観世流能楽師・坂口貴信と演出・奥秀太郎に訊く『スペクタクル3D能「平家物語」』の実態
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日本の伝統とも言える“能”と、“3D映像演出”がコラボレーションした『スペクタクル3D能「平家物語」』が2017年8月19日(土)に観世能楽堂にて上演される。演出は『幽玄』に映像演出で参加し、舞台『ペルソナ』シリーズや舞台『攻殻機動隊ARISE』の演出を手がけた映画監督・奥秀太郎。3D映像技術は、明治大学総合数理学部福地研究室が担当する。観世流能楽師・坂口貴信が出演する本舞台では、伝統的な能と最先端の映像技術を高度な次元で融合させ、全く新しいエンターテインメントを作り出す。“3D能”とは一体どのようなものなのか。演出の奥秀太郎と、出演者である坂口貴信にお話を伺った。
――まず、このスペクタクル3D能の企画はなぜ始まったんでしょうか? 奥秀太郎さんは、既にシンガポールで3D能を上演されたと聞いていますが。
奥:シンガポールでは宮本亜門さんの演出で3D能を上演しました。僕自身も初めての体験でしたが、映像と能が出逢った瞬間がとてもドラマチックでドキドキしたんですね。語弊があるかもしれませんが、数あるエンターテイメントの中でも最上級に面白くてワクワクして、そしてオシャレなエンターテイメントが出来るんじゃないか!と非常に興奮しました。何かしら実現する機会がないか、と思っていたところに、坂口さんへ僕からラブコールして、ご一緒させていただくことになりました。観世能楽堂でやらせていただくのも勿論、初めてです。3Dの技術自体もまだまだこれからの、今発展途上のものではありますが、(坂口さんに)このようなチャレンジに乗っていただいて、是非成功させたいと思っています。
――坂口さんの方もこの企画にかなり興味を持っていらしたのでしょうか?
坂口:僕もシンガポール公演はお声掛け頂いたのですが、参加できなかったのです。能が歌舞伎と大きく違うところの一つは能面をつけること、あとは舞台背景が変わらないことですね。なので天候や場所が変わっても、舞台背景はすべてお客様の想像力に委ねられている部分なのです。海や山を想像するにしても、お客様ごとに自分なりの海や山、世界を想像することが出来るのが、醍醐味の一つです。
僕は、能は演劇とは言っても「観る文学」だと思います。小説を読む時って、登場人物はこんな人でこんな顔で、と想像しながら読みますよね、それが映画になると「いや、こういう人じゃないのに」と思ったりするじゃないですか。そういう想像の世界を皆が持っているというのが能です。映像と一緒にやる、ということは、この能の要素の「想像する」ということを、捨ててですね、映像を作ってもらう方にその部分を委ねなければなりません。
だから僕はこれをやる上で、こちらのやってるイメージを汲み取って下さる方としかやりたくない、と思っていたところで、(奥さんが)それを非常にご理解していただいたので、チャレンジしてみようとなったわけですね。
――稽古も拝見しましたが、能楽師と映像作家が「こうしたい」と思ったことを擦り合わせながら進行していくところは、なかなか見られない光景だと感じました。
坂口:能は演出家がいないので、役者が想像しているものがそれぞれある訳です。なので、やっぱり演出されることに抵抗があるんですよね(笑)。こうしてください!って言われることに……。
奥:僕は演者さんが気持ち良くやってくれるというのが一番だと思います。さっきの話にもありましたが想像力にすべてを委ねたい、でも現代人は想像力が著しく欠落していますよね。こんな時代に、能の伝統が伝えたいと思っているもの、その絶妙なところをどうやって少しでも伝えるか。本来もっともっと深いところまで想像力の足りない現代人が到達するための糸口を、坂口さんからも教わりつつ、映像などのテクノロジーで導けないか模索しています。
坂口:能のまた別の醍醐味は、生でやることですよね。決め込んで録音された能の中でやるっていうのは、これは全く能とは違います。『スペクタクル能』がそういうことで良いのかは分かりませんが、能が好きなお客さんに見てもらいたいというより、観て感動してもらうことが最終的な目的ですね。
僕はどういうテクノロジーがあるかは分からないけれども、能でも映像でも、「観て来てよかった」という結果にするためにこうしてもらいたいんだということを、奥さんに聞いていただいています。なので能というより、能の要素を使った新たな演劇だと思って貰いたいですね。でも、舞台上では今までと同じ能通りにやっているわけですが、それをどう新しいものとして生まれ変わらせられるかということに取り組んでいます。
――なぜ、今回は『平家物語』を題材に選んだのでしょうか?
奥:僕自身『平家物語』が好きなこともありますが、大河ロマンをやりたい、と思っていたところ、坂口さんから『熊野』と『船弁慶』はどうかと薦められました。あとは桜の花を使いたい!と思っていました。
坂口:今回は正式な能ではないので「この曲をやります」と言うことが出来ないんです。ただ、何か一つの統合性を持って公演をやらなきゃいけないと思った時に、能の根源である文学と言う部分を出すことにしました。能になる以前から『平家物語』や『源氏物語』は存在していました。その文学と言う軸から能や歌舞伎が生まれ、そして今回のスペクタクル能もそこから生まれる訳です。能よりもっと古いものを出すことによって、ひとくくりにすると……。
奥:素晴らしい! 坂口さんと最初に会った時に、これが日本のイケメンだろう!と思ったんですよ。
坂口:顔は見えませんけどね。
奥:面がありますからね(笑)。でも想像していただきたいですね、どんな表情しているのか。いろいろ楽しみ方はあると思いますね。
――能は元々、野外で催されていた演劇でした。今回『熊野』に桜の映像が重なることで、実際に桜の木の下で観ているような感覚をおぼえました。観世能楽堂という伝統ある舞台に、映像という最新テクノロジーが重なることで、逆に能が野外劇だった時代を追体験しているようです。
坂口:“能楽堂”という言葉が出来たのは昭和のことです。元々は自然光の中で演じられるものでした。今回、照明や映像とコラボレーションしていますが、このお堂の中に入って電気をつけているだけでも、既に昔の通りにはやってないですよね。こういうところは人間の慣れや常識によって変わってきます。その意味では自然回帰をするというか、外でやっている状況を、映像を使うことで生み出すことが出来る可能性はありますよね。
――お互いに対する信頼感を感じたインタビューでした。
坂口:そうじゃないと出来ないですよね。やっぱり(奥さんは)映像を立たせなきゃいけないけど、僕は役者として立たなきゃいけない。お互いの技術の問題もあるでしょう、僕を照らすと映像が見えなくなるし、映像を照らすと僕が見えなくなるし。見え方や聴こえ方を、お客さんがどういうバランスで観るかが大事です。
奥:坂口さんもさっき仰っていましたが、お客さんが「良いもの観たなあ!」と楽しくテンション上がって帰ってもらえたら最高ですね。本当に新しい第一歩をここから始められることに僕自身がとってもワクワクしています。
坂口:一つだけ、最後にいいですか?
奥:どうぞ。
坂口:能を観たことがない人が来てください! 初めての人がオススメです!
取材・文=寺岡瞳