森村泰昌が明かすジュリアン・マーガレット・キャメロンの魅力とは トークイベント『美術家Mが語る、ポートレート、そしてCのこと。』

レポート
アート
2016.8.19
TOP画 (c)girls Artalk

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7月26日(火)、美術家・森村泰昌と三菱一号館美術館館長・高橋明也によるトークイベント『美術家Mが語る、ポートレート、そしてCのこと。』が開催された。ゴッホ、ウォーホルらの自画像や三島由紀夫の演説などの歴史的場面を、セルフ・ポートレートの手法で映し出す『自画像的作品』で知られる美術家“M”こと、森村泰昌。何者かになりきって対象を映し出すそれらの作品は、美術や自己に関する様々な問題提起を発している。
三菱一号館美術館では、19世紀イギリスの女性写真家、ジュリアン・マーガレット・キャメロンに関する展覧会が9月19日まで開催中だ。 “C”ことキャメロンもまた、聖書や寓話のワンシーンを模した写真作品を制作している。 今回のイベントでは、独自のアプローチで肖像について取り組んできた森村が、キャメロンの作品紹介と併せて、尽きることのないポートレートの魅力を語っている。 

 

高橋:『ジュリアン・マーガレット・キャメロン展』は、三菱一号館美術館の開館準備中から計画していた女性作家シリーズの第2弾なんです。しかし、来場者数についてはなかなか厳しく、あまり人が見に来てくれていません。19世紀の写真展であり、名前も知らない作家であるという二重のハードルがあるみたいです。 

森村 :確かにそうですね……。今日会場に来ているお客さんの中に、”C”であるキャメロンと聞いて興味がある人はどれくらいいるんでしょうか? きっと、少ないと思うんです。実際、私もそのうちの一人でした。今回の高橋明也さんとのトークイベントに際して、私自身がキャメロンについて勉強してみたんです。

 ヴァージニア・ウルフ作『灯台へ』を手に取る森村 (C)girls Artalk

ヴァージニア・ウルフ作『灯台へ』を手に取る森村 (C)girls Artalk


 

森村 :ジュリア・マーガレット・キャメロンと関係が深い人物あった、英国の小説家ヴァージニア・ウルフ。僕は彼女の写真でジュリア・ジャクソンを捉えたものが好きなのですが、ジュリア・ジャクソンはキャメロンの姪で、ヴァージニア・ウルフの母にあたります。今までヴァージニア・ウルフの小説を手に取る機会がありませんでしたが、今回のトークショーに際して読むことができました。

(c)girls Artalk

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カメラを手にして、自分の世界が開けたキャメロン

森村 :また、雑誌『LIFE』のタイムライフブックス編集部が出版したこちらの本では、主に写真の歴史などが語られています。1824年、ニセフォール・ニエプスが世界初の写真である「ヘリオグラフィ」を発明し、1839年には世界初の実用的な写真が発明されます。それから年月がたった1863年頃、キャメロンは子供からのプレゼントでカメラを手にしています。やがて、20世紀には写真という芸術ジャンルが確立されていきます。 

高橋 :キャメロンが写真を発表している同年代の写真は、パンフォーカスでピントが合っているものがほとんどです。しかし、彼女の場合はソフトフォーカスにしている。いわゆる記録性の濃い写真ぽくないところがポイントですね。 

森村 :おっしゃるとおりです。記録がメインの目的ではないですね。たとえば、様々な人に扮装させている『アーサー王伝説』の写真とか、なかなか面白いですね。絵画的というよりかは演劇的なこの写真は、ぎこちなく、学芸会っぽい。要は下手なんですよね(笑)。でも、好きです。この作品で彼女は画面の周りを薄くして、失敗を生かしている部分など、作為的に作業していると思います。また、この作品をみると7~8人のチームで制作作業をやっていることもわかる。それが私の写真制作の過程と似ていて、共感できますね。大げさなことをするのではなく、身の回りのものを使う。そういった創作の環境も、カメラが発明されて生み出されたものだと思います。

『アーサー王伝説』の写真  (c)girls Artalk

『アーサー王伝説』の写真 (c)girls Artalk


 

高橋 :きっと写真が生み出された時は、今の『ポケモンGO』ぐらいに人々は熱狂したと思います。キャメロンがカメラを手に取ったのも、フランス人のニエプスが最初に写真を発明してからわずか30年ですからね。写真が広がったスピードの速さに驚きです。 

森村 :プロフェッショナルの世界でなくても、アマチュアでも芸術が生み出せるとうことから、ボードレールは「芸術を下落させる」と写真を批判しました。しかし、誰でも表現の喜びを持つことができるという表現世界の広がりは大切です。実際、48歳の時に子供からカメラをプレゼントされたキャメロンは、自分の世界が開けただろうと思います。

(c)girls Artalk

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自分は絵画と写真の戦いの間にいます

森村 :キャメロンが撮影した写真はとてもプライベートなものです。メンバーも自分の身近な人たちばかりですから、そういう"私的"な写真表現のピュアさが感じられます。 

高橋 :絵画や版画を制作する人と、写真を手がける人は違います。前者の視線は内に向かい、後者は外に向かいます。被写体というものがなければ写真というものは成立しません。被写体=他人と関係を結ばなければならないのです。レンブラントやゴッホなどの画家のほとんどは自画像を描くので、アトリエに閉じ籠って絵と向きあい、自分を深めて描きます。しかし、多数の写真家と同じようにキャメロンには自写真がない。自分と向き合うよりも他人と向き合うほうが得意なのかもしれません。森村さんの不思議なところは、その両面を持っているんですよね。 

森村 :そうなんですよね。私の場合は、画家的だとも思うのですが、一方で写真というツールを使っていることもあるので、絵画と写真の両方が興味の対象となっていると感じます。そして、自分は絵画と写真の戦いの間にいます。その両方の"矛盾"でまどろっこしい行為に至っている……。

高橋 :当時の画家や写真家も同じように写真と海外のはざまを生きていたと思います。例えば、ほとんど同時期に制作されたマネのベルト・モリゾの肖像と、キャメロンのジュリア・ジャクソンの肖像写真が似ていたり……。

絵画と写真を対比させて語る森村 (c)girls Artalk

絵画と写真を対比させて語る森村 (c)girls Artalk

 

キャメロンには人間そのものの魅力を引き出す能力がある

森村:キャメロンの写真とマネ作の《ベルト・モリゾ》を並べると、両者がさほど変わらないのだということがわかってくる。一方は絵画のように見せている写真。もう一方は、絵画なのに感性が写真的になっている絵画。 当時は絵画の世界を写真で表すことが、芸術を高めると考えられていたのでしょう。また、写真が絵画に与えた影響はとても大きいと思います。

高橋: キャメロンの写真を見ていると、イギリスの特殊な文化的、社会的環境も大きく影響していると思います。 ですが一方で、キャメロン自身はインドのカルカッタで生まれ、フランスで教育を受け、親や夫の仕事関係で、各地を巡っています。 

森村 :キャメロンは全世界と繋がりつつ、閉じられたサロンでイギリス文化独特の美意識を所有していたのだと思います。 また、彼女の写真を見ていると、彼女が女性だからこそ被写体が素直になれるのではないかと感じました。カメラの前で、被写体の誰もが同じスタンスなんですよね。キャメロンには身分や性差を越えた、個々人が持っている人間そのものの魅力を引き出す能力があると思います。 

高橋 :女性だったことは大きいと思います。女性画家ヴィジェ・ルブランも社会的な地位のある人を描きますが、どんな対象も同じ距離感で描いています。それは女性作家のひとつの特質かなと。また、キャメロン自身がいい意味でアマチュアな写真家なので、警戒心を持たせなかったのかもしれません。 

森村 :また、キャメロンの作品は、イギリスの童話に登場する幽霊を想起させます。例えば、ヴァージニア・ウルフとキャメロンが撮ったジュリア・ジャクソンはこのようにそっくりですが、ちょっとお化けのようではないですか? ジュリア・ジャクソンは若い時にご主人を亡くしていますし、ヴァージニア・ウルフも自殺している。キャメロンは、ジュリア・ジャクソンに「生と死」というものを常に感じていたように思います。キャメロンは、不幸な人の影を捉えるのが上手いんですよね。キャメロンは本当に色んなことを感じさせる写真家です。

ジュリア・ジャクソン(左)とヴァージニア・ウルフ(右)の写真 (c)girls Artalk

ジュリア・ジャクソン(左)とヴァージニア・ウルフ(右)の写真 (c)girls Artalk


約150年前に活動していたキャメロンと、森村氏との共通点が浮かび上がった今回のトークイベント。ポートレートという肖像写真の魅力だけでなく、キャメロンという人物像も浮き彫りにしてくれた。48歳で初めてカメラを手にし、独学で作り込んだ写真によって、写真を芸術の域にまで高めたキャメロン。 その作品を一目見に、三菱一号館美術館に足を運んでみてはいかがだろうか。 現在当館では、女性に嬉しい「アフター5女子割」キャンペーンも実施されている。 
 

 

文=新麻記子   撮影=鈴木萌夏 

イベント情報
From Life ―写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展

会 期:2016年7月2日(土)~9月19日(月・祝) 
開館時間:10:00~18:00(金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで) 
※入館は閉館の30分前まで 
休館日 :月曜休館(但し、祝日の場合と9月12日は開館) 
入館料(当日券):一般 1,600円/高校生・大学生 1,000円/小・中学生500円 

 

登壇者プロフィール
森村泰昌(もりむら・やすまさ) 
1951年生まれ。美術家。1985年、ゴッホの自画像に扮したセルフ・ポートレート作品を制作。以降、現在に至るまで、一貫して「自画像的作品」をテーマに作り続け、国際的に活躍する。2014年、横浜トリエンナーレ2014のアーティスティック・ディレクターをつとめ、2016年春には国立国際美術館にて大規模個展「森村泰昌 自画像の美術史 『私』と『わたし』が出会うとき」を開催した。 

高橋明也(たかはし・あきや) 
1953年生まれ。美術史家。三菱一号館美術館館長。1984~86年、文部省在外研究員としてオルセー美術館開館準備室に在籍。国立西洋美術館学芸課長を経て、2006年より現職。2010年フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受章。「オルセー美術館展」(1996、99、2006)、「マネとモダン・パリ」展(2010)などの展覧会コミッショナーを務める。
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