自身を愛で聴き手の人生も愛でる――ヒグチアイが最新ワンマンで魅せた自己治癒の世界
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ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
HIGUCHIAI band one-man live 2018
2018.7.21 下北沢GARDEN
ヒグチアイは、「よく頑張ってる私に向けて」「私だけは私を見捨てたりしない」「私を応援できるのは私だけ」等々、ある種の「自分を愛でる唄」を数多く歌ってきた。とは言え、それはけして傷のなめ合いとは違った類。むしろその傷を、だらしなさや妥協も含め、しっかりと自覚し、曝し、皮膚を強く厚くし、抗菌へと導くものばかりだ。そしてそれが一つの結実を魅せたのが今夏発売の最新アルバム『日々凛々』だったと言える。
この日は、そんな自己治癒的な同作品が、いつしか違った誰かの治癒剤へと変わっていた。そんな場に立ち会えたような一夜であった。
上述の『日々凛々』のレコ発的なライブツアーが、バンドを従え大阪・東京にて行われた。以下はその東京公演の記録だ。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
「わたしはわたしのためのわたしでありたい」のMV内でヒグチが解こうとしていたこんがらがっている紐。結果、MV途中で紐は解け、幾つかの線に戻ることができた。この日のステージではそれを彷彿とさせる細く発光した紐たちが、逆に縛り付けるかのように、また可侵不許可のステージと客席との線引きのように、妙な緊張感を漂わせ、無人のステージの前に無数に張り巡らされている。
そんな中、場内に登場SEが流れ出し、荘厳に響いていたそれが軽快さへと移るタイミングでヒグチ+バックバンドの御供信弘(B.)、伊藤大地(Dr.)、ひぐちけい(G.)がステージに現れる。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
ステージ前にはまだ光る紐が張られたまま。そんな中、1曲目は「永遠」が飾った。エレガントなモントゥーノ気味のアップリフティングなピアノリフが繰り返される中、<さあ ここからだ ここからだ 永遠は わたしのものだ>の歌声が乗る。バンドサウンドが放つダイナミズムと共に、グイグイとステージに惹き込まれていくのが分かる。同曲をもって、前述の非常網がスッと消え、それがことさら「ここからは境界線はないから」と言わんばかりに映る。自身について歌われた曲に続いては、その矛先が会場に向けられる。「目をそらさせないから!」とばかりに「コインロッカーにて」に入るとライブがファイティングポーズを魅せ、こちらの覚悟を伺ってくる。そして、この時期にピッタリの「猛暑です」では、今度は見えない相手への一方的な会話を歌い、猛暑が歌われながらも、どこか背筋にはヒヤリとしたものを感じる。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
「今日限りで歌わなくなる曲もあるだろうから覚悟して聞いて欲しい」とヒグチ。「姉妹が同じステージに立つから、今日は故郷から母も来ている」と続ける。そう、バンドのギターを務めたのは実妹ひぐちけいであった。鍵盤が中心の中、曲のトーンづけは主にギターが担っていたこともあり、曲毎に様々な表情のギタープレイを伺わせてくれた。
そんな母に向けての心の手紙のように響いた次曲「わたしのしあわせ」では、シャッフルの混じった牧歌的なサウンドの上、母に伝えられなかった心の幸せが、「こんなんだけど私は大丈夫だから」と気丈に響いた。次曲「かぜ薬」では音色もオルガンに変わる。合わせて歌内容にある病による気弱も手伝い、本音が正直に溢れ出し、「やはり一人にしないで感」が会場全体へと広がっていく。また、「玉ねぎ」では、価値観の違いとすれ違い、妥協とそれでも信じている永遠へのけなげさが会場中の同心を締めつけていく。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
「21歳の時に作った曲で、この下北沢ガーデンでの想い出が深い曲」と後に告げた「ぽたり」は、ピアノのみの弾き語りで披露。作品以上の行間や余白が聴き手の自身性との重ね合わせを誘った。
「21歳で自分の好きなものを自覚した。そこから前に動き出した感がある。こうやって後ろを見ずに演奏できるのは信頼できるからで」(ヒグチ) と、バックバンドと硬いアライアンスを交わし、自分印の旗を大きく掲げる「わたしはわたしのためのわたしでありたい」を始める。作品以上の希望を交えて伝えられた同曲。<旗は立てるな 大きく振れよ 風を味方に>のリリックの信憑性をさらに上げていく。このような無限の生命力に時々突如出くわせてくれるのが彼女の歌の特徴。自分を丸ごと信じられるのは結局自分だけだとの信憑性に合わせてグングンとバイタリティが湧き上がる。
ここでライブのトーンが変わる。アルバム中白眉でもあった「不幸ちゃん」だ。弾んだタッチのラグタイム感を交えたサウンドに合わせて、これまで聴き入っていた会場に躍動が交る。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
ここまでほぼニューアルバムからの構成であったが、ここからはそれ以外の人気曲、代表曲が立て続けに現れ、都度場内の機微を揺さぶっていく。
「ツンデレ」が疾走感と共にガシッと腕を掴んでライヴを走り出させれば、「黒い影」では、不穏な雰囲気が作り出され、サウンドと懐の深さが味わえた。また、同曲では各人のソロも交え、サウンドに叙情性とダイナミズム、深淵性を加えていく。更にそこを抜け、凪のように響いた「ココロジェリーフィッシュ」では、前曲のドロッとした反動か?作品以上の素直さを感じた。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
「下向きでも後ろ向きでも生き続けることが大切」(ヒグチ)。ラスト2曲はどれも自分を褒め称え、明日への活力となるべく歌たちが贈られた。6/8のロッカバラード「ラジオ体操」では、誰もが「よく頑張ってる」と褒めて欲しい気持ちを抑え、代わりに<追い風がきみを進ませて 向かい風が支えてる いつだって真ん中 きみがいる だから1人じゃない>のフレーズが贈られる。なんだが自分だけのメダルを首にかけてもらえた気持ちになったのは、私だけではないだろう。
そして、「相手のことを考えてしまい、どうしても好きな人に「好きだ」と伝えられない。それは自分を信じてやれてないから。だけど、いつかは理想の自分になりたい」(ヒグチ)と、そんななりたい自分に向けて歌われた「最初のグー」では、会場に任せたコーラスパートがとてつもなく雄々しく頼もしく誇らしげに気高く響いた。ハンドマイクで歌うヒグチに向け、掲げられたフロアからの無数の力強い拳。これまで受動一方だったフロアが初めて能動を魅せる。なんたるカタルシス。最後の最後に浄化された自分がそこに居た。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
アンコールは2曲。代表曲と今後の代表曲が贈られた。後半はバントサウンドも加わり、とてつもない生命力と高みへと引き上げてくれた「備忘録」では、強弱をつけて告げられる独白に近い言葉や場面の数々がレクイエムや戒め、自戒や言い聞かせのように会場中の人生との入れ替わりを見たし、バンドのメンバーたちが捌け、最後はヒグチ独りにて、「明日からも日々は続いていくから、温かい気持ちになれますように」との願いと共に「癖」が歌われた。
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
従来のワンマン以上にしっかりとヒグチを中心に置き、各人のプレイヤビリティも装飾程度に抑えたバンドアレンジと、ニューアルバム全曲と代表曲も交えた「言葉よりも歌を伝えたかった」、そんな凝縮で濃厚な90分であった。
こんなに自身のことを歌いながらも凄く人恋しくさせる。自分を愛し、褒め、愛でてやろう。それがきっと他の人を愛することにつながっているはずだから。なんかそんなことをこの日のライブは改めて教えてくれた気がした。よし、もっともっと自分を愛すぞ!!
文=池田“スカオ”和宏 撮影=Viola Kam (V'z Twinkle)
ヒグチアイ Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
セットリスト
2018.7.21 下北沢GARDEN
1.永遠
2.コインロッカーにて
3.猛暑です
4.わたしのしあわせ
5.かぜ薬
6.玉ねぎ
7.ぽたり
8.わたしはわたしのためのわたしでありたい
9.不幸ちゃん
10.ツンデレ
11.黒い影
12.ココロジェリーフィッシュ
13.ラジオ体操
14.最初のグー
[ENCORE]
15.備忘録
16.癖