一青窈 インタビュー「出産はいい経験であると同時に課題も叩きつけられた」
一青 窈/撮影=横井明彦
一青窈が出産後初の全国ツアー『一青窈 TOUR 2016 人と歌~折々』を、5月21日(土)東京・武蔵村山市民会館を皮切りにスタートする。これまでも、クレバーでセルフプロデュース能力に長けていた彼女。母となった今、その実感を話す姿はやわらかなオーラに包まれているものの、やはり時代を見据えるアーティスト・一青窈、その人だ。これからの彼女の歌、動向が子供を持つ世のお母さん、そして社会に向けていい影響を及ぼすことに期待したくなる。
歌詞に出てくる一つひとつが実感として得られるようになったと同時に、
新しい問題をたたきつけられている感じです(笑)。
――5月21日からスタートする全国ツアーについてのお話や、この間のことをお伺いできればと思っているんですが…。
産前から決まっていたんですが、産んで歌う初のツアーで、非常に緊張しております。“できるのか? 私”っていうことですよね。1曲歌うだけでもぜいぜいしていたので、産後。子宮が千倍に膨らんで10カ月かけて、どれだけ回復できるか自分でも分からないので、すごく不安です(苦笑)。
――そこで、ツアーをやらないという選択はなかったと。
なにか目標はあったほうがやりやすい、自分の身体も怠けないでいられるというか。
――今、フィジカルなことを伺いましたけど、メンタル的にはいかがですか?
映画『はなちゃんのみそ汁』があって(一青は出演と主題歌「満点星」を担当)、主役の広末涼子さんが先輩ママさんとしていてくれて。しっかりと仕事をなさっているから“大丈夫”っていう励みになりましたね。
――広末さんとは映画を介してけっこう話されたんですか?
そうですね。映画の撮影中にも、はなちゃん役の子役の子をあやしてる感じとかも、“あ、こんなふうにするんだ”って、ちょっと盗み見しながら勉強っていう感じでした。
――今、かなりサバサバおっしゃっていますけど、一大イベントというか大きな出来事じゃないですか、出産て。
そうですね。このイベントを迎えるとは思ってなかったです。ジェットコースターのように結婚して出産しましたね。でも、してよかったです、“してよかった”っていうのも変ですけど(笑)。自分が“こうだろうな”と思って書いていた詞、母だったらこう思うだろうな、みたいな詞を、今、なぞるように、答え合わせのように日々過ごしています。実感を伴って歌えるっていうのはいいなと思いますね。直近でいうと「満点星」ですけど、“母の目線”っていうのを想像しながら書いていたので。
――去年のカバーアルバム『ヒトトウタ』も一青さんが、普遍的な楽曲を平熱感でもって歌ってらっしゃる印象があって。
そうですね。特に秦(基博)さんの「アイ」なんかは、出産直後、よくあやしながら病室で歌ってたので。♪その手に触~れて~って、なんかこう、手を握りながら歌ったりしていて(笑)。私自身が曲に励まされながら新米ママとして、子育てしてますね。
――歌が子守唄のように自然と口をついて出てくるように?
うん。どれだと泣かずにいてくれるかな? とか。ちあきなおみさんの曲を歌ったら泣き出してましたね、みゃー! って(笑)。
――情念みたいなものが子供にも伝わると?
そうだと思います。産まれる前の妊婦期間はよく「たしかなもの」を歌ってました、あと「ジュリアン」とか。
――そういう気持ちになるってことですか?
どちらかといえば“聴こえてるかな?”みたいな、語りかけの部分が多かったんですけど。
一青 窈/撮影=横井明彦
自分の息子が恋人のように感じられるので、恋愛の詞が今度、書けそうだなっていう予感はしています。
――お子さんを産んでよかったということですけど、そういうことって起こらないと分からないことではありますが。
なんかね、産んだ瞬間に“おかわり!”と思ったんですよね、“この感動をもう一度”みたいな。私が想像してたものを遥かに超えていて、すごい達成感で。今までバンジージャンプとかスカイダイビングとか、いろいろしたいと思ってたんですよ。でも、どれももうしなくていいと思えるぐらい、すごい“最高です!”みたいな状態になって(笑)。すごい達成感で、感動の涙がボロボロボロって出て。
――バンジージャンプやスカイダイビングをしなくていいっていう比較はなんなんでしょうね?
非日常感を求めてたんだと思うんですけどね、ドキドキとか変化とか。でも、結婚とか出産をしたことによって、視野がバーッと広がったと思いました。それは街に対しても、国の制度に対しても。あと、自分の身体ってこんな? って。例えば授乳するもそうなんですけど、“ああ、動物なんだ!”ってすごく思うんですよね(笑)。おにぎり一つ食べても、これが血となって母乳となり、みたいな。だから考え方がシンプルになって、シンプルな曲とかも響くようになりました。自分一人じゃなくて、日本とか世界が共同体として感じられるというか。いろんなものに対して共感したり、すごくいい経験をしたなと思っています。
――それは一つひとつのことが理屈じゃなくてつながっていることを感じると?
そうですね、肉体的に獲得していくって感じですね。今までは絵空事っていうか、机上の空論というか“こんな感じだろう、母の思いは”とか、“こういうことなんですかね? 私がしたいと思ってた結婚って”っていう書き方だったのが、歌詞に出てくる一つひとつが実感として得られるようになりました。そう、ただ愛しいという感情にも膨らみが感じられるとか、面白い体験でした。と、同時になんか新しい問題をたたきつけられている感じですかね(笑)。
――ご自分で“書くことが変わってきたなぁ”って自覚されることってありますか?
書く内容…そんなに変わらないけれども、恋愛の詞はもともとあまり書かないというと変ですけど、家族や友だちの詞を多めに書いてきたのですが、今は自分の息子が恋人のように感じられるので、恋愛の詞が今度、書けそうだなっていう予感はしています。
――恋人みたいなっていうのは?
こんなに混じりけのない、見返りを期待しない、ただ注ぐだけの愛、っていう感じですかね(笑)。ひょっとしたら犬とか猫には感じ得てたかもしれないけど。でも家に帰ったら嬉しそうに待っててほしいなとか、ちょっとは思うでしょうけど、それすらもなく“ただ幸せであれ”みたいな(笑)。聖母マリアのような気持ちですよね。
――当然ともいえますが、ものすごく大きな存在ですね。
話には聞いていたけれども、なんかやっぱ経験してみないとわかんないなって感じですかね。
――想像じゃなくて無償の愛について書ける機会なんですね、今は。
そうでしょうね。男性のアーティストが結婚したり子供を持ったりしているのに、なんでこんな当たり前のようなラブソングを歌えるのか、ずっと疑問だったんですよ。でも、“なるほど”みたいな。この恋人のように聴こえてる第三者って実は子供だったり、妻だったりすることで、“あ、そりゃそうだよな”と今思ってます(笑)。
――今って新しい作品が生まれる土壌でもあるわけじゃないですか?
そうですね。でも私がすごく聴いてきた歌謡曲っていうのは、自分で作詞をしない歌手、テレサ・テンさんも美空ひばりさんもそうですけど、作詞家の先生が書かれたものを体現しているわけで。それとは違う、シンガーソングライターの人の気持ちみたいなのが、今、また新しく響くようになったというか。
――カバーアルバム『ヒトトウタ』のニュアンスは、ほんとに平熱感ですし、アレンジも1曲1曲削ぎ落とされていましたね。
きっとアレンジャーの方たちも、元歌がすごい完成度なので、それと違うアプローチって苦労したと思うんですね。でもそれぞれのアレンジャーが、アーティストの立場に立ってどのように味付けしていくか? がよく分かるシンプルなアレンジをしてくださったので、それぞれの良さが立ったと思います。
―― 一青さんの歌い方自体も変わってきているなと思ったんです。メッセージというより、空を見上げたら星や月がある、みたいな。そういう自然さのある歌だなぁと思って。
その平熱感って、歌を聴きやすい状態にするためにあえて一青節を入れないようにして、フェイクや音符の切り方を原曲に忠実にやろうとしたので、そう聴こえてるのかもしれないですね。
――そこまで普遍的な楽曲だからですか?
やっぱりその、大滝(詠一)さんとかは洋楽サウンドに近づけるためなのか、私がコブシを回さないようなところでコブシを回していて、それをやると洋楽っぽく聴こえる。洋楽風の歌い方と歌謡曲の歌い方って全然違ってて、それを認識しながら、意識的に歌ってました。
――先ほどもお話に出た秦基博さんの「アイ」は一人多重録音アカペラで、シンプルなのに広がりもあって。
そうですね。アレンジャーの川江(美奈子)さんはもともとアカペラ出身の方で。私も学生の頃アカペラサークルに入っていて、すごく憧れの先輩なので、ぜひともアカペラアレンジしてほしいなと思って。
――カバーでもオリジナリティのあるアレンジが多いのも特徴です。「ジュリアン」は逆にオルタナティヴなロックですし。
この曲は根岸(孝旨)さんがアレンジしてくださいました。
――“これが新しい解釈でしょ!”ていうドヤ顔感は全くないという。
そうですね。なるべく押し出し感はないようにしようと思いました。
――なので、新しいんだけど平熱のまま聴けるのかなと。
妊婦期間がそのような穏やかな状態だったってことかもしれないですね。
一青 窈/撮影=横井明彦
――さて、実際にリハーサルが始まらないと見えないことが多いかもしれませんが、ツアー『人と歌~折々』に向けての現状での準備はいかがですか?
今、自宅の地下にスタジオがあって、そこに息子も一緒に入って練習してます。息子はせっせと寝てますね、どんな爆音なってても。たぶんお腹の中から鍛えてたからだと思うんですけど(笑)。あやしながら、練習しながら、やってます。
――なんとなくのビジョンはありますか?
ぎゅっとバンドでひとまとまりになって伝えられたらいいなと思っています。それから、私の原風景の中に、母がラジオを聴きながらキッチンに立ってたというのがあるので、そういうラジオ構成みたいなのができたらいいなとはちょっと考えてますね。
――ラジオ構成っていいかもですね。一青さんがお母さんになったことで、お母さんがおっしゃってたことのなかで“なるほど”と思うことはありますか?
喋っていたことっていうか、態度だと思うんですよ。家に灯りがあるっていうことですね。今までは、自分が外に出掛けて帰る立場だったんですけど、いつも温かい家があるっていう守り神的なポジションに今、自分がなっているので。家があったかいとか灯りがついてる状態をこの先、少なくとも50年ぐらいキープするっていう、責任として請け負って。そんなふうに、“なんか久しぶりに一青窈を聴こうかな”というようなことになれたらいいなと思ってます。
――灯りのある場所、みたいなことですね。
そうですね。前から友だちに「おまえの歌って、失恋したりしたらやっと聴こうと思う」とか、「すっごい悲しい時に聴こうと思う、それ以外は別にいい」みたいなこと言われて(笑)。
――でも肝心な時に必要ってことじゃないですか。
(笑)、まぁ、それでいいよって言ったんですけど。
――これからは灯りのある場所に?
そうですね。出し惜しみなく歌を届けられたらいいなと思います。
撮影=横井明彦 インタビュー・文=石角友香
5月21日(土)東京・武蔵村山市民会館
5月28日(土)奈良・奈良県文化会館国際ホール
5月29日(日)静岡・磐田市民文化会館
6月4日(土)群馬・群馬音楽センター
6月5日(日)神奈川・藤沢市民会館
6月11日(土)北海道・だて歴史の杜カルチャーセンター
6月18日(土)滋賀・滋賀県立文化産業交流会館
6月19日(日)大阪・河内長野市立文化会館 ラブリーホール
6月25日(土)茨城・日立市民会館
6月26日(日)東京・東京国際フォーラム ホールC
7月2日(土)兵庫・多可町文化会館 ベルディーホール
7月9日(土)秋田・大曲市民会館
7月10日(日)山形・南陽市文化会館
7月15日(金)福岡・イムズホール
7月16日(土)高知・土佐清水市立 市民文化会館 くろしおホール
7月18日(月・祝) 愛知・豊川市文化会館大ホール
7月21日(木)大阪・Zepp Namba
7月22日(金)愛知・Zepp Nagoya
7月24日(日)埼玉・行田市産業文化会館
全席指定 6,500円(税込)
★Zepp Namba/Zepp Nagoya は別途ドリンク代500円必要
★3歳以上はが必要。3歳未満のお子様は保護者1名に付き、1名までは膝上での鑑賞は無料。席が必要であれば、有料。
カバーアルバム『ヒトトウタ』
発売中
◆初回限定盤【CD+DVD】¥4,200(税抜)UPCH-29192
一青窈 カバーアルバム『ヒトトウタ』初回限定盤
◆通常盤【CD】¥3,000(税抜)UPCH-20398
一青窈 カバーアルバム『ヒトトウタ』通常盤
<収録曲>
01.ハナミズキ (一青窈 初のセルフカバー)
02.幸せな結末 (大滝詠一)
03.たしかなこと (小田和正)
04.Everything (MISIA)
05.アイ (秦 基博)
06.ジュリアン (PRINCESS PRINCESS)
07.瑠璃色の地球(松田聖子)
08.糸 (中島みゆき)
09.ロマン (玉置浩二)
10.青春の影 (チューリップ)
Bonus Track
四照花(ハナミズキ Chinese Ver.)
一青窈 TOUR 2014-2015 ~私重奏~
2015.2.28 TOUR FINAL @EX THEATER ROPPONGI
ロマンス♡カー/勝負!!!/千本椿/LINE/GOKAI feat.トランスパランス/もらい泣き/ワイヤレス/パパママ/ハナミズキ/蛍