北京・上海で絶大な支持を得た話題作、いよいよ日本上演! 上海戯劇学院×世田谷パブリックシアター『風をおこした男ー田漢伝』合同取材会レポート
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左から、田漢役の金世佳、上海戯劇学院学長の黄昌勇、演出の田沁鑫 (撮影:久田絢子)
2018年10月6日(土)、7日(日)に、世田谷パブリックシアターにて、日中平和友好条約締結40周年を記念し、上海戯劇学院と世田谷パブリックシアターの共同主催公演『風をおこした男ー田漢伝(でんかんでん)』(原題「狂飆」)が上演される。それに先駆けて都内にて合同取材会が開催され、作・演出の田沁鑫(でんしんきん)、田漢役の俳優・金世佳(きんせいか)、上海戯劇学院学長の黄昌勇(こうしょうゆう)が登壇した。
取材会に先立ち、本公演の予告編動画が紹介された。映画のようなカメラワークとその映像美に魅了されたがそれもそのはず、この作品自体は2001年初演だが、昨年16年ぶりに再演された際には大幅に演出を変更し、8台のデジタルハイビジョンカメラを用いてリアルタイムで舞台上の映像をスクリーンに映しながら上演した。そのときに撮影、使用された映像を元に作られた動画なので、臨場感のある美しいものに仕上がっている。
『風をおこした男―田漢伝』
そして、登壇した3名がそれぞれ本公演への抱負を語った。
上海戯劇学院学長 黄昌勇(こうしょうゆう)
「この作品は上海戯劇学院と中国国家話劇院が共同で作った、田漢という人の半生を描いたものです。中国でも大変名声の高い田沁鑫が演出、そして我が上海戯劇学院の卒業生でもある金世佳が主役をつとめています。この作品は昨年5月の再演以来、中国国内では多大な影響力を発揮しています。田漢氏は日本に6年ほど留学しており、今作品が日中平和友好条約の記念の年に日本で上演されることは大変意義があると思います」
上海戯劇学院学長 黄昌勇 (撮影:久田絢子)
演出家 田沁鑫(でんしんきん)
「今年は田漢氏生誕120周年であり、日中平和条約締結40周年、そして田漢氏の没後50年でもあります。その節目の年に、私が17年前に手掛け初演した作品を再演することになり、今回は金世佳という大変優れた俳優を主演に迎え、そして田漢が留学していた日本で上演されることは大変光栄です。田漢は日本に留学中、島村抱月と松井須磨子の演劇を見て大変感銘を受けました。日本の演劇の美しさに心を奪われた田漢は『雨が降る東京の夜、花が咲いている。演劇のためにこの生涯を捧げる』というような言葉を残しています。この作品では一つ大きな挑戦として、舞台上にカメラをのせ、撮影した映像が舞台のスクリーンに投影されるので、観客たちは俳優たちの顔や美しい表情などを、最新の技術でより鮮明に見ることができます」
演出家 田沁鑫 (撮影:久田絢子)
田漢役 俳優 金世佳(きんせいか)
「去年の再演から、今作品で田漢役を演じられて大変光栄です。私自身、人生のこと、演技のこと、世界の見方についてなど、田漢さんから多くの学びを得ることができました。上海や北京で公演をしたとき、特に若い人たちが深く共鳴していました。この作品は演出の田氏の17年前の作品ですが、再演されるにあたり新しい感覚を劇の中に吹き込んでいます。俳優として、舞台上で演じるだけでなく、カメラの前でも演じなければならなくて、私にとっても大きな挑戦となりました。日本の観客たちにも、新たな演劇を見せることができると思うので、私自身も10月の公演を楽しみにしています」
田漢役 俳優 金世佳 (撮影:久田絢子)
その後、質疑応答が行われた。
日本と中国の演劇の接点や交流について尋ねられると田氏は「田漢は6年の日本留学の間、演劇や映画を見ることに専念していました。今作品の中ではそのあたりを、松井須磨子の演劇を見ているシーンで表現しています。田漢の演劇に対する理想は東京から始まると言えるので、演劇を見ているときの心情、考え方をメインに表現しました」と語り、「今回出演している上海戯劇学院の学生たちは日本語を勉強して、劇中で日本語のセリフを話します。金世佳も日本に留学した経験があるので(注・金世佳は大阪芸術大学大学院を修了している)日本語が話せます」と出演者たちが日本の文化に触れている様も紹介した。
「北京でも上海でも絶大な支持を得たということだが、なぜこの劇がそんなに評価されたのか」という質問に黄氏は「北京や上海では、正直に言うと話劇の優秀な作品がまだ少ないというのが現実。この作品のテーマは田漢の生涯という歴史的なものだが、伝統的な手法を用いた伝記作品ではなく、表現の仕方や描かれている思想が大変新しく挑戦的であり、時代の先を進んでいます。上海で3回公演を行ったがすべて完売しました。統計データによると、1990年以降生まれの若い人に特に支持を受けました」と昨年の再演時の現地の様子を伝えてくれた。
笑顔を見せる黄昌勇 (撮影:久田絢子)
「田漢の魅力はどんなところか」という質問に、田漢役の金氏は「田漢の生きた時代は、中国の歴史の中でも激動の時代だったので、タイトルの通り激しさの表れた劇になっていますが、田漢は『誠実がすべての悪を消せる』という言葉を残している人。今の中国はとても発展のスピードが早いが、時代を問わず、人間としての道理、モラルというものは変わりません。この作品からは、田漢の精神力を感じ取ることができると思うが、今の中国にはまさにこの強い精神力が必要だと思います」と熱く語った。
舞台上にカメラを乗せる演出について尋ねられた田氏は「この作品において、観客は舞台の上で映画を見るような、演劇を見るような、両方の体験を同時にできるので、『半映画化された演劇』だと言えます。それは、中国で多大な支持を得られた要因の一つだと思います。主演を務めている金さんは的確で細かい表現ができる俳優なので、演劇と映像それぞれの演じ分けのコントロールが素晴らしいです」とコメントした。
笑顔を見せる田沁鑫 (撮影:久田絢子)
金氏は、昨年この作品が烏鎮演劇祭(注:中国浙江省烏鎮で行われている大規模な国際演劇祭で、昨年は田氏が芸術監督を務めた)で上演されたときに、演劇祭を訪れた三谷幸喜氏と交流を持った様子も披露してくれた。「三谷氏は映像の仕事も舞台の仕事もやっており、監督、演出、さらには自ら俳優もしている。『あなたはどうしてそのようなエネルギーを持っているのですか。私は俳優だけで精いっぱいです』と尋ねると、三谷さんは『面白いから何でもやりたいんだ』と答えました」また、金氏は自身のモットーとして「映像でも舞台でも、いつまでも『まだ足りない』という感覚が欲しいと思っている。例えば、監督や演出家から「君はこういうところが足りない」と指摘してもらいたい。高い要求をされることに面白さを感じる。苦しんだ経験が人を前進させる原動力となると思う」と述べ、ストイックな姿勢をうかがわせた。
質問に真剣な表情で答える金世佳 (撮影:久田絢子)
日中平和友好条約締結40周年記念の公演であること、中国演劇界の国宝とも謳われる田沁鑫の作・演出、映像での活躍が目覚ましく中国では若者からの人気が高い金世佳の演技、と見どころの多い本作品だが、中でもやはり本作品で描かれる田漢の魅力的な存在に要注目だ。日本に留学し、東京高等師範学校(現・筑波大学)で学んだ田漢は、島村抱月や松井須磨子の演劇をはじめ、当時まだ中国では触れることの難しかった欧米の文化にも広く親しむことができ、まさに彼の文化人としてのルーツは日本に留学したからこそ得られた経験から来るものだった。また、彼は日本の文化人との交流も持ち、谷崎潤一郎の「上海見聞録」の中には谷崎と田漢が親しい中にあったという記述が登場する。中国話劇の始祖の一人と称される田漢、その生涯には日本の存在が深く根底にあるといえよう。その田漢が『演劇のためにこの生涯を捧げる』と決意した東京において、この作品が上演される意義は大きい。
また、作品中では田漢の生き様と共に、彼の創作した主な演劇作品「日本」「郷愁」「サロメ」「一致団結」「関漢卿」の5つを劇中劇として登場させる。現在の中国国家の作詞者でありながら、文化大革命により獄中で失意のままその生涯を終えた田漢の、愛と情熱に捧げた人生と創作作品は国を超えて見る者の心に響くはずだ。貴重な機会となる10月の公演を心待ちにしたい。
『風をおこした男―田漢伝』
取材・文=久田絢子
公演情報
中国語上演・日本語字幕
■会場:世田谷パブリックシアター
■出演:金世佳(きん せいか) ほか