井関佐和子にインタビュー 金森穣最新作『Liebestod-愛の死』&Noismの現在を語る!
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『Liebestod-愛の死』 ©Ryu Endo
りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館レジデンシャル・ダンス・カンパニーNoism1(ノイズムワン)が、芸術監督・金森穣の最新作『Liebestod-愛の死』とNoism2(研修生カンパニー)専属振付家・山田勇気の代表作『Painted Desert』によるダブルビルを新潟と埼玉で上演する。Noism副芸術監督で2004年の創設時から金森とともに歩みカンパニーの歴史を創りあげてきた舞踊家の井関佐和子に、新作への抱負やNoismの近況、今後の展望について聞いた。
井関佐和子
ワーグナーの名曲とともにつむぐ新作
——金森穣さんの最新作『Liebestod-愛の死』にはワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と終曲「愛の死」が用いられます。そのことを知って感じたことは?
音楽を聴くと鳥肌が立ち、ゾクっとして、涙が出ます。じっくり聴き直して妄想を膨らませていきました。そこから穣さんと「作品がどうあるべきか」「舞踊とはどうあるべきか」を話したり、ワーグナーが影響を受けた(アルトゥル・)ショーペンハウワーの哲学書を読んだりして、目指している舞踊について考えるうちに、自分のなかで作品がどんどん大きくなっていきました。
——初めに前奏曲を新進の吉﨑裕哉さんとともに踊ります。井関さんは歓喜の女、吉﨑さんは末期の男と名付けられていますが、クリエイションはどのように?
出演者が2人だけで、後半の「愛の死」と合わせても20分程なので時間をかけてリハーサルしています。裕哉は舞踊家としてまだそれほど経験が多くないので、一つひとつの振りを純粋に彼のなかに落とし込んでいこう、と穣さんと話し合っています。裕哉は最初ぎこちない感じでしたが、時間を一緒に過ごすにつれて落ち着いて向き合い始めたように感じます。リハーサルは歩くことからスタートし、最初の一週間はずっと歩きました。穣さんが頭のなかで見えているものが本当に立ち現れるところまで歩きの練習をしました。当然難しい振りもありますし、2人の絡む場面の振付は結構細かいですが意外にすんなりといきました。
『Liebestod-愛の死』稽古写真 ©Ryu Endo
——吉﨑さんは近代童話劇シリーズ vol.1『箱入り娘』(2015年)のイケ面(木偶の坊)で注目されたとはいえ今回大抜擢ですね。吉﨑さんと踊られての印象は?
当初、この作品を踊る相手は穣さんしかいないと思っていたのですが、穣さんは「違うんだよ、俺じゃない」と言ったんです。穣さんが創りたい作品のなかにいるのが穣さん自身ではないと。裕哉は『箱入り娘』のときよりも成長しているし“何か”を持っていて華があるんですよ。パートナーとしても一緒に踊るうえで素直に相手を信じられたり思えたりする。お客さんからは穣さんと踊ると、私が穣さんに身を委ねているように見えて「そこがいい」と言われます。なにか解放されているように見えるらしいですね。確かに穣さんと踊ると細かいことを気にしないで大きなことを考えて踊れます。それは相性としか言えないのでしょうが、裕哉とも相性は合っています。
“心”で創るエネルギーに満ちた創造
——「愛の死」とともに踊るソロのクリエイションについてお聞かせください。
今回穣さんは頭ではなく“心”で創ろうとしています。振りに関して形ではなくエネルギーを見ている。穣さんから出てくるオーラを受け止め、背中から振りをもらった感じですね。振りは3日でできました。デビュー作の『Under the marron tree』(1997年)は4日でできたそうですが、今回も金森穣になにか降っているんです。振りが降ってきて、波にのって伝ってくる。私と穣さんで向き合いながら創ったのですが、そばに裕哉を置いておいたんです。裕哉は以前、穣さんから(モーリス・)ベジャールさんと(ジョルジュ・)ドンさんのクリエイションについて話を聞いて、いつか自分もそういう場に…と憧れていたそうですが、今回クリエイションを見て、そういう場に立ち会っているようだったと話してくれました。
井関佐和子
——愛と死というテーマが普遍的に示されたNoism0『愛と精霊の家』(2015年)では、いまお話に出た金森さんの原点とも言えるソロ作品『Under the marron tree』が組み込まれ、井関さんが踊りました。そこを経ての『Liebestod-愛の死』はどのような舞台になりそうですか?
確かに懐かしい感じはあります。穣さんが衝動に駆られて創っています。抽象的な舞踊ではないし、ドラマはあるけれどストーリーはなく、そこには意味も言葉も必要ありません。『Under the marron tree』を踊っていても、エネルギーでしかないから自分のなかに物語が一切ないんです。でも感情的に踊っていると思われるのですが、意外と冷静です。舞台で泣いてみたいというのは舞踊家としての憧れですが、今回も音楽を聴いて感動していてもリハーサルを進めるにつれて、多分泣かないな、冷静でいられるなと。そんな予感がします。今回は、『Under the marron tree』以来の作品になると思うんです。『Under the marron tree』の初演は私ではありませんでしたが、今回は私が初演キャストです。もしかしたら、ようやく一人の表現者として立てるようになったのかもしれません。穣さんにそうなってほしいと言われていたので、やっと認めてもらえたというか、段階を追ってきているのかもしれないと感じています。
『Liebestod-愛の死』稽古写真 ©Ryu Endo
気鋭・山田勇気の代表作にも注目!
——井関さんは出演されませんが、もう一つの上演作品についても伺います。Noism2専属振付家兼リハーサル監督である山田勇気さん振付『Painted Desert』(2014年)の Noism1初演に際して同作品や山田さんの振付について感じることは?
勇気には、専属振付家としてNoism2のメンバーのために創らなきゃという責任感がどこかにあった気がしますが、この『Painted Desert』に関してはNoism2に向けてというよりも、彼自身が創りたいものを創ったのではないかと思います。勇気のそのときの心境は分かりませんが、この作品はどこかスコーンと抜けている。作品として質の高いものに仕上がっているので、その分舞踊家にとって表現の自由がある感じがしました。Noism1の成熟した舞踊家たちが踊ったときに、どういう風に色を変えるのか。穣さんとも話しましたがNoism1にとってもいいんですよ。プライドにかけてもNoism2の方がよかったなんて絶対に言わせる訳にはいかない。
Noism2『Painted Desert』©Isamu Murai
副芸術監督として、一人の舞踊家として
——副芸術監督の立場から現在のNoismをどう捉えていますか?
純粋な一舞踊家だったら自分のことだけに目が向きます。後輩を全員ライバルだと思ってしまうような性格で、若い頃はガツガツしていました。もともとは自分勝手で後進のことを考えられないような性格なのですが、副芸術監督という肩書があるおかげで客観的に見られる気がするんですね。立場が人を創るというのはあると思います。世界が広く見えるというか、我で見えなくなってしまう部分に対して凄く冷静な判断ができる立場にいられます。いまのNoismは全体的に充実していますし、テクニック的にもひとりひとりのレベルが上がってきています。だからこそ、もっと上の段階にいけるので今後が楽しみです。彼らには才能があると思うし、先輩として、皆の満足感、やりがい、やり辛さなどを知っているので手助けしていきたいです。
——今後の抱負・展望をお聞かせください。
Noismとしては、金森穣の大きい作品をもっと見たいです。大きいというのはお金がかかっているとか舞台装置がたくさんあるとかではなくて、Noismという集団だからこそ創れる大きなことをやってほしい。皆にはそれを体現できる舞踊家であってほしいです。「こいつらだったら俺の世界を体現できる」と穣さんが心から思えるような。舞踊家としては金森作品をもっと海外に持っていって踊りたい。若い頃海外で踊っていたときは、自分がいまの年齢でまだ踊っていてしかも、一人の振付家に身を捧げているとは思ってもみませんでした。先日のルーマニア公演で「振付を体の細部まで体現している」と言っていただき、Noismで14年かけて培ってきたことが報われた気がしました。金森穣のパートナーだから、ミューズだからとかに関係なく一人の芸術家として素晴らしいと言ってもらえた。そのような素直な称賛を得られる舞踊家を目指したいです。
井関佐和子
取材・文=高橋森彦
舞踊家。Noism副芸術監督。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’99年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、現在日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督も務める。
【埼玉公演】 2017.6.2(金)~4(日) 彩の国さいたま芸術劇場〈大ホール〉
■演出振付:山田勇気
■衣裳:山田志麻
■映像:遠藤龍
■出演:中川賢、石原悠子、池ヶ谷奏、リン・シーピン、浅海侑加、チャン・シャンユー、 坂田尚也、井本星那
■演出振付:金森穣
■衣裳:宮前義之(ISSEY MIYAKE)
■音楽:R.ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》より Prelude & Liebestod
■出演:井関佐和子、吉﨑裕哉
(1)《前奏曲》:Duo 歓喜の女:井関佐和子、末期の男:吉﨑裕哉
(2)《愛の死》:Solo 歓喜の女:井関佐和子