文楽の名作をフラメンコで魅せる! 阿木燿子プロデュース『Ay 曽根崎心中』制作発表記者会見レポート
7月3日(火)、阿木燿子プロデュース・作詞、宇崎竜童音楽監督・作曲の舞台『Ay(アイ) 曽根崎心中』の制作発表記者会見が都内にて行われた。その模様をお伝えする。
この舞台の初演は2001年、『フラメンコ曽根崎心中』として上演し、文化庁芸術祭舞踊部門優秀賞を受賞。それから再演、ロングランを重ね、2004年にはフラメンコの本場スペインでも上演するなど、国内外で高い評価を得ている舞台だ。今回はタイトルを『Ay 曽根崎心中』と改め4年ぶりに東京で上演される。
記者会見場のスクリーンに映し出されたダイジェスト映像
記者会見の冒頭、まずはこれまでの『フラメンコ曽根崎心中』のダイジェスト映像が上映された。過去公演の模様が約5分の映像にまとめられており、「曽根崎心中がフラメンコってどういうこと?」と、この公演をこれまで見たことがなくイメージが湧きづらかった人でも、まずはその迫力の舞台の一端を感じることができた。
映像終了後、いよいよ登壇者の阿木燿子(プロデューサー・作詞)、宇崎竜童(音楽監督・作曲)、鍵田真由美(お初/踊り)、佐藤浩希(徳兵衛/踊り)、矢野吉峰(九平次/踊り)、三浦祐太朗(徳兵衛/歌)、Ray Yamada(お初/歌)、若旦那(九平次/歌)が登場し、公演にかける意気込みを語った。
阿木燿子
阿木燿子は「今回はタイトルが変更になり“Ay”と書いてあるので、阿木燿子が自分のイニシャルを入れたのか、と思われる方もいるかもしれない。これは佐藤浩希さんのアイディアで、“Ay”はスペイン語の感嘆詞。フラメンコという枠を超えて“あぁ、素晴らしい!”と感じていただけるように改題した。今回は心機一転、ということで、ナレーションを仲代達矢さん、公演題字を武田双雲さんに、また、歌手・ミュージシャンも頼もしく若くパワフルな方々にお願いした。この公演に関しては、一つの作品を子育てのつもりで大事に大事に、ライフワークとしてやってきた。初演が2001年なので、もう17歳。今は18歳から選挙権があるということなので、この作品もそろそろ大人になって、しっかり歩んで羽ばたいて欲しい。この作品は公演ごとに心を込めて進化させてきた。子育てしているつもりでいたけれど、(自分の方が)この作品にずいぶん育てられたな、と思っている。「あぁ、見てよかった!」と思える作品になると確信している」と、作品への熱い思い、深い愛を力強く語った。
宇崎竜童
宇崎竜童は「この作品に関しては、一生かかって仕上げる仕事、ライフワークになっている」と阿木と同様にライフワークという言葉を使い、夫唱婦随、ならぬ“婦唱夫随”なところを披露。
「今回はシンガーもミュージシャンもかなり変わり、そうなると音楽も変わってくる。フラメンコギター二本、パルマ(手拍子)、パーカッション、といったフラメンコに使われている編成に加えて、ピアノ、ベース、篠笛、和太鼓、津軽三味線が二本、という編成になったので、また一からアレンジのやり直しになる。プロデューサーの阿木からは“新しい曲をもう一つ作れ”と半年前から要請されていて、そのために七転八倒している毎日である。新しい曲が入れば、振付も変わるだろうけれど、そこは(演出・振付の)佐藤浩希くんにお任せしている。フラメンコは変拍子なので、曲を変拍子に変換させる作業もある。音楽的には相当な変化をしていくのだろうと期待している」と、音楽監督・作曲担当としての重責を少し硬い口調で話していた宇崎だが、昨年スペイン国王が来日した際に宮中晩餐会に招かれた話をし始めると、一転饒舌に。
この晩餐会には、宇崎と阿木燿子と鍵田真由美と佐藤浩希の4人が出席したのだが、実は招待されたのは阿木と鍵田の2人で、宇崎と佐藤はそれぞれの配偶者として参加したのだと明かし、緊張のあまり飲めないお酒を一気飲みしてしまい泥酔してしまったことなど、晩餐会でのエピソードを面白おかしく話して会場を沸かせた。司会者も思わず「宇崎さんは話上手で話好きな方。食事に連れて行っていただくと今のような様々なエピソードを話してくださる」と、宇崎が普段から話好きであることを明かした。
鍵田真由美
2001年の初演からお初を演じ続けている、フラメンコダンサーの鍵田真由美は「この作品はフラメンコの曲調に乗せて日本語で歌ったり、着物に見えるコスチュームで踊ったり、様々な楽器で演奏したり、といったいろいろなものが挑戦的に作品の中に組み込まれている。初演のときはこの作品がどう評価されるかを考えず、ただ必死に踊った。その結果、お客様に受け入れていただいて、初演から17年の間、回数を重ねて公演をすることができるなんて思ってもみなかった。今回はスタッフも新しくなり、ミュージシャンの顔ぶれも変わり、歌い手も新しく加わってくださる方もいて、新しいチームになる。どんな作品になるのか予想をしないで、初演の時のがむしゃらに作品に没頭した、無我夢中になっていた記憶をもう一度たどって、この作品と向き合いたいと思う」と初心に返る決意を表明し、「そのためには、九平次の踊り手の矢野吉峰くんと歌い手の若旦那さんで、どうぞ私たちを死の淵まで追いやってください」という激しい要望を口にした。名指しされた当の二人は思わずドキリとした表情に。
さらに「今回初めて一緒にやる(お初の歌い手である)Rayさん、そして(徳兵衛の歌い手である)祐太朗くん、どうぞ気持ちよくすがすがしく、そして未来を見据えながら一緒に心中してください。」と続けると、会場は笑いに包まれた。最後に「今年は初演。そんな気持ちで踊る」という力強い言葉でコメントを締めくくった。
佐藤浩希
鍵田同様、2001年の初演から徳兵衛を演じており、演出・振付担当でもある佐藤浩希は「初演のときは、そこから15年以上も先にこのような日を迎えることができるなんて思ってもいなかった。阿木さん、宇崎さんとずっとこうして一緒にお仕事させていただけているありがたさを今ひしひしと感じている。初演当時は、日本の古典をやるという重責を感じながらやっていた。日本のフラメンコでは、こうして長年上演されている作品はないし、フラメンコの本国スペインでも、ロングランされる作品はごくわずか。今回は題名も変えて改めて『Ay 曽根崎心中』として上演する。Ayとは、差別を受け苦しい生活をしていたジプシーたちの嘆きの歌から生まれた言葉。フラメンコとはこの嘆き歌から生まれたカンテ(歌)がまずあって、そこに踊りとギターの伴奏がついて生まれた芸術。近松門左衛門が描きたかった民衆の思いと重ね合う部分があると思い、新しい題名にどうかと阿木さんに提案したらすぐに採用された。フラメンコはカンテ(歌)が一番大事なので、歌が変われば踊りも変わる。今回初参加の若旦那さんとRay Yamadaさん、そして前回から引き続きの祐太朗さんの歌で、自分がどのように変化していくのか楽しみ」と、この作品に対する誇らしい気持ちと、作品に挑むワクワクした気持ちがにじみ出るコメントだった。
矢野吉峰
司会者が「お初と徳兵衛に降りかかる困難の一つがこの男。実に憎い男、しかしながら非常に魅力的な人物」と九平次を紹介。初演から九平次を演じている矢野吉峰は「九平次は悪役、敵役で二人を心中に追いやるひどい役。しかし、九平次が頑張ると、お初と徳兵衛が心中する動機が舞台の上で明確になる。九平次が憎ければ憎いほど、お客さんも二人の悲劇に共感できる、そういう重要な役どころだと解釈している。今回は新しく若旦那さんと一緒にやらせてもらうことを、僕自身楽しみにしている。他のシンガーの方もそうだが、ビジュアル的な部分で視覚に訴えるダンサー側と、耳に直接訴える歌を担当するシンガーと、別々のものではなく、僕と若旦那と二人で九平次、というチームを本番までに作り上げていきたい」と、新たなシンガーとの共演への期待を語った。
三浦祐太朗
2014年に続き2回目の出演となる、徳兵衛の歌を担当する三浦祐太朗は「4年ぶりに徳兵衛を演じるが、またここに戻って来られたことが非常に嬉しい。4年前初めてこの作品に関わったとき、どのように歌で徳兵衛を表現したらよいのか、佐藤さんにアドバイスを求めたら、佐藤さんをゲームの中のキャラクターと思い、歌というコントローラーを使って佐藤さんを動かして欲しい、と言われた。それをずっと心がけて歌っている。今回も佐藤さんのテンションを上げるような歌を歌っていきたい。そして徳兵衛の繊細な心情、お初へのゆるぎない愛、九平次へのゆるぎない憎しみを、歌で表現していきたい」と抱負を述べた。
Ray Yamada
阿木と宇崎がお初の歌を担当するシンガーを探していた中で巡り会ったというRay Yamadaは今回初参加。「今年の1月に都内でやったライブに阿木さんと宇崎さんが来場し、初めてそこで私の生の歌声を聞いてもらい、今作品にお声をかけていただいた。二人が来場することは私自身もスタッフも知らず、ライブ終了後に二人が来ていたことを知らされた。翌日の朝にオファーをいただき、本当に夢のような心地だった。子供のころから二人の作る楽曲の大ファンで、私も作詞作曲をしているが、阿木さんの描く詞の世界観だったり、宇崎さんの作る旋律だったり、憧れの方たちから直々にお話をいただき、天にも昇る思いだった。この作品には今回初めて携わるので、過去公演のDVDを見ながら最初のうちは、この曲を覚えなければ、私だったらどう表現するだろう、という見方をしたが、何度も見るうちに、お初と一心同体な気持ちになり、涙が止まらなくなってしまった。お初の心情をシンガーが歌で表現して、それをダンサーが踊って、というスタイルの舞台はこれまでやったことがなく、見たこともなかったので、自分にとって新しい世界だが、同じ役に二つの心を重ね合わせるということが今からとても楽しみでワクワクしている。お初の情念や覚悟といったものを歌で表現していきたい」と、今回の出演に至る経緯を説明した。
若旦那
こちらも阿木と宇崎が出演を熱望したという、九平次の歌を担当する若旦那は「九平次の役は、愛と憎しみのうち、憎しみの方だと思うが、人間らしさや情の深さの部分を表現したいと思う。嫌われ者の九平次ではなく、孤独や悲しさや寂しさというものが匂って、なんかわかるな、とか、九平次好きかも、と言われるような九平次を(踊り担当の矢野と)二人で作りたい。そのためにも、人間の深さの部分をいろいろ覗いてみようと思う」と役作りへの意欲を語った。
次に、鍵田、佐藤、矢野の3人によるダンスパフォーマンスが披露された。今日の会見のために作ったというオリジナルダンスは、お初と徳兵衛の狂おしい愛と深い絶望、そして九平次の憎たらしくも圧倒的な存在感が存分に表現されており、約3分のパフォーマンスの中にこの作品の要素がギュッと詰まったような、濃密で迫力あるものだった。
ダンスパフォーマンス
ダンスパフォーマンス
ダンスパフォーマンス
ダンスパフォーマンス
ダンスパフォーマンス
ダンスパフォーマンス
ダンスパフォーマンスを終えてホッとした表情を浮かべる三人
パフォーマンス終了後、登壇者全員に対して質疑応答が行われた。「今回タイトルが変わっての再演ということで、変わる部分のイメージがあれば教えて欲しい」という問いに、佐藤は「初演のときは作為的なことを一切せずに、曲を無心に聞いて、振付が降りてくるというか、頭で考えるのではなく魂を宿して振付したことを思い出す。もう一度その気持ちに戻って、無心になって自分の身体に降りてくる振付を紡ぐ作業を改めてしていきたい」と答えた。
この作品のテーマでもある「愛」について問われると、阿木は「愛は深めることができ、広めることができる。愛は一つのエネルギーだと思うので、今回そのエネルギーを結集して新しい曽根崎心中を作りたい。昨今、恋をしない人が増えていると聞くが、もっと濃密に恋をして、たとえそれがうまくいかなくても、命を燃やすような恋をして欲しいというメッセージを込めたい」と答えた。
司会者から「これから乗り越えなければならない一番大きな問題は?」と質問された宇崎は「阿木から新曲を作れと言われていて、既に数えきれないほど作っているがOKが出ない。「これでいいの?」と言われてしまう。この意味は“これが遺作になってもいいの?”ということ。これから半年かけて、遺作になってもいいと思える作品ができるように作業に入る」と強い意気込みを語った。
フォトセッション後の囲み取材で、今回の出演について気持ちを聞かれた若旦那は「(自身が所属するグループの)湘南乃風が15周年でツアー中だが、僕はすべて曽根崎心中に照準を合わせている。フラメンコの拍を研究したり、憎しみの裏側にあるものを引き出すにはどうしたらいいのかを考えたりしている。湘南乃風のライブでもフラメンコ要素の入っている曲をやって、ちょっと踊ったりもしている」とすっかり曽根崎心中にのめり込んでいる様を告白し、「本当に?!」と驚きの声が挙がると「オーレしてますよ」と言いながらフラメンコの決めのポーズを披露してみせた。
山口百恵のヒット曲を数多く手がけた阿木と宇崎だが、三浦祐太朗の出演について聞かれると「百恵さんの息子さんであることを最初知らないでオファーした。不思議な縁を感じた」と、阿木と宇崎が純粋にその歌声にほれ込んでオファーしたことがよくわかるエピソードを披露した。
歌、ダンス、楽器演奏、の三位一体で魅せるフラメンコ。文楽もまた、太夫の語り、人形、三味線の演奏、の三位一体で演じられる。一見遠いようでいて、実はとても近いところにある芸術同士なのかもしれない。そう考えると、文楽の代表的作品である「曽根崎心中」をフラメンコで演じるのは、理にかなっているとも言えよう。
17年続いてきた『フラメンコ曽根崎心中』を『Ay 曽根崎心中』と改題して臨む今公演、ジプシーの嘆きと曽根崎心中に登場する市井の人々の心の叫びが重なり合い、さらなる進化を遂げる公演となるだろう。その嘆きの「Ay(アイ)」、そしてはるか江戸時代より語り継がれる普遍の「愛」の物語を、ぜひ劇場で目撃してもらいたい。
取材・文・撮影=久田絢子
公演情報
【場所】新国立劇場 中劇場
【プロデュース・作詞】阿木燿子
【音楽監督・作曲】宇崎竜童
【唄】三浦祐太朗<徳兵衛>/若旦那<九平次>/Ray Yamada<お初>
【演奏】鈴木尚<フラメンコギター>/斎藤誠<フラメンコギター>/大儀見元<パーカッション>/前田剛史<和太鼓>/コモブチキイチロウ<ベース>/扇谷研人<ピアノ・キーボード>/村山二朗<篠笛>/木乃下真市<津軽三味線>/松橋礼香<津軽三味線>/伊集院史朗<パルマ>
【語り】仲代達矢
【音源】ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド
※入場の際、年齢が確認できる身分証明書をご提示ください。