聴き比べで、ショパンをより深く! 「ショパン・フェスティバル2018」のキーパーソンはスクリャービン

2018.6.14
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クラシック

ショパンとスクリャービンを演奏した矢島愛子(31日のイブニングコンサート)

 

ピアノの詩人・ショパン(1810~49)の作品に対する理解をより深く、より多くの人にと、今年も「ショパン・フェスティバル」が、東京のカワイ表参道コンサートサロンで開催された。2010年に、ショパン生誕200年と日本ショパン協会創立50年を記念して開かれて以来、9回目。若手からベテランまで複数の奏者が、毎年さまざまなスタイルで約1週間にわたって昼夜公演する恒例の音楽祭である。

今回は国内外から12人の奏者が、ランチタイムとイブニングのいずれかのコンサートにソロ出演。テーマは「前奏曲」だった。

前奏曲は音楽の始まりや導入の役割を持つ短い楽曲だが、ショパンはそれを独立させ、複数曲をまとめて1作品として形成するなど新たな概念や手法で作曲。概して、長くても1曲5分程度、日々の思いや生活の1コマ、自由な発想などをスケッチしたかのような、個性的で洗練美も備えた作品が誕生したのである。

同時代のリスト(1811~86)をはじめ、後世のドビュッシー(1862~1918)、スクリャービン(1872~1915)、ラフマニノフ(1873~1943)ら、ショパンに影響を受けた音楽家も秀逸な前奏曲を残していることから、彼らの作品との聴き比べを楽しめるプログラムを用意した奏者が多く、早い時点で完売公演が相次いだ。

中でも、子供の頃からショパンを愛奏していたスクリャービンの初期の作品には、「前奏曲」「マズルカ」「即興曲」「練習曲」「夜想曲」などのタイトルが並び、特に前奏曲は数多く、いかに触発されていたかが伺える。そのため、出演者の半数の6人が彼の作品をプログラムに盛り込み、とりわけ「24の前奏曲」は5人がその一部または全曲を取り上げた。
この曲は、彼が16~24歳の多感な時期に、ショパンの同名作品にならって、24の調性で書いた作品である。

日本女子大学でピアノ指導も。一児の母で、午前はピアノに集中できる貴重な時間だとか

昨夏のデビューCDにこの「24の前奏曲」をまるごと収録した矢島愛子は、全曲を披露。小学時代から、春夏などの休みにロシアのピアノ教師宅にホームステイして、ロシア音楽に親しんだ背景を持つ。プログラムは、前半がショパン作品で、後半がこのスクリャービン。ショパンは、他の前奏曲2曲に、30歳過ぎの充実期のポロネーズや子守歌、幻想曲というドラマチックな並びだ。

まず、聴衆をエレガントな音色でもてなすように、ショパンの「前奏曲嬰ハ短調」と「前奏曲変イ長調」を丁寧に弾いた後、「ポロネーズ嬰ヘ短調」へ。表情豊かな左手、ペダルも駆使した音色の濃淡や明暗、メリハリの効いた演奏で、恋人サンドとの幸福期のエネルギッシュな息吹が感じられた。

続く「子守歌変ニ長調」は、友人に子供が生まれたお祝いに書いたといわれる。美しいフレージング、上下する半音階的変化やトリルなども優しい輝きをまとって、会場をアルファ波で満たし、客席はうっとり夢心地に。対して「幻想曲ヘ短調」は、物憂い行進曲風で始まり、終着点が一向に見えない展開がとめどなく続く、まさにファンタジツクな作品。この曲では、複雑な陰影やムードをブリリアントな響きに溶かし、聴き手の集中力をも取り込むマジカルなパワーと絶妙の緩急で、一気に弾ききって前半が終了した。

後半のスクリャービンの「24の前奏曲」は、光や風などで刻々と変わる水面を瞬時に描くような変幻自在の表現で、自ずと聴き入ってしまう。「24種類のショートピース」といった次元を超え「永遠の時」を見ている気分がした。演奏曲と聴き手の心が自然に寄り添い、聴覚が冴えてくるせいか、演奏の術がよりリアルに伝わってくる。右手と左手が対話したりシンクロしたり、実像と影に見えたり……。複雑な感情や高度な技術が織りなすショパンの、新たな魅力を発見した心地がして、意味深いひとときであった。

来年は節目の第10回。特別の趣向を期待してしまうのは、私だけではないだろう。

取材・文=原納 暢子

公演情報

ショパン・フェスティバル2018 in 表参道(公演終了)
■日程:2018年5月28日(月)~6月2日(土)
■会場:カワイ表参道コンサートーサロン「パウゼ」

<ランチタイムコンサート>
福井敬介、原嶋唯、太田糸音、千葉遥一郎、古海行子、アレクサンドラ・シフィグット
<イブニングコンサート>
ディーナ・ヨッフェ、橘高昌男、阿見真依子、矢島愛子、岸美奈子、寺田悦子
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