ロストロポーヴィチが見いだした若き天才 木嶋真優 (ヴァイオリン)~待望のリサイタルを語る
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木嶋 真優(撮影:高橋定敬)
偉大なチェロ奏者ロストロポーヴィチから、「世界で最も優れた若手ヴァイオリニスト」と賛辞され、ヨーロッパ各地で共演を重ねたヴァイオリンの若き名手、木嶋 真優(きしま まゆ)。彼女が、第8回ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール・ジュニア部門で最高位に輝いたのは、わずか13 歳のとき。早くから将来を嘱望されてきた木嶋は、ドイツ、ケルン音楽大学での研鑽を経て、内外のオーケストラとの共演や音楽祭での演奏など数々の着実な成果を挙げてきた。昨年には第1回上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝を飾っており、今後の活躍にますます注目が集まっている。来年(2018年)2月2日、優勝後初となる本邦でのソロリサイタルが、東京、紀尾井ホールでついに叶う。実は、彼女が東京でソロリサイタルをするのは、2012年以来。ピアニストには、強い信頼を寄せる柳谷 良輔(やなぎたに りょうすけ)を迎える。「アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝してからの一年は、本当に変化の大きいものだった」と語る木嶋の笑顔には、凛とした表情のなかにも、太陽のような明るさがある。待望のソロリサイタルを前に、選曲に込めた想いや意気込みを訊いた。
木嶋 真優(撮影:高橋定敬)
“新しさ”が詰まったリサイタルに
――上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールでの優勝から、一年が経過しました。この一年は、どんな一年でしたか。
受賞後の一年間は、とても濃い時間でした。アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールに参加するにあたり、SNSなど全てを絶って、約一カ月の間、上海に籠って、音楽に向き合いました。優勝したこと自体はとても嬉しいことですが、それ以上に、一カ月間に亘って音楽と対峙できた経験からの収穫が大きかったですね。ですから、コンクール後の一年間にも、大きな変化を感じてきました。
――そうした濃厚な一年間を経てのリサイタルですが、心境をお聞かせください。
紀尾井ホールでのリサイタルは、2012年以来なので久し振りです。今回は、「この作品をこの共演者でやりたい」という自分自身の強い想いとアイディアに基づいて企画しました。
――メインとなるのは、プロコフィエフのソナタ1番でしょうか。
そうです。この曲は、10代後半から20代前半にかけてよく弾いていましたが、2012年以降、ずっと寝かせてきました。アイザック・スターン・コンクールを経験し、小さい頃から弾いてきた曲の数々に、全く違う景色が見えてくるようになりました。そのひとつが、プロコフィエフの1番です。今、この曲を演奏したら、前とは違った景色が広がるだろうなという想いから選びました。
――今回は、新作の委嘱作品もありますね。
ロストロポーヴィチさんには、「今、生きている作曲家の人と、何かを作り上げる段階から一緒にやりなさい」と言われ続けてきました。ただ、勉強することが山ほどあり、新作を演奏するということに手を付けられずにきてしまいました。コンクールで優勝した後、アイザック・スターンの息子であるデヴィッド・スターン氏からも「作曲家の人と何か作り上げることをした方がいいよ」と言われました。それで、新作をやりたいという気持ちが改めて強くなり、今回、作曲家の平井真美子さんにお願いしました。
木嶋 真優(撮影:高橋定敬)
――平井さんを選んだ理由は、どういったところにあるのでしょうか。
昨年から私は、ワシントンで行われている全米桜祭りのコンサートをプロデュースしていますが、桜をテーマとした新作を作曲家の方に書いていただいています。実は、今年、作曲をお願いしたのが平井真美子さんでした。情景やストーリーが浮かんでくる作品で、是非、この方にソロの曲も作っていただきたいと強く思うようになったのです。
今回の新作は、「マゼンタ・スタリオン」というタイトルで、「マゼンタ」は明るく鮮やかな赤紫色、「スタリオン」は架空の動物の名前です。それが、彼女からみた私のイメージだったそう!これから真美子さんと綿密に話し合いながら、作品を作っていくのがとても楽しみです。
――リサイタルの冒頭は、ヴィタリの「シャコンヌ」ですね。
「シャコンヌ」は、幕が開いて舞台に出た時に、一人ひとりのお客様の温度を感じながら、お迎えするイメージをもって、これまでも最初に弾いてきた曲です。新しいことを色々な形でやっていきたいと思っているので、自分自身にとってオーセンティックなものも入れました。
――さらに、聴きごたえのある作品が並んでいます。
ラフマニノフの「ロマンス」は、もとはチェロの曲ですが、ずっと弾きたかった作品。リサイタルの後半はロシア作品で固めたいという気持ちがあり、プロコフィエフと共に二部に入れました。こうしたロシア作品とは異なる世界観をもつ「マゼンタ・スタリオン」を前半に置き、二つの世界を繋ぐ架け橋として、民族的な響きのあるスメタナの「我が故郷から」を間に配置しました。
――ピアニストの柳谷良輔さんとは、アメリカで何度も共演されていますが、彼の魅力はどんなところにあるのでしょうか。
一緒に新しいものを作っていきたいと考えた時に、真っ先に浮かんだのが柳谷さんでした。彼のピアノ演奏でないと、今回のプログラムは成り立ちません。彼は、編曲もするクリエイティブな方で、私の視野を広げてくれる存在です。
木嶋 真優(撮影:高橋定敬)
心を震わせる音楽を届けたい
――2017年から、ニューヨークとワシントンで、新たなプロジェクトをスタートしたそうですね。これについて、教えてください。
音楽以外のことに目を向ければ向けるほど、クラシック音楽の世界との大きなラグを感じていました。そこに懸け橋を作りたいという想いがあり、Ryuji Ueno財団からのご支援の下、年2、3回のコンサートを開いています。これも、先ほど話した全米桜祭りから始まったことです。
美しいとか、綺麗といった言葉では言い表せないような、超越したものに出逢ったとき、人は感動します。感動した時に起こる心の震えは、誰しも持っているものです。そこを震えさせないと、やはり音楽に興味をもってはもらえないと思っています。これまでクラシック音楽には縁遠かった人に、感動してもらえるような舞台を届けていきたいですね。
――日本でも、そういった活動を考えているのでしょうか。
日本初の「ソーシャライジングホテル」を掲げるTRUNK(HOTEL)というところに、エテという名のレストランがあります。実は、11月6日にそこの女性シェフとコラボレーションした企画を行うことになっています。食事を頂いた後に、場所を移してミニ・コンサートを聴いていただくものです。エテは、とてもクリエイティブなお料理を出すレストランで、そこいらっしゃる方はクリエイティブな人たちばかりです。食に注ぐのと同じような熱意で、クラシックを想って頂きたいですね。
――最後に、リサイタルを楽しみにされている読者のみなさんに向けたメッセージをいただけますか。
これまでずっと弾いてきた曲から、私が最も好きなロシア音楽、そして、新しい作品まで、今の私が思いつくことを全て取り入れたリサイタルです。ピアニストの柳谷さんと共演するのは、日本では初めてですし、たくさんの新しいことが詰まったプログラムです。これまでのコンサートに来てくださったお客様にとっても、今までとは違った舞台になると思います。是非、足をお運びください。
木嶋 真優(撮影:高橋定敬)
取材・文=大野はな恵 写真撮影=高橋定敬
≪木嶋真優 ヴァイオリン・リサイタル≫
■会場:紀尾井ホール
ヴァイオリン: 木嶋真優
ピアノ: 柳谷良輔
ヴィターリ:シャコンヌ ト短調
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
平井真美子:マゼンタ・スタリオン(世界初演)
スメタナ:わが祖国から 第2番
ラフマニノフ:ロマンス ヘ短調
プロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ第1番 ヘ短調 Op.80
■公式サイト:https://www.japanarts.co.jp/artist/MayuKISHIMA