お客様と近いからこそ出来る演奏を!~危ないピアニスト米津真浩が目指すもの
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米津真浩
米津真浩「ホールで演奏するとき以上に、間とか揺らしとかを多めにとっているんです。」 “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.1.29ライブレポート
「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されているサンデー・ブランチ・クラシック。今回で早くも3回目の登場となるピアニスト米津真浩(よねづ ただひろ)はメディア露出にも積極的で、いま最も注目されている若手ピアニストのひとりだ。
時間になると颯爽と現れた米津は、まず1曲目に誰もが知っているショパンの名曲「子犬のワルツ」を演奏しはじめた。子犬がかけずり回る様子を描いた有名な旋律にはじまり、中間部では子犬の愛らしさが描かれるわけだが、米津の演奏は一味違う。中間部から再び有名な旋律が戻ってきたところで、単に盛り上げるだけでなく、冒頭とはまったく異なる表情づけで演奏してみせたのだ。名曲であると同時に通俗的と見なされてしまうことの多いこのワルツを、意外性をもって演奏することで、1曲目から新鮮な体験をもたらしてくれた。
観客からの暖かな拍手にこたえて、米津は観客へご挨拶。続けて、「僕はTwitterをやっていまして、リクエスト曲は何かないですかと募って集まった曲を中心に本日はプログラムしてみました。この会場はお客さまとの距離が近いので、楽しいことを今後も企画していきたいなと思っています。なのでTwitterをやっている方がいましたら、ぜひ僕をフォローしていただけたらと思います」とアナウンスが。単に自分の演奏を聴いてもらおうというのではなく、できる限り観客とコミュニケーションをとりながら演奏を届けたいという米津の思いが冒頭から伝わってきた。
MC中の米津
次に演奏したのは、こちらもショパン作品のなかで人気の高い「バラード第1番」だったのだが、なんと演奏前に米津から「この曲もリクエストをいただいたんですけども、小学校6年生ぐらいか中学校1年生くらいに弾いたっきり、実はまったく弾いていなかった曲なんです」と衝撃の告白がなされた。
小品ならともかく、レパートリーにはない10分近くもある難曲をリクエストとして応えたことに、ただただ驚くばかりだったのだが、実際に演奏がはじまってみれば、なぜこれまでレパートリーに加えていなかったのか逆に不思議になるほど、米津の音楽性にぴったりの作品であった。叙情性を強く感じる演奏を聴きながら、リクエストをする観客側も「単に自分が聴きたい曲」ではなく、彼が「弾いたら合いそうな曲」を選んでリクエストしているであろうことが想像された。
米津真浩
3曲目は唯一、リクエスト曲ではなく、こういう気軽に聴ける会場だからこそ演奏したいという思いで選んだというニコライ・カプースチン「変奏曲,Op. 41」。米津からも説明があったように、カプースチンはまだ存命中のロシアの作曲家で、伝統的なクラシック音楽のスタイルにジャズのハーモニーやリズムを持ち込んだ人物だ。
今回演奏されたこの「変奏曲」は、ジャジーなけだるい雰囲気からはじまり、少しずつリズムのノリが良くなっていく作品である。米津は、そのあと再びムーディーで叙情的な雰囲気に転じるところで演奏家としての真価をみせる。ジャズというよりも、まるで繊細なショパンを演奏しているかのごとく極めつけの美しい弱音で、どこまでも内向的な世界を描いてみせたのだ。……うっとりしたのも束の間、ノリの良い世界にもどると、目にも留まらぬ速さで音楽が展開しはじめる。完全に米津のペースにのせられてしまい、曲が終わるや否や、客席から大きな歓声が飛んでいたのも納得の演奏であった。
楽譜はなんとiPad
この時点で気付けば、既に演奏開始から20分以上経ち、コンサートも佳境に。米津はトークでも観客の心をばっちり掴み、会場全体が一体感に満ちていたことは明らかだった。最後に2曲続けて演奏されたのが、ショパン作曲「幻想曲」と、シューマン作曲/リスト編「献呈」だ。
「幻想曲」で米津は、前曲のカプースチンでみせた内向的な世界をさらに深めていく。この作品のラストに待ち構えている、伴奏も何もないシンプルな単旋律。コンサートホールであっても観客全員がその一点に集中することは奇跡に近いのだが、こうしたサロン的な会場で米津は完全に観客の意識をその単旋律に集めてしまったのだ。間違いなくこの日のハイライトとなった瞬間だったといえるだろう。ショパンが終わるや否や、拍手を待つことなく続けてシューマンの「献呈」が演奏され、こちらも小細工なしのストレートな演奏で観客を魅了し、2曲あわせて20分弱の演奏が瞬く間に過ぎてしまった。
情熱あふれる演奏
盛大な拍手に応えてアンコールに演奏されたのは、第2回の出演時も演奏された「ショピナータ」(クレマン・ドゥーセ作曲/アムラン編)。有名なショパンの旋律があれやこれやと、ジャジーな雰囲気で登場する楽しい作品で、最後の和音を弾き終わるやすぐに歓声が飛び交い、興奮の坩堝のなか、正味45分ほどのコンサートが終演した。
演奏後のインタビューでは、観客と近い距離で演奏することへの思いなどを熱く語ってくれた。
インタビュー中の米津
――米津さんは本日、弱音を活かした演奏をなされていましたけれど、会場や楽器に合わせて演奏は意識的に変えていらっしゃるのですか?
変えていますね。ホールのように大きい会場と違って、お客さんとの距離が近いからこそ、空気感や間の取り方だったり、弱い音がこんなに消えそうなぐらい、ここまで神経使ってやってるんだ……ということや、演奏者側の姿勢という空気感がすごくダイレクトに伝わると思うんです。クラシックってこんなにも熱いものなんだぞって(笑) 実際の音量というよりも、気持ちの持っていき方の違いがお客さんに伝わるといいなと思っているので、ホールで演奏するとき以上に、間とか揺らしとかを多めにとっているんです。
――そうだったんですね。今回、ショパンが3曲(アンコールの「ショピナータ」も含めると4曲)と明らかに多かったのですが、リクエストが多かったのでしょうか?
第1回目と第2回目に来て下さっているお客さんからたくさんリクエストをいただいたのですが、なぜか殆どがショパンだったんです。この空間でやっぱりショパンが聞きたいんだな、ってことですよね。
実際、ショパンはサロン的なところで演奏していたわけですよね。ということは、こうした会場の方が、お客さんとの距離感が似ていると思うんです。だからコンサートホールよりも、ショパンのその空気感というのがこうした会場の方が当時と似ているというか、伝わるかなって。
こちらでの演奏回数を重ねるたび、少しずつお客さんと意思の疎通ができるようになってきて、もしまた次にこちらで演奏させてもらえるなら、こうやってプログラミングをお客さんとともに作っていきたいなと思っています。
――今回演奏されたショパン作品のなかでは、とりわけ「幻想曲」が印象的でした。「献呈」と続けて演奏したのは何故だったのでしょう?
ショパンの幻想曲は最後、天にのぼっていって、浄化されるイメージなんです。そのあとに一度椅子から立って拍手をもらうという気持ちに個人的になれなくて……。そのまま静かに消え去りたいぐらいな雰囲気の曲なので、2つの曲の調性が同じだったというのもありますけど、1回目、2回目とやってきて、静かに聴いて下さるお客様が多かったから、きっとこの緊張感を継続してくださるかなと。だから、そのまま曲間を空けずに、つなげて弾いたんですね。「幻想曲」の後に続けない場合は、「献呈」の出だしも違う弾き方をしますね。
それがこういう会場での醍醐味だと思うんですよ。だからクラシックのコンサートっていうより、どちらかというとライヴに近い感じ。グルダ・ノン・ストップみたいな感じで、本当は全部あいだを即興でつなげてぐらいの雰囲気でもいいと思っているんです(笑)。そういうイメージもあって、曲を続けたりするかどうかは今後も考えてプログラミングをしたいですね。そして是非、皆さんとともに音楽を一緒に楽しんで行けたらなという気持ちを込めて、これからも僕の方からお客さんに楽しんでもらえるようなものを作っていきたいなと思っています。
――素敵なお話、本当にありがとうございました!
危ないピアニスト 米津真浩
日曜日のお昼、渋谷のカフェの扉を開けばそこにはクラシックの流れる素敵な空間が広がっている。
取材・文=小室敬幸 撮影=岩間辰徳
海瀬京子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
3月19日
松田理奈/ヴァイオリン&中野翔太/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html