新国立劇場バレエ団「ホフマン物語」衣裳合わせ&稽古場レポート

2015.10.23
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新国立劇場バレエ団2015-2016シーズンの幕開けを飾るのは、ピーター・ダレル(1929-1987)振付の『ホフマン物語』。オッフェンバック作曲の幻想的なオペラが、バレエとして振り付けられていたことを初めて知る人も多いだろう。

ピーター・ダレルはケネス・マクミランやジョン・クランコといった英国を代表する演劇バレエの振付家と同時代人であり、スコティッシュ・バレエの創設者にして芸術監督でもあった。スコティッシュ・バレエのプリンシパル・ダンサーとして活躍した舞踊監督の大原永子は、ダレルのもと『ホフマン物語』に登場するヒロイン3役を踊っている。

この作品の上演にあたっては、ダレルの薫陶を得たスタッフが集まり、美術と衣裳は新国立劇場バレエ団のオリジナル制作で準備が進められた。稽古が進む中、バックステージでは第二幕の幻想シーンの衣裳合わせが行われ、初めて身に着けるコスチュームとヘッド・アクセサリーに、ダンサーたちも新たなインスピレーションを得ていたようだった。

◆衣裳デザイン前田文子氏へのインタビュー

――今日ダンサーが衣裳合わせで着たコスチュームは、何幕に登場するものですか?

「二幕のアントニアのシーンです。短命なアントニアはバレリーナに憧れていて(オペラでは歌手)、イメージの中のバレエの世界で活躍するというヴィジョン(幻想)シーンがあるのです。大原永子先生から、クラシカルで死の世界を思わせるようなイメージを伝えていただいたので、ダークな色彩の衣裳になっています。群舞は少しずつ色が違っていて、3パターンあり、アントニアだけ白です。健康的というよりも、死の淵にいるような世界観です」

――ラックには、3幕のジュリエッタのシーンの衣裳もたくさん掛かっていました。

「原作ではヴェネツィアが舞台ですが、ホフマンは色々旅をして、最後にジュリエッタという成熟した女性と出会っていますから、場所はヴェネツィアに限定せず、オリエンタルな世界をイメージしました。ホフマンがジュリエッタの娼館でドラッグに溺れて、魂を取られていく感じを、西洋と東洋の狭間の世界の色彩感で表そうと思ったのです。西洋の色彩感覚はグラデーションですが、東洋はコントラストの感覚が強く、とてもカラフルです。トルコやモロッコのイメージが浮かびました」

――実際に、前田さんが旅をされたときの記憶が生かされているのでしょうか?

「そうです。一昨年の年末に、蜷川さんの舞台のお仕事でイスラエルに行ったのですが、トルコを経由して、そこで砂漠の民の装束やビザンチン文化の絢爛たる色彩を目の当たりにしました。トルコは男性たちも、とても美しいんですよ。街に溢れているこってりとした色彩や、天然素材の素晴らしい発色に魅了され、この3幕のイメ―ジと結びつきました」

――本当にカラフルで美しいです。ホフマンが最初に恋をするオリンピアの衣裳はどのようにデザインを決められたのですか?

「オリンピアは白いコスチュームです。ホフマンは特殊な眼鏡を渡されて、人形であるオランピアに魂が吹きこまれていると信じますよね。私はそこで、儚く溶けてしまう金平糖のような衣裳をイメージしました。万華鏡を通して見えるような世界を描こうと思ったのです」

――デザインをされていて、一番難しかったのはどんな点ですか?

「シーンでいうと、アントニアの幻想シーンの衣裳です。柄にはじまって、すべてを書き込まなければならないので、コーディネートではなく根本からのデザインを作り、時間もかかりました。形と色を決めるのに何枚もデザイン画を描いて、色を塗って、バレエの世界観に近づけていきました」

◆稽古場レポート

リハーサル室では、オペラファンには耳に親しいオッフェンバックの「人形の歌」のメロディが溢れていた。人形オリンピアに恋をしたホフマンが彼女と踊る一幕のシーンだ。ワルツのリズムに彩られたパ・ド・ドゥが美しく、二人の動きがシンクロしたダンスも面白い。井澤駿のホフマンは若々しく、ホフマンの恋の相手であるオリンピアを踊る長田佳世は、「人形でありながら、ホフマンには人間の娘に見える」という役どころを空気のように軽やかに演じていた。両手を上げてくるくると回る様子は、本物の自動人形のようだ。うっとりするような二人の踊りが続くが、ステップは複雑で、ピーター・ダレルの振付は「ダンサー泣かせ」と呼ばれたフレデリック・アシュトン並みの難しさなのではないかと思った。

薄命のヒロイン、アントニアとの二幕のシーンでは、ホフマンはピアノを弾くジェスチャーを見せ(原作のモデルとなったホフマンは作曲家でもあった)、その後ろでアントニアが踊る。アントニア役の小野絢子がとてもキュートで可憐な表情を見せていた。ホフマンとの踊りは情熱的でロマンティックで、先程の「ほとんど視線をあわせない」オランピアと雰囲気ががらりと変わる。「眠れる森の美女」のような古典的な美しさもあり、ダンサーの身体のラインがとても美しく見えるシーンだ。

きめ細やかな振付を指導するのは、生前のピーター・ダレルのもとでダンサー兼コレオロジストとして活躍したジュリー・ヘイドン。ヘイドンがダンサーにアドバイスを与えるたびに、動き全体が豊かになり、物語の輪郭が鮮やかに浮かび上がってくる。精鋭スタッフが愛情をこめて、ダレルの描いた世界を蘇らせているのが伝わってきた。

(取材・文/小田島久恵)

公演情報
新国立劇場バレエ団 「ホフマン物語」
■会場:新国立劇場オペラパレス 
■期間:2015/10/30(金)~2015/11/3(火・祝)
出演:小野絢子(10/30、10/31 18:00、11/3)/菅野英男(10/31 13:00、11/1)/マイレン・トレウバエフ(10/30、10/31 18:00、11/3)/長田佳世(10/30、10/31 18:00、11/3)/福岡雄大(10/30、10/31 18:00)/本島美和(10/31 13:00、11/1)/米沢 唯(10/30、31、11/1、3)/貝川鐵夫(10/31 13:00、11/1)/井澤 駿(11/3)/奥田花純(10/31 13:00、11/1) 
芸術監督:大原永子 
音楽:ジャック・オッフェンバック
編曲:ジョン・ランチベリー
振付:ピーター・ダレル
指揮:ポール・マーフィー
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/hoffmann/​
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