「2017年は常に新しかった」中嶋朋子が次回作の『岸 リトラル』を語る
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中嶋朋子
2014年、17年に上演され、文化庁芸術祭賞大賞や読売演劇大賞最優秀演出家賞など数多くの演劇賞に輝いた『炎 アンサンディ』。その『炎』を含む、レバノン出身の劇作家ワジディ・ムワワドの“約束の血4部作”の1作目である『岸 リトラル』が2018年2月からシアタートラムで上演される。上村聡史演出のもと、出演する中嶋朋子に作品への思いなどを聞いた。
荒唐無稽だけれど、自分の中ではすごくリアルな物語
中嶋朋子
――すでに演出の上村聡史さんとお会いしたそうですね。どんなお話をされたのですか?
今回は難しい感じの戯曲。荒唐無稽なようでいて、すごく深遠でもあり、普遍的なものにもタッチしていて、それでいて軽妙さもあって……だからこそ見えてくる世界があるだろうというお話をしました。そこはすごく共感しています。読むとギリシャ悲劇とか結構壮大なものを感じさせる戯曲ではあるんですけど、自分の中ではすごくリアルな物語だなぁと思っていて。
ファンタジックでもあるんだけれど、それを役者の肉体を通して、例えば、人類の40何億年という壮大な歴史も、誰か一人が体感したものの積み重ねじゃないですか。その瞬間瞬間は誰かが経験している。そういう感覚にすごく似ていると思うんです。瞬間に確実に舞台の板の上に立っているということをすれば、この壮大な話は語れる。だからとても演劇的だと思います。
――確かに荒唐無稽な話ですけど、それこそ演劇でしかできない表現かもしれません。
そうだと思う。全部を体感していくと見えてくる、岸の向こうに見えてくるものはそれぞれにきっとあるんじゃないかなと感じさせる本ですね。
――シモーヌ役ほか全4役を演じられると伺いました。ご自身の役どころについてはいかがでしょうか?
シモーヌとジャンヌが表裏一体であるのですが、女性の性というものの二大局面みたいなのがあるのかもしれないと思っています。シモーヌが持っているものとジャンヌが持っているものは、女性性の中に大きく横たわっている二つの形なんじゃないかなと。だから、事柄や事象として共感できなくても、見てもらう人には多分生物としての共感をしていただけるんじゃないかと思います。というか、そういう風に書かれている気がするな。女性として自分のことを客観視はあんまりできないけど、女性性と向かい合う感じがすごくする。
――ご自身としては挑戦だなと思いますか?
うん、挑戦ですね。今までも確実に自分として挑戦だというものしかやってこなかったけれど、今回は特殊ですね。挑戦のパーセンテージが高い感じがする。何かうまくは言えないけど、生物として、海から初めて陸に上がった時ぐらいの挑戦。肺呼吸になりました!みたいな(笑)。そのくらい自分の中には、役者としても、女性としても、人間としても、ここでの経験が新たなページになる気がしています。
上村演出に寄り添える素材でありたい
中嶋朋子
――演出の上村さんに期待していることや印象は何かございますか?
上村さんにちゃんと寄り添っていければいいなぁと思います。そういう素材であれれば幸せだなぁと思える演出家の方なので。あの方のエナジーの中にちゃんと飛び込める役者として、あるいは人間としていれれば幸せだなぁと思っているんですよね。大丈夫かなと思いながら……。上村さんに「大丈夫ですかね?」と何回聞いたか分からない(笑)。まぁ、「大丈夫ですよ」とお答えいただいたので飛び込めたんだけど。
言葉で言えないんだよね、上村さんの世界観って。果てしない。本当にどこから持ってくるんだろうというエネルギーと構築力と大きなストーリーテリングの力がある。ただ物語を語っているだけではなくて、ちゃんと届けてくる。本当にすごい存在だなと思っているので、そこの一つの要素として自分がちゃんと担えればいいなぁという風に思っています。
――どういう稽古場にしていきたいですか?
みんなで持ち寄ったり破壊したりというのを繰り返していく感じかな。自分の中ではイメージとして地球創生みたいな感じで、だから肺呼吸とか言葉を話しているんだと思うんですけど(笑)。創造と破壊を稽古場で軽やかにやっていく必要がある気がしていて。そういうチャレンジできるメンバーだからすごく楽しみにしています。自分もいい意味で手放しで居られるといいなと思っています。
――普段、役作りする際に心がけていることや気をつけていることは?
まず、形はあまり決めないというのは気をつけています。こうでなくちゃならないということは絶対ないし、解釈もいっぱいある。自分の解釈なんて小さいんだと思うようにしています。だから決めつけないですね。だけど、自分の核みたいなものは自分が持たなきゃいけないので、とても相反する作業だから難しいです。
皆さんとご一緒するなかで核心みたいなものをどんどん作っていって、後の部分をどんどん手放していく。その両方をやるのが一番大切だなと思っています。それってアンテナを本当全身全霊で張っていないといけないから大変なんです。楽しいんですけどね。今回は特にそれが重要だろうなと感じています。
初見で心を掴まれた、秀でたムワワドの戯曲
中嶋朋子
――『岸 リトラル』の戯曲を初めて読まれた時の印象はいかがでしたか?
最初に読んだ時は、騎士が出てきた時に心を掴まれちゃったんですよ。「あぁ、この人に連れて行かれる、連れて行かれたい」と思って。私の中でそんなに遠くないし、リアルなんです。シモーヌという役も自分の中では分からないことはそんなになくて。それがいいとか悪いとかでは多分ないんだけど、どうしたらいいんだというほどのことはないんですよね。
だからそれがこの本の凄さなのかな。読まれた方、見た方それぞれに多分違うはずですが、それは秀でた戯曲の絶対条件。私はかなり自分の中に近いところで受け止めている感じですね。
――その辺りから役作りがスタートするのでしょうか?
そうですね……でももうちょっと遠いところから始めると思います。みんなと作っていくと、自分自身が見ていなかった自分自身が多分出てくるので、それを付加価値としてシモーヌとかジャンヌに入れていく作業になると思いますね。
――ワジディ・ムワワドという作家についての印象は?
どこから何を語ろうとしているんだと。背負っているものが違いすぎるとかそんなことでは語れない。今の時代にこの戯曲を自分の眼の前に解き放たれて、すごいことされちゃったな、と。
ムワワドは言葉がすごく面白いですよね。特に今回の『岸 リトラル』はムワワドが役者といろいろアイディアを持ち寄ったりしながら生まれていったそうなので、我々もそういった形で作るのがいいんだろうなと思っています。彼の中にこの物語たちがどういう形でやってくるんだろうと思った時に、社会にも歴史にも人間にもすごく心を開いているからなのかなと思っています。
常に新しかった2017年から、さらに挑戦を重ねる2018年
中嶋朋子
――舞台は2018年2月に始まりますが、2017年はどんな一年でしたか?
いつもに増して、常に新しかったです。喜劇にトライしましたし、自分で決めつけた枠組みとかを持たないように、いつも思っているけど余計にそこから手放すように強いた年だったなという気はしますね。すごい新しかった分葛藤も多かった。結果的にはすごく良かったんですけどね。新しくなっているわ私!という感じでした。
――葛藤というのは? 女優としての葛藤ですか?
それもありますね。自分が今まで認めてこなかった自分とか、ネガティブなポイント、ウィークポイントだと思っていたものをすごくよく見ました。それを受け入れる作業を1年すごくやった。それが役にとって良かったり、家族関係においても良かった。
山田洋次監督とのお仕事でそこのところをすごく開かされる部分もあるんですよね。吉田大八さんともそう。映画が多かったですけど、そんな中で新しい自分、自分が見ていない自分、新しい要素の方々が自分を見るというのが多かった分、「あ、そういう部分もあったよね」という作業をたくさん仕事でもプライベートでも面白くなったのでやってみました。
得るものが大きかったからやってみようと。「痛い!」と思うこともあるけど、それが良かった。年とるってそういうことなのかなぁ。ちゃんと自分に落とし込めるというのが年を重ねるっていうことなのかなと思って。良かったですね。
――2018年もこの『岸 リトラル』を始め、挑戦ですね。
そうですね。挑戦になると思います。
――最後に一言お願いします!
演劇や物語るということ、あるいは生きるということがすごく語られている作品で、その醍醐味を味わえる戯曲だと感じています。それをダイナミックに楽しんでいただくのが一番だと思うんですよ。どんな方でも多分ギフトがあるはず。「自分の嫌な部分も良い部分も全部ちょっと肯定しちゃう?」という感じでしょうか。演劇ファン、あるいは小説が好き、または見たことなかったけど行ってみようと飛び込んでもらえる方には、全て響くんじゃないかなと思っていますね。何しろ手放しでダイナミックに見るという覚悟を持って来ていただきたい。それが一番堪能できるはずです。
インタビュー・文・撮影=五月女菜穂
【東京公演】
日時:2018年2月20日〜3月11日
会場:シアタートラム
【兵庫公演】
日時:2018年3月17日
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
作:ワジディ・ムワワド
翻訳:藤井慎太郎
演出:上村聡史
出演:岡本健一、亀田佳明、栗田桃子、小柳友、鈴木勝大、佐川和正、大谷亮介、中嶋朋子