トム・サザーランド演出×北翔海莉の女優デビューで華やぐミュージカル『パジャマゲーム』上演中!
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英国ミュージカル界の若き鬼才トム・サザーランドの演出と、元宝塚星組トップスター北翔海莉の女優デビューという、大きな話題で盛り上がるミュージカル・コメディ『パジャマゲーム』が日本青年館ホールで上演中だ(15日まで。のち、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで19日~29日まで上演)。
ミュージカル・コメディ『パジャマゲーム』はリチャード・ビッセルの小説「7セント半」を原作に、1954年にブロードウェイで初演された大ヒットミュージカル。1955年にトニー賞ミュージカル部門作品賞を受賞したのち、ブロードウェイや、イギリスウエストエンドで度々再演され、2006年のハリー・コニックジュニアとケリー・オハラによるリバイバル版が、同年のトニー賞ミュージカル部門リバイバル賞を受賞するなど、長く愛され続けてきた。今回の日本版上演は、トム・サザーランドによる新演出バージョンで、初演から60年近くを経た作品に時代の風を取り入れた仕上がりとなっている。
【STORY】
1954年。周囲の工場が次々と給料アップを果たす中、賃金据え置きが続いているスリープタイト社のパジャマ工場では、労働組合が立ち上がっていた。
組合の中心人物は苦情処理係のベイブ・ウィリアムス(北翔海莉)と組合委員長プレッツ(上口耕平)。彼女達は時給7セント半の賃上げを求め、奮闘する毎日を送っている。
そんな中、社長ハスラー(佐山陽規)が雇った若き新工場長シド・ソローキン(新納慎也)は長身の二枚目。女子社員の間では、昼休みも右腕チャーリー(広瀬友祐)と共に、懸命に働く彼の噂で持ちきりだ。その様子を見ていた工場のタイムキーパー・ ハインズ(栗原英雄)は「もしや自分の恋人も?」と社長秘書であり夫婦同然の恋人グラディス(大塚千弘)の事が気がかりで仕方がない。シドの秘書メイベル(阿知波悟美)はそんなハインズを優しく諭しつつ、自らもシドに対して気配りとフォローにいそしむ。
そうした環境の中で、新工場長は現場と友好関係を築けるかに見えたが、反抗的な従業員との間で思わぬトラブルが発生し、駆けつけたベイブとシドは、組合員と工場長という相対する立場で運命的な出会いを果たす。
一目見た瞬間から惹かれあう二人だが、ベイブは自分の立場を優先するあまり、彼の誘いにつれない素振りをしてしまい……
基本的に「ボーイ・ミーツ・ガール」の物語に、多彩なミュージカルナンバーが散りばめられたこの作品には、ミュージカルがハートウォーミングであり、徹底的にハッピーだった時代の美徳が詰まっている。ヒロインとヒーローは一目で恋に落ち、様々な障害を乗り越えて、大団円を迎える。意地悪なできごとも起こりはするが、本当の意味での悪人は誰もいない。すべてに安心感があり、人のぬくもりがある。そんな世界が、今の目になんと新鮮に映ることか。そこにむしろ驚かされるほどの喜びがあった。
しかも、一見殺風景な工場の中を思わせる舞台面に、冒頭から可動式のミシンと従業員たちが縦横無尽に動き回り、二階建てのシドの部屋がところを変えながら場面が展開していく様は、これぞトム・サザーランドの世界。『タイタニック』『グランドホテル』と、作品に新たな視点を持ち込んで現代に提示してきた気鋭の演出家ならではのスピード感が、往年の名作の尺と、現代人の時間間隔にどうしても生まれている乖離を埋めてくれる。客席通路をほぼ舞台と同様に駆使した演出も面白く、この工夫は、スタジアム形式の梅田芸術劇場ドラマ・シティーで、より威力を発揮するに違いない。もちろん二階席のある日本青年館ホールでも、二階の観客が完全に置いてきぼりになるような動きは避けられていて、その塩梅も絶妙だ。
そしてタイム・キーパーの号令の下、秒単位でパジャマを縫いあげていく従業員たちに悲壮感がなく、むしろ賃上げ要求のストライキの一環として、ゆっくり縫う抵抗運動をやっている時の方が苦しそうなのには、思わず笑ってしまった。日本の感覚だとストレートに女工哀史につながるはずの設定が、コメディになるところが面白い。何より時給7セント半の賃上げ要求という、時代感満載の設定の中に「7セント半じゃ何も買えないけれど、その7セント半の違いが、5年経てば、10年経てば、20年経てば、何千ドルの増収になる!」と、従業員たちが喜びあい、歌い踊るナンバーには、楽しさと同時に胸を打たれる思いがした。リストラや、派遣切り、人員削減が当たり前になってしまった今の時代の日本人が、時給が20円上がったから、20年後には…と夢を見ることなどほぼできはしない。そんなファンタジーとドリームがミュージカルを観ている間くらいは、あっても良いはずだ。観劇の楽しさの原点を、この作品は思い出させてくれる。
もちろん、「スチーム・ヒート」「ヘルナンドス・ハイダウェイ」など、ミュージカル『パジャマゲーム』のナンバーであることを離れて、スタンダードナンバーとして定着している有名ナンバーをはじめとした、ミュージカル・ナンバー、ダンス・ナンバーの多彩な魅力も満載。オリジナルのボブ・フォッシーの流れをくむこれも気鋭の振付師、ニック・ウィストンの振付がオシャレに舞台を弾ませてくれる。
そんな舞台で女優デビューを果たした北翔海莉は、元宝塚の男役スターが女優となった時に常にぶつかる、音域の違いの壁を軽々と乗り越えたのが印象的だった。元々音域の広さには定評のあった人だが、多くの元スターが苦しむ低音域と高音域の切り替えに全くひっかかりがなく、安心してソロナンバーを聞いていられるのは、さすが北翔と言える。戦う女性という設定だが、今の時代にそれを過度な男勝りの形で提示しなかったのも当を得ていて、安定の女優デビューを飾ったのが喜ばしい。原典とは異なり「スチーム・ヒート」も北翔のベイブが歌い踊る形に変更されているが、この登場が男役チックで、一瞬北翔ファンへのサービスシーン?と思わせて、あっと驚かすウイットも効いていた。
ベイブと恋に落ちる工場長シドの新納慎也は「(北翔より)自分の方がドレスを着慣れていると思う」と制作発表の場などで笑わせていた通り、これまで個性的な役柄で多くのヒットを飛ばしてきた人だけに、天下の二枚目の役どころにスッキリと納まったインパクトが絶大だった。芝居心のある歌も豊かに響き、何より踊れる人ならではの姿勢の良さが加わり、こんなに二枚目役が似合う人だったのか!と目からウロコが落ちるような気持ちにさせてくれる。これを機会に、こうした役柄も増えてくるきっかけになることを願わずにはいられない。ドラマとしてもシドが大きなポイントを握っているだけに、新納の好演は作品を押し上げる力になっている。
また新納同様に、新境地を拓いている人材が多くいるのもこの作品の面白さを増幅したポイントだ。この時代の作品ならではの、いわゆる古典的な「お色気担当」のグラディスを、清純派のイメージが強い大塚千弘が嫌味なくチャーミングに魅せたし、とことん前向きで欲望にも忠実なプレッツを、誠実な持ち味が魅力の上口耕平が楽しそうに色濃く造形しているのも目を引く。
特に、日本人離れしたマスクと体躯とで色敵役のヒットが多かった広瀬友祐が、実直な良い人を素直な優しさを込めて演じているのが新鮮で、それぞれに今後、役者として更に幅を広げていける役柄を十二分に表現したのが嬉しい。もちろん海外ミュージカルならではの、年齢が上の役柄にも持ちナンバーがある利点を、阿知波悟美、佐山陽規、栗原英雄ら、ベテラン陣が巧みに見せてくれていて、贅沢な働き場の多いアンサンブルメンバーを含めて、往年のミュージカル・コメディの豊かな楽しさにあふれた舞台となっている。
【取材・文/橘涼香 撮影/竹下力】
■脚本:ジョージ・アボット、リチャード・ビッセル
■作詞・作曲:リチャード・アドラー、ジュリー・ロス
■翻訳・訳詞:高橋知伽江
■演出:トム・サザーランド
■出演:北翔海莉、新納慎也、大塚千弘、上口耕平、広瀬友祐、栗原英雄 ほか
〈料金〉S席 11.500円 A席 8.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉0570-077-039
●10/19~29◎大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
〈料金〉11.500円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉06-6377-3888