名古屋で開催中の『Visitors』参加団体3組目、極東退屈道場の林慎一郎に聞く
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極東退屈道場『ファントム』2017年11月 伊丹「AI・HALL」公演より 撮影:清水俊洋
満を持して名古屋初登場! コインロッカーの小さな空間から立ち上げる【都市】の姿とは
北村想が長年にわたり塾長を務めた「伊丹想流私塾」。その卒塾生の作品を紹介する連続公演企画として9月から名古屋の「ナビロフト」で『Visitors』が開催中だが(ラインナップ及び前半2組については、こちらの記事を参照)、その第3弾としてまもなく12月9日(土)に開幕するのが、今回が名古屋初公演となる極東退屈道場の『ファントム』だ。
極東退屈道場『ファントム』チラシ表
極東退屈道場は、劇作家で演出家の林慎一郎が主宰する演劇ユニット。2007年の発足以来、林は劇団を率いるのではなく〈劇作家であること〉に軸を置き、公演ごとに俳優を集める個人プロデュース形式で上演を行ってきた。【都市】を題材に取材(主に散歩)した情報に基づき、膨大なモノローグと映像やダンスを用いた「報告劇」として立ち上げる作風で、今作もそのひとつ。
複雑に肥大した【都市】というプログラムを構成する、最小のモジュール(基本構成単位)を【コインロッカー】と仮定し、その中で目覚めた6人の男女を中心とした都市型ミステリーとして立ち上げたという。鍵がかかり、中からは開けることができない空間の中で彼らは、ロッカーからロッカーへとくぐり抜けていく。彼らが巡るロッカーは、カプセルホテルや産婦人科の病室、老朽化したニュータウン団地など街を構成するさまざまなモジュールへと姿を変え、やがて【都市】の構造(プログラム)が浮かび上がってくる。
極東退屈道場主宰・劇作家・演出家の林慎一郎
林が【都市】に着眼し、現在の表現に至った礎には出身地である北海道・函館の存在があり、大都市特有の交通機関である地下鉄を題材に、そこに乗り込む都市生活者を点描した『サブウェイ』(2011年に第18回OMS戯曲賞大賞を受賞)を書いたことも転機になったという。
「18歳の時に函館から大学入学のために関西へ来て、自分が暮らしていた都市と比較したとき、アジャストするのに時間がかかったんですね。東京の場合はいろいろな地方から集まってる人が多いけれど、関西は地元の人が多いという差異もあって。函館というのは独特な街というか、開港の街で極東に大きく開かれた街。街の形もよく変わって、脈絡なく繋がりあってできている感じで。去年初めて函館公演を行ったんですが、観に来られた想さんも「同じ通りにカトリックとプロテスタントの教会があったり、独特だね」と。【都市】のモジュールが圧縮されて存在しているのが面白いんですよね」と、林。
その劇作スタイルは、前述のとおり街を散歩して取材することを常とし、「歩き回りながら書く」のだそう。
「いつも特にこだわりを持って歩こうとしてるわけじゃないんですけど、今回は【コインロッカー】が気になって。取り付け方が変だったり、駅の中にフッと現れたり、【コインロッカー】というのは都市独特の装置ですよね。半分地下になったところに地面に埋め込まれているようにあったりすると、納骨堂みたいでもある。その一つひとつに全部、別々の人の荷物が入っていると思うと怖くなったり。自分の一部を保留するということでもあるし、記憶の一部を預けているとも言えるわけで」
こうした彼の“都市を見つめる視点”に大きな影響を与えたのが、同じく【都市】をテーマに風景を立ち上げる作品も多く手掛けた、維新派の故・松本雄吉である。林が衛星都市の地図を音と身体で描いた現代神話『PORTAL』を、松本が演出(2016年に全国4都市で上演。今年「第61回岸田國士戯曲賞」最終候補となった)した際には一緒に街も歩き、多くのことを学んだという。
「松本さんからは「人間から書く劇作家が多いが、都市論から劇を書くやつは珍しいな」と言われ、街を眺める視点や、演出の手法として“観客主観で風景を見ること”を学びました。ある役者が風景を眺めている。何かを見ている役者を必ず登場させることで、そこに観客の視線が重なる。遠いところで行われているのではなく、観客をも作品に取り込んでいくということですよね」
一方、劇作の師である北村想については、「僕はもともと理系だったので、文章作法を教えられると気が重いなと思っていたんですが、いかに演劇と関係ないことで演劇を語れるか、ということに影響を受けました」と。
冒頭に記した前出記事で『Visitors』のラインナップを見ていただくとわかる通り、北村のこの直接的でない教えや物の見方が個々の特性を育み、優れた才能を続々と生み出していったことを思うと面白い。
極東退屈道場『ファントム』2017年11月 伊丹「AI・HALL」公演より 撮影:清水俊洋
ここで再び今回上演の『ファントム』に話を戻し、既に「AI・HALL」での関西公演を終えた成果をふまえ、名古屋公演に向けて変化する点があるかどうかや、意気込みなどについて伺ってみた。
「明確なストーリーはなく、記憶の街に旅して帰ってくるロードームービーのような作品です。「よくわからないけど面白い」と、伊丹では皆さん喜んで観てくださったのではないかと。舞台美術としては、90cm×90cmの平台を何枚も積み上げて段差をつけ、それらが【都市】のモジュールだったり【コインロッカー】だったり、記憶の断片を表したりしているわけですが、「AI・HALL」と「ナビロフト」ではサイズ感が違うので高さを変えたりします。「AI・HALL」の舞台は天井が高く幅も広いので、写真集をめくっていくような感覚だったり、ドライブしながらカメラを向けて切り取ったシーンを辿っていくように観ていただいたと思うんですが、「ナビロフト」は客席と舞台が近い分、作品の中にいる感覚や巻き込まれるような感覚を味わってもらえれば。演出自体は変えるつもりはありませんが、前に出していく熱量を加えたいなと。観ている方と共犯関係を結びやすい上演になるのではないかと思います」
また、ユニット発足から10年という節目については、「1年1年面白いと思えることを続けていって、気づいたら10年経っていた、という感じです。今回、特に節目だと意識はしていなかったんですが、重要な作品になったと思います。『サブウェイ』での転換期に続き、今作でシーズン3に入ったな、という思いもあります」と語り、「名古屋も大都市なので、観客の方もこの作品を通して都市生活者として街を改めて見直すきっかけになったり、それぞれの記憶の地図を作り上げるように作品を味わってもらえれば」とも。
林の中の【都市】は現在の居住地であり観察点である「大阪」にシフトしてきているというが、今回の名古屋初公演を経て、その都市論にまたどんな要素が加わっていくのかも楽しみなところだ。近年の評価の高まりに加え、昨年からは、大阪の「山本能楽堂」にて能と現代演劇のコラボレーションを手掛け始めるなど、新たな試みにも挑んでいる林慎一郎。東海エリアで彼の作品にふれられるこの機会をぜひお見逃しなく! また、WEB予約に限り2回目以降の観劇が無料になるという驚きの特典を活用して、たっぷりじっくりと作品を堪能してみるのも。
『ファントム』の出演者。左から・森本研典、原和代、増田美佳、大沢めぐみ、堀井和也、小笠原聡
取材・文=望月勝美
極東退屈道場#008『ファントム』
■作・演出:林慎一郎
■出演:小笠原聡、堀井和也、森本研典(劇団 太陽族)、大沢めぐみ、原和代、増田美佳
■日時:2017年12月9日(土)15:00・18:30、10日(日)14:00
■会場:ナビロフト(名古屋市天白区井口2-902)
■料金:前売2,500円 ペア4,500円 ユース割引(22歳以下)2,000円 高校生以下1,500円 ※当日券は各500円増し、2回目以降の観劇は0円!!(WEB予約のみ) ユース・高校生以下は要証明書
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「原」駅下車、1番出口から徒歩8分
■問い合わせ:
極東退屈道場 askto@taikutsu.info
ナビロフト 052-807-2540
■公式サイト:
極東退屈道場 http://taikutsu.info
ナビロフト http://naviloft1994.wixsite.com/navi-loft