パラドックス定数の代表作の1つ『東京裁判』いよいよ開幕! 野木萌葱インタビュー

2015.10.22
インタビュー
舞台

パラドックス定数 野木萌葱 (撮影/安川啓太)

新世代の社会派劇作家として、大きな注目を浴びている野木萌葱。

自らが主宰するパラドックス定数の公演で、『三億円事件』『怪人21面相』というような戦後未解決事件の舞台化から、二・二六事件をモチーフにした『昭和レストレイション』、また、医療問題から地方競馬、アインシュタインの脳をテーマにした作品まで幅広いテーマで物語を生み出し続けている。

10月22日に六本木の俳優座劇場で幕を開ける『東京裁判』は、07年にユニットから劇団化した際の作品で、極東軍事裁判における日本人弁護団を描いて高い評価を受け、今回で4度目の上演となる。

──1946年東京、市ヶ谷。 極東国際軍事裁判所本法廷。世紀の裁判が開廷する。第二次世界大戦に敗れた日本の戦争犯罪人を裁くため連合国側によって開かれた、通称「東京裁判」の開廷3日目。裁かれるのは、連合国側から日本を戦争へと導いた戦争犯罪人とされた東條英機元首相などのA級戦犯28名。裁くのはアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ソ連、カナダ、ニュージーランド、中国、オーストラリア、フィリピン、インドの戦勝国から1名ずつの判事と検事。彼らを相手に、個性的なキャラクターの揃った日本の弁護団5名が、弁護団席で戦略を練りながら丁々発止の弁論を展開する──

野木萌葱は、この弁護団5人のドラマを、史実を枠組みに大胆な想像力と個性的な俳優陣で生き生きとした会話劇として立ち上げてみせる。今回の上演を前に、注目の作・演出家、野木萌葱にインタビューした。
 

パラドックス定数 野木萌葱 (撮影/安川啓太)


史実を枠組みに 妄想が動き出す

──演劇歴の話から伺いたいのですが、野木さんは高校演劇から始められたそうですね?

いえ、始めたのは中学二年の時からです。女子高の演劇部で、書いたり原作ものを演出したり、出演したり、恥ずかしいことをやっておりました(笑)。そのまま大学も演劇学科に入って、そこで知り合った仲間とユニットという形でパラドックス定数を作ったのが1998年です。公演のたびにキャストを集めるという形でやっていて、07年に劇団化しました。
 
──そのときの作品が『東京裁判』の初演だったそうですね。劇団化したのには理由が?

ユニット時代に、一度やめようと思ったことがありまして、最後に好きなことやりたいと思って、男性だけで『三億円事件』を上演したら、けっこう「面白いね」という反響がきまして。

──なぜ男性ばかりに?

両親の影響なんですけど、戦争の映画とかヤクザ映画とかそういうものをよく観ていて、その中で女性が出てくるとなんかテンポが落ちたりして、どうも面白くないなと思っていたんです。母も「恋愛映画なんかフン」という人だったので。

──ハードボイルドな家庭なのですね。政治とか歴史ものが多いのは、そういう題材に興味があったということですか?

特別そんなことはなくて、作品は地方競馬の話、製薬会社の話とかも書いていますから。

──背景や言葉がすごくリアルなのですが、資料を基に作るのですか?

いえ、わりといい加減なんです。青年座さんの『外交官』を書いたときなど、怒られて書き直したりしました。基本的な書き方としては、歴史上の事実は踏まえておいて、あとは私の妄想の世界で、そこで交わされる会話などは、まったく私の妄想から生まれたものです。この『東京裁判』も本当は弁護団は日米弁護人、主任と補佐あわせて100人近くいたのを5人にしてあるので、まずそこから嘘が入っていますから(笑)。

──妄想は、俳優さんへの当て書きで出てくるところもありますか?

当て書きです。

パラドックス定数 野木萌葱 (撮影/安川啓太)


帰りの電車で小説を書く 密かな喜び

──妄想の結果としての作品が歴史への新鮮な切り口だったり、社会への鋭い視線だったりするのは野木さんの才能だと思うのですが、沢山の作品を発表し続けていますが、そのモチベーションは?
 
義務感のようなものだけですね。劇場も押さえられていて、劇団員も待っているという、その義務感で毎回、書かなきゃ書かなきゃと追い立てられる気持ちなんです。いつも苦しいだけです。

──なにか息抜きになるものはありますか?

ないんです。芝居のことしか考えてないので。本当は乗馬が好きなんですけど、最近はあまり行けてないですし。

──その苦しい日々の中で、喜びというのは?

帰りの電車の中で小説みたいなものを書いていて、それが私の個人的な喜びになっています。芝居はみんなのために書いているのですが、自分ひとりのために書くのが小説で。それをやらないと苦しくて死んでしまいそうになるので。

──どんな内容のものですか?

やはり芝居で書いている世界にどうしても近いものになってしまいます。芝居の中では会話劇として成立させていかないといけないわけで苦しみますが、小説は、自由に作れるというか、二人称や三人称で書いていって、そこで語りきれない部分を一人称で語らせたり、そういうことが自由にできるので楽しいんです。

──芝居で書き足りないものを掘り下げるわけですね。やはり人間の内面に興味がある?

そうですね。その人がその状況で何を考えているか、それを考えるのが好きなんです。
 

パラドックス定数 野木萌葱 (撮影/安川啓太)


『ダイ・ハード』と シェイクスピアの共通性

──作家と同時に演出家でもあるわけですが、自分の作品との距離はどうとっていますか?
 
最近は客観的に捉えていると思います。こう書いたのだからこうやりたいというのではなく、役者が演じるのを見ながら「お、こうきたか」みたいな。

──演出家で影響を受けた人はいますか?

中学のときに観たスチーブン・バーコフさんですね。演劇の面白さのすべてが詰まっていると思いました。彼の「演劇は椅子1つあれば出来る」という言葉に、「あ、シンプルということか」と。だから私の舞台も装置はほとんどないです。

──バーコフさんのほかに面白いなと思った作・演出家はありますか?

野田秀樹さんは言葉とか物語が面白いです。それから三谷幸喜さんの会話も面白いですね。あと、これを言うと劇団員にいつも怒られるんですが、私は映画の『ダイ・ハード』が一番好きなんです(笑)。すごく物語の結末に納得がいくというか、たとえば悪人は死ぬし、小悪党は助かるけど殴られることになるとか、全員が行動に見合った結末になるところに気持ち良さがあるんです。だから、観たいものがないときは『ダイ・ハード』ということで、何十回となく観ています(笑)。それで、この間、ようやく『ダイ・ハード』のメイキング映像を観ることができて、それを観ていたら、脚本家が「私がやりたかったことはシェイクスピアの『真夏の夜の夢』だ」と語っていたんです。確かに登場人物のしていることが結果にきちんと収まっていくところは『ダイ・ハード』も『真夏の夜の夢』も一緒だなと。私もこういうことがやりたかったんだと改めて思いました。

──なるほど、確かに『真夏の夜の夢』も『ダイ・ハード』もエンターテイメントしながら、観た人に生き方を突きつけますね。

『ダイ・ハード』みたいなものを作りたいというと劇団員に怒られるんですけどね(笑)。

──野木さんの作品も社会派という括られ方をしながら、エンターテイメント性があります。ところで今回の『東京裁判』も書き直されるそうですが?

ちょっと説明過剰だった部分など削ぎ落としています。やはりさらに面白くしたいので。

──今年はこれも含めて3本、大活躍ですね。

いつも時間に追われるように作っていて、自分では後ろめたさしかないんですが。でも、役者たちはがんばっていますので、彼らを観にいらしていただければと。
 

パラドックス定数 野木萌葱 (撮影/安川啓太)


のぎもえぎ○神奈川県出身。パラドックス定数の全作品の作・演出を担当。日本大学演劇学科劇作コース(第一期生)卒業。98年に「パラドックス定数」をユニットとして旗揚げ、07年に劇団化。05年『大正八年永田町』にて佐藤佐吉賞優秀作品賞、優秀脚本賞などを受賞。09年『五人の執事』にて岸田戯曲賞にノミネート。最近の作品は劇団公演『深海大戦争』(脚本・演出)、青年座『外交官』(脚本)など。

【取材・文/榊原和子 撮影/安川啓太】
 
公演情報


パラドックス定数第35項『東京裁判』
■作・演出:野木萌葱
出演:植村宏司、西原誠吾、井内勇希、今里真、小野ゆたか
■期間:10/22~25
■会場:俳優座劇場
■料金:〈料金〉前売¥3.800 当日¥4,000(全席指定・税込)
お問い合わせ:ジェイ.クリップ 03-3352-1616(10:00~19:00)
■劇団公式サイト:http://www.pdx-c.com/