福之助)がその犬を殺めたため、高時(坂東巳之助)は、三郎に死罪を命じて……。

高時は、残念な評価が現代に伝わる人物だ。政を顧みず、田楽や闘犬を好み遊興にふけっていたとも言われている。館の中の「奥殿の場」では、退屈なのか諦めなのか、愛妾の衣笠(市川笑三郎)を相手にお酒を飲んでも、観客はうっとりするような踊りを前にしても、高時はまるで楽しそうには見えなかった。柱にもたれて座る姿からは厭世観が滲む。大佛陸奥守(片岡市蔵)や秋田入道(市川新蔵)とのやりとりが、高時の苛烈で容赦のない性格を引き出していた。

昼の部『高時』北条高時=坂東巳之助 /(C)松竹

昼の部『高時』北条高時=坂東巳之助 /(C)松竹

そんな中、雷鳴とともに田楽法師たちがやってくる。どうみても天狗のような来訪者たちを、高時は宴のために呼んだ田楽法師と見て歓迎する。さらに天狗たちの踊りに大喜びし、無邪気に参加し、ぎこちなく踊る。先ほどまでと人となりは変わらないからこそ滑稽で、愛嬌さえ感じられた。音も、天狗もテンポよく飛び跳ねる。高時も跳ね、客席の拍手がそれに続く。ダークファンタジーの趣きで陽気で楽しかった。高時は天狗の踊りに翻弄されていたけれど、巳之助本人は天狗並の身体能力ではなかったか。幕切れになって気がついて、ほぼ閉まりきった幕に向けて慌ててもう一度拍手し直した『高時』だった。

四、新歌舞伎十八番の内 紅葉狩(もみじがり)

戸隠山の鬼女伝説が題材の作品。幕が開くと、舞台いっぱいに紅葉に染まった山が広がる。そこへ平維茂(松本幸四郎)が従者(中村虎之介、大谷廣松)を連れて、紅葉狩りにやってくる。維茂の気品ある佇まいは、場の空気を一段と華やかにした。

昼の部『紅葉狩』(左より)更科姫=市川團十郎、局田毎=中村雀右衛門、平維茂=松本幸四郎 /(C)松竹

昼の部『紅葉狩』(左より)更科姫=市川團十郎、局田毎=中村雀右衛門、平維茂=松本幸四郎 /(C)松竹

そこで出会うのが、更科姫(市川團十郎)の一行だ。維茂たちは宴を共にすることになる。團十郎の更科姫が、扇をもっての舞で維茂をもてなす。さらに、侍女も踊りを披露する。勤めるのは團十郎長女・市川ぼたん。現在13歳ながら、ひとたび踊りはじめると大人びた雰囲気。お付きの局(中村雀右衛門)や腰元(市川男女蔵)、侍女(中村芝のぶ)たちが十人十色の魅力を発揮する中、実年齢で等身大の存在感がひとつの個性となっていた。うたた寝をした維茂を起こしてくれるのは、團十郎長男・市川新之助の山神。声にも表情にも華があり、子供だからこその身軽さが、これも独特の空気を作る。不思議な踊りが可愛らしかった。鬼女とはまた違った、人ならざる者の雰囲気だった。

昼の部『紅葉狩』(左より)腰元岩橋=市川男女蔵、侍女野菊=市川ぼたん /(C)松竹

昼の部『紅葉狩』(左より)腰元岩橋=市川男女蔵、侍女野菊=市川ぼたん /(C)松竹

いよいよ本性を現した團十郎の鬼女と、名刀を手にした幸四郎の維茂の対決。宴の席で維茂のそばにいた時は、維茂より小柄にさえ見えた更科姫が、ぐわっと大きくなったよう。維茂は、暗闇でも自ら光を放つような清廉さ。鬼女とのコントラストが映える。さらに雷の光と音、立廻りで床を踏み鳴らす音、ツケも響き、舞台上に俳優は2人しかいないのに、目も耳も圧倒的に満たされた。常磐津、竹本、長唄が音をあわせれば、客席の隅々にまでくまなく盛り上がりが届く。團十郎の更科姫は、美しさも不穏さもくっきりと明快で、まっすぐ伝わってきた。客席には、迷いのないリアクションが生まれ、場内の一体感を作る。幕切れにはパッと舞台が明るくなり、緊張状態からの解放感もあいまって、万雷の拍手が「昼の部」を結んだ。

昼の部『紅葉狩』(左より)戸隠山の鬼女=市川團十郎、平維茂=松本幸四郎 /(C)松竹

昼の部『紅葉狩』(左より)戸隠山の鬼女=市川團十郎、平維茂=松本幸四郎 /(C)松竹

「新歌舞伎十八番」の4作品を通してみられる機会は貴重だ。歌舞伎おもしろい! やっぱりエンターテインメントなんだ! とあらためて感じる公演だった。歌舞伎座にて7月26日(土)まで。
 

取材・文=塚田史香

公演情報

松竹創業百三十周年
『七月大歌舞伎』
日程:2025年7月5日(土)~26日(土)
会場:歌舞伎座
 
【休演】11日(金)、18日(金)
【貸切】※幕見席は営業
昼の部:13日(日)、19日(土)

※26日(土)は「歌舞伎座 着物・ゆかたの日」です。
 
昼の部 午前11時~
 
福地桜痴 作
一、新歌舞伎十八番の内 大森彦七(おおもりひこしち)
 
大森彦七盛長:市川右團次
道後左衛門:市川九團次
千早姫:大谷廣松

河竹黙阿弥 作
二、新歌舞伎十八番の内 船弁慶(ふなべんけい)
 
静御前/新中納言平知盛の霊:市川團十郎
武蔵坊弁慶:市川右團次
源義経:中村虎之介
亀井六郎:市川九團次
片岡八郎:大谷廣松
伊勢三郎:中村歌之助
駿河次郎:市川新十郎
舟人浪蔵:中村福之助
舟人岩作:坂東巳之助
舟長三保太夫:中村梅玉

河竹黙阿弥 作
三、新歌舞伎十八番の内 高時(たかとき)
 
北条高時:坂東巳之助
愛妾衣笠:市川笑三郎

安達三郎:中村福之助
秋田入道:市川新蔵
安達三郎母渚:中村梅花
大佛陸奥守:片岡市蔵

河竹黙阿弥 作
四、新歌舞伎十八番の内 紅葉狩(もみじがり)
 
更科姫実は戸隠山の鬼女:市川團十郎
局田毎:中村雀右衛門

侍女野菊:市川ぼたん
山神:市川新之助
従者左源太:中村虎之介
従者右源太:大谷廣松
腰元岩橋:市川男女蔵
平維茂:松本幸四郎
 
 
夜の部 午後5時~
 
 
二代目中村吉右衛門に捧ぐ―
池波正太郎 作
松本幸四郎 構成・演出
戸部和久 脚本・演出

一、鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)
血闘
序幕 駿河町両替商老松屋より夢現まで
大詰 長谷川平蔵役宅より大川の土手まで
 
長谷川平蔵:松本幸四郎
普賢の獅子蔵:市川團十郎
同心小柳安五郎:市川中車
日置玄蕃:坂東巳之助
おまさ:坂東新悟
長谷川銕三郎:市川染五郎
少女のおまさ:市川ぼたん
閻魔の伴五郎:市川猿弥
三次郎妻おたね:市川笑也
夜鷹おもん:市川笑三郎
五鉄亭主助次郎:市川寿猿
無宿人相模の彦十:市川青虎
同心木村忠吾:中村吉之丞
夜鷹おこま:澤村宗之助
吉間の仁三郎:大谷廣太郎
四之菱の九兵衛:松本錦吾
たずがねの忠助:市川門之助
与力佐嶋忠介:市川高麗蔵
相模の彦十:中村又五郎
平蔵妻久栄:中村雀右衛門
長谷川宣雄:松本白鸚

二、蝶の道行(ちょうのみちゆき)
 
助国:市川染五郎
小槇:市川團子

 
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