大衆演劇の入り口から[其之拾弐]・熊谷で震えた!「まな美座」心の芝居
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島崎寿恵座長(2016/3/26)
きらびやかな衣装より、豪華な舞台装置より、ただ魂震わせる芝居が観たい。そんな方は、ぜひ一緒に「まな美(び)座」を観に行きましょう。
熊谷に集まって
3/12(土)午前11時、JR熊谷駅の改札前。筆者含め4人の大衆演劇ファンの友人が集まった。見合わせる顔は、それぞれやや眠たげ。東京住まいの筆者の場合、熊谷に来るまでに2時間かかる。それでも休日の朝の電車に揺られてやって来たのは、この熊谷で3月・4月公演している、「まな美座」の芝居が観たい一心だった。メンバーの一人の車に乗り、熊谷駅から20分程度の「メヌマラドン温泉ホテル」へ向かった。
メヌマラドン温泉ホテル外観
内観
アットホームな温泉旅館だ。足を踏み入れると聞こえるのは、地元の常連さんや団体客の宴会、楽しそうなカラオケの歌声。そこに流れてきたアナウンス。
「ただいまより、まな美座のお芝居を開幕いたします」
女性座長・島崎寿恵(しまざきひさえ)さんの声だ。ここでの公演は2年ぶり。2年前、寿恵さんを初めて拝見したとき、役が体に細やかに憑依しているような演技に驚嘆した。いよいよ3/12(土)の芝居『わたしだけの戦争 つげの櫛』の幕が開いた。
息もつかせぬドラマチック
左・島崎寿恵座長 右・夢一途さん(2016/3/12)
主人公は焼き芋屋のすず(島崎寿恵座長)。韓国人青年・キム(市村新さん)や、夜の蝶・ローズ(夢一途さん)などの常連客が、今日もすずの焼き芋を買いにやって来る。
すずは笑顔の後ろで、戦争で泣く泣く手放した娘・幸子をずっと思い続けている。満州から引き揚げるとき、幸子は韓国人の使用人に預け、息子の幸一だけを連れ帰って来た。だが大人になった幸一(里見剣次郎さん)は、妹を捨てた母を許すことができない。
左から媛野由理さん・里見剣次郎さん・島崎寿恵座長(2016/3/12)
「幸子は生きていたじゃないか!母さんは幸子を見殺しにしたんだ!」
嫁の美幸(媛野由理さん)が止めに入るも、幸一は舌鋒鋭く母を責める。すずは息子の怒りを前に、淡々と語る。
「日本へ帰るとき、子ども二人を連れてなんてことはとてもできなかった。いっそ親子そろって死のうかとも思った…」
夫は戦地にいた。母と子どもたちだけで生きのびる道はなかった。
「韓国人の使用人のキムさんという人がとってもいい人で、私に言ってくれた。奥さん、お嬢さんを私にください、と」
語る寿恵さんの目が熱く潤んでいる。けれどピンと張った背、しゃんと空気を打つような声が、役の輪郭をくっきり伝える。
「戦争というのがどんなものか、忘れたわけじゃないでしょう。体がぶるぶる震えて、唇は青ざめて、でも顔には何の表情もない」
「地獄というのはあの世にあるんじゃない。戦争という名の魔物が住んでいるところが地獄!」
戦禍の中を生き抜いてきた、すずという人物の姿を。
島崎寿恵座長(2016/3/12)
強烈にドラマチック!けれど、派手な照明や豪華な舞台装置は何もない。一幕一場の、対話を中心とした芝居だ。舞台に感情のうねり、鮮やかな風景を生み出していくのは、個々の役者さんの腕一つ。まな美座の一人一人のセリフ、顔つき、板を踏みしめる体から立ちのぼる“熱”が、息もつかせぬドラマを作り上げる。
左・島崎寿恵座長 右・市村新さん(2016/3/12)
やがて明かされる、韓国人青年・キムに隠された秘密。戦争で引き裂かれた家族の秘密。倒れたキムを抱えて、すずは髪を振り乱して叫ぶ。
「寄るな、あっちに行けーっ!この子に触るな、見せ物じゃない、寄るなーっ!」
「何があっても家族が離ればなれになっちゃいけなかったんだ…」
戦争で壊された人生の底から、うめきがほとばしる。
「帰ろうな、帰ろ、帰ろ…」
つぶやきながら、すずはキムを背負い、客席の間を歩いて去る。
島崎寿恵座長(2016/3/12)
最後に繰り返される“帰ろう”というセリフは、キムのふるさと・韓国へ帰ろうと呼びかけているのだけど。まるで平和な場所へ、誰もが夢見る戦争のない世界へ、帰っていこうという風にも聞こえる…。涙を拭きつつ横を見ると、ハンカチに覆われた顔が3つ。友人たちがそろって目を赤くしていた。
「最後の背負う場面では、歩きながらお客さんの顔が見えて、“頑張れ”っていう温かいお気持ちに力をいただきました」
芝居が終わると、寿恵さんが晴れやかな笑顔で登場して口上挨拶を行った。
心をひたむきに描いて
大衆演劇の劇団は十人十色どころか「百人百色」とでも言えそうなくらい、バラエティに富む。昨今では、モダンな舞踊ショーや、大掛かりな照明・音響で人気を集める劇団も多い。その中でまな美座は、人の心をリアルに描く芝居をひたむきに見せ続けてくれる。師匠である美影愛さんの創った、粋で鋭いセリフを中心とする芝居を、数多く演じているのも特長だ。
左・媛野瑚白さん 右・媛野瑚南さん
「あらぁー、かわいい!」
別の日の舞踊ショーで子役たちが舞台に駆け出てくると、客席の空気が花開くように明るくなった。寿恵さんのお孫さんたちだ。寿恵さんの祖父は有名な剣劇役者、父母も旅役者だった。それぞれの時代の人々の心に、旅芝居がずっと与えてきた灯り。次の世代へ手渡されていくともしびが、ここにある。
さて、芝居を愛する大衆演劇ファンの皆様。心を貫く芝居をいつも求めている皆様。これから先、まな美座の看板を見かけたら、きっと一度足を運んでみてください。そして、一緒にまな美座の芝居の話をしませんか。
どんな時代も変わることなく、いつまでもみずみずしい、心の芝居の話をしませんか?
3/26(土)の芝居『高町の朝』より
舞踊ショーでは繊細な女形も観られる。里見剣次郎さん(2016/3/26)
傘を使ったいなせな舞踊 市村新さん(2016/3/12)
会場:メヌマラドン温泉ホテル
期間:3/1(火)~4/29(金)
●東北自動車道「羽生IC」より122号を西へ40分