熱狂の歓呼に満ちたピアニスト金子三勇士の卓越した名曲の花束

2018.8.21
レポート
クラシック

金子三勇士

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「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.6.10ライブレポート

クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。6月10日に登場したのは、日本と海外で精力的な活動を続け、熱い喝采を集めているピアニストの金子三勇士だ。

6歳で母方の故郷ハンガリーに単身で渡りピアノの英才教育を受けた金子三勇士は、様々なコンクールで優秀な成績を納め、11歳で飛び級によりハンガリー国立リスト音楽院大学特別才能育成コースで学んだのち、06年全課程習得と共に日本に帰国。東京音楽大学付属高等学校に編入学して更なる研鑽を積み、10年デビューアルバム「プレイズ・リスト」をリリース。レコード芸術誌の特選盤に選ばれた。11年第12回ホテルオークラ音楽賞、12年第22回出光音楽賞、同年第4回C.I.V.C.ジョワドヴィーヴル賞、13年、平成24年度上毛賞「第10回上毛芸術文化賞 音楽部門」等、数々の受賞歴と読売日本交響楽団、ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団、東京交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団等々をはじめとした数多のオーケストラとの共演や、ハンガリー、アメリカ、フランス、ドイツ、オーストリー他世界各地での演奏活動を積極的に展開。東京音楽大学ピアノ演奏家コースを首席で卒業し、同大学大学院器楽専攻鍵盤楽器研究領域修了。 16年日本デビュー5周年には新譜CD「ラ・カンパネラ~革命のピアニズム」をリリース、各コンクールで審査員を務める他、18年4月からは、NHKFM「リサイタル・ノヴァ」の支配人として番組を担当するなど、幅広い活躍を続けている。

そんな大人気ピアニストの金子三勇士サンデー・ブランチ・クラシックに登場するとあって、リビングルームカフェは満員の大盛況。今か今かと登場を待つ熱気が頂点に達する中に金子が登場。万来の拍手に迎えられての演奏がはじまった。

金子三勇士

広く知られた名曲に吹き込まれる新鮮な息吹

冒頭に披露されたのはショパン12の練習曲作品10第5番「黒鍵」。練習曲=エチュードと名付けられたピアノ曲の中で、最も有名なものが「ショパンエチュード」と言われる作品群で、練習曲という位置づけながら音楽的にも非常に完成度が高く、更に難易度も高い楽曲の宝庫だ。「黒鍵」と称されるこの曲も演奏会などでも頻繁に取り上げられる超有名曲で、変ト長調で作曲され右手による主旋律がほぼすべて黒鍵で演奏されることから、この通称が広く知られている。金子の演奏は華やかでダイナミックでありつつ、音色が実に軽やかで、黒鍵だけで演奏されるスリリングさを超越した明るさにあふれるオープニングとなった。

金子三勇士

ここで自己紹介をした金子は、コンサートホールとは違うカフェならではの演奏を楽しみにしていましたと語り、当初ベートーヴェンの『エリーゼのために』ではじめようと思っていたのだが、明るい「黒鍵」を選びましたと話したあと「この中でピアノを習ったことがある方はどのくらいいらっしゃいますか?」とリビングルームカフェを見回して質問。大半の手が挙がり、ピアノを嗜むことが如何に広く浸透しているかを感じさせる。「では3年習った方は?」でもほとんど人数は減らなかったが、「10年習った方は?」で挙手は5分の1ほどに。「では20年習った方は?」というところで残ったのは3名ほど。思わずその方々にも会場から拍手が贈られる。その中で「今日はピアノを習っていた方達が発表会で弾いたことのある曲、習ったことのない方も聞いたことがある、知っている曲を演奏します」と選曲の趣旨が語られ、続いたのはベートーヴェンの『エリーゼのために』。知らぬ人とてない、というそれこそピアノ発表会で出ないことのない大定番曲だが、金子の『エリーゼのために』は、良く知られているメロディーだけに、音色の美しさと繊細さが際立つ。部分部分でややスタッカート的な軽やかな表現があるのも新鮮で、後半のダイナミズムにも適度な抑制があり、メロディーが秘めやかに終わる格段に精緻な演奏だった。

金子三勇士

金子三勇士

続いたのはラフマニノフの前奏曲ト短調作品23-5。「ロシアの民族的な土の匂いのする華やかな曲だけれど、内面はロマンチックです」という金子の説明通り、非常にダイナミックで雄大でテクニックが輝く中に、コケティッシュな香りもあり、中間部では一転して切ないメロディーの美しさが染み渡る。そこからどこか遊び心を感じさせるユニークな音色の部分を経て、クライマックスに向かって切なさとダイナミズムが融合。最後は軽やかなピアニッシモで締めくくった。

軽やかなスタッカートが生み出す独特の味わい

そこから演奏は再びショパンになり、練習曲作品10第3番「別れの曲」。「39歳で世を去ったショパンの人生の中で、肺結核を患った後期の作品にはロマンと共に夢が絶たれる切なさがあります」と語った金子は、美しいメロディー悲しみを秘めて、静かに切々と訴えるような演奏を披露。カフェ全体の空気も張り詰めて聴衆がその音色に集中していることが伝わる。重音の跳躍が続く難易度の高い中間部の激しさにも慟哭と葛藤が感じられ、主旋律に戻ってくるラストはまるで鎮魂の歌のように響いた。

金子三勇士

金子三勇士

静謐な演奏に聴き入ったあとは、金子から自分は父親が日本人、母親がハンガリー人で、半分ハンガリーの血が入っているので、ハンガリー出身のリストの曲を演奏することをとても大切にしています。という話しがあり「この曲は超絶技巧で、鍵盤の上でフィギュアスケートの4回転半ジャンプを続けている感じですから、見える人は是非手を見て、ピアノの中の動きも見てください。見えないお席の方は顔を見て!」という和やかな笑いを誘う解説のあと、演奏されたのはリストのハンガリー狂詩曲第2番。19曲あるハンガリー狂詩曲の中で最も有名な曲だが、金子のピアノにはスタッカートで作る音楽の間に独特の味わいがあり、ハンガリーの土の香りと共に生き生きとした躍動感を与えている。まさに超絶技巧としか言いようのない後半にもその雰囲気が失われないので、どこかでは手拍子をしたくなる雰囲気も。「難しそう、大変そう!」だけでは終わらない楽しさがあり、指の動きも実に軽やか。最後の休符にもその雰囲気が存分に生きて「くるぞ!」という期待でカフェの空気が一体になり、鮮やかなフィニッシュに「ブラボー!「ブラボー!」の大歓声と大きな拍手が湧き起こった。

金子三勇士

そのアンコールに応えて再びステージに帰ってきた金子は同じリストの「ラ・カンパネラ」を。イタリア語で「鐘」を意味する「ラ・カンパネラ」はリストの数あるピアノ曲の中でも最も有名なもののひとつ。金子の魅力的で生き生きとしたスタッカートがここでも最大限に活かされ、全体に明るさと軽やかな美しさが満ちてくる。その美しい鐘の音とダイナミズムに盛り上がるパッセージとがより効果的な対比を生み、見事なフィニッシュへ。「ブラボー!」の声と共に、リビングルームカフェでは珍しい観客のスタンディングもあり、ピアニスト金子三勇士の世界に染まった熱狂の時間が過ぎていった。あまりにも贅沢な40分間だった。

金子三勇士

音楽で人と人とをつなぐ演奏家でありたい

演奏を終えた金子にお話しを伺った。

ーー2回目のご出演とのことで、改めてこちらのカフェの雰囲気などはいかがでしたか?

日頃のコンサートとは全く違う、良い意味でリラックスできる空間で、本当に身近にお客様がいらして。小さなお子様連れの、おそらく普段なかなかコンサートにはいらっしゃれない方々を含めた皆様に、クラシックの世界ではあまりない空間で馴染み深いであろう良い音楽をお届けできて良かったなと思います。元はと言えば18世紀、19世紀にクラシックを演奏する場というのは、こういう規模のサロンでした。クラシック音楽はそこから生まれて発信されている分野ですので、そういう意味では原点に戻るというような気持ちもあるので、僕もいつも楽しみに伺わせて頂いています。

ーー未就学児童の方たちはまだコンサートホールには入れないので、今日が初めてクラシックを聞いた、ファーストコンタクトだったお子さんもいらっしゃると思います。

まさに今日、6ヶ月くらいの女の子とお父様がいらしていて、初のコンサートだとおっしゃってくださって。本当に光栄だなと思いました。

金子三勇士

ーーそれは素敵ですね! きっと感性の中に音楽が残っていくと思います。そんなサンデー・ブランチ・クラシックの為に、ピアノ曲の中でも特に著名な楽曲が揃ったプログラムになっていたかと思いますが、選曲にあたってはどのようなお気持ちが?

基本的に曲目を決める時には、全体の流れを大事にしたいといつも思っています。それぞれの曲の調性のバランスでしたり、激しい曲があったら、気持ちが落ち着くような曲を、というようなメリハリを考えつつ、皆様がこの季節にどんな曲を聞きたいのだろうか? ですとか、日曜日ですのでホリデー気分はもちろんですが、1週間のお疲れもあるでしょうからちょっと安らげるような瞬間、また元気になるような瞬間があるように。自分が観客だとしたらどんな曲が聞きたいかな?をなるべく考えるようにしています。

ーー金子さんの演奏は特にスタッカートが快く弾んで、おっしゃる通りに楽しい気持ちや、元気をいただけたと感じましたが、金子さんご自身演奏活動と共に、今お仕事の幅を様々に広げられていますが、そこから受ける刺激も多いのでは?

毎日刺激が欲しい性格なんですね。演奏活動をさせていただくというのは自ずと旅が続くことになりますから、新しい場所、新しい人達に出会い、触れることでも十分刺激になるのですが、今の時代は色々なものが成長して発展している。それはどこの国にもある流れですが、音楽の中でも私が担当しているクラシックの世界は、人類の歴史上何百年も存在しています。それだけの時間を経てもずっと消え去らずに残り続けているということは、やはり人にとって必要な何かを持っているのだと信じているんです。それを今の時代の人々に、どうお届けしたらその魅力や喜びを感じて頂けるのかな?を考えた時に、自分自身が大切にしているコンセプトとして演奏そのものはいじらないというものがあります。過去にいた偉大な作曲家が懸命に書いた作品なので、そこに大きなアレンジを加えるというのは、ちょっと違うかなと思っていて。でもアプローチの仕方、現代に生きる皆様にクラシック音楽の素晴らしさをお伝えする為の工夫はどんどんしていきたい。特に自分と同世代の人達にとってクラシックの世界というのは、ちょっと抵抗のあるものだったりもするので、まずは年に1回でも「クラシックコンサートに行ってみても良いかな?」と思っていただけたら嬉しいなと、その為の色々な活動をしていこうと思っています。どこでそのはじめのご縁、きっかけがあるかはわからないので、意外なところからはじまる可能性もあると思うので。

ーークラシックの世界はどうしても、知識がないと難しいのでは? というような、ちょっと敷居が高いと感じる部分がありますよね。

そう思わせてしまう今までのアプローチがあった、ということは否定できないんですが、先ほども申しましたように、元々はもっと身近な場所で生まれたものなので、その原点に戻れたら良いなと思います。何の下調べもせず、準備をしなくても楽しめるものなんですよ、とお伝えしたいです。

金子三勇士

ーーその中で、将来に向かって、更にこういう活動をしていきたいという夢などは?

わたしは半分ハンガリー人で、ずっとハンガリーで音楽を勉強してきて、ハンガリーの偉大な作曲家リストが立ち上げた学校で学ばせてもいただいたという背景があるので、どうしてもハンガリーの作曲家、中でもリストを心から尊敬しています。ですから彼の音楽をもっともっと世界中に広めたいという気持ちはもちろん、彼の生き方、人生にも魅力的な部分があって。彼は19世紀当時に、本当にグローバルに常に動き回って、色々な方たちに音楽を届ける、ある意味で音楽家の外交官のような人生を送っていて。その21世紀版と言えるような活動をしていきたいです。今の時代は、ここでは戦争があり、あそこでは災害がありという、決して平和とは言えないですが、そんな中だからこそ音楽というもので、人々の心に何かを届ける、伝える、或いは音楽で人と人とをつなぐ。必要とされる時に必要な場所に飛んでいけるピアニストであり、それ以前に社会人でありたいと思っています。常に動き回って、常に何かを発信し続けていきたいと思っています。

ーー素晴らしい活動が広がるのを楽しみにしていますし、是非またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください!

ありがとうございます! こちらこそ忘れないでいただけたら、是非また演奏したいと思っています!

金子三勇士

取材・文=橘涼香 撮影=山本 れお

ライブ情報

サンデー・ブランチ・クラシック

8月26日(日)
長 哲也/ファゴット
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html