作曲家・ピアニストの加藤昌則が3つの音から即興作曲 「7つの音さえ知っていれば、誰でも音楽で語れるんです」

レポート
クラシック
2016.8.2
 加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

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コンセプトは“即興の作曲”  加藤昌則の魅せる音からメロディへの変化​  第32回“サンデー・ブランチ・クラシック”6.26ライブレポート

6月最後の日曜日、この日のeplus LIVING ROOM CAFE&DININGには、作曲・ピアニストの加藤昌則が登場した。オペラ、管弦楽、声楽、合唱曲など、幅広く作品を発表している加藤が“見せる作曲”と楽しいトークで、一味違う『サンデー・ブランチ・クラシック』を届けてくれた。

定刻になり、ゆっくりとステージに登場した加藤は、ピアノの前にそっと腰掛けると、ゆっくりと鍵盤に手を滑らせた。最初に奏でた曲は「愛の挨拶」。まさに“挨拶”代わりの一曲で、観客の心をぐっとひきつけた。

演奏中のカフェの様子 (撮影=福岡諒祠)

演奏中のカフェの様子 (撮影=福岡諒祠)

弾き終えると、マイクを手に取り立ち上がる。「皆さん、今日はようこそお越しくださいました。30分の短い時間ではありますが、僕も気楽に弾かせて頂きますので、皆さんも気楽に聴いて頂けたらなと(笑)」と非常にリラックスした表情で語る彼に、会場の空気もふわっと和らいだ。

「僕、ピアノを弾いているんですが、専門は作曲です。作曲といっても、作曲する現場に皆さんが触れる機会は少ないんじゃないかなと思いまして……」と、加藤はこの日のコンセプトを“即興の作曲”に掲げた。

 加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

加藤は「今の時代、作曲家が表に出てくることってはあまりない」と語っていたが、確かに個性あるキャラクターとしてテレビなどに出てくる人はいるが、私たちが“作曲家”の仕事ぶりを目にする機会はあまりない。しかし、クラシックの走りの時代には、サロンで作曲家が積極的に自分をアピールしたりしていたもの。この提案は、そんな時代を彷彿させるようなものだった。

まず最初に提示されたのは、「好きな音を3つ決めて」というお題だ。

ピアノの白鍵は、ドレミファソラシドの七つの音だけ。この中から、自由に好きな音を決めてほしいと言うのだ。「言葉は、単語や文法を知らないとなかなか話せないものだけれど、音楽は7つの音さえ知っていれば、誰でも音楽で語れるんですよね」と加藤は話す。

“共通言語になりえるその3つの音からこの場で曲を作る”。その言葉に、会場からはすでに「おお……」というどよめきが沸き「まだ曲はできてませんからね、できてから驚いてください(笑)」などと客席とコミュニケーションを取りながら、音を決めてくれる観客を探す。

最初は少し遠慮がちの客席だったが、やがてぱっと手が上がり、「ミ」と「ソ」の希望が挙がった。「(音が)上がる方がいい?下がる方がいい?」と、加藤はさらに細かく希望を確認していく。

そして、最後の音は「あの子に決めてもらいましょうか」と、客席にいた小さな女の子にゆだねられることに。「なんの音がいい?」と尋ねられた女の子が、恥ずかしがりつつ選んだのは「シ」。これで3つの音が出そろった。

音の響きを確かめるため、加藤がピアノで「ミ」「ソ」「シ」を一音ずつ弾くと、なんとも物悲しい和音になった。「ミ」「ソ」「シ」……どんな響きか、ぜひ皆さんも口ずさむなどして感じてほしい。

加藤は、もう一つ観客に決めてほしいことがあると言う。それは、明るい曲調がいいか、悲しい曲調がいいか。「実は、最後の“シ”、結構いやだったんです……(笑)」と苦笑いの加藤。「だって、これ誰が聴いても悲しい響きじゃないですか! 多数決で決めたいと思いますけど、皆さんが優しいと願っています(笑)」と言ったものの、もちろんお約束のように会場の声は“明るい曲”の希望が圧倒的多数を占めた。

即興作曲中  (撮影=福岡諒祠)

即興作曲中 (撮影=福岡諒祠)

「……ですよ、ね! それでは、このミソシを使って明るい曲を作ってみたいと思います。」そう言って、再び真剣な表情でピアノに向き合った加藤は、考え事をするように、ミソシ……ミソシ……と右手だけで3つの音を繰り返していく。次第に、左手が伴奏をつけ始め、少しずつ音の繰り返しがメロディへと変化する。あっという間に、溢れ出る音の数々。悲しい響きを持った3つの音の組み合わせが、加藤のアイデアで輝き始める。こうして、物悲しい響きで始まった即興曲は、見事明るい曲へと変貌したのだった。

演奏が終わると、曲前とは比べものにならないほど大きな感嘆の声と、称賛の拍手が巻き起こった。「あ~、無事に出来てよかった(笑)」とおどけて見せながら、「曲が出来るということを体感して頂けたんじゃないかと思います」と笑う。巧みな話術と確かな技術で、“作曲”をエンターテイメントとして演出した楽しい時間だった。(ちなみに、第2部で選ばれた音は「ラ」「レ」「ミ」。物悲しい日本的な響きを持つ音の組み合わせが、見事明るい曲に変化した!)

ここからは、この日予告されていたテーマに沿ったプログラムが用意されていた。第1部のテーマは“恋の話”。「今なお愛される名曲の中にも、作曲家自身が愛を伝えるために作られた楽曲がたくさんあるんです」と説明してくれる。ちなみに、この日の1曲目に演奏された「愛の挨拶」も、エルガーがのちの妻との婚約記念に書いた曲で、愛を伝えるために生まれた曲だ。

加藤からも、「実は、19歳の頃に当時お付き合いしていたピアニストの方のために、喜んでもらえるかなと思って、書いた曲がありまして……」とまさかの告白が飛び出した。その曲は「二人で弾けるように」と連弾用になっており、しかも、奏者二人の小指が演奏の途中で触れ合うような細工がされていたという。

 加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

そんなロマンティックなエピソードも飛び出したが、その話には続きがあった。「残念ながら、その方とは長続きせず終わってしまい、連弾をすることはなくなってしまったんです……」。その曲は『デュエット』というタイトルだが、「1人で演奏できるようにしてみた」ということで、ソロバージョンが披露された。成就してもしなくても、タイムカプセルのように音に込められた恋心は、メロディに乗っていつまでも美しく響く。

続いては、「恋の話とは、少し違うかもしれませんが」と前置きをしつつ、グリーグ作曲「トロルドハウゲンの婚礼の日」を演奏してくれた。遠近感のある楽しい音楽が、快適なカフェ空間をあたたかな空気で満たしていく。

次はなんだろうと思いながら、ふと時計をみやると30分が経過しようとしていた。「言い忘れてしまいましたが、実は今のが最後の曲でした(笑)」のうっかり告白に、観客はどっと笑い、大きな拍手が沸き起こった。

「それでは、拍手にお応えして」と、アンコールには、加藤が担当しているNHK FMの番組『鍵盤の翼』のために書き下ろしたテーマ曲が披露された。「鍵盤の上からは、いろんな音楽が羽ばたいていきます。そんな音楽に対して皆さんが興味を持ってくれたらという想いを込めて書きました」という加藤の想いのこもった1曲に、もう一度盛大な拍手が贈られ、終演を迎えた。

このほか、第2部ではシューベルトの「即興曲」作品90-3や、“夏の地中海”をテーマにした「風と海のカッペリの花」、ニーノ・ロータ作曲「ロミオとジュリエット」などが披露された。

インタビューの模様 (撮影=福岡諒祠)

インタビューの模様 (撮影=福岡諒祠)

終演後、お話を伺うと「もともと僕は“自作自演”という、サロンのようなところで自分の作品を披露する活動をしていたんです。最近は、ありがたいことにコンサートホールで共演者の方と演奏することがほとんどでしたが、今日は自分のスタートラインに立ったような、原点を思い出すことができました」と振り返る。

即興の作曲については、「それぞれの部のテーマに沿うような形にしようと思っていたんですけど、ちょっとひねらないといけないお題を頂いたのでドキドキしました」と笑いながら、「悲しい響きから明るい曲ができる、その意外性を体験して頂くのは、こういう生で音を届けられる場所だからできることで、音楽に親しんでもらう上で重要な要素だと思っています。特にお子さんには、自分の言った音がどんな風になるのか、驚きと興奮を感じてもらえたらなと思います」と語っていた。

最後に加藤は、「予約して来てくださった方も、たまたま居合わせたという方も、皆さん積極的に聴いてくださったので、演奏していてすごく嬉しかったです。感謝の気持ちが伝わったらいいな(笑)。またぜひ、ここで演奏させて頂きたいと思いますし、その機会にはまた足を運んで頂けたら嬉しいです」とメッセージをくれた。

 加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

加藤昌則 (撮影=福岡諒祠)

作曲家として、音楽の自身の魅力を余すところなく伝えてくれた加藤。今後も、彼の生み出す新しい音楽を楽しみにしていきたい。

『サンデー・ブランチ・クラシック』、次回もお楽しみに!

プロフィール
加藤昌則(かとうまさのり)
神奈川県出身。東京芸術大学作曲科を首席で卒業、同大学大学院修了。
作品はオペラ、管弦楽、声楽、合唱曲など幅広く、作品に新しい息吹を吹き込む創意あふれる編曲にも定評がある。村治佳織、山形由美、宮本益光、奥村愛など多くのソリストに楽曲提供をしており、共演ピアニストとしても評価が高い。独自の視点、切り口で企画する公演や講座などのプロデュース力にも注目を集めている。
2001年デビューCD「SOLO」(アートユニオン)リリース。同CDの収録曲の楽譜集も出版。女声合唱組曲「5つのソネット」や宮本益光作詞による合唱組曲「あしたのうた」など楽譜も多く出版されている。05年日本を代表するクラシカル・サクソフォン奏者、須川展也からの委嘱により、「スロヴァキアン・ラプソディ~サクソフォンとオーケストラのための~」を作曲、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団の東京公演(サントリーホール)で初演され、その後、須川展也のアルバムにも収録。(金聖響指揮、東京交響楽団)、また09年ブラティスラヴァにても演奏され満場の喝采を浴びた。
06年自身初のオペラ作品「ヤマタノオロチ」を発表、日本経済新聞紙上などで絶賛される。その他、神奈川フィルの定期演奏会での新作「刻の里標石(ときのマイルストーン)」(08年東京オペラシティコンサートホール開館10周年記念公演にて再演)、12年初演≪福島復興・復活オペラプロジェクト≫作品オペラ「白虎」(第11回佐川吉男音楽賞受賞)、13年初演の管弦楽曲「Legends in the Sky」、14年連作歌曲「二本の木」(王子ホール委嘱作品)、15年「地球をつつむ歌声」(2015年NHK全国学校音楽コンクール小学校の部課題曲)ほか、NHK-FM「FMリサイタル」、「名曲リサイタル」等での自作品の放送終了後、リスナーからの問い合わせが多数寄せられるなど、いわゆる「現代音楽」とは全く異なる視点で書かれた、美しく斬新な抒情性に満ちた作品は、多くの愛好者を持っている。2015年NHK全国学校音楽コンクール小学校の部の作曲(作詞:日野原重明)を務める。2016年4月よりNHKFM新番組「鍵盤のつばさ」パーソナリティーを担当。

 

加藤昌則 公演情報
銀座ぶらっとコンサート#115 Cafe ロンドン
 日時:2016年11月9日(水)
 会場:王子ホール(銀座4丁目)
<出演>
加藤昌則(作曲/ピアノ) 
塩田美奈子(ソプラノ) 
<曲目・演目>
 パーセル:ヴォランタリーから 
ワイル:三文オペラから 
シェーンベルク:レ・ミゼラブル 他 
 
バロック・オペラからミュージカルへ ~音楽劇の歴史を追う
 日時:2016年12月14日(水)
 会場:HAKUJU HALL(渋谷区富ヶ谷)
<出演>
田尾下哲 (総合プロデューサー) 
中嶋朋子 (案内人)、加藤昌則 (音楽監督/ピアノ)、砂川涼子 (ソプラノ)、宮本益光(バリトン)、藤木大地(カウンターテナー)、サラ・オレイン (アーティスト) 
<曲目・演目>
歌劇『フィガロの結婚』より「スザンナはまだ来ない~楽しい思い出はどこへ」、「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、「自分で自分がわからない」、「早く開けて、開けて」 
歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より「お手をどうぞ」  
歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』より「風は穏やかに」、「岩のようにじっと動かず」 
モンテヴェルディ:歌劇『ポッペアの戴冠』より「ただあなたを見つめ」  
ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』より「私は町のなんでも屋」 
ビゼー:歌劇『カルメン』より「何を恐れることがありましょう」 
レハール:喜歌劇『メリー・ウィドウ』より「ヴィリアの歌」 
シェーンベルク:ミュージカル『レ・ミゼラブル』より「夢やぶれて」、「彼を帰して」、「ファンティーヌの死」 

ミューザ川崎ホリデーアフタヌーンコンサート2016後期
 日時:2016年12月24日(土) 
 会場:ミューザ川崎シンフォニーホール (神奈川県)
<出演>
山形由美(フルート)/宮本益光(バリトン)/加藤昌則(ピアノ)
<曲目・演目>
オンブラ・マイ・フ(ヘンデル)ポロネーズ、バディネリ(J.S.バッハ)、『フィガロの結婚』より「もう飛ぶまいぞこの蝶々」(モーツァルト)、メリー・ウィドウ・ワルツ(レハール)、クリスマスメドレー(加藤昌則編)ほか、素敵なクリスマス・イブを演出する名曲たち

 

サンデーブランチクラシック情報
7月24日(日)
鈴木 雅美(ソプラノ)
第1部 13:00~13:30 / 第2部 15:00~15:30
会場:eplus LIVING ROOM CAFE&DINING
MUSIC CHARGE:500円

公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html​
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