青☆組『グランパと赤い塔』を語る吉田小夏「“もはや戦後ではない”と言われた昭和30年代、普通の生活を送る人びとの心の中に戦争のかけらがあった」
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吉田小夏
もちろんそれだけをやっているわけではないが「お茶の間」を描かせたら劇団青☆組はきっと今いちばん素敵な空間を作り出すだろう。けれど、お茶の間という言葉は現代にも息づいているのかな? 言葉としては残っているかもしれないけど、その風景は変わり、過ごす時間の中身も違ってきている気がする。昭和のお茶の間にはきっと忘れ去られた大事なものがあったはず。丁寧につむがれる、何気ない日常生活の営みの中にこそ家族の歴史がのぞき、人間のいとおしさが詰まっている。さりげなく、端々に。そんな物語の脚本・演出を担う吉田小夏は、それらを大事に拾い集めている。ユニットからスタートし、劇団化して5年。記念企画の第3弾『グランパと赤い塔』も青☆組でしかできない作品と言える。吉田小夏に聞いた。
暮らしの小さな愛おしさと、スペイシーな大きな命とを結びつけたい
夕陽が照らす帰り道。
立ち昇る夕餉の支度の湯気が、そっと夜空を連れてくる。
白黒テレビに映るしゃぼん玉、ラジオから流れでる甘いタンゴ。
銭湯帰りに見上げる月を、ライカ犬を乗せた宇宙船スプートニクが横切ってゆく。
この高台の町の片隅に、戦前から続く工業所を営む一家が暮らしていた。
東京に、大きな空のあったころ。
祖母から聞いた話と、祖父から聞けなかった話。
その光と影を紡いで結ぶ物語。
時代と環境によって変わりゆき親子、家族のあり方にずっと興味がある
『グランパと赤い塔』のチラシには、こんなストーリーが描かれている。「夕餉の支度」「白黒テレビ」「しゃぼん玉」「銭湯帰り」とならんだ言葉はどこか懐かしい。むしろ絶滅危惧種に近い。けれど、そこには家族ならではの温かみがただよっている、そんなふうに感じてくれる世代はどのへんまでだろう。
「私は暮らしのあり方の細部に興味があって。今回は母方の曾祖母、曾祖父と、すでに他界してしまった家族のことを取材して脚本を書いています。でも単なるファミリーヒストリーではなく、家族としての営みの中に意外と脈々と続いている大事なものがあるのではと思うんです。和室に座って食事をしていたものが、椅子とテーブルになることで人間関係も変わるかもしれない。開け閉め自由の襖の家で暮らしていたのにそれぞれが鍵のかかった個室になることでもそうかもしれない。瑣末なことかもしれないけれど、そういうことが人間関係や人間の価値観に影響を及ぼしているんじゃないかなあと思うんです。その環境だからこそ生まれる関係だったり得る言葉があるんじゃないかなと」
吉田小夏といえば、平田オリザの『転校生』で高校時代に初舞台を踏み、平田の現代口語演劇に大きな影響を受けてきた。日本語の文法の特徴や、日本語ならではの音の響き、日本人ならではの会話の展開などには影響を受けつつも、日常会話のようでいて日本語がリリカルに美しく響く独特の文体が彼女の特徴となっている。
「この時代に生まれる子供にとってはスマホが当たり前。ポケベルが主流だった私のころとは環境が全然違う。私が現代口語に興味をもったのは、もともとコミュニケーション・ツールの変革期に、面と向かって肉筆でやりとりをしなくなっていく流れと思春期が合致していたことがとても大きくて、そうした変革の中で変わっていく親子とか家族のあり方にはずっと興味があるんですよ。そちらの側からどうやって歴史を書けるかなという気持ちはあります。そこを社会の側からではなく、お茶の間側に重心を置いて書くということですね。食卓があって、眠り起き食事をし、という日常の中でふと窓の外を見ると宇宙が広がっているみたいな。暮らしの小さな愛おしさと、スペイシーな大きな命とが常に交信しているんだみたいな。クローズドな家庭からもっと自然界、宇宙とか、死と誕生がめぐっている感じみたいなものとお話しを結びつけたいという気持ちが強いですね」
青☆組 vol.15『パール食堂のマリア』(2011) 撮影:伊藤華織
『グランパと赤い塔』は、青☆組ならではの“個人史の中の日本”シリーズの集大成だという。2014年に吉田の父方の先祖をモデルにして、大正時代から続く商家に、当主が二代目になるころから時代の影が差し始める様子をつむいだ『星の結び目』との姉妹作品的位置付けだそう。
「いつか母や(母方の)祖母の青春期を作品にしたいと思っていたんです。母方の家系は長生きで、祖母は90代ながら今も存命ですし、曾祖母は私が高校生だったころにも着物姿でチャキチャキしていたんです。曾祖母は最終的には脳溢血になって病院で亡くなったんですけど、祖母が病院に通いつめて看病し、その祖母を母が支えるみたいな感じの生活を送っていて、高校生の私もできるだけ病院について行きました。ある日、祖母が曾祖母の体を拭いてあげて、その祖母のために母もお手伝いをしてあげていた。夕暮れの、小さな病室でお互いがお互いをケアしあっている姿がすごく神々しく見えて、そして私も含めた四世代がそろっていることに、ありがたいなあととっても不思議な気持ちになったことがあって。この感覚を忘れたくないなあとずっと思っていたんです」
吉田は、かつて作家レイチェル・カーソンが「夕暮れの海辺で、一匹のカニが石の上を這っていたのを見て、このカニが死んではいけない」と感じ、のちに公害で森が死んでしまうという警告の書『沈黙の春』を記したことに例えて劇作家としての思いを語る。
「女流作家にしか書けないものなんて本当はないかもしれませんし、そんなところで勝負したいわけではありません。でも一説にはレイチェル・カーソンが女性であることと、彼女の命に対する感受性に関係があって『沈黙の春』を描いたのでは?と分析する文章を読んでいて、もしそうなら、そういう感受性こそ研ぎ澄ませていきたいと思ったんですよね。だからこそ小さな空間で四世代が過ごした時間をいつか表現したいという思いがあったんです。でも新作では“グランマ”ではなくて“グランパ”になっちゃっているんですけど(笑)」
曾祖母と祖母、母、吉田とつながる四世代の風景は、曾祖父、祖父、母、母の姉妹をモデルに置き換えられて展開していく。
青☆組vol.20 『星の結び目』(2014)
「時代設定は昭和33年。“戦後を生きた”と言うと昭和20年くらいからをイメージすると思うんです。ここは力説しておきたいんですけど“もはや戦後ではない”と表現された昭和31年以降、1960年代に突入していくころ、人びとの暮らしの中にはまだいくらでも戦争の影や影響があった。今回はその時代のことをすごく描きたかったんです。戦中に人を殺してしまったかもしれないお父さんが床屋さんとして生きていたとか、まだ防空壕のあとを家にして暮らす人がいたとか。普通に朝起きて仕事して、ご飯を食べて眠ってという普通の生活を送る人びとの心の中にかけらのように残ってしまっている影。ただ別に暗さを描こうと思ってはいません。それを四世代目の人間として描きたかったんです。この作品のタイトルはグランパとしての曾祖父、私の祖父であるグランパを兼ねているんです。劇中でグランパと呼ばれるのは曾祖父ですが、東京タワーができるときに毎日のように見学に出かけて、それが新聞記事になったような人です。私が大好きだった祖父は、曾祖父にとっては義理の息子。彼は軍人として戦争に行って、戻ってきても希望していた先生にはなれなかった。科学や技術をみんなが信じてがんばっていた時代の面白みと、その二人に母がいて私がいるという四世代がつらなっているような感じを意識して物語にしています」
作品を作るに当たって、劇団メンバーみんなで90代の吉田の祖母に話を聞くために会いに行ったという。そんな吉田の祖母が「久しぶりに芝居を観に行こうかね」と楽しみにしてくれているとか。そんな祖母の想いをモチベーションのひとつに、青☆組『グランパと赤い塔』は上演される。
《吉田小夏》劇作家・演出家。青☆組主宰/青年団演出部所属。高校在学中に平田オリザ作『転校生』初演(青山円形劇場)に出演。桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻卒業。2001年に劇団「青☆組」を旗揚げ。 『雨と猫といくつかの嘘』『時計屋の恋』など4つの作品で日本劇作家協会新人戯曲賞に入賞。 世田谷パブリックシアターはじめ各地の公共ホールや学校との共同企画による演劇ワークショップなども多数実施。
■日程:11月18日(土)〜 11月27日(月)
■会場:吉祥寺シアター
■作・演出:吉田小夏
■出演:
福寿奈央 藤川修二 大西玲子 土屋杏文 有吉宣人(以上、青☆組)
小瀧万梨子(青年団・うさぎストライプ) 田村元 代田正彦(★☆北区AKT STAGE) 今泉舞
石田迪子 竜史(20歳の国) 佐藤滋(青年団) 細身慎之介(CAVA) 吉澤宙彦(演劇集団 円)
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■開演時間:18・22⽇19:30、19・23・25・26⽇14:00 / 18:00、20日19:00、27日15:00、21日貸切、24日休演
■問合せ:劇団 Tel.080-4127-9509(イワマ)、メール office@aogumi.org
■公式サイト:青☆組 http://www.aogumi.org/