阿佐ヶ谷スパイダース主宰・長塚圭史によるワークショップ『小説・詩と走る朝の960分』/『戯曲と歩く午後の960分』の最終発表レポート
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■劇団も取り入れるウォーミングアップで汗をかく
レプロエンタテインメントが企画・運営する劇場、浅草九劇。ベッド&メイキングスによるこけら落とし公演『あたらしいエクスプロージョン』(作・演出/福原充則)が、本年の岸田國士戯曲賞に選ばれたのは、劇場関係者にとってうれしいニュースだったに違いない。浅草九劇を発表の場とすれば、学びの場として機能しているのが銀座九劇アカデミアだ。これまでもあらゆるワークショップが開催されてきたが、今年2月に2コマ4回ずつのワークショップが開催された。阿佐ヶ谷スパイダース主宰・長塚圭史による『小説・詩と走る朝の960分』/『戯曲と歩く午後の960分』だ。
取材班が訪れたのは、『戯曲と歩く午後の960分』の最終日、2月23日16時からおこなわれた最終発表の日である。テキストに選ばれたのはテネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』。終盤、ローラとジムのダイアローグのあいだで繰り広げられるシーンが男女ペアで一組となって発表された。
ワークショップの冒頭はウォーミングアップから始まった。俳優たちが二手に分かれ、円を作る。一方には、長塚も加わっている。相手の名前を呼びかけながら、同時に二つのボール回すなどルールを増やしていくというもの。これは、長塚氏が英国留学で知ったものをアレンジしたのだという。初見の取材班には、とても複雑に見えた。
「これは劇団でもやっていて、頭が活性化するので取り入れているんです。次第に俳優が混乱してしまい、うまくいかないこともありますが、失敗しても責めないことがポイントです。俳優たちがサボれないゲームなんです」と、長塚氏。
ウォーミングアップは続く。今度は3人組となり、2人で1人を囲む姿勢をとる。「オオカミがきたぞ」と誰かが叫ぶと、中の1人が動き出し、ほかの組を探す。「木こりが来たぞ」で外側を囲んでいる2人が動く。「嵐がきたぞ」でシャッフルされ、全員が動き出す。フルーツバスケットのように、取り残された人が「〇〇が来たぞ」と声を出すというゲームだ。
■『ガラスの動物園』をテキストにした『戯曲と歩く午後の960分』
一通り汗をかいたところで、発表の時間となった。『ガラスの動物園』といえば、『欲望という名の電車』と双璧をなす、テネシー・ウィリアムズの名作戯曲。1930年代のセントルイスを舞台に、ウィングフィールド一家の相克と、娘のローラとジムの恋模様が描かれた作品である。足が悪く内向的な性格のローラ・ウィングフィールドが、弟・トムの同僚で、かつてハイスクールで恋愛感情を抱いていたジム・オコナーがやってくるシーンの一部が、ワークショップのテキストとなった。
新潮文庫の『ガラスの動物園』を参照すると、ワークショップのテキストとされたのは133ページから171ページのシーンで、かなりの長さがある。長いダイアローグを止めることなく、カップルが入れ替わり、シーンをつないで演技していく。その間、長塚氏はずっと見つめていて、声を発することもなかった。
ダイアローグのシーンが一通り終わり、時刻は18時を超えていた。ここで、発表した10組のローラとジムの演技について細かく講評を加えた。丁寧かつ真摯な長塚の語り口。頭ごなしに否定することなく、円滑なムードでワークショップは進行していった。全体に向けて長塚氏は、「うまくやろうと思わず、それよりも関係を楽しんで」と話していた。
休憩をはさみ、再開されたのは18時40分。同じ要領でシーンをつないで各カップルが演技していく。後半戦も、10組のローラとジムが、それぞれの関係性を演じていった。幾人ものローラやジムを眺めていると、おのずと個性の違いが現出されていく。ジムという1人の男性なのに、好戦的であったり、少し滑稽であったりと、演じていく数だけのジム像が立ち上がっていった。それは、ローラにしても同様のことだった。
すべての発表が終わり、総評として長塚氏が俳優たちに語ったのは、「役の本質を掴むことは大切だが、その上でそれぞれの個性に応じて役を楽しんでほしい」という言葉だった。
■俳優が俳優に触発されるという豊かさ
ちなみに、『小説・詩と走る朝の960分』ではまったく異なるアプローチで進められたという。酒場のシーンを限定して小説から演劇的なシーンを作り上げることを目的としたワークショップは、太宰治の『貨幣』がテキストに選ばれていた。
4時間におよぶワークショップが終了し、受講生に話を聞いてみた。
「そもそも、戯曲に対して違和感があったときに、自分のなかでどう咀嚼するといいのか糸口を探したくて、今回のワークショップを受けました。1回4時間、計4回で、もっと続けたいと思うほど濃密でした。ワークショップ以外の時間もずっと戯曲について考えていました」(佐藤千夏さん)
計1920時間のワークショップを終えた長塚。最後にこう結んでくれた。
「みんながどういう役者さんなのか、細かくプロフィールを見たわけではないのでよくわからないのですが、作りたい演じたいというエネルギーに溢れていたので、日々新鮮に出来ました。やっぱり僕は、俳優と作るのが好きなんだな、ということを再確認できた。基本的には、俳優は演出家からインスピレーションを受けて芝居を立ち上げるのですが、昼のクラスは俳優さん自身がアイデアを出して作っていく作業でした。それぞれがいろんな発想を加えていくこと、それを楽しめること自体が俳優さんにとって必要なスキルだと僕は考えています。一方、戯曲を読み込んで、ディスカッションする夜のクラス。宿題に取り組み深まっていくローラとジムにオリジナリティが生まれました。結果、いろいろな角度から『ガラスの動物園』を見ることができる。そして、別のカップルのローラとジムを観て触発されるということが起きる。それは俳優さんにとって、とても豊かな状態だと思うんです」
撮影・取材・文/田中大介