熊本からミュージカルを発信! ~in.K. Musical Studioの挑戦~

レポート
舞台
2016.1.27
in.K. Musical Studioのみなさん

in.K. Musical Studioのみなさん

●元劇団四季所属のミュージカル女優を中心に

アマチュア演劇集団は日本中にあり、趣味の域を超えて演劇活動に人生を捧げている人も多い。だが、これがミュージカルとなると、物理的に多くの資源が要求され、アマチュアには敷居の高いジャンルとなっているようだ。

実際、定期的にミュージカルを公演しているのは、プロのミュージカル専門劇団や、アマチュアでも資源を集めやすい大都市の劇団がほとんどだ。

しかし去年、九州は熊本と言う地方都市に、熊本産のオリジナルなミュージカル製作を目的としたスタジオが設立された。in.k Musical Studioである。in.Kは「インク」と発音し、Kは熊本、すなわち「熊本に於いて」と言う設立者の決意を表している。中心となっているのは、かつて劇団四季に所属し、ミュージカル女優として活動していた小松野希海(こまつの・のぞみ)さんだ。

小松野希海さん

小松野希海さん

小松野さんは熊本市近郊の町に生まれ育ち、中高校は熊本市内の名門私立校へ通った。そこでは吹奏楽部でクラリネットを吹いていたと言うから、もともと音楽が好きだったようだ。

演劇と出会ったのは、県内の大学で英語を学んでいた時と言う。東京に本部を持つ劇団に所属し、基礎的なトレーニングを積んだ。

その関係で、大学卒業後に上京し、本格的な女優を目指す。最初からミュージカル女優を意識していた訳ではないが、歌うことが好きだったので、半年後、たまたま眼についた劇団四季のオーディションを受けると30倍以上の難関にも関わらず一発合格。研究生として入団する。それから2年間、いくつかの舞台に立ち、活動する内に、女優としての経験やュージカル製作のノウハウを学んでいった。

その一方で、熊本への郷愁も次第に大きくなっていったと、小松野さんは言う。 「私はもともと熊本という土地が好きで、離れたくなかったし、大好きな家族のもとで暮らしたい思いも日増しに強くなっていきました。また、劇団四季の活動で、この役は私でなくても成立するのではないか、このままではずっとパーツのままなのではないか、という不安も大きくなってきたんです」

そのふたつの思いから、“熊本でミュージカルが出来れば理想的なのに”と考えはしたが、実際にミュージカル製作が可能な状況ではないと思い込んでいた。そうした考えを、ある出会いが見事にひっくり返したのである。


●熊本で出会った豊かな才能

ある時、小松野さんは縁があって熊本に戻り、小さなミュージカルを製作することになった。そこで知り合ったのが、地元で「第七インターチェンジ」と言う劇団を主宰する亀井純太郎さんだった。

亀井さんは劇団活動を行いながら、子どもを対象とした演劇ワークショップなども精力的に展開。地元の文化人や芸術家に多くの知り合いを持っていた。その人脈を駆使して、亀井さんがサポートする形で行われたミュージカル製作に、小松野さんは「これなら恒常的に活動が出来るのではないか」と手応えを感じたと言う。

「最初は2~3ヶ月、ちょっと帰ってくるつもりでした」と軽い気持ちだった小松野さんは、この時点から故郷での本格的なミュージカル製作の可能性を模索し、ついに2014年、劇団四季を退団して熊本に戻ってきたのである。

小松野さんと亀井さん

小松野さんと亀井さん

全国的にはあまり知られていないが、熊本は錚々たる文化人・芸術家を排出してきた文化的な土壌がある。中でも俳優、ミュージシャン、芸人、漫画家などの直接的な表現を主とする分野に数多くの著名人がいる。そうした伝統を反映してか、亀井さんの紹介でミュージカルを手伝ってくれたアマチュア演劇人や音楽家の質の高さに、小松野さんは舌を巻いた。

現在でも、彼女は地元の仲間に全幅の信頼を置いている。手始めに、本格的なミュージカルを継続的に製作していくための母体となるKomatsuno Unitを立ち上げた。

小劇場的な自作自演スタイルではなく、専門のスタッフの協業によるブロードウェイ・スタイルで、ミュージカルの製作を企画。第一作となる『Musical Kaguya Hime?』を2015年7月に上演した。その過程で、さらに多くの仲間と出会い、活動の幅を広げた。

さらに県内のいくつかの大学や文科省の事業を通じて、子どもたちに演劇、表現、英語などを教えつつ、熊本での生活基盤を固めていった。そして、去年の9月、観光地として有名な水前寺公園のほど近くに、念願だった常設のスタジオを構えるに至ったのである。


●in.K. Musical Studioの挑戦

 

Studio in.K.と名付けられたその場所は、貸しビルのワンフロアを占めている。もとはバレエ教室だったらしい部屋で、踊ったり大きな音を出しても文句を言われない恵まれた環境にある。

in.K. Musical Studioは、Komatsuno Unitと別に、ここをベースに熊本産ミュージカルを製作する活動団体として発足した。ミュージカル製作のためにいつでも自由に使える場所が出来たのは、小松野さんにとって大きかった。

ここを利用して、スタジオ生を募集したり、ワークショップを開いたり、経験のない人たちにも気軽にミュージカルに触れ、参加して貰うことが可能になったのである。実際、スタジオ生の結構な割合が、演劇やダンス未経験者なのだとか。また、中高校生などの学生も多い。彼らはこれまで小松野さんが行った公演を見て入ってきた人たちだ。指導は彼女だけでなく、音楽家や舞踏家など在熊の専門家が分担で当たる。スタジオ生によるミュージカル公演は3ヶ月に一度程度行う計画だという。

自らが企画するKomatsuno Unitと違って、より間口を広くし、ミュージカルの本質的な楽しさと“熊本ならでは”のカラーを追求する親しみやすいスタジオである。

その第2回公演が今月30日(土)、31日(日)に迫っていると聞いて、練習風景を見学させて貰った。

夕方、小松野さんの話を聞きながら待っていると、昼間の勤めを終えたメンバーが三々五々集まって来る。下は2歳の女の子から、学生、社会人、主婦までさまざまなメンバーがいる。各自着替えやストレッチなどを済ませ、歌を中心に稽古が始まった。

出し物は【第一部】が文学ミュージカル『羅生門』。芥川龍之介の有名な小説を元に、クラシックの名曲を散りばめたミュージカルに仕立てたものだ。【第二部】は落語ミュージカル『初天神』。これも上方古典落語をベースに、有名なミュージカルソングで作り直したもの。稽古を見ていると、プロの現場とはまた違う雰囲気ながら、全員すこぶる真面目に取り組んでいるのはよく判った。

確かに舞台装置や伴奏に手作り感は色濃く漂っているのだが、小松野さんがその雰囲気をとても楽しんでいたのが印象的だった。日本で第一級のミュージカル劇団で極めてシステマチックな物作りを経験してきたはずなのに、それよりずっと小規模のミュージカルに嬉しそうに参加しているのだ。

正直、劇団四季出身のミュージカル女優が主催すると聞いていたので、彼女がすべてを取り仕切って、指導的に作っているのだと想像していたのだが、ここでの彼女は出しゃばることなく、みんなと同じ目線で悩み、考え、演技をしてた。そして、それを楽しんでいる。

そこにこそ、in.K. Musical Studioの本質があるようにも思えた。熊本市民みんなの想いと努力で、熊本産のミュージカルを発信していくことが目標なのである。

今後ここから、定期的にミュージカルが生み出されていくとしたら、どのようなものになっていくのか? 経験を経て、質も規模も充実していくだろうし、熊本と言う土地でなくては作り得ない個性も盛り込まれてくるだろう。

そう思うと、in.K. Musical Studioの行く末が非常に楽しみである。確かに、このような取り組みは、少なくとも熊本に於いてはこれまでになかったものだ。困難も多いと思うが、彼女たちの挑戦を見守っていきたいと思う。

イベント情報
in.K. Musical Studio 2016冬期公演
【第一部】文学ミュージカル「羅生門」
【第二部】落語ミュージカル「初天神」


■日時:
1月30日(土) 14:00/19:00
1月31日(日) 14:00/19:00
会場:Studio in.K. (熊本市中央区国府1-21-3 ブラザービル3階)
料金:前売り 一般1500円 高校生以下500円 ※当日券は500円増し
取り扱い、お問い合わせ:転回社in.K.
mail ink@tenkai.org
TEL 080-5289-9734
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