先鋭のシステムで導く圧倒的"体感"は全てを凌駕した――サカナクション『6.1ch Sound Around』幕張公演
サカナクション 撮影=石阪大輔(Hatos)
SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around 2017.9.30 幕張メッセ
サカナクションの『SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around』、幕張メッセの1日目を観た。タイトル通り、サカナクションのライブを“6.1chサラウンド”なる音響システムで楽しむという2013年以来の試みなのだが、来場者の中には筆者と同じく「よくわからないけど普通のライブより上質で臨場感あるサウンドなのだろうな」というくらいの認識だった人も少なくなかったと思う。
だが、メカニズムはわからずともこの日のライブに一瞬でも触れた瞬間、圧倒的な体感として理解ができた。本当に凄かった。
幕張メッセの9-11ホール。詰め掛けた2万4000人をグルリと取り囲むように、242本ものスピーカー、そして511本に及ぶLEDバー(自立した棒状の照明)が据えられている。詳細はネタバレの恐れがあるため伏せるが、オープニングで流れた効果音の時点でそれらが放つ音と光の臨場感に「すごい」「ヤバい」との声がそこここから上がった。360°から迫り来る重低音にアリーナの床は震え、ちょっとしたノイズや電子音が時間差をつけて各スピーカーから放たれると、あたかも音が物体として会場中を移動しているかのように聞こえる。ヘッドフォンをして音楽を聴くときに、右から音がしたり左から音がしたりする感覚を味わったことがあると思うが、それが左右という2チャンネルではなく、前後左右遠近あらゆる方向から鳴っているみたいな、と言ったらなんとなくお分りいただけるだろうか。そこへさらに照明の動きやレーザーなどの特効も完璧にリンクしてくるので、文字通りサカナクションの音楽が実体化し、その真っ只中に我々が飛び込んだかのような不思議な時間が続いていった。
いうまでもなく革新的な音楽体験が始まるであろうことはオープニングの時点で理解したが、特筆すべきは、この試み自体が先進性やエクスペリメンタルな要素を打ち出すことを目的としたものではなく、あくまで体感として音楽を楽しむためのエンタメ性を有したものであったということ。そしてライブ感を増幅するための装置として機能していたことだ。ステージ上のメンバーにどのように音が聴こえているかは分からなかったが、いつも以上に楽しそうにプレイしながら、精緻なエレクトロと肉体的なダンスミュージック、そしてダイナミックなロックサウンドを巧みに操り、フロアを熱狂させていく。
サカナクション 撮影=石阪大輔(Hatos)
この日は特定の音源リリースに伴うライブ/ツアーではなかったこともあり、新旧織り交ぜた人気曲のオンパレードであった。「新宝島」「ミュージック」といった定番のライブアンセムは当然披露されたが、いずれもアレンジやステージ演出を駆使し、6.1chサラウンド環境を十二分に活かした姿に仕立て上げていたのは流石。「シーラカンスと僕」のような反復と音響効果で場内を陶酔感へと誘う楽曲では、ステージを紗幕が覆い、そこに映像を投射する――という演出自体はこれまでも何度か目にしてきたが、その精度も恐ろしく向上していた。オイルアートを用いてミクロの世界から宇宙までを想起させる視覚効果を生み出したかと思えば、幕の向こうで実際に演奏するメンバーの姿と紗幕上に投影されるモチーフとが何重にもクロスしたり。ライブの間に現実と非現実、肉体と精神を何度も行き来する、サカナクションの真骨頂だ。
また、個人的には久しぶりにライブで聴いた曲や、「ナイトフィッシングイズグッド」といった比較的初期の作品からの楽曲がいくつか聴けたのも嬉しかった。一方で「多分、風。」など最新のサカナクションのモードをダイレクトに映す楽曲も披露されていたのだが、どちらもセットリスト上に違和感のないよう並べられており、ときにはセッションパートを挟んだり絶妙な繋ぎもみせながら、ちょっとした挨拶や煽りを除いてはMCも挟まずに連続プレイしていくという、ある意味DJプレイのような見せ方になっていた(曲によっては例の全員がブースに並ぶ演出も)。とはいっても、やはり山口一郎(Vo/Gt)のエモーショナルな歌唱も、時おり鋭く刺してくる岩寺基晴のギターも、草刈愛美(Ba)と江島啓一(Dr)が生み出す盤石のグルーヴも、流麗なピアノから80’sなシンセサウンドまで操る岡崎英美の鍵盤も、ロックバンドしてのサカナクションの地力を存分に示すものであったが。
サカナクション 撮影=石阪大輔(Hatos)
アンコールでようやく訪れたMCの時間。「後ろも音バッチリでしょ?」と上気した顔で嬉しそうに言う山口。それに応えて沸き上がる大歓声に、また満足げに笑う。そう、この人の規格外で突拍子もない(ように見える)発想とストイックなアプローチの数々は、すべて「音楽を楽しむ」ことに対するあらゆる可能性の探求に端を発しており、それによって聴く人を楽しませたい、踊らせたい、驚かせたい、発見をもたらしたい――そういうとてもピュアな情熱を源に生み出されているのだ。そしてそれを完璧に形にしてみせるメンバーやチームの存在もまた特筆すべきで、この日のライブの成功は10周年の節目を迎えた今、それぞれの挑戦全てが見事に結実した証ということでもある。
また、「ようやく新しいアルバムも出せそうです」という嬉しい報告もあった。バンドのライブという概念を遥かに超越した、もはやアトラクションのような空間を見せつけられた以上、彼らの次なる一手にも全面的に期待せざるをえない。
思えばこの10年間、ロックシーンの潮流を作り、新たなスタンダードと楽しみ方を提示してくれていたのは常にサカナションであった。そして彼らはなおも飽くなき探究心とともにロックバンドとして、エンターテイナーとして、音を楽しむということの可能性に挑み続けている。少なくとも僕にとって今年一番の「なんだこれは!」という驚きに満ちたライブをみせてくれたのが、やっぱりサカナクションであったことが、とても嬉しい。
取材・文=風間大洋 撮影=石阪大輔(Hatos)