『八月納涼歌舞伎』開幕! 幸四郎、獅童、七之助、中車が鶴屋南北の傑作に挑む
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平成30年『八月納涼歌舞伎』左から、中村七之助、中村獅童、市川猿之助、松本幸四郎、中村扇雀、坂東彌十郎、市川中車、市川右團次
2018年8月9日(木)、東京・歌舞伎座で『八月納涼歌舞伎』が開幕した。初日を前に取材会が開かれ、出演者が意気込みを語った。プレス向けに公開された初日通りの舞台稽古の模様とともに紹介する。取材会に登壇したのは、中村七之助、中村獅童、市川猿之助、松本幸四郎、中村扇雀、坂東彌十郎、市川中車、そして市川右團次の8名(当日並び順)。稽古が公開された演目は、『心中月夜星野屋』『雨乞其角』、そして『盟三五大切』。
「納涼歌舞伎」とは
十八世勘三郎、十世三津五郎らが中心となり平成2年に復活させたもの。花形俳優による熱意と趣向に富んだ舞台が好評を博した。平成5年からは、通常は昼夜2部制のところへ、3部制を導入。上演時間をコンパクトに、料金を低めの設定にするなどの工夫で、普段は歌舞伎を観ない層へのアプローチに成功。歌舞伎座が新開場した平成25年より、8月の恒例興行となっている。
歌舞伎座で、若手が奮闘?! 会見レポート
中村扇雀コメント
記者会見は、終日続く稽古の合間に行われた。まず挨拶をしたのは、中村扇雀。第一部『花魁草』と第二部『雨乞其角』に出演する。
「今年も納涼歌舞伎の季節がやってまいりました。新橋演舞場では新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』(坂東巳之助、中村隼人ら若手が出演中)が始まりましたが、歌舞伎座では、ちょっと年上のおじさん達が『NARUTO-ナルト-』には負けないぞとがんばっております(笑)。大勢の役者さんが出演し、新しい作品、珍しい作品が目白押し。面白いお芝居が並んでおりますので、ぜひ歌舞伎座に足をお運びいただき、納涼気分になっていただければ幸いです」
品のある口調で、『NARUTO-ナルト-』を意識するコメント。一同の笑いを誘うとともに、会見の場を和ませた。
坂東彌十郎コメント
続いて、意気込みを語ったのは彌十郎。扇雀と同様、『花魁草』と『雨乞其角』に出演する。
「恒例の納涼歌舞伎が始まりました。年齢層が高くなってきたかなと思っていましたが、今年は本当に若い人たちがいっぱい出ております。一丸となって頑張ります。この夏は猛暑ですが、それよりもっと暑く、涼しくなるぐらいの熱さで舞台を盛り上げてまいります」
松本幸四郎コメント
幸四郎は、一月・二月の襲名披露以来となる歌舞伎座の公演。
「第一部で『龍虎』、第二部で『東海道中膝栗毛』、第三部で『盟三五大切』に出させていただきます。おじさん達に負けず、我々若手も頑張りたいと思います」
まさかの若手アピールに、登壇者が一斉に反応。「我々若手?!」と彌十郎も驚いてみせ、一同は笑いに包まれた。
幸四郎は、長男・染五郎と共演する『龍虎』『東海道中膝栗毛』のうち、『龍虎』について「舞台に出てしまえば、子どものことを気にするより自分が精一杯になってしまいます。 『龍虎』は龍と虎の対決。踊り比べのような演目ですから、精一杯ぶつかり合いたい」と意気込みを語る。
染五郎へのコメントを求められると「へとへとになるまで頑張ってもらいたいです。その前に、僕の方がヘトヘトになってしまう」と回答。
これに対し扇雀、猿之助らから「若手だからね」「がんばって!」と変化球のエールが贈られ、またも笑いを誘った。
市川猿之助コメント
猿之助は、第二部『東海道中膝栗毛』の演出・脚本を手がけ出演もする。YJKT(やじきた)の愛称で親しまれ、今年で遂に第三弾となる演目だ。八月は、歌舞伎座と徒歩5分ほどの距離にある新橋演舞場の『NARUTO-ナルト-』にも、うちはマダラ役(片岡愛之助とWキャスト)で出演中。
「幸四郎君の名前が変わってからは、初めての『東海道中膝栗毛』です。今年は幸四郎&猿之助の2つの名で、弥次さん喜多さんをできることをうれしく思っております。新橋演舞場なんかに負けないようにがんばります」
共演者たちからの「(演舞場にも)出てるじゃん!」という総ツッコミをさらりとかわし、「僕は歌舞伎座にお客さんが入ればいいと思っていますので。まあ、あっち(新橋演舞場)にいけば、こっちの悪口を言うんですけれど」とさらに盛り上げた。
中村獅童コメント
獅童は、第一部『花魁草』『心中月夜星野屋』、第二部『東海道中膝栗毛』、第三部『盟三五大切』に出演。
「納涼歌舞伎と言えば、歌舞伎ブームをおこした活気のある公演だったので、我々も負けずに全身全霊で、歌舞伎を見なれない若い方たちにも喜んでいただけるように勤めたいと思います」
『心中月夜星野屋』では、十数年ぶりという女方に挑戦する。もともと母親似の顔立ちだという獅童は、お熊役の扮装をすると「母親そのもの」。七之助も「今日、メイクをした獅童さんをはじめてみたのですが、思わず『おばちゃま~! 』って言ってしまいました。なつかしくて、なつかしくて! 」と大絶賛(?)。
中村七之助コメント
七之助は、『心中月夜星野屋』『東海道中膝栗毛』『盟三五大切』に出演。
「一部、二部、三部と、違った形の大変良い狂言が揃ったと思います。一生懸命努めさせていただきますのでぜひ会場に足をお運びください」
八月は学校が夏休み期間になることもあり、まだ学生の俳優も含め、若手俳優が多く出演する。
「僕と同じ世代の役者は、兄・勘九郎と尾上松也くらいしかいませんでした。(今の若手に)同世代が多くいるのはうらやましいです。楽屋でも若手同士が和気あいあいと話していたり。そんな姿を見ると、このメンバーでこれからも歌舞伎をやれるのはうらやましいな。歌舞伎界は安泰だな、と思います」
市川中車コメント
中車は七之助と同じ『心中月夜星野屋』『東海道中膝栗毛』『盟三五大切』に出演。
「猿之助さんから、『東海道中膝栗毛』は、人が足りないので早替りしてもらいます、と伺っておりました。しかし蓋を開けてみたら、舞台が大渋滞するくらいに人がいるという……! (笑)そのような中で、初めて『早替り』をやらせていただきます。貴重な経験です。ぜひ一人でも多くの方にお越しいただけますよう、お待ちしております」
中車は今年も『東海道中膝栗毛』で、釜桐左衛門(かま・きりざえもん。早替りで、暗闇の中治)役を務め、長男の團子(五代政之助役)と共演する。
「この一年で、ついに長男に身長を抜かれました。色んな意味で大きくなってほしいですね。子どもに抜かれる日というのもなかなか面白いものだなと思いました」と感慨深げ。
若手が多い、今月の歌舞伎座の様子を聞かれると「僕はここにいらっしゃる皆さんの後輩ですから、平成生まれの方たちと一緒に謙虚な姿勢で! 頑張りたいと思います! 」
気合のあまり、ドスのきいた声でのコメントとなった。
市川右團次コメント
右團次は、第二部の『東海道中膝栗毛』に閻魔大王役で出演。長男の市川右近は、小鬼で出演。
「納涼歌舞伎は、一昨年に初めて出させていただきました。納涼歌舞伎の長い歴史を支えてこられた先輩方の足を引っ張らないよう頑張りたいです。八月ですので、祭りのような華やかさが、この芝居に出ればと思っております」
取材会の最後は扇雀が、「納涼歌舞伎は、勘三郎のお兄さんと三津五郎のお兄さんが、歌舞伎を見る方を一人でも増やそうという意気込みではじめた公演です。他の月では出ないような演目も並び、お客様にも『こんなのがあったんだ!』『歌舞伎って面白いな』とあらためて感じていただけると思います。ぜひ劇場で体験していただきたいです」と締めくくった。
落語ベースの新作歌舞伎『心中月夜星野屋』
第一部より稽古が公開された『心中月夜星野屋』は、落語の「星野屋」をベースにした新作歌舞伎だ。
そろばんを弾きながら登場するのは、青物問屋の照蔵(中車)。相場で失敗し、お金に困り、元芸者のおたか(七之助)に別れ話を切り出す。おたかは、話のはずみから照蔵と心中の約束をしたものの、「どうしよう! 」「かわりに心中してよ!」と母のお熊(獅童)に泣きつくのだった。
お熊は一筋縄ではいかない、ある意味頼もしい女。
「若い頃には"何度も"心中した」と豪語し、死なない心中方法(橋から川へ飛び込むと見せかけて、鮮やかに後ろへジャンプ)を、おたかにレクチャーする。おたかもおたかで、照蔵への裏切りに胸を痛めるでもなく「稽古は大事よね」とジャンプの練習に励み、心中へ向かう。
夜の吾妻橋で落ち合った照蔵とおたか。照蔵は何も知らず、一人川へ身を投げるが……。
男女の騙し合いを描くお話だが、落語由来の大らかな空気感と、要所要所で決まる見得の美しさ、役者陣のカラッとした演技に、気持ちよく笑える50分の一幕。終始コミカルなお芝居だが、ふと差し込まれる、雨の吾妻橋のシーンは幻想的で、上質な浮世絵のようだった。
第一部は『心中月夜星野屋』の他、『龍虎』と『花魁草』も上演される贅沢な並び。
扇雀、彌十郎と若手俳優の舞踊
第二部からは『雨乞其角』の稽古が公開された。昭和53年に二世藤間勘祖が「藤間会」で素踊りとして上演したもので、歌舞伎の本興行で取り上げられるのは初めてとのこと。江戸中期に活躍した俳人の宝井其角が、雨ごいをする人々に代わり、神前に一句献じたところ、雨が降ったというエピソードが描かれている。
舞台上手に並ぶ、長唄囃子連中の演奏が始まると、空気は一変。お酒好きだったと言われる其角(扇雀)と、芸者(新悟・廣松)を従えた大尽(彌十郎)が舟遊びをする。扇雀の長男 虎之介、彌十郎の長男 新悟も出演。船頭役の歌昇も存在感を発揮する。歌舞伎座の舞台いっぱいに広がる隅田川をバックに、匂いたつような舞に酔いしれたい。
会見でたびたび話題に上がった「若手」がずらりと並ぶのもこの演目。其角の弟子役で、橋之助を筆頭に、男寅、福之助、鷹之資、千之助、玉太郎、歌之助、鶴松ら若手が登場。其角(扇雀)が一句読んだあとの、勢いのある踊りに心が弾む。
毎年、はちゃめちゃさが大好評の『東海道中膝栗毛』と『雨乞其角』の第二部も見逃せない。
運命の糸が絡みあう、鶴屋南北の傑作
第三部では『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』三幕六場が、通して上演される。鶴屋南北により書かれ、初演は1825年(文政8)年9月。江戸中村座で初演され、その時、薩摩源五兵衛を演じたのが五代目松本幸四郎だったという。今回は、その役を十代目幸四郎が9年ぶりに勤める。三五郎を獅童が、芸者小万を七之助が、家主くり廻しの弥助を中車がそれぞれ初役で演じる。
※以下、一部にネタバレを含みます。
七之助が演じる小万は、夫の三五郎が必要とするお金を工面するために芸者をしている。第一部『心中月夜星野屋』の無邪気なおたかとは一転し、三五郎のためならば芸者にもなるし、源五兵衛に身請けをちらつかせ百両を巻き上げることも厭わない、ある意味で一途な女。花道から登場する「佃沖新地鼻の場」から源五十兵衛と対峙する「四谷鬼横町の場」まで、色気に溢れていた。
獅童の演じる三五郎は、小万に芸者をさせておきながらも、他の男への嫉妬心ももつ。小万が、源五兵衛へ思いを演出するためにいれた腕の刺青「五大切」に、一文字足して「三五大切」(三五郎が大切)に書き換える執着ぶり。そんな三五郎にも、憎みきれない事情があることが後半で明らかになる。悲哀に満ちた表情が印象的だった。
話が進むにつれ緊迫感が増す中、中車の家主くり廻しの弥助が、絶妙なスパイスとなり楽しませる。橋之助による六七八右衛門の清々しさは、観る者の心の癒しになるだろう。
源五兵衛(幸四郎)は、芸者の小万に心を奪われ、手放してはならない百両を巻き上げられてしまう。三五郎と小万が手を組み、自分を騙していたことを知ってからの源五兵衛は、表面上の静けさが、かえって内に秘めた怒りや恨みを想像させる。その狂気は赤ではなく、青い炎を思わせた。燃焼しきった後のラストシーンは、涙を誘う。
第一部から第三部まで、見ごたえたっぷりの『八月納涼歌舞伎』は8月9日(木)より27日(月)まで。
※写真の無断転載禁止
取材・文・写真(一部)=塚田 史香
公演情報
※中村扇雀、坂東彌十郎は1部、2部のみ、市川猿之助、市川右團次、市川門之助は2部のみ出演、市川高麗蔵、市村萬次郎は1部のみ出演