舞台写真家・谷古宇正彦氏に聞く──福島市写真美術館企画『谷古宇正彦写真展 劇場の宇宙』

インタビュー
2017.8.21
新国立劇場『ゴドーを待ちながら』(2011年) 撮影/谷古宇正彦

新国立劇場『ゴドーを待ちながら』(2011年) 撮影/谷古宇正彦


福島市写真美術館の企画により、福島テルサ4階ギャラリーで『谷古宇正彦写真展 劇場の宇宙』が開催中だ。被写体である俳優たちが抱く谷古宇氏への信頼は厚い。約40年の長きにわたり、大劇場から小劇場まで、客席から舞台をカメラで記録しつづける谷古宇氏に話を聞いた。

劇場が入っているギャラリーでの開催

──去年は長野にある上田市交流文化センターでの個展『劇場の記録・舞台の軌跡』でしたが、それに引き続いて、今年は福島市写真美術館の企画により『谷古宇正彦写真展 劇場の宇宙』が開催されます。

 3・11の東日本大震災の影響で、福島市写真美術館は内部がちょっと壊れたらしい。それで、福島テレサ4階ギャラリーでの開催になります。

──谷古宇さんは、これまでも数多くの写真展を開かれていると思いますが……。

 そうですね。偶然ですけれども、劇場の施設のなかにあるギャラリーが主だったかな。福岡にある西鉄ホールの『舞台人図鑑』のときは、客席を平らにして、そのなかで展示したり、北九州芸術劇場の『写真から見る演劇」のときは、小劇場を平らにして、パネルを立ててくれて、そこに飾るというやりかたでした。

──劇場内展示みたいなかたちが多かったんですね。

 たまたま今回も、福島テレサというのは、1階に市が持っている劇場があり、そこの4階から上がレンタルスペースになっていて、そのなかに画廊みたいな展示スペースがあって、そこで開くことになりました。だから、今回は写真美術館よりも会場としては合ってるんじゃないかと思います。

NODA・MAP公演『THE BEE』(2012年) 撮影/谷古宇正彦

NODA・MAP公演『THE BEE』(2012年) 撮影/谷古宇正彦

演劇人を中心に展示を構成

──1981年に銀座キヤノンサロンで、劇作家の井上ひさしさんを特集した『井上ひさし点描』や、2013年に新宿紀伊國屋画廊で、俳優の大滝秀治さんを特集した『劇僧・大滝秀治』のように、個人を追ったものではなく、今回の展示は舞台写真が主になるようですね。

 舞台人というか、素顔の井上ひさしさんとか、蜷川幸雄さんの写真とか、しばらく季刊誌『kotoba』で連載した柄本明さんとか、片桐はいりさんなどの写真は展示する予定にしていますが、スペースがそこまであるかどうかわからない。

 ざっと計算して、70点は全紙で入るんじゃないかと。それから、ロールペーパーで組写真のように展示した舞台が、新国立劇場公演『ゴドーを待ちながら』、シス・カンパニー公演『寿歌』、こまつ座公演『頭痛肩こり樋口一葉』、NODA・MAP公演『THE BEE』など。舞台写真は、新聞や雑誌の紹介ページでは1点しか載らないので、その前後については見る人はわからないだろうから、実はこんなにいろんなシーンがあるんですよということがわかるようにしてみました。

──舞台写真の撮影者として、ご自身でここを見てほしいと思ってるところはありますか。

 そうだね。テレビに出てる人が割と多く登場するように選んでるので、舞台ではこういう表情で、こんなふうにやってるという雰囲気が伝わればいいなとは思う。で、なにかの機会で上京したり、地方に舞台がまわってきたときに思い出して、舞台を見ようという気持ちになってくれればいい。

──劇場へ足を運ぶきっかけになってくれればいいと。

 いい俳優でも、テレビに出ていない人はいっぱいいる。けれども、残念ながら、今回はそういう人は選びませんでした。東京で写真展をするときには、そういう人も入れたいとは思ってるんだけど。もしかしたら、来年あたり、東京でもできそうな感じはするんだけどね。

──ずっと撮りつづけてきた舞台写真を、改めて会場に並べてみて、思うことはありますか。

 選んでみると、蜷川さんっていうのは、役者が目立つように演出してるんだよね、不思議に。やっぱり、映像的に撮りやすかったのかな。だから、大きくプリントする舞台は、ほとんどが蜷川さんの作品なんだよ。

──蜷川さんの舞台が様式的なこともあるんでしょうが、谷古宇さんは、演出や装置よりも人物を中心に撮ろうとされますから、そのように撮影しても、やっぱり生き生きした、いい表情を、蜷川さんが演出した舞台に出演した役者さんが出してるということですか。

 出してるってことだね。

こまつ座公演『頭痛肩こり樋口一葉』(2013年) 撮影/谷古宇正彦

こまつ座公演『頭痛肩こり樋口一葉』(2013年) 撮影/谷古宇正彦

両目を開いたまま、舞台写真を撮る

──たとえば、映画とかテレビだと、スチール写真というのがありますね。それと比べて、舞台写真とのちがいはどんなところにありますか?

 うん、そうだな。やっぱり、お客さんがいるというのを感じるよね。まだ客席には誰もいない稽古中の舞台を写していても。それは何て言ったらいいのかな。スチールだと、音声さんの邪魔になるといけないとか、だいたいは音の問題で、日本の場合だと、写真を先に撮っちゃうんだよね。だから、ほとんどが「作り」になっちゃうんじゃないかな。

 舞台の場合は「そこをもう一回やってくれ」とは言えない。観客の立場になると、主役を見ているだけじゃなく、お客さんによってはちがう人も見てるわけだよね。そういう意識は持ってますね。

 だから、ふつうカメラは台詞を言ってる人に向けるんだけど、ぼくは撮るとき、両目を開けて撮ってるのね。右目でピントを合わせて、左目は他の方を見てたりするわけだよ。台詞を受けてる役者の表情はどうかなとか。面白い表情があれば、そっちへカメラを向けます。

──複数の俳優を同時に、さらに多角的に舞台を見ていく。

 それから、どっちかと言うと、ぼくはオフィシャルの方が多いから、舞台の記録が中心になる。やっぱり照明の変化とか、そういうものは必ず撮ってます。小道具類も、その写真を使うかどうかは関係なく、記録として残さなければいけないものは必ず撮ります。だから、取材のときの方が楽なんだよ、撮るものは自分で選んで撮ればいいわけだから。オフィシャルの仕事を受けると、選ぶものが多すぎちゃうんだよね。

 この人は脇役だから、あんまり目立たないけど、そういう人もやっぱり撮っておかなくちゃいけないんで……。

──10人の登場人物がいたら、10通りの視点で、舞台を追いかけなくてはいけないんですね。

舞台で写真を撮影中の谷古宇正彦氏。両目を開いたまま、被写体を狙う。 撮影/Shinichiro Saigo

舞台で写真を撮影中の谷古宇正彦氏。両目を開いたまま、被写体を狙う。 撮影/Shinichiro Saigo

今後の舞台写真の可能性

──基本的に劇場のなかは暗いから、撮影するのが難しくないですか。

 いまはデジタルになって、どんなに暗くても写るんですよ。前はまず、光量が足らなかったんだけど、いまはカメラがよくなってるぶん、どんなに暗くても、粒子が多少荒れても、それが逆に雰囲気になって通用しちゃうから、だいじょうぶなんだよね。

──昔は暗闇でしっかりピントを合わせて、フィルムも増感現像などをおこない、それでも写ってないということがありました。

 昔は大変だったけど、機械の発達とともに、大変さはだいぶ減りました。

──ただし、だれもが舞台写真を暗闇でも撮れるようになると、谷古宇さんらしさは、写真の腕だけでなく、他のところでも発揮しないといけなくなりますよね。

 このあいだ、舞台写真家協会でセミナーがあって、そこでしゃべったんだけど、スポーツカメラマンは、人気の高いサッカーやバスケットボール、さらにはオリンピックまであるし、扱うメディアも多い。すると、協会がカメラマンの要求をのんで、じゃまにならないように据え付けカメラを置くわけよ。だから、こんな場所での撮影をよく許可したなと思うと、そうじゃないんだよね。全部、据え付けで、バスケットボールを見るとわかるけど、ゴールの真上にもカメラが据えられてるんだけど、だいたいは無人なんだよね。だから、いかに観客が映像を求めているかを、その団体が理解してくれれば、そういう据え付けカメラとかが仕組めるわけだよね。演劇には天井にバトンがいっぱいぶら下がっているわけだから。

 だから、これから、このカメラマンは信頼できて、演劇にも問題ないと思ったら、そういうことを提案してみたらオーケイしてくれるような時代が来るんじゃないかなとは思う。いまはまだ、来てないよ。

──競泳でも、天井からずっと追いかけてる映像や、水中カメラで撮った映像があるようになりましたし、F1のレースでも、小型カメラが車内に設置されるようになりました。

 主催者側が映像に対して理解を示してくれないと、そういうことはできないから。

──どっちがいいんですかね。水泳とかサッカーだったら、そういう視点も面白いんだけど、舞台は客席に座って見るものだから、いろんな角度から見られるオペラグラスみたいな舞台写真があることは、芝居を見る体験とはちがったものになるかもしれないという気はします。舞台はある不自由さのなかで想像力を楽しむみたい面もあるから。 

 ただ、映像媒体として、何かを読者に見せるとなると、やっぱり客席からでは見られないアングルも見せたくなるのはカメラマンだよね。舞台上には上がりたいけど上がれないし、もし上がったら、こういうシーンも見られるよというのは、どこかでやってみたいと思うよね。

 カメラマンはみんなそういうことを考えてると思うよ。ただ、できないからやれないだけで。

──まだまだ舞台写真には可能性がありそうですね。

 やっぱり自由なアングルで、本当は撮ってみたいわけ。でも、いつも制約だらけのなかでやるしかないから。まだ、音楽業界の方が、自由にカメラマンが動けてるような感じがする。舞台写真を撮るときは動いちゃいけないから、よけいに生の写真に見えないんだよね。だから、工夫次第で舞台のライブ感覚は、もっと感じが出せる気がするよね。

取材・文/野中広樹

イベント情報
福島市写真美術館企画展『谷古宇正彦写真展 劇場の宇宙』
日時:2017年8月20日(日)〜30日(水)
会場:福島テルサ4階ギャラリー
■公式サイト:http://www.f-shinkoukousha.or.jp/hanano-shashinkan/
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