本好きに噂が広がる“山と本の宴”ALPS BOOK CAMPに注目せずにはいられない

2017.7.26
インタビュー
イベント/レジャー

イラストレーション:みやぎちか


先日は「北アルプス国際芸術祭」の記事を書かせていただいたが、同芸術祭開催中の長野県大町市は木崎湖畔にあるキャンプ場で、なんとも心地のよいブックフェスが行われる。今年で4回目の開催となる「ALPS BOOK CAMP」だ。緑に囲まれた木陰で、湖からそよぐ風を感じ、穏やかに寄せる波をBGMに、のんびりと選んだ本を開いてみる。心も体もほぐれるような時間がとてもぜいたくだ。けれど、そんなにゆったりもしていられない。日本各地の個性ある本屋さんが軒を並べているのだから、本好きなら、会話を楽しみながら各店主の思いを感じたい。自然が似合うミュージシャンの演奏が聞こえてくる。美味しいコーヒー、素材にこだわった軽食を提供してくれるお店、しゃれた小物を並べた手仕事のアーティストだってたくさん出店している。

「ALPS BOOK CAMP」を立ちあげた、松本市の、心地よい暮らしのヒントを集めた本屋「栞日 sioribi」へ若き店主、菊地徹さんを訪ねた。

雄大な北アルプスの麓に、全国の個性的な書店が大集合

『ALPS BOOK CAMP』より

「僕がやりたかったのは“山と本の宴”なんです。アルプス(A)、ブック(B)、キャンプ(C)という要素を並べてアルプス・ブック・キャンプ(以下、ABC)というタイトルに置き換えたわけです。それこそがこのイベントを知ってくれた方、来場してくれた方に伝えたいこと。地方でやる本のイベントとして、その地域ならではの特色やそこでしかできないことは不可欠なんですけど、ABCでは、まず北アルプスの麓というロケーションがすべてを担保してくれている。自然の心地よさ、湖があって、湖の両サイドに里山があって、涼しい風が吹いてきて信州の夏は気持ちいいねと感じてもらいたい。それが山の部分なんです」

菊地さんが店主を務める「栞日 sioribi」

菊地さんは静岡県出身。大学は茨城県だったが、在学中からアルバイトをしていたコーヒーショップの考え方にとても惹かれた。それが職場と自宅の間にある3つ目の場所を提供する、つまり「サードプレイス」のこと。将来の仕事を考えるうち「住みたいと思って暮らさせてもらう街の人たち、街を訪れる人たちにサードプレイスとなるお店を持ちたい」と考えた。松本市を選んだ理由はいくつもあるが、街から見える北アルプスの雄大さが大きな決め手になった。

そして本屋を選んだのは、松本には新書を扱う本屋、多くの古本屋はあるものの、本の多様性について物足りなさを感じたから。リトルプレスが好きだったこともあって個人出版物を中心に扱う新刊書店を開くことに決めた。いまでは開店当初はなかった写真やグラフィックなどアート系の本も多数並ぶ。決して大多数が必要とするわけではないが一定数は切実に欲する人がいる、そんな本たち。試行錯誤しながら本や本屋を学びながら、さまざまな縁を結んできたことがABCにいけばうかがえる。

「ABCはそもそも本のマーケットイベント、本屋さんが本を売る、本を作っている人たちが売る、それを買うということが一番やりたいわけです。世の中には多種多様な本屋さんがあって、そういう本屋さんが扱っている本がある。本にはいくつかの出会い方がありますよね。本屋さんを一軒一軒回って手に取る。オンライン上で本の存在を知ってクリックして宅配便で届けてもらう。さらに触れることさえなく画面上で読む。けれども時には個性的な本屋さんが一カ所に集って、実店舗に比べれば魅力は薄れるのかもしれないけど、品ぞろえ、セレクトする観点や価値観などに連続的に触れることができるイベントがあってもいいんじゃないかと。世の中にはいろんな本屋さんがいて、いろんな見方で本を紹介しようとしていることを来場者の皆さんに知ってほしいんです」

『ALPS BOOK CAMP』より

『ALPS BOOK CAMP』より

ABCをスタートするにあたって、新規性のあるイベントにしたかったという菊地さん。ではABCはこれまでのブックイベントとはどこが違うのか。

「まずキャンプ場で本のイベントをやるというのが骨子でしたから、そこは外せませんでした。ほかの地方にも屋外で開催する本のマーケットイベントはあるんですけど、ほとんどが一箱古本市なんです。一箱古本市は素敵な発想の取り組みですが、出店者が一般の方で、不要になった本を処理する方法としている側面が大きい。本屋さんと違ってその品ぞろえから何かを発信したいという思いが根底にあるというわけではないと思うんです。だったら本屋さんが本を選ぶ価値基準とアットランダムに連続して触れることで本の世界の深み、奥行きを知る機会ができたらと。ABCは長野の自然の豊かさを体感していただくイベントにもなってほしいし、長野県内から来場してくださった方には全国に面白い本屋さんがいるのを知ってほしいし、県外から来てくださった方には自然の豊かさに触れていただくと同時に長野県にも面白い本屋さんがあるのを知っていただければうれしい。出店者のバランスは、全国的に有名な本屋さん、個人でやっている本屋さん、イベント出店をやっている方も含めて、僕が知りうる範囲でお声がけしています。物理的に移動できる距離があるので今は北関東から関西くらいまでの本屋さんに集まってもらっています。あわよくば全国に広げたいんですけどね」

集まる本屋さんは約40店舗。毎年来てくれるお店もあれば、初めましての店もあって、安心感と新鮮さをたもっている。ただ、多すぎても見切れないので、それ以上は出店数を増やすつもりもない。

『ALPS BOOK CAMP』より

『ALPS BOOK CAMP』より

二つのキャンプ場それぞれの自然環境に合わせて味わえるそれぞれの物語

3年目からは前夜祭を含めた3日間のイベントになり、4年目の今年は、木崎湖キャンプ場木崎湖POW WOWキャンプ場の二会場に増える。

「二つのキャンプ場は地形がまったく違うので、それぞれの特色を差別化しようと思っています。木崎湖キャンプ場はオープンフラットで見通しが効くんです。POW WOWは高台からスタートして、湖に向けて結構な角度で降りていくんですよ。その途中に棚田みたいに台地があって、バンガローやテント用スペースがある。しかも木崎湖は松林で整備されているけど、POW WOWは原生林。あえていえばクローズで自然を楽しめる。そういう意味で物語性の差別化を図りたいんです。それはキャスト(出店者)の配置によって変わるものですから、僕のセンスが反映されるねと言われてしまうので悩ましいんです。

それから木崎湖キャンプ場だけにステージを初めてつくります。それをReBuilding Center JAPANの東野唯史さんに委託しました。古材を使った、スタイリッシュでシャープなステージになると思う。POW WOWはHidari-KiKi CREATIONの小林響さんにお願いしました。竹や流木、麻など自然素材を使ってプリミティブでありつつも現代的な感性も取り込んだ表現をされる方。空間の特色を生かす方々を当て込めたので、どういう空間になるのか楽しみです」

本屋さんにはいい人が多いんです(笑)

ところで、冒頭で本と湖畔の自然環境の親和性を書いたが、よくよく考えてみるとそれもちょっと違う。「そうなんですよ」と菊地さんは苦笑いする。

「太陽と風と湿気、場合によっては雨。本当はすべて本の敵とみなされるもの(苦笑)。当初はあなたも本屋さんでしょ、何を言っているんですかって怒られるのを覚悟していました。ところが、何それ面白そうじゃんと言ってくれる本屋さんばかり。野外出店はやりませんという通り一遍の理由で断られたことは本当に数件でした。同業者愛を感じますよ、本屋さんっていい人が多いって(笑)」

今年も熱い、熱い、熱い夏になりそう。この夏は、本の国の、本の森で身も心もクールダウンしてみてはいかがだろう。

菊地 徹

取材・文:いまいこういち

イベント情報
「ALPS BOOK CAMP」

 ■日程:2017年7月28日(金)~7月30日(日)
 ■会場:木崎湖キャンプ場、木崎湖PAW WOWキャンプ場
 ■時間:28日15:00~21:00(前夜祭)、29日10:00~21:00、30日10:00~16:00
  ※小雨決行・荒天中止(中止の場合は、27日(木)正午にサイト上で発表。
 ■入場料:前夜祭500円/1日券1,000円/フリーパス1,800円、小学生以下無料
  ※当日、入場口での支払い。
 ■問合せ:栞日 sioribi Tel.0263-50-5967、メール info@sioribi.jp

 ALPS BOOK CAMP公式サイト http://alpsbookcamp.jp/