9年ぶりの来日ソロリサイタル、“ヴァイオリンの女王”サラ・チャンにインタビュー

2017.10.5
インタビュー
クラシック

Sarah Chang(photo:Colin Bell)


ヴァイオリニストのサラ・チャン。ジュリアード入学は6歳、メータ指揮ニューヨーク・フィルとのデビューを果たしたのが8歳。そして、10歳でハイフェッツの持つCDリリース最年少記録を更新した天才少女。大ヴァイオリニストのメニューインに「最も完成され、最も理想的なヴァイオリニスト」と評された彼女も30代中盤に差し掛かり、その演奏は充実の時を迎えている。そんな彼女が10月に行なう来日ソロリサイタルは何と9年ぶりとなる。超絶技巧に深い精神力が加わって磨き上げられた音楽は説得力抜群。愛器グァルネリでブラームスやフランクの世界を表現する“ヴァイオリンの女王”サラ・チャンに話を聞くことができた​。

Sarah Chang(photo:Colin Bell)

--早速ですが、久しぶりに日本に戻って来られた感想をまずお聞かせ下さい。

サラ ええ。本当に久しぶりです。こうしてまた来られたことをとても嬉しく思っています。日本はアジアの中でも私にとって特に想いの強い国ですので、演奏できるのを楽しみにしています。こうして、真に音楽を愛しておられる日本の音楽家や、オーケストラ、そしてお客様の前で演奏できることを楽しみにしていました。音楽に対する姿勢が素晴らしいですよね。今まで私は世界中で多くのオーケストラと共演してきましたから良く理解しているつもりです。特に日本のホールはとても良いですね。どのホールもまるで宝石のように美しい―どこへ行っても本当に美しく、日本中どこへ行ってもいわゆる“悪いホール”というのが一切見受けられない。びっくりするぐらいどのホールも素晴らしい。そういった意味も含め、日本に来て演奏するのが毎回とても楽しみです。

そしてこの10月、そんな大好きな日本でソロリサイタルができるという、これほど光栄なことはありません。何年ぶりだろう、と、この前考えていたんです。10代後半以来だったか、いつだったか。分かります?

--私が理解している中では、9年ぶりかと。

サラ 9年? 9年ですか? いや、もっと前だった気がします。でも9年、そのぐらいなのかも。本当に久しぶりです。実を言うと、私、ほとんどソロリサイタルはやらないのですよ。アジアだけというわけではなく、アメリカでもヨーロッパでもどこでもそうなのです。私の演奏の90%は、オーケストラとの共演ですから。

--なるほど。

サラ そうなのです。もともとソロリサイタルはそれほどやってこなかったのですよ。もしやったとしても、ほとんどアメリカや、ヨーロッパに集中しているので、日本でリサイタルができること自体がとても特別なことなのです。

Sarah Chang(photo:Cliff Watt)

--さて、リサイタルのお話が出たところで、、その今年の秋のソロリサイタルですが、どのように感じておられますか?久しぶりだとおっしゃっていた点につきまして、他の感想などもお聞かせ下さい。

サラ 本当に楽しみにしています。言い換えれば前よりも今の方が楽しくなった、ということでしょうか。というのも、学生の頃はとにかく“詰め込み”なんですよ。楽しいと感じている暇すらない。とにかく忙しくて、コンチェルトを筆頭に次々に課題がやってくる。その怒涛のような時期が過ぎ去った後、キャリアが確立されて、少し落ち着けた時に、ふと考える、というか、曲のことを考えられる時間ができるのです。「私の弾きたい曲はなんだろう?」と。「私がもっと深く知りたいと思う作曲家の曲は何だろう?」と。私の場合そう思い始めた時に、ベートーヴェンとモーツァルトのソナタを、ピアニストと全曲初めからさらい直しました。それがきっかけになって、室内楽でも演奏するようになりました。私の教育はソロ曲を学ぶことに集中していたので、室内楽を学ぶ部分が完全に抜けてしまっていたのです。その点でいわゆる遅れをとってしまったわけですが、だから今は良き友であるピアニストとデュオとして弾くことをとても光栄に思っていますし、2人ともジュリアードの卒業生ということがきっかけでペアを組んだのです。もう3年か、4年ほど一緒に弾いています。ヴァイオリンとピアノのデュオとして活動しています。気の合う友と一緒に演奏するのは楽しいですね。

--曲目のお話しなど伺うことができ、嬉しいのですが、今回秋のリサイタルにて演奏なさるプログラムにつきましてはいかがでしょうか。何か特別な思い出や、エピソードなどありましたらぜひお聞かせください。

サラ ええ、そうですね。バルトークですね。実は初めての曲なのですよ。もともとピアニストのフリオ・エリザルデからの提案でして。ある公演ツアーが終わった後、「さて、次回は何を演奏しようか」という話になったのです。そこで、試験的にいろいろな曲を2人で合わせてみて、大体まとまってきたところで、フリオから「バルトークはどう?」という提案があったのですが、その曲のなんと美しいこと! あっという間に虜になってしまいました(笑)。もちろん、もともとバルトークのコンチェルトは気に入っていました。6つの曲のうちの第1曲(6つのルーマニア民族舞曲のうちの)、これがまた特に素晴らしいのですよ。ここからバルトークの曲の魅力が始まる―ダイナミックで、何と表現したらよいか、バルトークの才気のひらめきのような、彼の感情の激発志向が見られる、とにかくその変化が素晴らしいのです。そしてその感情が最高潮に達し、曲が終わります。その後は、ブラームス― 気品に溢れ、壮大で、崇高な彼のソナタが始まります。このソナタはおそらく彼が作曲したソナタの中で最も美しい作品でしょう。この作品は天才的―神童ソナタと言っても過言ではないはず。彼は私が最も素晴らしいと思う作曲家です。ソナタを初め、コンチェルト、そして交響曲などどれを取っても、彼の作品は私の心に直接語りかけるのです。後でまたブラームスのことはお話ししたいと思います。

Julio Elizalde(pf)

そしてフランク。ヴァイオリンだけでなく、この作品はいろいろな楽器によって演奏されています。例えば、ジャクリーヌ・デュ・プレがこの曲をチェロで演奏したものを聴きましたし、私の友人のフルート奏者もこの曲をフルートで演奏していました。このソナタのフルートでの演奏はとてもきれいなのですよ。この曲はいろいろな方々によって演奏されてきましたが、それでもただの「不朽の名作・傑作」というだけでは言葉が足りず、これからも長きに渡り、幾度の時を経て演奏され続ける名曲なのだと思います。

また、今回の秋のリサイタルのもう1つの楽しみと申しますか、気に入っているところは、ピアノとヴァイオリンの対等なパートナーシップを皆さまにお聞かせできるというところにもあります。それがヴァイオリンのための曲だったとしても、ピアノは“添え物―伴奏”という作品は1つも存在しないと私は思っています。どの作品もピアノとヴァイオリンは対等です。楽譜を良く読んでみると、声部の表現方法や、フレーズにおいての関係性もそうです―ここでこの音が欲しいと思うと、スーッとピアノのメロディが奏でられる―全てが対等な関係にあるのです。そういった方向からも聴いていただけると、ますますおもしろいと思っていただけるはずです。

--なるほど。さて、さきほどご自身の中での一番の作曲家はブラームス、とおっしゃっておられましたが、作品のどんなところが好きなのでしょうか? チャンさんにとって、なぜ彼の音楽はそれほど魅力的に映るのでしょうか?

サラ そうですね。好きな理由の1つは、ブラームスの作品にはたくさんの愛が溢れている―とても抒情的で、彼のメロディは嘘がない。偽りのない音楽です。決して“ウケ”を狙って書いているわけではない。そのような作品はどこにも見られない。それはきっと彼の人柄にも大いに関係していると思いますが、作品の全てが、誰かに売れるように、誰かに気に入られるように、人の顔色を窺いながら書いた曲ではない―彼はいつも誠実だったのです。誠実であろうとしたのです。誠実な音楽家であり、作曲家であった。自分の気持ちに正直だったのです。だから、ブラームスの作品を演奏していると、彼の人柄が私の中に入ってくる―高貴で、崇高で、作品の中にたくさんのドラマがあり、刺激的で、とても成熟した大人のための音楽で、音楽的なバランスなど、私にとってとても魅力的です。

ブラームスの話で思い出したのですが(笑)、私が学生のころの話です。ジュリアード音楽院で勉強していたころ、私の教師はドロシー・ディレイ先生でした。当時はパガニーニ、チャイコフスキー、バルトーク、シベリウスと次々に課題を出されまして、でもなぜかブラームスのコンチェルトだけはいただけなかったんです。そこで、先生に聞いてみました。「ブラームスを読んでもいいですか?」と。先生の答えはNo。その後もしつこく(笑)「ブラームスを習いたい」と訴えた(笑)のですが、先生は「まだよ、あなたはブラームスの曲を勉強するには早すぎる。若すぎるのよ」とおっしゃいました。そう言われると「なによ、先生、私のやりたい曲を弾かせてくれないなんてひどい」といつもムカついていて(笑)、「早すぎるってどういうこと?!」と思ったりもしていたのですが、ブラームスの曲を勉強するには“大人でなくてはならない”、“賢くなくてはならない”そして……

--“成熟していなければならない”と?

サラ そう。“成熟した大人でなければならない”というブラームスに対する先生の考え方が間違っていると、その時は思っていました。でも、大人になった今、私も先生と同意見です(笑)。大人でなければ彼の音楽は理解できないのだと私も思います。でも、私がしつこく聞くので、先生もとうとうあきらめて、譜読みと練習だけはさせてくださいました。でも当時は決して公の場で弾くことはなかったですね。そんな思いがあったからこそ、大人になって初めてホールで演奏したときは、楽しさ、嬉しさと共に、曲に対して最大級に尊敬心を表現しました。その後もこのコンチェルトをたくさん演奏してきましたが、ステージに立ち、オーケストラとの共演を重ねるごとに、この曲とともに生き、成長し、数えきれないくらいいろいろなことに気づかせてくれた、ブラームス自身がまるで自分の師のように感じるようになったのです。

おかしな言い方かもしれませんが、レッスン中に学ぶことより大きく、実際ステージで彼の曲を弾いて彼自身からレッスンを受けているような、それはヴァイオリンだけではなく、私の人生で私の進むべき方向を示してくれているような気がしたのです。それがブラームスの音楽なのだとその時初めて理解したのです。

Sarah Chang

--素晴らしいですね。もう少し聞かせていただいてもよろしいでしょうか。演奏なさっていて、ブラームスの作品の中に何か私的な“つながり”のようなものは感じられますか?チャンさん個人としてのつながりと言いますか、感ずるところはありますか?

サラ はい。つながりは感じます。先程もお話ししましたが、10代の後半から20代にかけて、ブラームスの作品を弾いてきましたが、「ブラームスが好きだから、ブラームスの曲が弾きたいから、だから弾く」それだけでいいと思っていたんです。でも、音楽家ならだれでもあるかと思うのですが、ある一時期成長が止まってしまう、いわゆる“スランプ" 状態になったことがありました。私の場合は、そういった期間を乗り越えられたのは、主にはマエストロ(クルト)マズアのお陰でもあるのです。レコーディングでご一緒させていただきました。その時がご一緒した最後のレコーディングになってしまったのですが、それがブラームスのコンチェルトだったのです。ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団との共演で、ブラームスとブルッフのコンチェルトのレコーディングでしたが、マエストロが亡くなる前にその機会が得られたことを心から光栄に思っています。マエストロは本当に素晴らしい指揮者、また私にとって尊敬すべき方です。マエストロとの興味深いエピソードをここでお聞きいただきたいと思います。そのレコーディング前に「サラ、ぜひ一緒に良いものを作ろう。一度私のところ(家)においでなさい。そう、ブラームスの楽譜持参でね。楽譜は真新しいもの、何の書き込みのないものを持って来なさい。レッスン用に使用したものでもだめだ。その真新しい楽譜を見て、一緒に最初から創って行こう」とおっしゃったのです。

--すごいですね。

サラ そうなのです。更にこうもおっしゃったのです。「私も真新しい楽譜を用意する。君には指揮者用のスコアを読んで勉強してもらいたい。今度はヴァイオリンのパートを読むのではなく、スコアを読んでもらいたい。なぜなら、これはヴァイオリンコンチェルトだが、ブラームスのヴァイオリンコンチェルトのヴァイオリンのパートは……」これはマエストロが実際におっしゃったことで、私も今となり全く同意見なのですが、「実はそんなに重要じゃないんだよ(笑)」とおっしゃったのですよ!(爆笑) 彼は「サラ、この曲は彼の“交響曲”なんだよ。ブラームスが“交響曲”にヴァイオリンのパートを付けただけなんだよ。この曲は“ヴァイオリンソロにオーケストラの伴奏”という曲とは決して違う。あくまでも交響曲として学ぶべきだよ」 そんなお話しを伺いつつ、私もマエストロと一緒にスコアを読んで、勉強させていただくうちに、この曲はもっと大きなスケールの曲なのだと気付くことができました。

--それは大変興味深いエピソードですね。

サラ そうなのですよ。彼(マズア)は本当に大した方ですよ。

Sarah Chang

--そうでしたか。……それでは、最後の質問に移らせていただきます。最後に日本のサラ・チャンファンの皆様、今回秋のリサイタルを楽しみに待っている日本のお客さまへ一言お願いします。

サラ 本当に日本で公演(リサイタル)ができることを心より光栄に思っております。プログラムも肩肘張らずに楽しめる良い曲ばかりで構成されております。そして私が愛情と気持ちを込めて演奏できる曲ばかりです。また、今回のツアーで東京だけでなく、この美しい国日本の各地を訪れることができることを楽しみにしております。それからもちろん美味しい日本料理も楽しみです。お寿司大好きです(笑)。この秋に皆さまと会場にてお会いできますこと、楽しみにしております。会場でお待ちしております。

Sarah Chang

“リサイタルは本当に久しぶりで楽しみです”、と語るサラ。彼女の演奏活動は自身もそう言っていたように、そのほとんどがオーケストラとの共演だ。その中でも、最も自身の感覚に近いブラームスの曲をお客様へ届けることに想いをおきたいようだ。彼女の演奏同様に、言葉の表現も豊かで、且つ、言葉を選びながら、丁寧に質問に答えてくれたことが大変印象的であった。彼女が語る「成熟した」演奏を聴けるのがとても楽しみだ。

インタビュアー:野島美香子

公演情報
サラ・チャン ヴァイオリン・リサイタル
 
<東京公演>
■日時:2017年10月25日(水)19:00開演(18:30開場)
■会場:紀尾井ホール
■出演:
ヴァイオリン:サラ・チャン 
ピアノ:フリオ・エリザルデ
■予定演奏曲目
バルトーク ルーマニア民族舞曲
ブラームス ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 作品108
フランク ヴァイオリンソナタ イ長調
※上記は演奏予定曲目となり、実際のプログラムは当日発表とさせていただきます。
※未就学時の入場はお断りしております。
■主催:テンポプリモ
■公式サイト:http://tempoprimo.co.jp/contents/ticket/sarah2017.html

<埼玉公演>
■日時:2017年10月20日(金)19:00開演(18:30開場)
■会場:川口総合文化センター リリア4階・音楽ホール 
■出演:
ヴァイオリン:サラ・チャン 
ピアノ:フリオ・エリザルデ
■予定演奏曲目
バルトーク ルーマニア民族舞曲
ブラームス ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 作品108
フランク ヴァイオリンソナタ イ長調
※上記は演奏予定曲目となり、実際のプログラムは当日発表とさせていただきます。
※未就学時の入場はお断りしております。
■公式サイト:https://www.lilia.or.jp/event/836