片平里菜が歌に込めた祈り、歌で解放させた想いーーライブ&配信『祈りのなかで-』レポート
『片平里菜 -祈りのなかで-』2025.11.13(木)東京・青山 月見君ヲ想フ
ふーっ。中空を仰ぎ、緊張をやわらげるように息を吐く。そして、おもむろにアコースティックギターとハーモニカを奏でながら歌い始めたのは、ニール・ヤングの「Heart Of Gold」のカバーだった。ご存じニール・ヤングによる唯一の全米No.1ヒットソング。これまで多くのアーティストによって歌い継がれてきた名曲だ。
リスペクトも感じさせる正攻法のカバーを聴きながら、ニール・ヤングと同様に70年代のUSシンガーソングライターシーンを代表するトム・ウェイツを題材に曲を作ってしまう片平里菜のことだから、当然、ニール・ヤングのことも大好きなのだろうくらいに思っていたのだが、振り返ってみると、黄金の心を探し続ける“孤独の旅路”(この曲の邦題)を歌ったこの曲ほど、「祈りのなかで」と題して、11月13日(木)に東京・青山のライブハウス、月見ル君想フで開催した有観客および配信の弾き語りライブにふさわしいオープニングはなかったという気がしてくる。9月3日に配信リリースしたシングル「夏の祈りのなかで」のリリースライブという意味合いももちろんあったのだろう。
「ワンマンはバンドツアー以来。ありがたいことにその時、Wアンコールをもらいながら、気分じゃないからって歌わなかったんだけど、次の配信ライブで覚えてたら歌いますと言ったから歌いました。配信見てるのかな。見ててよね。歌ったんだから(笑)」
そんなエピソードをざっくばらんに語りながら披露した「始まりに」をはじめ、新旧の代表曲も交える一方、普段のTシャツとデニムではなく、家族のような、母のような大切な人からもらったというワンピースドレスを着てオンステージしたことも含め、「いつもとちょっとだけ違う雰囲気でお届けしたいと思います」と片平が言っていたことを考えると、この日の一番の見どころはやはり「夏の祈りのなかで」に繋げていった中盤ということになるのだと思う。
歌に込めた聴く者の気持ちを揺さぶる切なさもさることながら、19歳の時に書いた曲とはにわかには信じられない成熟が胸に染みる「始まりに」から「teenage lovers」「からっぽ」「心は」と繋げ、ミックスボイスをダイナミックに交えつつ、メランコリーとともにシンガーソングライター然とした魅力を印象づけると、「弾き語りはいつもやってるからちょっと違うことをやりたい」と今一度言ってから、「言葉を紡いできました。メロディーに頼らずしっかりと伝えたい」と「アナーキーの少女」「辺野古にて~海よりも」という詩をポエトリーリーディングとして披露した。間には片平曰く自由の解放の歌であるボブ・マーリーの「Redemption Song」と沖縄民謡の「てぃんさぐぬ花」のカバーを巧みに織り交ぜる。
因みに反骨精神を謳いあげる「アナーキーの少女」は、震災後に出会ったパンクスの母のような存在がモチーフになっている。一方の辺野古の米軍基地建設に反対する沖縄の人々の悲しみに共感したと思しき「辺野古にて~海よりも」は、「夏の祈りのなかで」同様に13か月に及んだツアーの終着地として、今年6月23日に訪れた沖縄での経験から生まれたようだ。6月23日は沖縄の慰霊の日。沖縄の景色や現地の人々と心を通わせたことが大きなインスピレーションになったこと、沖縄で感じたこと、「夏の祈りのなかで」が生まれた経緯を改めて観客に語り掛けた。
「沖縄には悲しみがいっぱい残っている。8月15日に戦争が終わってからも沖縄では9月まで戦争が続いていた。それなのに、どこに行ってもみんなやさしい。私の悲しみや侘しさが気にならないほど悲しくて、やさしい。その空気を届けたかった」
そして、今年2025年が戦後80年という節目だったことに触れ、「これからも戦後を数えていきたい。(これからの世の中が)戦前にならないように」と新たに生まれた「夏の祈りのなかで」を歌いつづける使命と言ったら大袈裟かもしれないけれど、意味を語ってからライブ初披露。沖縄の音階を見事、換骨奪胎したことを思わせるメロディーと祈りを思わせる言葉が、片平のギターの爪弾きと歌をじっと聴きいっている観客の心に染みこんでいくのがわかる。
観客のアンコールに応え、再びオンステージしたとき、「最近の自分の心境を内省的に放出するためしっとりとした曲が多かった」と片平はこの日のライブを振り返った。しっとりと聴かせる流れから一転、あうんの呼吸で観客がヤサホーヤ、イーヤーサーサーとシンガロングしたソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」のカバーからの後半戦は、「ロックバンドがやってきた」「愛のせい」とアコギをかき鳴らすロックンロールをたたみかけるように繋げ、ライブハウスらしい盛り上がりもしっかりと楽しませる。
「ロックバンドがやってきた」では、「配信を見ている人に声を届けて下さい! 歌えますか?」と求めた片平に応え、観客が再びシンガロングの声を上げた。
「歌っていいな。歌うことで気持ちが解放されるし、私も元気になれる。また受け取りにきてください」
本編のラストナンバーに選んだのはステージのバックドロップに飾られた月のオブジェを意識したのか、「まんまるいお月様の歌」と紹介した音源化されていない「コールドムーン」。コロナ禍の真っ最中の2020年4月に「うたつなぎ」の1曲としてSNSで弾き語りの動画を発表した時は、満月の夜空に旅立った愛犬への子守唄と説明していたバラードだが、これもまた祈りの1つだったのかもしれない。
愛猫を見送った経験がある筆者はそういう曲に滅法弱く、よけいにぐっと来てしまうのだが、そんなことはさておき。髪をアップにして、再びオンステージした片平は来年2026年の3月21日(木)に東京・恵比寿のBLUE NOTE PLACEでバンドセットのワンマンライブを開催することを発表して、観客に歓喜の声を上げさせると、アンコールに応え、「女の子は泣かない」「オレンジ」を披露。最後の最後は観客のハンドクラップとともにポップな曲作りの魅力を改めて印象づけ、1時間50分に及ぶライブを締めくくったのだった。
「祈りのなかで」というタイトルを掲げ、いつもと違うことに挑戦してみせたこの日のライブは、もちろん、そのいつもと違うことが見どころだったと思うのだが、この日1日だけでは終わらないような気がしている。たとえば、メロディーに頼らずに言葉をしっかりと伝えるという試みは、これから彼女が書いていく歌詞をさらに力強く鋭いものにすることに繋がるんじゃないか。それも含め、今回の弾き語りライブが片平里菜というシンガーソングライターを、これからどう成長させるのか、とても楽しみになったことにこそ大きな意味があった。ライブを振り返りながら、今、そう確信している。
取材・文=山口智男 撮影=江口青空
ライブ情報
2025.11.13(木)東京・青山 月見君ヲ想フ
公式サイト:https://www.katahirarina.com/