スカートが模索を重ねた15年、そして自らを映し出す音楽ーー「これまでで一番バンドらしいアルバムができた」
スカート 撮影=ハヤシマコ
澤部渡のソロプロジェクト・スカートは2006年に活動をスタートさせ、2010年に自身のレーベル「カチュカサウンズ」から1stアルバムをリリースして今年で15周年を迎えている。10周年を迎えた際にも「優勝」という言葉を使って自らの節目を表現した彼は、今年も周年を祝う特設サイトの「ごあいさつ」で「スカート優勝! 5年ぶり2度目です。これも皆様のおかげです。」と書き出し、前回の優勝以降の5年も実直に月日を重ねたのだと感じさせてくれた。そのタイミングでリリースされたのは、メジャーシーンで5枚目となるニューアルバム『スペシャル』だ。佐藤優介、佐久間裕太、岩崎なおみ、シマダボーイらスカートの音楽を奏でるうえでお馴染みの面々に加え、柴田聡子や畳野彩加(Homecomings)、重住ひろこ(Smooth Ace)らも参加し、澤部自身単純に「新しくて」「いいアルバム」ができたと語る自信作となった。その自信作はいかにして制作の出発地点を出て、完成へと歩みを進めたのか。これまでの15年の月日も含めたキーワードは「模索」、そしてその先に見えてきたもの――。大阪にやってきた澤部に、じっくりと話を聞いた。
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――SPICEでのインタビューはかなりお久しぶりです。お元気でしたか。
お久しぶりです! なんとかやっていました!
――なんとかって……またまた(笑)。今年15周年を迎えていますが、相変わらず節目のアーティスト写真は気合いが違いますね。10周年に続き15周年も含め撮影のコンセプトというのは?
なんだったっけなぁ。周年の1年限定のものなんですけど……どうしてやろうとしたのか思い出せないですね。10周年はドカンといこうと言いつつ、コロナと被ってしまって全然ドカンといけずじまいだったんですけどね。
――あぁ、確かにそうでしたね。前回は相撲、今回は野球がモチーフです。
正直……相撲ファンでも野球ファンでもなくて申し訳ないなと思いつつ、確か10周年! と大声で言うには面白みがイマイチ足りないぞとなったんだったかな。そこから「優勝」という言葉が出てきて、この言葉を使えばみんなが祝ってくれるんじゃないか? みたいな。優勝って言えばちょっとお祭りっぽくもなりますし。
――15周年、歩みを振り返ってみるといかがですか。
今もそういうところはありますが、最初の5年はただただもがいていたと思います。人間のままならなさを感じながら進んでいました、そして印象的な5年は10周年からの5年ですね。実は僕、コロナ禍で大きなスランプに陥って1年間曲が書けない状態になってしまっていたんです。
――その原因は見えていますか?
単純に心がついていかなくなったのが原因ですね。
――それは音楽活動がままならないことに対して?
それもそうだし、僕が歌ってきたことは毎日のちょっとしたことや起承転結の曖昧な部分だったんです。それをフィクションとして歌ってきたつもりだったのに、コロナ禍に入ったことでフィクションが全く違う意味を持つ曲になったことがかなりありました。
――それは日本語の捉え方の多様性がそうさせたという……。
そうではなくて自分の気分的にですね。なんてことない日の、なんてことない情景を歌った時に、それがすごく特別なものに感じられてしまって。でもそんなつもりじゃないんです。だからこそ勘弁してよ……みたいな気持ちが2年ほど続きました。
――その気持ちに気づいたのは誰かに指摘されて?
いえ、この状況で自分が歌うと特別な毎日というニュアンスの歌になっちゃう。それが耐えられなくてしんどかったんです。自分が考えてもいない意味が曲に与えられたようで、手も足も出なくなってしまいました。
――その期間は何を考えながら過ごされていたのでしょう。
何も考えられませんでした。でも歌わなきゃしょうがなくて、歌っていないと気が狂いそうだから歌うんです。でも歌ったら歌ったでこんなはずじゃないと。八方塞がりでしたね。
――そこから糸口が見えてきたのは……。
いろいろ諦めたんです。大きかったのは一旦ライブをやめたことでした。感染者が増減を繰り返していた頃でしたけど、ライブって半年ほど前には決まるじゃないですか。当日付近の状況は全く見えないわけで、ずっと大丈夫かなと思っているとやってもやらなくてもしんどいんですよ。だからこそ思い切ってライブをやめてみたことで、少しずつ曲が書けるようになっていきました。ただ今もまだ完全には切り替わってはいなくて、大げさかなと思いつつ移動などではマスクが欠かせないですね。
――そういう苦しい時期も経験した中、15年を積み重ねてきたからこそある今の自分の状態を言葉にすることはできますか。
……それはできないですね。……でも、それがあったからこその今を「優勝」って言いたいんでしょうね。結局あの出来事で全てをひっくり返された気がしているんです。もちろんそれだけじゃなくて、時代の移り変わりがあるのもわかってるんですけど、音楽の捉え方や見え方、何もかもが変わったという認識です。
なんでしょう? 「貯金はしとけよ」ですかね(笑)。もう音楽に対してはどうにもならないから、とにかくやるだけやる。「やれるんだったら、やったら?」としかいえないですね。それも上から過ぎるくらい。だからこそ貯金は大事! と伝えたいです。
――お金のことは、若い自分に言っておきたいのはちょっとわかります(笑)。ちなみにこの春リリースされたアルバム『スペシャル』は、15周年記念という位置付けになっているのでしょうか。
そうですね、内容は全然周年は関係ないんですけど、その方が売りやすいかなと思ったこともあって(笑)。僕がやっているのは捉えどころのないバンドだと思っているんです。劇的な何かがあるわけではないというか、そういう意味で非常にドラマが作りづらいバンドなので「優勝」を掲げることで振り向いてもらえるかなという考えもありました。
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――振り向いてもらうためのキッカケを作っておくという細やかさ、なんだか澤部さんらしいですね。ちなみに前作の『SONGS』はタイアップが10曲も含まれるアルバムでしたが、このアルバムが示したこととしては「世間がいかにスカートの音楽を求めているか」、そして「ポップソングの作り手としてのスカートの存在」だったように思います。その作品を経て、今回はどんなことをやりたいと考えたのでしょう。
正直何も考えていなかったですね。それよりも以前『Extended Vol.1』というフィーチャリングEPを作った時に、バンドの音楽をもうちょっと考えたいなというひらめきはありました。その後、僕が曲を書けない時期に、メンバーたちが「デモがなくても会議をしよう」と言ってくれたんです。デモがなくてもいいと言ってくれたとはいえ、その会議に向けて必死に曲を書くというところからはじまったので……それもあって『スペシャル』は一番バンドらしいアルバムになりました。
――その会議はどんな感じだったんですか?
今回のアルバムに参加している5人がネット上に集まって、「こういう曲ができたんです、ちょっと聴いてください」と。例えば「トゥー・ドゥリフターズ」という曲の時は、メロディーを聴いたキーボードの(佐藤)優介くんが「商業的なアイデアじゃないかもしれないけど、アシッド・フォークみたいにしてTYRANNOSAURUS REX的なアプローチをしたらかっこいいんじゃないかな」とアイデアを出してくれて、それでやってみようとかそういう始まりをすることがたくさんありました。
―― 「みんなで作る」感じですね。
はい。実はそういう作り方は初めてで、これまではちょっと間奏が長いねとかアウトロが決まんないんだよねとか言うと、そこでメンバーたちとセッションしてみたり音を出してみたりということはしていたんです。でもちょっとやってみて僕がキッカケを掴めたら「うん、もうこれで大丈夫。あとは持ち帰ります〜オッケー、ありがと〜」とやっちゃってたんですよ。
――メンバーのお手を煩わせないぞ、と。
そうそう。でも今回は制作の早い段階から入ってもらいました。
――それはご自身にどういう変化をもたらしましたか?
変化はありすぎるほどありました。ただメロディーをみんなでいじったような曲はあまりなくて、メロディーと進行があって、それに対してどんなリズムアプローチをしていくかをみんなで考えたという感じです。シンプルにワイワイ作るのは楽しかったです。
――ということは、アルバムに対してコンセプトやテーマを設けて構築したのではなく、今自分たちが作りたいものを重ねていったというのが正しいですか。
正しいというか、そのやり方でしかアルバムは作ってこられていないかもしれないです。実は……コンセプトたてるのってちょっと苦手なんですよね(笑)。もちろん聴く分には楽しいですけど、それでもあくまでいろんな良い曲がいっぱい入っていますよ、という作品が好きですね。
――コンセプトはないということではありますが、いろいろな曲の端々に「停滞してるい雰囲気から1歩踏み出して次に行こう」というニュアンスの言葉が多用されているなと感じました。そういうコンセプトが潜んでいるのかな? と想像したり。
あー! はいはい。1曲目から「ぼくは変わってしまった」ですもんね。人によってはミドルエイジ・クライシスじゃないですけど、おじさんの憂鬱みたいに捉えられていて。これ実は、今年の頭に中高の同窓会に行ったことに起因しているんです。中高の頃なんて思い出したくないこともいっぱいあるじゃないですか。
――思い出されたくないこともあります(笑)。
そうそう。だからこそ行っても本当に楽しいのかなぁと思っていたんです。……でも行ってみたらすごく楽しかったんですよ。
――よかったじゃないですか!
よかったのが嫌だなぁと思って。たしか中1の時に所属していた吹奏楽部で小学校の卒アルを持ち込んでみんなで見せ合う、みたいなノリのときがあって持って行ったんですよ。みんなで見た帰り道に、突然嫌になって卒アルをゴミ処理場に突っ込んで帰った覚えがあって。それがその<懐かしい思い出すべて焚べ先に行こうよ>という歌詞になったんですけど、でも僕は中学と高校の卒アルはまだ持っているわけですよ。いいのかそれで! という歌でもあります。
――捨てなくていいのか!? と。
そう、あんたは小学校の思い出を捨てたよな……と。でも忘れたいことがいっぱいある中高時代の友人に久しぶりに会っただけで、何そんなに楽しそうにしちゃってんのよという歌です。
――この曲が15周年記念アルバムの1曲目なわけで!
まあこれは歌詞というよりサウンド的にこれがいいかなという感じだったので。
――とはいえこの曲のみならず、全体的に停滞からのステップアップムードが感じられました。曲を作っている時、歌詞を作っている時に考えていたことや影響されたと思うことはありますか。
いや、本当にいろいろあるんですけども……たくさんの本を読んだり映画を見たりしていました。例えば具体的に言うと「スペシャル」でバスが出てくるのは、リバイバル上映があった『ゴーストワールド』に来ないバスをずっと待っている老人が出てきてそれがヒントになりましたし、もちろん漫画がヒントになった曲もあります。歌は創作物なので、自分の経験は入れないつもりだったんです。でも今回、スカートがどうしてこんなに売れてるんだか売れてないんだか曖昧なのかについて自分なりに考えた結果、やっぱり歌詞が暗いからだろうなという結論に至ったんです。もっともっと開けた感じのもっとご陽気なお兄さんに見せる方法ってないかなと思った時に、自分に起きたことを歌ってみようと思ったら「ぼくは変わってしまった」みたいになっちゃって……まぁ、それはそれでみたいな(笑)。
――自分の身に起こったことをもう少し自分の言葉で綴ってみようと。
そういう曲が何曲かあって、それが顕著に出たのが「ぼくは変わってしまった」と「緑と名付けて」ですね。
――今までそれをやってこなかった人が、自分の身に起こったことを綴る難しさもあったのではないですか?
自分には似合わない言葉遣いもたくさんあるので、結局いつも通りの感じの仕上がりになっちゃったっていう。むしろみんなを心配させてしまう仕上がりになったかもなぁ。
――いやでも、感情的にプラスではない言葉を使ってもスカートの透明感ある声があるだけで寂しい空気は漂わないんだなという印象がすごくありました。
あ、それはうれしいです。ありがとうございます。
――ただ「トゥー・ドゥリフターズ」は少し例外で、寂しさを連れてくる感じがありました。
寂しいものを作ったという気持ちがこちらにもあります。そのイメージで正解です。
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――アルバム全体として鍵になった曲…もちろん「スペシャル」がカギになったということをアルバムリリースにあたってのコメントでもおっしゃっていますけど、それ以外にもアルバムの軸になると感じられた曲はありましたか?
やっぱり「ぼくは変わってしまった」かな。アルバムの書き下ろしが8曲あるんですけど、7曲目にできた曲で本当にギリギリのタイミングで「これは1曲目だ!」と思える曲がようやくできたんです。
――――ちなみに、前回の取材時に澤部さんが「アルバムはひとつの円だと思っていて、ある曲をどう円にしていくかを考える」とおっしゃっていました。「ぼくは変わってしまった」ができるまでに揃っていた曲で、おおよその円は描けていたのでしょうか。
「スペシャル」のアレンジが固まってきた最終段階の頃、これはラストソングだという構成が見えてきました。それまでは決まりきらずに「スペシャル」も6曲目くらいかなと考えていて、仮タイトルも「06」で進んでいました。でも最後の最後でアレンジが固まった時に、「ああ、この曲が最後で大丈夫だ」と思えました。
――その「スペシャル」にはご自身もコメントされていましたが、テンポの速さやリズム感に「新しいスカート」を感じさせてくれる1曲となりました。制作はどのように始まったのでしょう?
始まりの始まりは、僕が好きなブロッサム・ディアリーという女性ジャズシンガーがいて、彼女の「Doop-Doo-De-Doop ( A Doodlin' Song)」がすごく好きであの感じをバンドでできたらいいなと思っていたんですよね。でもそこを目指したはずが、なんだかナヨっとした曲ができて。ダメな渋谷系みたいな感じで。
――ダメな渋谷系(笑)。
佐久間(裕太/Dr)さんと2人で考えた時に、今回のアルバムではかなりNRBQのようにしたいと思いながらいろいろな作業をしていたんです。彼らの「Music Goes Round and Around」という曲があって、ジャズのスタンダードをロックンロールにした最高のナンバーなんですね。その精神でやったらこの曲もそっちに行けるんじゃないかと思いついて。
――ダメな渋谷系をロックンロールにグッと寄せていこうと。
ちょっとやけっぱち感のあるものにしていったらどう? と。それがハマって「ああ、これだね!」と。
――そうしてできた「スペシャル」という曲を、ご自身で「過去のスカートにはない曲」「今を象徴する曲」と表現されています。そう言える理由とは?
こういう痛快なやけっぱちムードは、前作から少しありました。でもそこから少し肩の力も抜けて、自分のものとして表現できた気がするんです。そこに「今までのスカートではなかったな」と思えたんですよね。今までにない部分もそうだけど、今までやってきた研究の成果として「スペシャル」があるのはかなり美しい気がするんです。例えばコーラスワークで僕がやりたいイメージを録音したものをSmooth Aceの重住(ひろこ)さんにお渡ししてアレンジしてもらって、それを柴田聡子さんに歌ってもらうとか。そういうのは工程も含めて、今まであまりないという意味合いもあったと思います。今までは何事も自分でだし、そもそも他者に委ねるということがなかったんです。今回はリズムのアレンジもそうだけど委ねることができたからこそ、「今までにない」と思います。
――委ねることができるようになった理由は?
『Extended Vol.1』を出したことですね。あれで例えば村上基(在日ファンク)さんにこういう曲があってこういう風にしたいんですと説明して、それが録音物としてちゃんと世に出て、みんなが想像以上に聞いてくれた。それで「意外となんでも大丈夫なんだな」と思えたのも大きいですね。
――今までにない曲に「スペシャル」というタイトルを付けてさらにアルバムタイトルも担わせたのは、何か思うところはあったんですか。
まず「今日もまたバスに乗れてしまったんだ。特別な予感は思い違いだった」と歌っていた時にいいけど…ちょっと固いなと思って。その特別をスペシャルと言い換えた途端にすっごくバカっぽく思えて。能天気な感じだったりやけっぱちの感じだったり、このバカっぽさが欲しかったと思いました。アルバムのタイトルにしたのは単純で、この曲が多分今のスカートのムードだろうということを表現したかったんです。
――なるほど。このアルバムはすごくジャケットのイラストも印象的ですね。
ありがとうございます。ジャケットだけじゃなく、今回のアルバムの内容的にも「漫画回帰」みたいなものをテーマにしていた部分があるんです。……というかスカートは常に漫画の幻影を追う音楽であるという自覚がどこかにあるんですよ。まぁそもそも漫画が描けないから音楽をやっているというところもありますし。ここ2作はシュッとしたジャケットだったので、今回はより漫画っぽくしたいと思いました。このイラストはCDの裏面まで続いているのでぜひ見てみてください。
――サブスクでは裏ジャケは見られないので、ぜひCDショップで見てもらいたいですね。そして6月にはアルバムリリースツアーが始まります。初日が京都・磔磔ですね。
今回はロックバンドとしての側面が強い作品なので、パフォーマンスにもその辺りを反映できたらいいなと思っています。バンドらしさを打ち出すのに磔磔は最適ですね。ラジオのレギュラー番組を持たせていただいている京都は、もう僕の第二の故郷ですから。みなさんぜひ遊びにいらしてくださいね。
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取材・文=桃井麻依子 写真=ハヤシマコ