『散歩する侵略者』はすこし(S)ふしぎ(F)な愛の物語 #野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第三十四回
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(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
私はいまだに「ホラー映画しか観ない」と思われることが多いが、わりと色んなジャンルの作品を観ていることは、これまでの野水映画を読んでもらえばわかっていただけるかと思う。それでも、このコラムでは一度も触れてこなかったのが、邦画。普段から観ないわけではないが、私はどちらかと言えば洋画びいきなのである。というわけで、今回は野水映画で初めての邦画『散歩する侵略者』を取り上げたいと思う。タイトルからして、グッとくること間違いなし!
数日間の行方不明の後、不仲だった夫・真治(松田龍平)が、まるで別人のようになって帰ってきた。仕事を辞め、毎日散歩に出かける真治に、妻・鳴海(長澤まさみ)は戸惑うばかり。一方、町では一家惨殺事件が発生。ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は取材を進めるうち、ある事実に気づくことになる。
本作は、前川知大さんが主宰する劇団イキウメの同名舞台と、前川さんによる同名小説を原作としている。メガホンをとったのは『CURE』(97)や『クリーピー 偽りの殺人』(16)などの黒沢清監督。映画化された前川さんの作品と言えば、『太陽』(16)を観た方も多いのではないだろうか。私が前川さんを知ったきっかけは、『リヴィングストン』(前川知大原作、片岡人生作画)という漫画だった。世の中にさまよう魂を管理する青年たちの話を描く、ホラーにも近いその設定があまりに私好みだったので、同じ前川さん原作の『散歩する侵略者』にも興味を持っていたのだ。
三人の静かな侵略者たち
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
本作はサイエンスフィクションというよりも、藤子・F・不二雄先生が提唱した“すこしふしぎ”にあたるSFだと感じた。というのも、本作に登場する侵略者は、散歩をしては出会う人間から様々なものの“概念”を奪う変わった宇宙人なのである。侵略という言葉の不穏な響きからはバイオレンスなものを想像しがちだが、彼らの侵略は非常に静かで、何かを思い浮かべた人間の額に指を当てて、その概念を抜き取るだけ。そうすることで侵略者たちは人間社会の様々なことを理解し、概念を奪われた人間はほんのちょっとおかしくなってしまう。ともすれば滑稽にも思えるこの侵略は、まさに“すこしふしぎ”に映るだろう。
本作に登場する侵略者=宇宙人は三人だけ。主人公・鳴海の夫の真治と、ジャーナリスト・桜井の出会う青年・天野(高杉真宙)、そして、桜井と天野が追う女子高生・立花あきら(恒松祐里)だ。三人とも人間の姿を借りてはいるものの、その振る舞いや表情に“宇宙人らしさ”が垣間見えるのである。まぁ宇宙人に出会ったことない私がそれを語るのもおかしな話なのだが(笑)。天野は自分のガイド(人間社会の案内役のようなもの)となった桜井に対してとても友好的に接するのだが、整った顔立ちと笑顔からは不敵さがにじみ出る。
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
一方のあきらは、人間を殺すことを何とも思わないタイプ。華奢な少女が追っ手たちを投げ飛ばし、銃で撃ち殺す壮絶なその姿には、思わず「カッコいい……」と口に出てしまいそうになった。三者はそれぞれ性格は違えど、どこかしら人間らしさを欠いているのが特徴的。その中でも、真治を演じる松田龍平さんの焦点の合っていないような目と、何をされてもこたえないような、平然とした顔や佇まいは、どう見ても人間のそれではなく(失礼)、不気味な宇宙人にピッタリだった。
すべてが愛に帰結する物語
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
そんな真治の妻・鳴海役の長澤まさみさんも、なんとも自然で素晴らしいお芝居を見せてくれる。浮気をしていた夫が帰ってきて、「記憶喪失かもしれない」と言えば、疑ったり、怒ったりするのは妻として当然だろう。さらに、鳴海は、散歩をしては「うまく歩けない」と道端に倒れこむ真治に混乱し、イライラを募らせてゆく。最初こそ二人はギクシャクしているものの、理解を寄せてゆく現在の真治に、鳴海はだんだんと惹かれてゆくのだった。人間のことなど何とも思わない若者侵略者二人とは違い、真治は鳴海に対して、良き夫として振る舞おうとする。鳴海がそんな彼に愛情を抱いてしまうのは、元々の夫への情からなのか、それとも“現在の真治を”愛してしまったからなのか。クライマックスの1シーンで、本作が鳴海の愛に帰結する物語なのだと感じさせてくれた長澤まさみさんに、拍手を送りたい。
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
家族との愛を失い、侵略者側に立ってしまう桜井と、皮肉にも侵略者により愛を取り戻した鳴海。
真逆の二つの視点から描かれる侵略をご堪能あれ。
『散歩する侵略者』は公開中。
映画『散歩する侵略者』
監督:黒沢 清
脚本:田中幸子 黒沢 清
音楽:林 祐介